第1087話 全自動の利点と欠点
近距離防空システム、『Close-in weapon system』、略称『CIWS』。船をミサイル攻撃から守る為の対空火器。
ここで言う近距離とはあくまで海戦における相対的な近距離であり、普通の戦いでは超長距離だ。その射程は数キロに及ぶ。
射程内に入った敵性体を自動で捉え、自動で迎撃する火器管制システムの総体であり、銃とレーダー、制御用コンピュータのセット。
恐らくはその迎撃システム一式を、敵は特殊ユニットとして構築したのだろう。
「チートすぎん? この国? 侵略者はオートで吹き飛ばして、しかも敵国にも大砲で攻撃できるとか」
「前回の雪国の、上位互換ね? 防御だけでなく引きこもったまま攻撃まで出来るなんて」
「まあ、それもあるんだけど、真にチートなのはこの攻撃力だね。僕の人形兵を撃ち殺すなんて」
「はい。あの装甲を撃ち抜くなど、普通の威力とは思えません」
なにせ戦艦の主砲にも耐える装甲版だ。盾装備ではなかったとはいえ、明らかにおかしいと開発者のアルベルトも語る。
恐らく、そこには特殊ユニットとしての能力が何かしら付与されているに違いなかった。
「でも最新鋭っぽいし強いんじゃない?」
「大砲よりは新しいけど最新鋭じゃないよ。それに、弾の大きさも大砲ほどじゃない。明らかに威力は落ちるさ」
「ふーん。詳しいんハル君?」
「詳しくはない。でも知識としては知ってるね。あれは前時代の末期のもの。つまりそこそこ新しめ」
「……じゅうぶん古くなくって?」
「更新されてないからね」
大災害以降、海運は衰退し海上兵器も更新されなくなった。攻撃も防御もエーテル技術が担うようになり、銃火器の必要性が薄れたためだ。
しかし、かといって完全に廃れた訳ではない。エーテルにより何事も成される時代になったとはいえ、人も物も銃弾を高速でブチ込めば死ぬし壊れることは何も変わっていない。
「なので、前時代の物を改修してそのまま使っている物も多い。さすがに制御システムは、エーテル制御の物も多いけどね」
「ハッキングされたりしないん? 兵器は、エーテルで扱っちゃ危ないのでは」
「それはそうだけど、コンピュータ制御にしたところでハッキングはされるよ。エーテルには触れているんだからね」
「それこそ、『ブラックボックス』にでも入れないと防げないわね? エーテルは何処にでもあるのだし」
アンチエーテルの黒い塗料を全面に塗った箱、通称『ブラックボックス』。ブラックカード同様にエーテル干渉を完全に遮断するセキュリティだ。小型の学園とも言えよう。
その内部にシステムを収納すればハッキングからは完全に防げはするが、まあ使いづらいことこの上ない。
なので、あまり普及はしていないのが現状だ。それよりも、エーテルネット上のセキュリティを高める方が応用が利く。
余談であった。そんな現代兵器事情、あまり一般に知る者は多くない。
そんな物を特殊ユニット化しているとなると、やはり造船関係のお家柄、といった所が出ているのであろうか。
「人は銃で撃たれたら死ぬ。だから、当たったら死ぬ弾を発射してる?」
「強すぎでしょ。それはさすがにないと思うよユキ」
「だよね。言ってみただけ。でも、『一般兵は死ぬ弾』くらいならあると思う」
「まあ、確かにね」
だとしても、戦略上、異常な強さを誇るのは間違いない。このゲームの戦争における基本戦力は彼ら歩兵。歩兵に対して絶対の威力を発揮する武器の重要度は、計り知れない。
「無敵板で世界を取れると思ったのですがね。残念です。仕方ありません、わが社の次なる新商品にご期待ください」
「ふにゃう! みゃみゃうなう!」
「おお、メタ助。お前も来たかー」
「ふみゃ~」
機械式の兵器のことならお任せあれとばかりに、足元に猫のメタがすり寄ってきた。
ユキがしゃがみ込んで撫でまわしていると、気持ちよさそうにしつつもしっかりと敵のデータを表示してくれる。
「ふむ? レドーム一体型の基本的な物のようだね。これだと本来の有効射程は二、三キロといったところか……」
「みゃーごっ」
「ふむ? ゲーム内においてはきっかり千二百メートル? そのラインに踏み込むと途端に反応して銃弾が飛んでくると」
「みゃうみゃう♪」
この辺りはゲーム的な仕様であるようだ。雪男の吹雪に近い。
半現実で再現される、物理法則のしっかりしたゲームだが、所々こうしたゲームらしさが見え隠れする。特殊ユニットの能力では特にだ。
「弾速もそこそこ速いが、まあ避けられない速度じゃないね」
「もっと人間的な発言を心がけようぜハル君。まあ、確かにこれなら避けられそうだけど」
「ふなーう……」
ユキも人のことが言えなかった。ゲーマーとしては、銃弾くらい避けられてなんぼである。
特に、これだけ距離があれば『見てから回避』だって可能。となればやることは一つ。
「自ら囮となって、銃弾の雨をかいくぐり接敵。そして砲台を破壊する。人形兵には任せられないし、それしかなさそうだ」
「だねー。六本腕出す?」
「でしたら、現地までは私がお送りしましょう。こちらにも、『砲台』があることを見せてやろうではないですか」
「いや、あまり資源の無駄遣いはしなくていいんだけど」
「いえいえ、資源ならば、先ほど大量に降ってきましたので。それに、どのみち敵国の資源は全てハル様の物になるのですから」
「にゃうにゃう♪」
「血の気が多いなあ……」
やる気十分の仲間たちに後押しされ、仕方なくハルは六本腕を地下鉄のカプセルへと詰める。
これよりこの怪物は砲弾のように射出され、敵陣へと単身突入するのであった。
◇
真空のトンネルの中を、怪物を乗せたカプセルが加速して行く。そのトンネルはやがて、上方へ傾斜をつけた道へと進路を変え、丘のような地形の上を上昇していく。
……明らかに、最初から車体を飛ばすことを想定したルートである。どうも、こうした本来非効率な道が国の各地に作られているらしい。
明らかに、意図的な『脱線』を狙ったルートであった。
「ぬ~~、みゃみゃっ!!」
そのルートを地下鉄が進む中、メタがタイミングを見計らって、とあるスイッチを前足で押し込む。
すると六本腕を乗せた車両は、唐突に開いたトンネルの上部より解き放たれ、大空へと向け勢い良く射出されて行った。
「大事故待ったなしだ」
「いえいえ。安全に降下可能なことは、ヨイヤミ様への援軍を送る際に証明済みですよハル様。まあ今回は、大事故を起こす事もやぶさかではありませんが?」
「ふみゃーご」
「二人とも悪い顔してる」
「列車じゃなくてマスドライバーって奴だったんかねこれ?」
さすがに宇宙までは行けないが、明らかに異常な高度まで車両、だったものは飛び去って行った。本当の脱線の事を思うと頭が痛くなるハルだ。
そのカプセルはすぐに国境を越え、砲弾さながらに敵地へと降下して行く。
いや、敵の目には、まさしく超巨大な砲弾が飛んできたようにしか見えないだろう。
「にゃんっ!」
「だね、メタちゃん。そろそろ敵システムの射程に入る」
放物線を描きながら落ちて行く『砲弾』。それを迎撃する為に、敵の対空システムが起動した。
結界の範囲内に入ったその直後、まるで一本の線のように連なって、大量の弾丸が一直線に飛んできた。
その指向性の高い弾幕に貫かれ、列車の装甲が瞬く間に剥げていく。
ついには粉々に空中分解し、システムは見事その役目を完遂した、かに見えた。
「パージ完了。拘束を解除します。ハル様、ご出陣、どうぞ」
「パラシュートもなしに空中で『どうぞ』も何もないけどね……」
「まあまあ。あんなのに狙われてる中で、悠長にパラシュート降下なんかしてられんってハル君」
その通りなのだが、鉄砲玉扱い、もとい砲弾扱いには一言もの申したいハルだった。
勢いよく剥離した列車、もとい砲弾の外装。その破片の速度を脅威と捉え、砲台はそれを迎撃し更なる粉々の破片に変えて行く。
その隙にハルの操る六本腕は着地を終え、敵の船の巨大な艦橋のひとつ、その陰に身を隠した。
「素晴らしい着地だ。十点をあげようハル君」
「しかし、これからどうするのハル? 艦橋から身を出せば、その瞬間にまた砲台に狙われるのでしょう?」
「まあそうなんだけど、ここでじっとしている訳にもいかない」
ハルが、六本腕の怪物がちらりと体を出して様子をうかがうと、すぐさまそれを狙い銃弾の雨が飛んでくる。雨というよりは、まるでレーザーだ。
一瞬で再び身を隠し、その鋼鉄の光線を回避する。すると敵も一瞬で攻撃を止め、再び敵性体が発見されるまで待機に入った。
この反応、まさしく自動操縦だ。人の意思が介在している様子は見られない。
「どうなのハル? すごい速さよ? しかも、近づけばそれだけ着弾までの時間も短くなるのでしょう?」
「そうだね。そうなると、さすがに『見てから回避』なんて言っていられなくなる」
「どーするん? メタ助、何か突破口はないのん?」
「にゃっふっふ……」
ユキに抱えられたメタが、ニヤリと悪い顔をして皆にデータを表示する。
そのデータによれば、機関砲の銃座、砲台でいう砲塔にあたる部分の回転速度、そこに突破口があるようだった。
「なるほどねメタちゃん。どれだけ狙いが正確でも、砲台を回す物理的速度がそれに追いついていないってことか」
「うにゃっう」
「そか。近づけば近づくほど、今度は相手はそれだけ回転半径を大きく取らなきゃならんくなる」
銃弾の到達距離が詰まる問題は、敵の照準を合わせる速度の低下で相殺する。
メタが示したルートは、ぐるりと渦を描くように、回転しながら徐々に中央へと向かって行くルートであった。
ハルはその作戦に頷くと、すぐさまそれを実行に移す。
構造物の後ろから一気に飛び出すと、次の構造物へと駆け抜ける。そこを守備していた敵兵は、すれ違いざまに斬り伏せて無力化。ハルを相手には、何の足止めにもならなかった。
「うわ、今ハル君、銃弾切った?」
「まあ、ダメージなんかそんなにないだろうけど、当たってやるのも癪だから」
「癪だから、で銃弾を切れるものなのね……」
敵兵は手持ちの銃でハルの操る六本腕を狙うが、その銃は機関砲と比べればおもちゃ同然。腕の一本で片手間に弾き、二本目の腕で射手の首を飛ばす。
今回は、コンプリートボーナスはおあずけだ。その場の敵兵の全滅は狙わずに、一気に次へ次へと遮蔽物をはしごして行くハルだった。
「……銃弾を切れるなら、あのマシンガンの弾も切りながら一直線に進めないのかしら?」
「おぅ……、ルナちぃ……、お澄ましした顔でなんという無茶を……」
ルナが、きょとん、といった感じの顔にて無邪気な疑問を投げかけてくる。
さすがにハルも、拳銃と対空砲の弾を同列に語ることは出来なかった。
「それは剣の方が持たなそうだね。ソフィーちゃんの剣は丈夫だけど、あの弾丸の雨を切り続けて無事にはちょっと……」
「つまり剣が持てばいけるんかーい」
「まあ、馬鹿正直にただひたすらこっちを狙ってくるだけだから」
「よし、ベルベル。無敵板で刀を作ろう!」
「残念ながらユキ様。あの素材は一方向からの衝撃以外にはそこまで強靭には作れません。刃物にするには、少々向かないかと」
「そこまで万能にはいかんかー。防御特化ってことだね」
いや、もしそんな剣が出来たとして、弾丸を切って直進するのはハルもごめんだ。出来なくて良かった。
そんな、馬鹿正直と評した相手の特殊ユニット。馬鹿と言うのは失礼だが、実際融通がきかないようだ。
ハルが建物の陰に隠れると、砲台はその位置で停止する。再びハルが現れたら、改めてそこに向けての旋回を始めるという悠長さがある。
ハルはその挙動のどうしようも出来ない隙を突いて、少し無理をしてでも距離の稼げる構造物を目指して進んだ。
八本の足から生まれる最高速は、その身に銃弾が到達する前にその位置を離脱する。
得意のフェイントが効かない相手なのが厄介だが、逆に相手も、未来位置を予測しての先置きをしてこない。
つまりは、こうして一度パターンが出来てしまえばほぼ勝利は確定だった。
あとは、ルート取りのミスと判断ミスだけが命取りとなるが、メタの選択とハルの操作にそれはない。
そうして一切の危なげもなく、ハルは無敵と思われた自動砲台に肉薄、八本の腕に持つ刀で一斉に斬り付けるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




