第1086話 見えぬ狙撃手
船の世界、そう聞いて思い浮かべる船は様々あれど、ここでは軍艦のような船が多数配置されている。
先ほどハルの世界に砲弾を撃ち込んで来たような、大きな大砲の付いた船である。
「軍艦好きは特に変わった趣味じゃあないけど、自分の世界として現れるほど強いパーソナルとして持っているのは珍しいね」
「このご時世ねー。そんなによっぽど好きなのかな?」
「もしかしたら、原因は家庭の事情かも知れないわよ? 趣味はあくまでその派生で」
「やあルナ、お疲れ。なにか知ってるの」
アイリたちと世界の補強作業に出ていたルナが、この砲撃騒ぎで一時帰還してきたようだ。
ルナの口ぶりから見るに、この相手のことを彼女は知っているようだ。ということは、有名な家の出自なのだろうか?
「知り合い?」
「というほどのものではないわ? 直接会ったことなんてほぼないし。ただ、さっきの放送の声は間違いないわね。造船業の御曹司よ?」
「普段からあーなん?」
「いえ、そんなはずはないと思うけれど……」
とはいえ学園での彼は知らないので、断言はできないと言葉を濁すルナだ。かしこまった会合の場でしか見たことはないらしい。
……いや、学園で『ああ』だったら、なんというか、困るだろう。不良では済まない。ただのロールプレイだと思いたいハルだった。
「あいつにも求婚されたんルナちー? 『僕と一緒に船を作りませんか?』って」
「どんなプロポーズよ……、『船』が隠語にしか聞こえないわ……?」
「いやルナちーじゃないんだし、そんなセクハラまがいのこと言わんて。しかも男の子が」
「あら? 分からないわよ? まあ実際、男性に言われたことはないけれど」
「女子には?」
「しょっちゅう。女性の方がエグいのかしらねこういうのは。どうなのハル?」
「いや僕に言われても……」
まあ、それはルナ本人が女性であるという部分も大きいのかも知れない。
えっちな話は、男子は男子同士で、女子は女子同士でという暗黙の了解が効いているのではなかろうか。しかも、優雅なお貴族様とあっては特に。
「それで、プロポーズだったわね? 私はされていないわ?」
「んじゃ、またアイツの親が勝手に話持ち掛けたん?」
「いいえ? そういうことでもないの。でも近いわユキ? 話を持ち掛けたのは相手の親で、対象は私ではない。もう分かるわね?」
「わかった! 求婚されたのはルナちーママだ!」
「……違うわよ。ハルよ。あちらの娘さん、今の敵の彼の妹とかかしらね? その子なんてどうか、って話が来ていたとお母さまから聞いたわ?」
「えっ、なにそれ僕初耳なんだけど」
「言っていないもの。検討して、良さそうだったら伝えようと思っていたわ?」
「いや検討段階で伝えて?」
自分の結婚話だというのに、当人が蚊帳の外である。まあ、上流階級では当たり前の話かも知れない。
「じゃあそれでハル君恨まれてんだ? 『可愛い妹を取るなー!』って」
「知りもしないことで恨まれても困る……」
「よくあることよ、影響力が大きくなると。受け入れなさいな」
「いやこれに関しては原因は君だけどね?」
まあ、ないとは言えない。しかし、だとしても『そんなこと言われても困る』としか返せないハルだ。
要するに、ルナの家、月乃の影響力を得たくはあるが、ルナ本人を狙うのは分が悪い。そこで白羽の矢が立ったのがハルということだろう。
一応ただの居候として養われているだけの扱いなハルであるが、月乃の家に深く入り込んでいるのは誰が見ても分かる。
そんなハルを通じて、間接的におこぼれにあずかろうという魂胆だ。貴族らしい考えといえる。
そんな、造船を家業とする男子生徒の船の世界。今のところ攻略は順調だ。
特殊部隊さながらの動きで迅速に船を制圧していくハルの人形兵たち。敵も銃を使い反撃してくるが、こちらの装備の敵ではない。
人形兵の身に纏う、『物理無効』とでも言うべき無敵のフルプレートは、銃弾をいともたやすく弾き返し、逆にこちらの銃弾はいともたやすく敵を屠る。
「まるで海賊船を制圧する特殊部隊さながらだね」
「映画とかの話?」
「まあ基本は。僕も昔、訓練は受けたけどね」
「へー。でもハル君みたいな引きこもりの管理者さんが、海賊船を制圧するようなケースなんて想定するもんなん?」
「いや、そうじゃなくて。特殊部隊が攻めてきた時に返り討ちにする訓練だね」
「左様ですか……」
改めて言葉にしてみると、あの研究所の頭のおかしさが分かろうというものだ。特殊部隊に強襲される、つまりは国と敵対する可能性があったのだろうか?
ともあれ、今はそんな訓練を受けた精鋭兵士も居なさそうだ。土地が船というブロック単位に分かれているのも追い風である。一区画ごと順に、制圧していけばいい。
ハルの兵士は塔のようにせり上がった艦橋に突入し、今にもまたハルの国に向け砲弾を撃ち込もうとしている砲台を制圧し、順々に船を占拠していった。
一度占拠すれば、守るのは容易。船ひとつを一区画とした単位で防衛すれば、非常にやりやすいのが利点だ。国の構造があだとなっている。
本来は銃を使う敵が、一方的に歩兵を撃ち倒せるフィールドなのだろう。剣士などであれば非常に苦戦するはずだ。
「あとは、ルーチンワークでこれを繰り返して終わり? そんなあっけない国だとは思えないけど」
「でも、反撃らしい反撃もないね。仕方ないんちゃう? 勝てんよ、ウチの最新鋭装備には」
「フラグかしらユキ? 忘れているでしょう、まだ、敵の特殊ユニットが出ていないことを」
「んー。さっきの大砲が実は特殊ユニットで、あれ以上のことは出来ない、とか?」
「そうだといいけれど……」
まあ、ユキも実際に口ほど楽観的に考えている訳ではないだろう。
そして、そんなハルたちの懸念を裏付けるように、敵国のデータを取ってくれていたアルベルトから、良くない知らせがもたらされたのだった。
「ハル様、申し訳ありません。監視衛星が撃墜されました。敵の、高射砲のような装備であるかと」
「そうか。当然といえば当然だね。戦艦なら、対空兵器だって装備している」
「いえ、それが、非常に不甲斐ないながらも、“何に撃墜されたのか見えませんでした”。少なくとも、通常の高射砲のような装備ではないかと」
「ふむ?」
アルベルトから直前のカメラ映像を渡されるハルだが、確かに何処にも脅威は映っていない。
真上から撮影されている敵兵士たちも、ハルたちの飛ばした飛行機械にまるで気付いている様子はない。気付かれずに、監視出来ていたはずなのだ。
「スナイパーによる狙撃?」
「と考えるのが妥当ではあります。しかし、やはり解せないのは、兵は気付いていない事ですね。彼らは全体で一つ。スナイパーに察知されたなら、真下の兵士も頭上の監視に気づくはず」
「確かにね」
「それに、敵の装備の水準からみて、そんな遠距離から正確に狙撃可能な銃など配備できないでしょう」
つまりは、通常の装備の水準を超越できる何か。すなわち、敵の特殊ユニットが出てきた可能性が高い。そのように、アルベルトは語っているのであった。
◇
しばらくすると、いつまでも順調に続くと思われたハル軍の快進撃にも陰りが出始めた。
監視衛星が撃墜されたというポイント、そこまで行かぬうちに、人形兵もまた同じく見えない何かに撃破され撤退を余儀なくされたのだ。
「……全員、遮蔽物に身を隠せ。それと、装備の回収。敵に利用されるようなことがあってもウザい」
ハルの指示を受け、人形兵は例の人工筋肉で出来たワイヤーにて触手のように仲間の装備を回収する。
放っておけば、敵国による浸食を受けて船の一部になるのかも知れないが、万一鎧の形のまま敵に渡ったら対処が面倒だ。
あの『無敵板』は、防御力が高すぎてハルたちでも破壊するのが大変なのである。
「ふむ……、衛星が落ちた位置よりもずいぶん手前だね……」
「《ドローンの高度を加味しない水平距離だからだろうと思われるっすハル様! 恐らくは、ある地点を中心とした半円形の結界。その範囲内に踏み込んだものは、容赦なく射殺するユニットが存在するっす!》」
「自動迎撃システムか。なんとなく、前回のビッグフッドと似ているかな?」
「だねー。範囲内でのみ無敵の性能を発揮する特殊ユニット。なーんか、攻め攻めにみせかけて、意外と守備タイプ?」
「別に、攻めが弱い訳でもないのが厄介なところね?」
「《予測ポイント出るっす!》」
二つの被害ポイントから逆算し、エメから送られてきた敵のユニットの存在位置。そこは、前線からまだ数キロ先という、狙撃としては実にあり得ない位置だった。
なんとか目視で捉えようとするが、まばらに起立する各船の構造物が邪魔をしてよく見えない。
「恐らく、人形兵はそんな遮蔽物がちょうど存在しないわずかな隙間を縫うように撃たれた。うーん、神業すぎないか……?」
「ハル君並みのやべーやつだった? そのお坊ちゃま?」
「別に、ガンマニアだという話は聞かないわね? いえ、仮に銃器の心得があったとしても現実的ではないわ?」
「だよね。だとするとやっぱし、特殊ユニットか」
船に装備され、範囲内に入った敵を自動で迎撃し、かつ凄まじい精度を誇る。
……なんとなく、思い当たる物があるハルだ。しかし、そんな物が実装されていいものか。ゲームとしてバランスブレイカーすぎではないだろうか?
自分の事を棚に上げて、そんなことを考えるハルだ。しかし、そう考えるのが自然。
その存在は、ミサイル迎撃の為の自動機銃システム。よく『CIWS』などと呼ばれる兵器であった。




