第1084話 船の世界
「という訳で、君はその防衛能力を生かし、今後攻めて来る敵に対しての防波堤を頼みたい」
「選択肢は無いんッスよね? もし断ったら?」
「えっ? 攻め滅ぼすけど……」
「不思議そうな顔して当然のように言わないでくださいよ!」
雪国の主である男子生徒は、どうやら低学年の後輩にあたる生徒のようだ。いざ面と向かうと、先輩であるハルに対して気後れがあるらしい。
そこは別にハルとしては、徹頭徹尾敵として無遠慮に接してもらっても構わないのであるが。
「まあいいや。ところで君には、少々聞きたいことがあってね」
「な、なんスか? 仲間の情報なら、脅されたって答えませんよ……」
「なるほど。見上げた根性だ。それが本当かどうか、確かめたくもあるけど、残念ながらその事じゃあない」
「は、はぁ……」
「君は雪国に何やら思い入れがあるみたいだけど、どんな理由なんだい?」
「……いや、その、単に故郷が北国ってだけですよ。田舎モンで悪かったですね」
「いや、特に悪いことなんてないさ」
実に身勝手なことだが、この生徒の出自に興味などない。単に、創造される世界とプレイヤーの好みや主義主張、それらの相関関係を探る糸口になればと考えている程度である。
それを知ることは、このゲームがプレイヤーの何を読み取って何を反映しているのか、それを探ることに繋がる。
今までずっと謎に包まれていた『ユニークスキル』についての手がかりにもなるかも知れない。
「そんなに珍しいですかね? 確かに、こっちではあまり雪降りませんッスよね」
「ああ、いや、物色するようですまない。確かに、僕には馴染みがないね。知り合いでも、南観くらいか、北の出身は。知ってるかい、ミナミのこと?」
「うぃっす、もちろん。ファンっスよ! いいなあ先パイは。色んな有名人とも知り合いなんでしょ? この間の配信も見ましたよ」
「ゲーム関係だけだよ」
なにやら思った以上に食いつきが良い。どうやら彼は、ソウシとは異なりゲームを始めとしたエンターテイメントを好むタイプのようだ。
勝手に話題を出してしまったミナミとは出身地が近いらしく、そうした関係もあって応援しているのだとか。
ダシにして申しわけないが、共通の話題で少し仲良くなれたハルたちだった。
「……ところで、これからどうなっちまうんですかね自分は」
「悪いようにはしないさ。さっきも言ったように、僕の世界が一度に複数の襲撃を受けないように防壁を務めて欲しい。得意だろう?」
「でも、先パイにやられた兵士が復活して来ないんですけど……」
「時間経過で解消するよ。なに、戦う必要はないさ。ただ道を塞いでいてくれればいい。幸いにも君は、自国内に入れないことにかけては一級だ」
「嫌味っすか?」
もちろん、ハルは除く。事実、特殊ユニットを出した後はヨイヤミ相手には完封していたのだから。その防衛能力は高く評価すべきだ。
ハルは、なんなら必要な物資や装備は手配すると約束し、半ば強引に彼を作戦に巻き込んだ。
この現地調達の防波堤を新たな敵の到来位置に配置すれば、しばらくは一つの国を足止め出来るだろう。
訝しむ男子生徒を強引に動かして、ハルは彼の国を任意の位置へと移動させた。
そうして慌ただしい戦後処理が終わったかと思うと、すぐに次の国がハルの世界に接触して来た。
あの雪国はあくまで前哨戦に過ぎない。ここからが、連合との総力戦の始まりとなるだろう。
*
「どう、ユキ? 来てる?」
「だーめさ。まったく動きなし。新しくくっついた国は、攻めて来る様子が一切見えないね。ログインしてないのかね。つまらん」
「そんなことはないと思うけど。今回は、数が揃うまで待つ気なのかな」
「ハニカム地帯はこっちからも攻めにくいのが厄介だね。来てもらわないと、ぶっ倒せない」
「まあね」
「その点、次に接触予定のトコは面白そうだよ。ハニカム化されてない方向から来るからね」
「それって普通ピンチって言わない?」
ハルたちの世界は、全方位をハニカム構造にして敵襲に備えている訳ではない。同盟国と複数隣接している関係もあって、通常の平地が続く方角も存在した。
今レーダーが敵国を捉えているのは、まさにそんな平地部分。
このままそこに接舷するように上陸されては、ハニカム地形のクッション無しに直接兵を乗り入れられてしまう。
「しかもそゆ所に限って、やたら大きい島さ。これは不運な偶然、って思うのはさすがに都合よすぎだよね」
「だね。敵もきっと、レーダー機能を持ってて、上陸しやすい位置に狙いを定めたんだろう」
「機械じゃなくて、ゲーム内システムってことだね」
「そうそれ。僕らのまだ知らない未知の文化、って奴だ」
機械装備をもって強引に戦力強化を行っているが、ハルたちの国力、『勢力値』はまだまだ低い。
見かけ上の広さは大きくなったが、穴だらけのハニカム構造では勢力値は上がらず、新たなシステムも開放されない。
そんな未知のシステムの中に、レーダー機能があると考えるのはおかしくない。というよりも、正直ずっと無いままでは思い通りの外交もままならないだろう。
「……とりあえず、ノーガードはよろしくない。接敵予定地点に兵力を展開しないと」
「だねー。装備はどうする?」
「とりあえず、騎士装備が無難だろう。ただし得物は銃器とする」
「剣を捨てた遠隔攻撃に走った卑怯な騎士、出撃!」
「……効率的に国を守ることこそ彼らの誇りだから良いの」
フルプレートのように全身を固めた鎧に身を包み、腰に差すのはもちろん剣、ではなく銃。しかも電磁式の見慣れぬ銃だ。
無敵板による絶大な防御力に守られ、しかも攻撃は安全な遠距離から一方的に行う。
騎士と言うには、少々正々堂々とした公明正大さに欠ける部隊である。
まあ、単に見た目が騎士の鎧に似ているだけで、特に騎士団を名乗っている訳でもないので、別にいいのだが。
剣を装備するにしても、その時はソフィーの世界から輸入した日本刀になるというアンバランスさはぬぐえない。
「物理無効! 遠隔攻撃! あとはなんだ? 二回攻撃とか範囲攻撃?」
「毒攻撃と再生だね」
「うわ性格悪っ」
そんな別のゲームの話題で盛り上がりつつ、ハルとユキは上陸予定の平地に人形兵を展開し待ち構える。
そう、『接舷』であり『上陸』。レーダーの反響が捉えた敵の世界の形は、なんとなく船を思わせるシルエットをしていたのだった。
そんな、まるで島の如き船の姿が、世界の外を包む虚空の霧を割り裂いて現れる。
その姿は船を思わせるどころか船そのものであり、甲板の如き大地に艦橋のような塔が立ち並ぶ、そんな奇妙極まりない世界なのだった。
「ってまずいなこれは! アルベルト、工場の防御は!?」
「当然、完璧となってございますハル様」
「……ぬるりと現れるなお前」
影からわき出たかのように、呼べば傍に控えるアルベルト。そんなアルベルトが手に持った何かの操作パネルを素早く操作していく。
すると、ハルの世界中央部に密集していた工場群が、けたたましい警報音と共に変形し始めた。
いや、別に変形といっても工場が変形合体して巨大ロボットになる訳ではない。アルベルトならやりかねないが。
工場の壁を保護するように、地面からシャッター状の防護壁がせり上がり、予想される敵の『船』からの攻撃より身を守る。
そんな『船』からの攻撃とはいったい何か? そう、大砲に決まっている。
「うわ撃ってきた! 警告もなしに! この蛮族! いや海賊! ……ん? ここは空に浮かぶ島っぽいイメージだから空賊なのかな?」
「ユキ、今は気にする所はそこじゃあない」
そう、ハルがその姿を発見し慌てて防衛配備を行った理由、それが敵国の船上にある無数の大砲だ。
よくよく見てみれば敵の世界の構成は、多種多様な船が連結して巨大な一つの大地を成しているようなイメージとなっている。
地面は長方形、いや菱形に近いブロックで一区画を構成しており、その範囲で一隻、なのだろうと思われる。
その範囲ごとに甲板上のデザインはまちまちだが、それらの多くに共通する点として、遠距離砲撃用の主砲を備え付けてあるところであった。
「回転式の砲塔ってやつじゃん。戦艦じゃん。ハル君とも趣味合うんじゃない?」
「別に、僕は戦艦大好きって訳でもないよユキ」
「でもよく戦艦作ってんじゃん」
「僕が作るのは、宇宙戦艦や飛空艇だよユキ」
「じゃあ海の戦艦は好かんの?」
「いや、そう言われれば好きな部類だけどね?」
「だよね。私も割と好き」
割と男の子趣味のユキだった。軍艦とかロボットとか変身ヒーローとかが好きなのである。
まあ、あの悪路走破用の他足歩行戦車じみた『六本腕』を嬉々としてデザインするユキだ。今さらの話であった。
「で、ベルベル! 被害は!」
「ご安心くださいユキ様。有事防衛用のシャッターの防御力は万全。あのような砲弾程度、容易く受け止めてそのまま現地で材料にしてしまいますよ」
「シャッターには無敵板を?」
「ふふふ。当然、使用しておりますとも」
いつの間にか整備されていた工場内輸送車道。そこからせり上がるように飛び出てきた通常とは真逆の方向へ伸びるシャッター。
それは敵の挨拶代わりの砲弾を軽々と受け止め、一切の勢いを殺し切るとそのまま真下に落下させる。
まるで、壁に当たった途端に砲弾が空を飛んでいたことを一瞬で忘れてしまったような不自然さであった。
そんな忘れっぽい砲弾は、直下でこれまたいつ用意したのか輸送用車両が回収し工場内に運んでいく。
この後すぐにただの材料として溶鉱炉にでも放り込まれるのだろう。
「慈愛にあふれる、良い国ではありませんか。まさか工場に直送で、金属素材を送り込んでくれるとは」
「いや、どう見ても工場ぶち壊そうとしてたよね?」
「ただ、気になる事がひとつ」
「……聞きなよアルベルト、人の話を。それで、何が問題?」
「はっ。徹甲弾で貫けぬとなると、次は炸裂段を装填してくる可能性が。そうなると守り切れるかどうか……」
「悠長に構えている場合じゃないよねそれは?」
そんなアルベルトの懸念なのか、それとも半ば期待しての発言なのか。それは残念ながら的中してしまった。
敵は効果なしと見るやすぐさま炸裂信管に切り替え砲撃を再開する。
今度は壁に当たったと同時に大爆発を起こし、二次災害で、シャッター付近の工場を火の海に陥れてしまうのだった。
そんな厄介な船の国。これ以上、ハルの港に停泊させておいてやる訳にはいかない。歩兵による、乗船しての白兵戦がスタートする。




