第1083話 雪解けを告げる者
メリークリスマスです。特に特別編とかは用意できなかったので、物騒なホワイトクリスマスをお楽しみください。
迫りくる雪男の影に対し、ハルが取った行動は、当然真向勝負、ではない。
その巨体が引き連れる猛吹雪、ブリザードから逃れるように、蹂躙を終えた町を後にする。つまり逃げたのだ。
「なんでさハル君。私の作った六本腕が、あんなずんぐりむっくりに負けるとでも?」
「そうは言わないよユキ。ただ、勝利というのはなにも、直接対決で打ち負かすだけじゃあない」
「うわ、出た出た。ハル君の陰湿なとこ。またなんか心折ること考えてんだ!」
「そうなのハル? ヨイヤミちゃんの教育に悪いわ?」
「失礼だね君たち。大丈夫だって。たぶん……」
「《やっちゃえやっちゃえお兄さん! 私をいじめた悪い人なんて、コテンパンのギタボロにやっつけちゃえ!》」
施設の男の子の真似だろうか、やんちゃな言葉遣いをルナが窘める。
そうしている間にも現地ではハルの操る怪物が吹雪の影響範囲を抜けて、瀑布のように足元の雪を巻き上げて次の拠点へと向かう。
そう、六本腕の走破スピードは、この足元のおぼつかない雪原においても、地元であるはずの雪男よりも上であったのだった。
「ははは! 凄いなこいつは! 地形バフを貰って敵なしのはずの敵ユニットよりも速いとは!」
「ハル君が楽しそうでよかったよ。まあそりゃ、足が八本もあるもんね」
「……そういう問題なの?」
「よく見ると、足が変形しているのです! 雪でも走りやすくしているのでしょうか!」
「その通りだねアイリ。通常の、結構先の尖った形状では雪に足が沈んでしまう。そうならないように、先端を広げて雪の上を浮くように走っているんだ」
「アメンボみたいですねー?」
「その気になれば水の上も走れるんじゃない?」
「……ほんとですかー?」
そんな変幻自在の『六本腕』。ユキはその通称を持つゲームにおいても、こうした機体の調整に余念がなかった。
最後にはハルに敗れはしたが、その天才的な操作技術にて、今のようにどんな地形どんな環境においても、その無数の手足で的確に適応してみせたのだ。
そんなユキの設計したハル軍の特殊ユニットは当時のゲームユニットの特性をしっかりと引継ぎ、どのような悪路であっても確実に走破し敵をうち滅ぼす。
「さて、次の町に到着だ。守護神は間に合わず、この町も僕に蹂躙される」
「……なるほど? これがやりたかったのね? 敵が絶対の自信を持っていた策の上をゆき、その鼻っ柱をへし折ると」
「完全勝利、なのです! 撃破率100%の、コンプリートボーナスなのです!」
「Sランク勝利ですねー。Sランクを取るために、虐殺まがいの無意味な殺生をしなくてはならないというのは、どーなのでしょー?」
「いやカナちゃん。そんなゲームの仕様にここでツッコまれても……」
よくある話だ。敵兵には犠牲を出さずに場を収める方がスマートな戦術と評価されそうなものだが、そうではないゲームも多い。
穿った見かたをすれば、皆殺しこそが高評価、となるような、撃破数の多さが評価の高さとなる基準はよく採用されていた。
まあ、今はそんな話はどうでもいい。余談であった。魔法の言葉『ゲームだから』で片付く話である。
「まあ、そんなコンプリートボーナスを取られれば、敵将たる生徒もそれなりに自信喪失してくれるだろう。無人の荒野をひとり守る守護獣の哀愁に震えるがいい」
「《ハルお兄さん、意外といじめっ子だったんだ、どきどき……》」
「たまにワイルドで、かっこいいのです! どきどき、ですね!」
「教育に悪いわよハル?」
「……いや、申し訳ない。だがこうして、『どうあがいても勝てない』という意識を植え付けてやれば、後々に生きてくることもある」
「後々に恨みを買うこともあるんじゃないですかー?」
「……そういう、こともあるかも知れない」
「そんときは容赦なくぶっつぶそ?」
「《ぶっつぶせー!》」
……ゲーマーという者は教育に悪い発言ばかりだ。まあ、ヨイヤミをお上品に教育するのはルナに丸投げするとして。
「今は敵を振り切りつつ、兵士を間引いて回る。この六本腕の特殊能力には、『復活不能』がある。一度斬った兵士はしばらくリスポーンしない」
「《敵はハル様を直接追うのを止めて、先回りを考え始めたようですね。無駄なことを。この私が上空から見ているとも知らずに》」
「《あっ! 私も私も! 私も敵の目を奪って作戦を読んじゃうんだから! 次に行こうとしている場所、ばっちりハルお兄さんに教えられちゃうんだよ! こうすればもう無敵だよね!》」
「いや、君を助けるのに、君の力を借りていては本末転倒というか、威厳がというか……」
「細かいこと気にしてないで受け取っておきなさいな? あなたの役に立てるのが嬉しいのよ?」
そういうものか。なお、これにより敵生徒のプライバシーやらなにやらは完全に無視される形となったが、そのことに言及する者はここには誰も居なかった。
そうして、戦力的にも情報的にも、徹底的に遅れをとった雪国の世界は、次々と兵士の首をハルの操る六本腕へと献上することになったのである。
◇
「《くそっ! なんだ、なんなんだよ……。完全に作戦の裏をかかれてる、情報が洩れてる……? つっても、そんなん何処から》」
「《あっ! 出来た出来た! 私がハックした敵の主観を、“私の主観”として再生出来る! まだ、ハルお兄さんみたいにモニターには出せないけど……》」
「……いや、十分すごいよヨイヤミちゃん。たった一回教えただけで、もう、ものにするなんて。そして、晒し上げは止めて差し上げるんだ」
「《やーだよぅ!》」
「《くそっ! こうなったのも、全部あいつらのせいじゃないか! 何が『共同戦線』だよ俺一人しか着いてないじゃん!》」
その後もヨイヤミにより、無防備な生徒の愚痴、独り言がここに居る全員に暴露され続けた。『王様の耳はロバの耳』くらいの理不尽さ。
なんという恐るべき能力だろうか。安全地帯もなにもあったものではない。
一応ハルは注意はするが、自分をいじめた相手へのささやかな(ささやかだろうか?)復讐を、ヨイヤミは止める気はないようだった。
まあ、相手のプライバシーについてはさておいて、この癖は早めに矯正した方が良いかも知れない。少々危うい気のしているハルだ。
ヨイヤミは相手の主観を自分の主観と同一視して情報を取り込んでいると語った。それは下手をすると、自身の主体を喪失する危険に繋がる。
初期のハルは確固たる自我をほぼ持ち合わせていなかったため、その危険は無視できたのだが、ヨイヤミは違う。
あまり他人の意識に侵入しすぎる事は控えさせた方が良いのかも知れなかった。
……だが、どうやって止めるというのだろうか? ハルもまだ、その能力の仕組みについて知らぬというのに。
「……ともかく、今はこの哀れな生徒を救済する為にも、早急に決着をつけてやろうか」
「あはは。ハル君が潰そうとしてた相手に同情し始めた」
「まあ、もはや哀れではあるわね? でも、情けない様子を見て多少は溜飲が下がったのも確かね?」
「《でしょでしょ! 普段はカッコつけてる奴も、平気そうにしている奴も、一人になればみーんなこうなんだから! 人間、一皮剥けばみんないっしょとはよく言ったものよね!》」
「そうね? それが理解できていると、交渉事にとっても強くなれるわよヨイヤミちゃん?」
「《ほんと!?》」
……ハルが止めようとしているのに、ルナは行為を賞賛し煽ってしまう。まあハルとて、この無表情の奥に見えるまばゆい笑顔の前では強く言えないのは確か。
ここは、褒めて伸ばす気であるらしいルナお母さんに一任することとしたハルだ。再びの丸投げともいう。
「まあ、ともかく情報は嫌というほど揃った。敵の性格も意識して、そろそろ最終形に向け組み立てを始めよう」
「どーすん? 一つの町に居座られたら困るんじゃない?」
「それはそれで、その町と心中してもらうだけだけど……」
ただ、アイリもコンプリートボーナスを求めていることだ。どうせなら、全滅させたいと考えるハルである。
なので最後は、二択の強制を迫ることにした。
「あえて最後に端の町を対角線上に二つ残し、どちらへ行くかを選択させる」
「なるほどー。敵は、どちらか片方の町だけでも死守しようと選ぶことになるんですねー?」
「うん。そして、その選んだ方に駆けこんで先に潰す。選ばなかった方も勿論潰す」
「鬼畜ですねー?」
そんなハルの鬼畜戦法、本来はそう上手く行くはずないのだが、こちらは敵の動きも、敵の心情さえも筒抜けだ。
そこにハルの誘導技術も加われば、可哀そうな雪男を右往左往させることは訳ない事だった。
焦りは判断を狂わせ、その焦りを的確に読まれて利用されてしまっているとなれば、彼を戦下手と責めることは出来ないだろう。
そうして無情にも最後の町は落とされ、ついにこの国の防衛に配置されていた兵士は誰一人として居なくなった。
中央に詰めている部隊は正確には残っているが、そこは戦略上手を付けるつもりはない。ほぼコンプリートボーナス達成と言っていいのではないだろうか。
そんな中央だけは守る為、雪男は本拠地への完全撤退を余儀なくされた。
「よし。あとは引きこもりだろう。この先出てくることはない」
「完全にお外がトラウマだね。私みたいだ」
「……ユキは外出が面倒なだけでしょうに」
「《私も、ユキお姉さんのお気持ち分かるかも。せっかくお外に出られるようになったけど、いざ出るとなると、なんだか怖いもん……》」
「だよねーヨイヤミちゃん。そう、これは私らのような人間にとって、仕方ないことなんだ」
「甘やかしちゃダメよヨイヤミちゃん? こうやってすぐ調子に乗るんだから」
「《わかった!》」
「分かっちゃうの!?」
……ユキたちの事情はともかく、この敵に関しては単に完全に打つ手がないからだ。
そしてハルが特殊ユニット同士の直接対決を避け続けた為に、こうしていれば負けはない、少なくとも引き分けだと思い込んでいる。
そこを突くのが、最初からハルの狙いであった。
ハルは敵首都であろう、屋根に雪の積もった石造りの立派な街、雪国の観光地を思わせるその美しい景色の遠く見える平地に、堂々と六本腕を配置した。
今は街を中心に猛吹雪が吹き荒れており、その範囲の一歩外である。
こうしてブリザードの結界を張っていれば、少なくとも本拠地は守り切れると思っているのだろう。
そんな藁にも縋る思いの敵生徒に、ハルは容赦なく最後通告を突きつけた。
「《今から一時間待とう! その間に、降伏し僕の軍門に下れ! さもなくば、この無防備になった雪原を浸食し切り、溶かし尽くし、さわやかな春の草原に染め切ってやろう!》」
「ハルだけに?」
「これは脅しなのかしら?」
「なんだか良いことっぽいのです!」
「神話ならかなりの信仰対象でしょうねー。春の訪れを告げる神はー」
「……言わないで。僕も言っててどうかと思ったんだから」
だが、こうした『雪を解かす』発言が刺さるとハルは踏んだのだった。相手は雪国に思い入れがあるらしい。
まあ、そこは主題ではない。どう脅しをかけようと、このまま国土を完全包囲した際の結果は見えているのだから。
果たして敵は予想の通り、一時間を待つことなく白旗を上げた。
そうしてハルは、新たになかなか面白そうな属国を一つ確保することに成功したのである。
※表現の修正を行いました。「戦略上手を付けるつもりはない」が「せんりゃくじょうず」に見えないようルビを振りました。ご指摘、ありがとうございました。




