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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1082話 観える景色と見た景色

 自陣の奥へと逃げ込んだ雪男ビッグフッドを追って、ハルたちもまた追撃をかけんとする。

 しかし、このまま人形兵で突入しても、ヨイヤミの兵士の二の舞になるだけだ。


「それに、あの寒さの中では自慢の装備もどうなるかね」

「《なにをおっしゃいますかハル様! ……と言いたいところですが、極低温環境においては装備のスペックも低下は免れません。悔しいですが、現状ではどうにも》」

「つまり開発を進めれば解決できるのね……」

「《当然でございます。事実、私の体はあの地に突入してもなんの問題も出ますまい》」

「流石は仮面アルベルトマン」

「《はは、懐かしいですね。ここは私がパワードスーツを身に纏って突入しますか》」

「せんでよろしい。とはいえ、それも面白いかもね。『敵の特殊ユニットか!?』ってなるよ絶対」


 黒い仮面の、謎の正義の使徒アルベルトマンだ。不本意ながらハルの使いとして異世界で活躍したことがある。

 正直顔を隠してしまえば敵には装備を整えた人形兵と区別が付かないだろうし、それもありかと思ってしまう自分を自覚するハルだった。

 少々よくない流れだ。アルベルトのペースに乗せられていると言える。


「……装備といえば、僕ら自慢の防御装甲も猛吹雪の前には意味を成さない。なかなか厄介だね。この国は」

「本来は、専守防衛がコンセプトなのでしょうね! 難攻不落なんこうふらく、踏み入った者は決して容赦しないスタイルです!」

「だろうね。初心者と見て気が緩んだか、攻めて来たけど、基本は守りに特化した国だ。少々攻め手に欠けているようにも感じるが……」

「中に入らなくても、このゲームは浸食で敵国を取れますもんね!」


 そう、先ほどまさに敵がそうしようとしたように、国境線に兵を置いているだけで浸食は進む。

 つまり引きこもっているだけではいくさには勝てず、最低でも国境線を挟んだ小競り合いはしのげるだけの戦力を備えていなければならないのだ。


 まあ、休むことなく銃弾を浴びせ続けてくる相手にどう対処しろというのだ、と言われればそこまでだが。


「考えていても仕方ないね。ここは、敵が次の手を打つ前に勝負を付けてしまうとしよう」

「《このまま浸食してお終い、ではいけないのお兄さん? 敵はもう国境に兵を並べられないしあのモンスターも置けないよ。この状態を維持していれば、逆に浸食しきって『つまらない勝利』なんじゃない?》」

「そうなんだけどね。そんな、『つまらない勝利』を君に見せる訳にはいかない。この戦場を預かった以上ね」

「あらあら。小さな子の前で格好つけちゃって。でもそうね? 見栄えの面という以外にも、この戦場一つに時間を掛けすぎる訳にもいかないわ?」

「だね、ルナ。敵は、こいつ一人じゃない」


 敵は連合、ハルをこの世界ゲームから排除しようとする生徒の集まり。じっくりと浸食して完封勝利、などと悠長に構えている暇はなかった。

 こうしている間にも、次の相手がハルやその同盟国へと接近し、今にも接触しつつあるのだ。


「よし、やはり突入しよう。六本腕を使う。迅速に排除してやろう」

「ほいよー。出しとくねー。六本腕、発進! ベルベル、輸送任せた!」

「《はっ! お任せください!》」

「……非常に不安なんだけど。何をどうする気?」

「そりゃ、決まってるじゃんハル君。敵地に迅速に、恐怖と絶望をデリバリーじゃ」


 なんだか結果を見るのが怖いが、現実はいつだって非情で唐突だ。ホテルの一室から見える遊園地の夜景を、不穏な影が突如入り込む。

 観覧車のライトアップを遮るように飛び込んできたそれは、やはりカプセル状の物体。

 また地下鉄を使い捨てにして輸送機の代わりにしたのか、とハルは思ったが、どうもそれとは違うようだ。


 真空から大気の中に出て、空気抵抗で減速するそれは、地上に落下する前に変化を見せた。


「変形だ、六本腕! 輸送モードから、バトルモードへ!」

「……!!」


 ユキの命令コマンドに応えて、声にならぬ声を上げてそのカプセルは空中でベキベキと変形を始める。

 丸まっていたその“体”から上体を、そして無数の手足を伸ばし、八本の足で器用に着地してみせる。


 まるで、変形機能を備えた多脚戦車たきゃくせんしゃ。少し見ぬ間に、またユキによって改造が施されたようだ。

 そして先ほどの調子だと、またアルベルトも一枚かんでいるのだろう。


「どーよハル君。体を折り畳んで丸めることで、地下鉄の輸送網に入り込んで各地へ向かうことが出来るんだ!」

「……それは凄いんだけど、なんか体中ベキベキ言ってたけど大丈夫?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。もともと意味不明な体してんだから、骨の二本や三本折れてももへーきへーき」

「兵器だけに?」

「そうそれ」


 いやどう考えても平気ではないのだが、設計者のユキが言うなら平気なのだろう。

 これに関しては、創造に関われないハルが口をはさむことは出来ない。実に弱い立場なのであった。


「んじゃ、コントロール任せるよハル君! やっちゃえやっちゃえ!」

「《やっちゃえお兄さん! 私のかたきをとっちゃえ!》」

「このままユキが操作してもいいけど」

「えー、格好いいハルお兄さんが自分でやらなきゃダメっしょ? それに、ハル君の方がこいつ自在に動かせるじゃん。ねえ六本腕大会初代優勝者さん」

「《すごいすごい! あんな変な体、私がやったら頭こんがらがっちゃうよきっと!》」

「……なんだろう、褒めてもらってるはずなのに、複雑な気分だ」

「やーい変体ハル君。変な体と書いてヘンタイのハル君」

「……ヨイヤミちゃん。ユキもその大会では準優勝だったんだよ」

「《すごーい! ユキお姉さんも、へんたいだね!》」

「うぐぅっ……!」


 互いに変な体を操って、変な戦いを繰り広げた楽しい思い出だ。楽しい思い出の、はずだったのだが、上位入賞者二人は妙に苦い顔をして固まってしまっていた。

 これはきっと、その変な体を問題なく操れるのはハルたちのような超人だけで、一般人には操作もままならない、ということでゲームは一時運営中止となった苦い記憶からだろう。

 決して、小さな女の子にヘンタイと言われた事によるショックからではない。そのはずだ。


 ……そんなヘンタイボディの操作を譲り受けて、ハルは一面の銀世界へと突入する。

 その八本の足は、足元のおぼつかぬはずの雪原の上をも物ともせず、凄まじい勢いで走駆そうくして行くのであった。





「《少々お待ちください。今、監視衛星を六本腕の上空へと回しますので》」

「いや、それには及ばない、アルベルト。久々になるが、ここは僕が視界を持って来よう。ヨイヤミの授業にもなるしね」

「《はっ! 差し出がましいことを申しました! お許し下さい!》」

「いや構わない。そっちのモニターも回しておくように。俯瞰ふかん視点もあった方が分かりやすい」

「《ははっ!》」

「《……なにするの? お兄さん?》」


 ハルは言葉では答えず、六本腕の視界をこの場に投射する準備をする。


 特殊ユニットはロボットボディを遠隔操作するように、プレイヤーがその視界を共有し操作できる。

 つまり、その視覚情報はプレイヤーの脳内にて処理をされている訳だ。

 そして、自分の脳内情報であれば、ハルが自由にできぬはずもなし。以前は、よくアイリたちに異世界越しに映画を見せてやるために使っていた技術だった。


 間もなく、皆の目の前に巨大なスクリーンが表示され、それに雪原を駆け抜ける六本腕の視界が投射された。


「《わぁ! すごいすごい! これって、なにをどうしているの!? 私にもできる!? 出来るかなお兄さん!》」

「ああ、慣れれば簡単だよ。重要なのは、自分の生の視覚情報と、それを見て自分が感じたイメージを切り分けることで、」

「《あっ! それなら分かる! 人は『見た物』と『観ているもの』が違うから、その間の部分で自分の姿を抜いてやることで、私は透明人間になれるんだよ! これを使えば、目の前に居ても誰も私に気が付かないの!》」

「既にずいぶんと応用が出来ているようで……」

「あなたもやっていたわよね? 気配遮断だとか、なんとか言って」

「重要施設に侵入したりしたね」

「《わぁ……、そのお話も聞きたいなぁ……》」


 まあ、それは追い追いということで。今は、このもう一つの視界に映った一面の雪景色へ集中するとしよう。


 雪原を走る六本腕のスピードは、あの怪物仲間の雪男をも上回っていた。八本の足は雪に沈むことなく、足を取られることもなく、まるで地面となんら大差なく駆け抜ける。

 目指すは敵の防衛施設。がっちりと厳重に戸の閉ざされた、まるで倉庫のような家の立ち並ぶ町がお出迎えだ。


 そこには警備の為に兵士が詰めており、凄まじいスピードで疾走してくる怪物の姿を認めると、すぐさま臨戦態勢へと入った。

 だが、まるで遅い。六本腕のスピードから見れば、止まっているのとまるで同じ。


「見えなかった……、のです……!」

「しかも画面がぐるんぐるんしますよー。酔っちゃいますよー、こんな画面ずっと見てたらー」

「いやカナリー、君酔ったりなんかしないでしょ……」

「えー、酔いますよー、リキュールのお菓子とかでも酔っちゃいますー」

「またそんな無駄な感覚調整を……」


 とはいえ、これでは見る者に優しくない画面なのは確かだ。なんとか付いて行こうと食い入るように見つめるヨイヤミのためにも、ハルは映像のパターンを変えた物も表示してやる。


「はい、こっちの方が分かりやすいかな? 僕の主観が、強く反映された方の映像だ」

「おお! ぐるんぐるんした画面が、こっちはスローで見えるのです! そして次々にカットされていきます!」

「ハル君が重要情報以外は意識からオミットしてる、ってことなんだろうね」

「これ、良い教材になるのではなくて? 『上級者はこう見る!』とかで攻略情報として人気になるんじゃないかしら?」

「まー、問題は、果たして参考にできるレベルのプレイヤーがどんだけ居るかってところだね。カオスにでも売りつけよっか?」


 何が起きているかは分かりやすくなったが、代わりに臨場感は薄れてしまったかも知れない。

 コマ割り映像のように、敵の体が一人ひとり順番にピックアップされて表示され、そして順番に両断されていく。


 今度は八本の腕が握った刀がその刀身を不気味に光らせて、兵士たちを次々に撫で斬りにする。

 そんな、単なる味気ない結果のみの表示。両極端で何か足りないそんな二つの画面を救うため、第三の画面が、救世主が現れた。


「《お待たせしました。不要かとは思いますが、監視衛星が到着いたしましたのでモニターに出します》」

「いや、よくやったアルベルト。やっぱり三人称これが一番無難だね」

「《お役に立てて、光栄です》」


 アルベルトの用意した俯瞰視点には、敵をばっさばっさと切り刻む六本腕のダイナミックな活躍が分かりやすく表示されていた。

 やはり、客観的に見るということの大事さが良く分かるというものだ。


 そして、そんな空からの客観視点には、その場に迫りくるいかれる雪男の姿が、遠く表示されていたのであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雪男の国は位置取りが悪かったのかやる気が溢れていたのか到着が早すぎましたかー。乱戦状態のときにひっそり接触して浸食していればまだ活躍の目が合ったかもしれませんねー? どのみちハルが見逃すは…
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