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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1081話 置物運用

 アルベルトの飛行機械が捉えた映像は、雪山を闊歩かっぽする巨大な姿。

 その者も雪に溶け込む白い体毛に覆われた、『雪男』や『ビッグフッド』といった名で語られるような巨人めいた生物だ。


 奇妙なのは、その生物が直接ヨイヤミの愉快な仲間たちに接触し撃破した訳ではないようなのに、彼らはまるで雪山で遭難でもしたかのようにそのしかばねを晒していた。


「……実際、凍死したってことなんだろう。NPC兵に体温の概念があるかはさておき」

「『氷属性』のダメージを受けた、ってことだねー」

「そうそれ。そして恐らく、奴は非常に広範囲にわたってその冷気をばら撒く力を持っていると思われる」

「ヨイヤミちゃんのアサシン部隊にとっては、天敵なのです!」


 そういうことになるだろう。敵のきょを突き、死角から襲う暗殺者アサシン。しかしその敵が、自分たちのやいばが届く範囲まで来てくれないとしたら?

 射程の外で佇んでいるだけで、致死性の冷気を振りまく能力を持ったユニットが相手だとしたら、隠れ潜むことは逆にデメリットだ。


「しかし、敵はヨイヤミちゃんの兵士の位置を知らないのではなくて? どうやって、潜伏せんぷく場所を発見したのかしら?」

「発見しなくても良いんですよー。アサシンの狙いは分かってますからねー」

「……そう、自軍の兵の首ね?」

「ですよー?」


 兵士を狙いに来るというならば、その配置の周囲に敵も潜んでいるということになる。

 ならば自国の警備に配備しているその位置に、雪男を巡回させてやればいい。それだけで、自動でその首を狙う不届き物はあぶり出される、いや、凍り出されるのだ。


「どうやら、ヨイヤミちゃんの兵士は全てやっつけられてしまったようです! となれば次は、このユニットで攻めて来ますよ!」

「そうだねアイリ。兵士をただ送り出して勝てるような、ナメていい相手ではないと敵も分かっただろう。そうなれば、次はこいつを使って全力で来る」

「ハル君ってその辺の演出上手いよね。なんとなく、『勝てそうかも?』って思わせちゃう」

「そうやって戦力を小出しにさせて、最後に一気に頂いてしまうのよね……」

「悪い男なんですよー」


 悪いかどうかはさておき、確かに自軍の戦力を誤認させる戦略は好きなハルだ。

 そうした戦略の組み立てから見ると、ヨイヤミは少し早い段階で圧勝しすぎたとも言える。敵を本気にさせるのが、少々早すぎた。

 これが、気付いた時にはもう手遅れな消耗戦へと引き込めていれば、もう少しユニットの投入を先送りに出来ただろうけれど。


「まあ、小さな女の子にそんな手練手管てれんてくだを求めるものじゃないね。しかし、戦争では指揮官の年齢なんか考慮してくれない」

「ですねー。動きましたよー、こっち来ますよー」


 ハルたちが上空から見守る中、雪男は見かけによらぬ機動力にてヨイヤミの国との国境を目指して滑走する。

 吹雪を引き連れながら下山すると、瞬く間にこちらへ向かってくる。


「おー、速いねー。もうすぐ目視で確認できそうだ。うちの『六本腕』といい勝負じゃない?」

「むしろあの怪物はどれだけ速いのよ……」

「確かに。雪山のホーム補正入ってるだろうしね、この雪男は」


 この見た目、この能力。間違いなく自国の環境に特化したデザインだ。この力を十全に発揮できるのは、きっと自国内のみだろう。


「あんま好きじゃないなー私、環境特化タイプのユニットって」

「ユキはどんな環境でも万能に使える汎用はんようタイプが好きだもんね。まあ、僕もそういう所あるけど」

「ハル君は結構ご当地コンボ上手く使うじゃん?」


 まあ、実際ユキの言うように、一つの万能編成を用意してそれを何処でも使いまわせればそれに越したことはない。

 特殊な戦略に合わせいちいちユニットを組み替えるのは、手間だ。


 その手間を惜しむユキを怠惰たいだと侮るなかれ、人は、そうした判断の際にこそ脳のリソースを多大に消費することは証明されている。

 ユキはあえてそのリソースをフリーとすることで、判断ミスを徹底して避けるといった、もう一段上の戦略で臨む時があるのだ。


 なお、口ではこう言いつつもユキだって特化戦術にも非常に長けたプレイヤーなのは言うまでもない。

 こうした戦略ゲームをプレイする際の、一応の指針、方向性といった所か。

 ……ハニカム地帯の構築が汎用的なのかについては、今は考えないこととするハルだった。


「……要するに、あの吹雪の力は自国内でしか使えない、と思っていいのかしら?」

「たぶんねー。じゃなかったら強すぎっしょ。もしかしたら、ソウ氏のように奥の手使ったのかな?」

「ああ、確かにそうね? 彼も、空間を切り裂くあの力は自国だけでしか使えなかったわ?」


 どちらにせよ、雪男が他国に攻め込んで敵の街を吹雪に沈める、という荒業には出られないだろうというのがハルとユキの考えだ。

 それが出来たら強すぎる。雪男を放り込むだけで勝ててしまう。まあ、相性問題などあるので一概には言えないが。


 だが、リコとソウシ、強力なプレイヤーの操る特殊ユニットと比べても、いささか影響範囲が広すぎるように見えるので、この考えはきっと正しいはずだとハルもユキも確信していた。


「おっ、見えたね。どれ、答え合わせといきますか!」


 そのユキが、肉眼に迫りくる雪男の姿を捉えた。いや、今の彼女の眼は肉眼ではなく、望遠ズームもできる超高精度カメラアイだったか。


「ど、どうなるのでしょう! 国境を一気に踏み越える勢いで、爆走して来ます! どきどきです!」


 だがしかし、雪上を疾走していたその巨体は、国境が近づくとその雪を猛烈な勢いで巻き上げながら急ブレーキをかけ、ヨイヤミの遊園地とのさかいギリギリで停止した。

 これは、ヨイヤミの仕掛けを警戒したという感じではなさそうだ。恐らくはきっと、物理的に自領の外へは出ていけないといった、制約を負った存在なのだろう。


 だが巨人は、その見えない壁の一歩外から、もう決して通さぬとばかりにヨイヤミの国を睨みつけているのであった。





「ふむ? 入ってこないね」

「ですねー? これは自国から出られないの、確定でしょーかー」

「だろーね。自国限定だとしたら、あの力の強さも納得だ。でも厄介だよこれは」


 なにせ手の内を読んだところで対処のしようがない。

 自然の驚異の前では、いくら策をろうしても無駄なのだと言わんばかりに、雪男は余裕の表情で国境に陣取った。

 いやまあ、表情など実際は分からないのだが。ともかくそんな雰囲気だ。


「……吹雪は不思議と入ってこないようですが、遊園地が足元から凍り付いて行くのです」

「敵国の浸食だね。国力差が大きく開いている以上、これは避けられない。それに、あの雪男は立っているだけで浸食を早めるスキルでも付いているのかも知れないね」

「“ぱっしぶ”の、かたまりのような敵ですね!」


 まさしく、自動発動パッシブスキルの宝庫である。立っているだけで強い、立っているだけで意味がある。いわゆる、『置物』ユニットというやつだ。


 そんな巨大な置物が国境沿いに置かれたら邪魔でしかたないと、ヨイヤミも奮闘するが、敵はぴくりとも反応を示さない。

 国境近くの施設をヨイヤミが爆弾で吹き飛ばし強烈な爆風を食らわせても、ヨイヤミが決死の覚悟で兵を突進させても、どこ吹く風といった顔。周囲の猛吹雪の前ではそよ風か。

 たける炎は風花かざはなと消え、兵もまた氷像と散る。


 そもそもの話、奇襲が得意な兵士たちが正面きっての突撃を選ばねばならぬ時点で、もう勝負は付いていたということか。


「……んー、こりゃ、勝負あったかねー。あの子がいくら敵の作戦を読もうとも、そもそもこっから『作戦』なんて物がない」

「あとは、待つだけですもんねー」


 完全な力押し、国力勝負。ヨイヤミもそれを察したか、動きの少ない無表情を器用にどんよりと落ち込ませて、ピエロに押されてハルたちの見守るホテルの最上階へと入って来たのだった。


「《くっそー! 負けちゃったー!》」

「お疲れーヤミ子ー」

「だめよ? ヨイヤミちゃん? そんな言葉遣いをしちゃ」

「《ご、ごめんルナお姉さん。私、立派なお嬢様になってみせるよ!》」

「いや別にそれはならなくていいけど……」


 打つ手なしを認め、ハルたちの元に来たということは、バトンタッチの合図だろう。

 彼女の口からそれを宣言させるのも可哀そうなので、ここはハルの方から切りだすことにした。


「変わろうか? ヨイヤミちゃん。ここで無理しても被害が大きくなっちゃうからね。ここからは僕がやってもいい」

「《うん……、おねがいハルお兄さん……》」

「だいじょびだいじょび、次は勝てるってヤミ子。おし、一緒に反省会しよっか」

「《うん! 次はあの雪山を火の海に変えてやるんだから!》」

「あはは。左様さよか。実は火山だったとかかな?」


 ユキと一緒に、『あの時はどうしたらもっと上手くいっただろうか?』と検証に入った勉強熱心なヨイヤミを温かく見守りつつ、ハルは迅速に戦闘準備に入る。

 もたもたしているとこの遊園地がどんどん氷漬けにされてしまう。一刻の猶予ゆうよもないだろう。


「アルベルト、兵に戦闘装備を!」

「《はっ! 既に部隊編成は整えてございます! いつでも出撃可能です!》」

「よろしい。流石だ。遠隔装備は十分か?」

「《もちろんでございます。一方的に、射程外からなぶってやるといたしましょう》」

「よし、では人形兵部隊、出撃!」

「《はっ! 出撃せよ!》」


 アルベルトの自信に満ち溢れた号令と共に、ハルの人形部隊がこちらへと向かってくる。

 ……なんだか、最近のアルベルトが自信満々だと逆に不安になる所の大きなハルだが、まあいいだろう。変なことはしても、下手なことはすまい。

 兵の運用は全て彼に一任してある。どうなろうと文句を言うつもりはないハルだった。


 そんなハルのある種の期待に応えるかのように、“数秒後には”アルベルトからの回答が形となったこの遊園地へと“降り注いだ”。


「《空挺くうてい部隊、降下いたします!》」

「空挺がどこにあるって言うんだよ!」

「《ははは。ハル様の視線の先にあるではありませんか。まあ、翼はございませんがね》」

「あれは飛行機じゃなくてロケットって言いそうだけどね……」


 突如空から降下してきた人形兵が乗っていたのは、今はもう四散しバラバラに分解したカプセル状の乗り物。

 ……いや、あれを乗り物と言っていいのだろうか? もはや『砲弾』としか思えないそれは、中の兵士と共に破片をまき散らし、クラスター爆弾かのように国境付近に降り注ぐ。


 その物騒な乗り物の正体は、お察しの通り地下鉄のカプセル。その車両を、地獄への片道切符専用に改造した物だった。


「《生憎あいにく、まだヨイヤミ様の国へは路線が開通していませんので。少々強引な輸送路を使用させていただきました》」

「もはやみちではないけどね……」

「《いずれは『遊園地前駅』も整備したいところですね》」

「お手柔らかにね。しかし、それは中々に楽しそうな提案だ。さて……」

「《はい。作戦をスタートさせましょう》」


 降り注いだ兵たちは一切の被害なくそれぞれ華麗に着地すると、特殊部隊さながらの機敏さで一斉に戦闘態勢を整える。

 それは陣形を組むというよりも、自分が戦いやすい位置に、かつ仲間の邪魔をしないように互いが完璧に調整し、結果として美しい陣形が出来上がっていたのであった。


「置物運用大いに結構。だが置物である以上、逃げも隠れも出来ないのもまた自明」

「《もはや置物というよりも、ただの大きなマトですね。ではハル様。ご命令を》」

「攻撃開始」

「《はっ! 攻撃開始!》」


 そのめいを待ち望んでいたように兵士たちの持つ電磁銃が、一斉に国境の先に居る巨大な置物に向けて放たれる。

 敵は戦略上その場を動くことがままならず、かつこちらの国へは入ってこれない。

 すると、こうなるという訳だ。ヨイヤミ相手には相性が良かったが、ハルを相手にした場合は相性が最悪だ。一切の反撃が出来ないまま、ハチの巣にされる。


「しかしアルベルト。ずいぶんと威力の高い銃だね。こんなに電力消費が激しくて『弾薬』は持つのかい?」

「《ご心配なく。あの地下鉄は、補給を迅速に行う為に敷設ふせつされたのですから》」

「……また嫌な予感が」


 その、もはや未来視じみた予感を的中させるように、再び空から降って来る物がある。

 今度は兵を乗せたカプセルではない。しかし、異様さにおいては先ほどの空挺降下に勝るとも劣らなかった。


「ケーブルをそのまま飛ばしてきたよコイツ……」

「《先端に推進室を取り付けました。いわば、釣り針を付けた釣り糸のようですね。はっはっは》」

「何を笑っているんだコイツは……」


 何かツボに入ったらしい。そんな物騒すぎる釣り糸が、兵士のすぐうしろへと轟音ごうおんを立てながら“垂らされた”。

 兵士は迅速な手つきでその『ルアー』にあたる部分を分解すると、中から姿を現した分岐ケーブルを自分たちの大型ライフルへと装着する。

 これで、『弾薬』は補充された。打ち放題となった銃弾を、容赦なく人形兵は置物の雪男へと浴びせ続ける。


 そんなあまりに一方的すぎる攻撃に、敵はたまらず国境からその特殊ユニットを後退させたのだった。さて、ここからは、敵地への追撃のお時間となる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 暗殺特化のヨイヤミの世界だからこそ刺さったものの、ハルの世界に繋がったらハチの巣にされそうですなぁ。そう見ると、貴族連合も一枚岩ではないのでしょうかぁ。貴族なんて時点で表の協力と裏の足の引…
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