第1080話 絢爛の世界と静寂の世界
ヨイヤミの世界の準備もよくよく整わないうちに、連合国のひとつが接触した。
最初こそハルの世界ではないことに戸惑っていたようだが、ハルの同盟国だと気付いたのだろう。その生徒も、すぐにヨイヤミの遊園地へと侵略を開始した。
分厚い防寒着を纏った寒冷地仕様の兵士たちがなだれ込む。敵の世界は、どうやら雪と氷に閉ざされた極寒の世界のようである。
「なかなか面白そうな相手じゃないか。そんな世界を生んだ敵生徒のパーソナルなんかも気になるところだけど、そこを探るのは本題じゃないね。さて、どう出るヨイヤミちゃん?」
ハルの助けなく一人で戦うと言い出して聞かない彼女を、望みどおりにやらせてやることにしたハル。
本拠地の豪華なホテルのテラスから、パレードを一望するかのように両軍の激突を優雅に見物する。
「どう出るもなにも、防戦一方っしょ。戦力で勝る敵の部隊には、地の利を生かしてゲリラ戦を仕掛けるしかない」
「確かに、ヨイヤミちゃんのキャストたちは奇襲を仕掛ける気のようね? ここからだと多少は分かるわ?」
上から遊園地を一覧すると、物陰に愉快な仲間たちが隠れ潜んでいる姿がちらほら見える。
しかし、キラキラと派手な背景の中に紛れて、なかなかにカモフラージュされていた。
これが、道ゆく兵士の視点であれば、潜伏を暴くことは困難だろう。初手はまず許してしまうと思われた。
「しかし、敵は別に焦る必要はないのです。今でこそ隊を分けて進軍してきますが、奇襲に曝され不利と見れば、陣形を固めて腰を据えてかかればいいのです!」
「アイリちゃんの言う通りですねー。なにせ、このゲームでは『地の利』すら後付けで自軍に有利に変更できますからー」
「はい! 国力、勢力値に任せて浸食を進めればいいのです!」
兵は国境沿いに固め、逆浸食を受けぬようガードしておけばいい。時間は掛かるが、被害なく敵国の完全制圧が可能である。
「つまらない戦い方だが、初心者のヨイヤミに効果は覿面だ。あとは、敵がそれをしてくる相手かどうかだけど」
「そんなつまらん相手だったら、クラスに突撃して文句いっちゃれ。ハル君、ルナちー、登校したら会えるっしょ」
「君ね、このゲーム最大のタブーを……」
ゲーム内の事情を学園生活に持ち込まない。このことは、参加生徒は皆きっちりと守っている暗黙の了解となっていた。
ゲームの話は自分の派閥の中でだけひっそりと行い、あとは表向き普通の生徒に混じり普通に授業を受ける。
それはなんだか、闇の儀式にこっそりと参加している危なっかしい学生たちのような雰囲気も感じられた。
「……秘密を持っていることが、刺激になっている部分もあるのでしょうね? 今までなかったのではなくて? この鳥籠のような学園で、毎日こんなにワクワクすることなんて」
「なんか大変そ。お金持ちも色々あるんだ」
「城の貴族も、窮屈そうではありましたね。ルナさんの言う、『現代の貴族』というのも分かる気がするのです」
高貴な家柄らしく振る舞うのも大変だ。だがそんな生徒たちも、ハルたちを相手にする際にはそんなしがらみには囚われずに済む。
孤立無援の、どこの派閥にも属さない勢力。特待生クラスゆえ日常生活でも接点がない。しかも親からの命令という免罪符まである。
あとは、相手がどれだけゲーム慣れしているかという部分と、相手の好みや性格による、といったところか。
「あっ! どうやら仕掛けるようなのです!」
そんなことをハルたちが考察していると、どうやら先に動くのはヨイヤミのようだった。
じっと動かぬ大人しい身体とは裏腹に、内面は非常に活発で好戦的な彼女である。
まばゆく輝く遊園地の通路。遊具と遊具に挟まれた間の道を往く防寒具の兵士たちを、何の前触れもなくヨイヤミの配下、笑顔の仮面を身に着けたキャストたちが強襲する。
ただの背景かと思っていた場所からいきなり襲われ、先頭を行く敵兵は成すすべなく撃破。
その襲来に対応しようと駆け寄ろうとした矢先に、今度は隊の最後尾の兵が唐突に倒れ伏す。
「ピエロさんが、鎌を持って奇襲なのです……!」
「やっぱホラーの登場人物じゃねあのピエロ? いや、それはこの遊園地のキャスト全員か。おっかないねー」
「ヨイヤミちゃんの兵士はアサシンタイプなのでしょーかー?」
前後からの挟撃に、兵士はたまらず集まって身を固める。
するとキャストたちは深追いはせずに、再び遊具の陰へと身を潜めた。完全に、一撃即離脱の構えである。
そんな光景が遊園地のそこかしこで繰り広げられ、殺戮のパレードも闌。
ヨイヤミ側は決して被害を出すことなく、雪国仕様の装備が次々と地に伏し虚しく電飾の明かりによって七色に照らされる。
その結果として国土の方も、勢力値で勝てぬはずのヨイヤミの国が逆侵攻をかけて優勢となっていた。
「すごいですー! ヨイヤミちゃん、勝っていますよ!」
「だねー。なかなかやるじゃん。しかし、ここからだよ? ここからは敵も素直に兵士を探してくれはしない」
そう、ここからは安易なゲリラ戦に付き合ってくれるほど、敵も優しくないだろうことが予測されるのであった。
ハルたちの見守る中で、眼下の敵兵の動きがにわかに変わって行く。
◇
敵兵が取ると予想される行動は何パターンかあったが、彼らの行動はその中でも特に苛烈な物だった。
彼らは国境付近に陣を敷いての浸食勝負に出ることはせず、むしろ逆に遊園地の奥を目指して進軍の足を強めた。
あらかじめ奇襲を警戒しての密集陣形。それにより、暗殺者ピエロたちの陰からの強襲も防がれるようになってきた。ついにヨイヤミ側に犠牲者が出る。
「ああっ! ヨイヤミさんの兵士が、やられてしまって行っています!」
「残念だが、戦争なんだから仕方ないんだアイリちゃん。ここは私らが手を貸すことは出来ん。あの子の成長の為、ここはこらえるのじゃ」
「わたくし、手を貸しましょうとは言っていませんが?」
「ユキもなんだかんだで、ヨイヤミちゃんが可愛いのね?」
「し、仕方ないじゃーん。私もさ、同類っぽいのと出会ったのは初めてな訳で……」
そんな風に、末っ子を見守るようなヤキモキしたハルの視線の先で、雪中軍は更なる蛮行に及ぼうとする。
手に持った斧で、手近な遊具を破壊しようと振りかぶったのだった。
「ありゃー。乗り物をぶっこわす気ですねー? 楽しい遊園地が、破壊されて行きますねー」
「……遊園地だから非道に見えるけれど、単に正当な攻略行動なのよね?」
「見た目で得してますよねー。そのとーりで、敵が隠れる場所を奪う意味でも、有効な攻略ですねー」
これは戦争なのだ、致し方ない、とその蛮行にも目を瞑ろうとするハルたちだったが、直後その想いは特に必要なかったことを知る。
敵が壁を叩き割ろうとしていた可愛らしいカフェの店舗が、敵部隊をまるごと巻き込んで大爆発を起こしたのである。
……しかも複数の場所で同時に、そうした爆発は巻き起こった。
「うわっ! 自爆だ!」
「……自爆、なのかしら? 攻撃で誘爆したとかではなくて?」
「いや、だってさルナちー。可愛いカフェが誘爆する? あんな派手に?」
「が、ガス爆発……、とか……」
「まあ、こんな同時タイミングな時点で明らかに意図的だよ。ヨイヤミちゃん、施設を爆発させられるみたいだね」
「どんな施設よ……」
こんな施設である。そう言わんばかりにハルたちの見下ろす先にて次々と花火が上がり、パレードを大いに彩った。
観客参加型の愉快な打ち上げ花火。打ち上げられるのは観客自身、という他では決して得られぬ貴重な体験だ。優雅に眺めていられるのはハルたちVIPのみ。
そんな楽しげなサプライズの他にも、メリーゴーランドが突然高速回転し出して吊り下げ式の座席をぶん回したり。
宣言通りにジェットコースターのトロッコが脱線して敵兵へと突っ込んだり。遊園地その物がまるごと敵に回ったかのように、次々と牙をむいていた。
「もしや、全ての施設にしかけが!? ……いえ、しかし、それも考えにくいですね?」
「どうしてだいアイリ?」
「わたくし、こう、色々な物を作ってきた経験上、ああした仕掛けを作るのは非常に労力が掛かると分かるのです。この遊園地の乗り物やお店全てに、それらを仕込んでいては大変です」
「あー確かに。ただの道ならともかく、川とか設置しようと思うと疲れるよね」
「ですよね!」
「分かってあげられなくてすまない……」
「私たち二人のつらいとこですねー?」
想像と創造の苦しみを実体験していないハルとカナリーだった。『創造力』が欠如しているハルたちは、それがどの程度難しいのか、実感が湧かない。
しかし、アイリの疑問については分かる。その労力の大きい仕掛けを、なぜこうもピンポイントで敵兵に当てられるかということだ。
「答えはそう難しいことじゃない。あの爆発なんかの仕掛けは後付けなんだろう」
「施設とギミックは別のファクターってことだねー。まずはガワだけが配置されていて、そこに追加でリソースを振ってギミックを後付け出来る。便利な世界だ」
さほど多くの世界を見てきた訳ではないが、ずいぶんと特殊な世界のように思う。これは、ヨイヤミの特異性がもたらすスキルなのだろうか?
「ですが、そんな能力があったとして、こうも的確に“ぎみっく”を配置できるでしょうか! そんな読みは、ハルさんでなければ不可能な気がします!」
「別に、僕だけの特権って訳じゃないさ。読みの優れたプレイヤーはいくらでもいる。しかし、今回に限ってはまた、別の話なんだろうね」
ヨイヤミもその幼さに不相応な知識と経験を有してはいるが、それでもこのように戦略眼に長けているタイプではない。この結果をもたらしたのは、ゲームスキルとはまた別のものだ。
そしてその力が何なのか、ハルたちにはひとつ思い当たる所があった。
「……この兵士たち、各自の行動はオートだが、指揮を執っているのはプレイヤー、人間だ。そして人間相手ならば、ヨイヤミにはとあるズルい事が可能となる」
「あー、まさか、敵プレイヤーの脳に侵入したとか、そーゆー……」
「その通りだよユキ。まさか、ここまでの力とはね」
相手の体内のエーテルを介して体に、脳に侵入するという凄まじい能力を有しているヨイヤミ。
まさか、まだ姿すら見えていない敵にすら侵入できるほどの力だとは。
これは、この特殊なゲーム空間における特性によるものか。それとも、アメジストの目的であると思われる、超能力に関する何らかの作用が働いているのだろうか?
「考えられるとすれば、この空間は見かけ上は広大な距離を開いているように見えても、実際には互いがすぐ傍に居るから、『近くの相手に侵入する』という彼女の能力の発動条件を満たしていた、とか、そういうことだろうか?」
「おーい。じっくり考えるのもいいけどさーハル君。これほっといて良いの? ピーピングは一級のチートっしょ」
「……とはいえ、線引きが難しい。……彼女の力ではあるし、このゲームは特殊だし」
「危険性は、ないのでしょうか!?」
「そこなんだよね。ヨイヤミがもし『試合中に対戦相手が死亡したら自分の勝利となる』とか言い出さないとも限らない」
「ないでしょうよ……、なによその理屈……」
「リアルアタック特殊勝利だ! まあ、そんな事をする子じゃないっしょ」
ともかく、ヨイヤミに侵入された敵プレイヤーの作戦は、全て彼女へと筒抜けになっていた。その恐るべき情報有利を使って、ヨイヤミは戦力不利を覆す。
見れば、国境線は敵陣側へと前進していっており、狂気の遊園地はその敷地面積を拡大していった。
今度はお化け屋敷のようだ。国境沿いに新しく出来上がったその施設、お化けよりも唐突に大爆発を起こす方が恐ろしい。
「……ふむ。この浸食速度。これはこちらの戦闘による戦果だけじゃあないね。いつの間にか、遊園地のキャストが、あっちの土地で暴れてるようだ」
「やりますねー。敵の戦略が全て分かるのだから、敵の警備の隙も全て見えるのでしょうねー」
「これを見物できないのはもったいないね。アルベルト」
「《はっ!》」
「こちらもピーピングだ。監視衛星を敵地へと送れ」
「《承りました!》」
「これはチートなんでしょうかー? それとも、正当なゲーム内の諜報スキルなんでしょうかー?」
「こういうことをしているから、ヨイヤミちゃんに注意できなくなるのよ?」
「蛙の子は蛙、ハル君の弟子は覗き見ストだねぇ」
返す言葉もない。ハッキングが日常であるハルは、その性質上ヨイヤミにあまり強く言えなかった。
今もこうして、小型の飛行機械がアルベルトの手により敵国へと発進する。そのスパイ衛星は敵地の映像を、すぐに上空から伝えてくれる。
「おーおー、おるおる。真っ白な大地にカラフルなキャストたちが映えてるねぇ」
「……これで、よく見つからないものね? むしろ敵の方が、白い雪中装備でカモフラージュされているわ?」
「プレイヤーが意識してない部隊だけを適切に狙ってんだよルナちー。ハル君の言う、『意識の間隙を突く』ってやつだ」
「教えたの?」
「いいや、天性のものだね」
「“はっかー”さんは、きっとこういうのが上手なのですね!」
次々と本拠地に再生産される兵士は、つまりそれだけ撃破されていることの表れ。敵生徒も混乱中だ。
復活した兵を何処に差し向ければ正解なのか、判断が付かなくなっているらしい。
このまま奇襲を繰り返せばヨイヤミの勝利か、そうハルたち皆が感じ始めた時、その有利は一気に覆された。
「ああっ! 遊園地が、突然吹雪に埋もれてしまったのです!」
「敵の浸食だね。どうやら、そう易々とは行かせてくれないようだ」
アルベルトからの衛星映像を見ると、雪上に散る花のように、カラフルな部隊が屍を晒している。
それを傍らから見下ろすのは、巨大な影。
どうやら、敵も本腰を入れ、ここで特殊ユニットを投入してきたようだった。




