第108話 未開の地へと歩を進める
「という訳で、アーマード・メイドさんです」
「どういう訳なのよ……」
ログインしたら揃いのパワードスーツに身を包んだ武装メイドさんに、ずらりと並んでお出迎えされたルナがたじろぐ。
わざとらしく目を細めた、いつものルナ目で威嚇される。彼女のログイン時間を日本で察知して、お出迎えの配置をしたのはやりすぎであったか。
「揃いの衣装でも、案外個性は出るのね?」
「僕らは毎日お世話になってるからね。そりゃ見分けはつくさ」
メイドさんは皆、背丈も足の長さも、胸の大きさなども様々だ。それに揃いの衣装と言うならば普段からそうである。
ただ、今回は顔や髪もすっぽりと隠しているので少々難しい。
メイドさんたちのパワードスーツは、やはり元のメイド服をイメージした。
しかし、顔を覆う必要がある関係上、そのままでは少しやりにくい。メイド服に、何のひねりも無くヘルメットを装着する訳にもいかないだろう。
なので頭はずきんを被って貰いやすいように、上半身は和服にした。メイド服をイメージしたフリルをあしらった、和ゴスなどとも呼ばれるタイプ。
下はいつもの長いスカートとエプロン。こちらも普段よりフリル多めで可愛らしいので、メイドさんもちょっと恥ずかしそうだ。仮面に隠れて表情は見えないが。
すっぽりと柔らかなフードのようにずきんを被った奥には、仮面、いやお面で顔も覆って防御している。
彼女たちの優しさを表現したやわらかな表情の、その裏側は高性能だ。全面モニターとなっており、素顔と遜色なく視界が通る。必要に応じて、各種情報も表示可能だ。そこはこれから実地を通してプログラムしていこう。
「みんな可愛いです! 普段着も、もっと可愛くしましょうか」
「そうだねアイリ。ルナにデザインして貰うといいよ」
「はい!」
しかし職業意識の高いメイドさんだ、きっと辞退されてしまうのだろうとハルは予想する。
「ふんわりしているから、太った感じも出ていないわね。やるじゃないハル。手足のは……、苦肉の策かも知れないけど、案外似合ってるわ?」
「これは戦闘用であることも主張しないと。そうじゃないと、ただの顔を隠したメイドさんだし」
アイリの時に洗い出された問題点。一回りふっくらして見えてしまうのは、和服をゆったりとして見せる事で解決した。
足も長いスカートが隠し、少しふくれた足のラインを見せないよう、たおやかに防御。そして極めつけは、手足の鎧装備だった。
ガントレットとグリーブ。可愛らしいメイド服からは、何処を取っても出てこないその無骨な鎧。にびに輝いて、可愛さの上から少し過剰にアクセントを加えている。
彼女らが戦う者達である事を物語っているそれは、仮面と相まって、相対する者に緊張感を植えつけるだろう。
「それで、強いのかしら?」
「強いよ。アベル王子を1とするなら、一人2アベルくらいはあるだろうね。あの聖剣の直撃にも耐えられるし、魔法を使わなくても殴るだけでシールドも強引に突破可能だ」
「すごいです!」
「強すぎではないかしら……」
「セレステに勝てるとは思えないし、むしろ不足だよ」
「勝ててしまったら逆に問題だわ?」
このスーツを着るにあたって、メイドさんにもナノマシンを注入した。アイリの時もそうだったが、彼女らも非常に親和性が高く、すぐに順応する。
それにより戦闘時の身体制御と、スーツの動力を生み出すための発電能力もメイドさんに備わった。
ただ、戦闘時に全員を意識的操作は難しいので、反射で動作するようにオートでプログラムを組んでいる。
見事護衛を全うした際には、太る事を気にせずたっぷり好きな物を食べてもらおう。
「メイド達もこれで、ハルさんに体を自由にされてしまうのですね!」
「ハルに体を奪われてしまったわね?」
「……ルナ先生、アイリの教育方針を間違ったよキミは。二人とも、僕がお手つきしたみたいに言わないの」
「体の制御を、奪われたと言っただけよ?」
「お手つき、なさらないのですか?」
アイリが、きょとん、とする。ハルなら手を出すのが当然のように言うのは止めていただきたい。
確信犯のルナも、きょとん、として誤魔化すのは止めていただきたい。
◇
「それで、メイドさんを護衛に付けて未開地域の探索に向かうのかしら?」
「そうだね。近い距離から少しずつ慣らして行こう。調整も必要だしね」
「わたくしも頑張ります! わたくしのお洋服も、出来たのですよ?」
メイドさんが、すっ、とアイリの試作スーツを運んでくる。控えめな動作の中にも、スピードがいつもの三割増しだ。彼女たちも浮かれているのが分かる。
控えのメイドさんも羨ましそうにしていた。機敏に動くのをやってみたいのだろう。自分を押し殺して主人に尽くす彼女たちの、かわいらしい素顔の一部が見られてハルにも笑みが浮かぶ。
「今回はずいぶんと薄いのね? 防御は例の装置と、メイドさんの護衛任せということかしら?」
「いいや、これでいて高性能だよこれは。全力で魔法に頼った。アルベルトの嘆く顔が目に浮かぶね」
「そうなのね?」
アイリたちはそれを持って部屋へ入って行く。しばらくして、白いドレスに着飾ったアイリがルナたちと共に出てきた。
ウェディング衣装をモチーフとしたルナのデザインを、戦闘に支障が出ないようにハルがアレンジしたドレスだ。もちろんパワードスーツであるので、露出は全く無い。
肩はもちろん、首元から顔にかかるまでを布が覆い、激しい衝撃から身を守る。そこから足先までを、ひと繋がりのボディスーツがぴっちりと覆い、上はケープ、下はスカートがそのラインをふわりと隠している。
ちなみにこのひらひら一枚で、銃弾の直撃も防御可能。
「どうでしょうか!」
「かわいいかわいい。流石はアイリとルナの服だね」
「そうね。でも少しウェディング感が出すぎてしまったかしら」
「とは言え、ひらひら付けないと単なる白いパイロットスーツだからね。スカートの形を、もっと考えてみようか」
「魔法少女風のスカートにしましょうか」
「魔法少女ですか? 普通の少女では? あ、魔法で生み出された少女なのですね!」
魔法が当たり前の世界においては、魔法少女も超生物へと進化してしまうようだ。こわい。
魔法少女風、というのは、パニエがたっぷり入って傘状にふんわり広がったタイプのスカートの事だ。きっとアイリに似合うだろう。
「あとは、仕上げにお化粧だね」
ハルはかがんでアイリの頬に手を触れる。日本で変装する時に使ったような、ナノマシンで制御されたペーストを薄く化粧のように肌へ這わせてゆく。
隠せない顔と髪は、せめてこうやって防御をする事にした。
さて、全ての準備は整った。後は実地試験に向かう事にするハル達。
アーマードメイドさんの中から四人が進み出て、ハル達はまた世界の境界、ヴァーミリオンの国境へと飛ぶのだった。
*
ルナと残りのメイドさんを屋敷へ残し、ハル達は再び魔力圏の外へと足を踏み出す。内容はハルの分身が中継中だ。ゲームシステムが使えないので日本を経由するのが少し面倒である。それを見に、ユキもすぐに帰ってくるだろう。
ハルの隣にアイリ。そして、その四方を守護するように武装メイドさんが囲んで進む。
「体調が悪くなったら言ってね。バイタルサインは把握してるけど、気分までは読めないから」
「かしこまりました。旦那様」
メイドさん曰く、『ヴァーミリオンの兵士だって出ているのだから平気』、らしいが無理は禁物だ。慣れない環境に酔う可能性もある。
メイドさんもこの国の兵士に張り合っているのだろうか。負けず嫌いなのはハルも同じなので好感が持てる。
ハルたちは、そうして体を慣らすようにゆっくりと進んで行った。
だが、アイリもメイドさんも体の軽さを、有り余るパワーを持て余している様子で、次第にそわそわし出す。
今にもこの先へと向けて走り出したいような、そんな浮ついた気配をハルは感じていた。
「……少し偵察に行って貰おうか」
「はい! 旦那様!」
「あー! メイドだけずるいです!」
しゅばっ! っとメイドさんが四方へ散っていく。駆け出したくてうずうずしていたのだろう。一瞬で彼方まで姿が遠ざかる。
待機になる中央のアイリはむくれて不満顔だ。
「後でカナリーの神域の中を走り回って遊ぼうか」
「はい! 楽しみです!」
未開地域は特に危険も無く、のどかな物だった。凶悪なモンスターが出没するとか、蛮族の兵士が闊歩しているとか、そういった事はなく、内部と同じまばらな木々の平原が続いているだけだ。
当然、とも言えた。魔物というのは、神がプレイヤーの遊び相手として作り出した存在であり、人間は神の庇護の下でしか生きられない。そのどちらも、魔力の外には居ないだろう。
いや、この世界は確か魔物に脅かされていて、それを神が守っているという設定ではなかったか。魔物が自作自演ならば、外に出ても実は問題無いのではないか。
なんとなく、ヴァーミリオンの国が神から自立するのも当然の流れのような、そんな気分になってきたハルだ。
もちろん生活は非常に厳しくなるだろうが、この先に進出して生活する事は、案外問題無いのかも知れない。
「ハルさん。メイド達が帰ってきました。……うぅ、楽しそうですー」
「示し合わせたように一斉に帰ってきたね。訓練してるのかな」
偵察に出ていたメイドさんがまた、しゅばっ、っと戻って来る。急制動もお手の物だ。息一つ荒げず落ち着いて待機のポーズ。
普段の数倍の力を出すのもただ楽しいだけで、困惑は見られない。すさまじい練度だった。どういう訓練をしてきたのだろう、流石はメイドさんである。
彼女らのうち、北西方向へと飛んだメイドさんが口を開いた。
「アイリ様、旦那様、こちらの方向に野犬の群れを発見しました。魔物ではなく、単なる動物のようです」
「来ましたね! ハルさん、敵が出ましたよ、えんかうんとです! えんげーじです!」
「装備が花嫁さんだしね。でもまだエンゲージはしてないよ」
敵だというのにアイリは楽しそうだ。ハル達ゲーマーの影響だろうか。勿論、ハル達は“野犬の方向へと進む”。まるでレベル上げにいそしむプレイヤーだが、何も指針の無い平原だ。何かあるならそちらへ進みたい。
ちなみにエンゲージは会敵の意味で使われる。やはりアイリにゲームをさせすぎたようだ。お嫁さんである彼女には結婚の意味で使って欲しかった。
北西方向のメイドさんに先導されて、揃ってそちらへと歩を進める。
イベントの発生に、アイリが急ぎ足になり、つられてメイドさん達の速度も上がる。一人だけスーツを着用していないハルには少しきつい。<飛行>を使わせてもらう。
背の低い草が這うように広がる平地を、楽しそうにアイリは駆けて行く。ここが神々の加護の外である不安よりも、今は普段の何倍もの速度で走れる事の楽しさが勝っているようだ。
「時々、岩とかが転がってるから注意してね」
「はい! でも不思議と転ぶ気がしません! ハルさんが何かしていますか?」
「勝手にバランスの補正はさせてもらってるよ」
「すごいです!」
スーツ着用時は、その制御用に普段の何倍もの密度でナノマシンを増殖させている。それを使って反射に割り込み、姿勢制御を手伝っている。
とはいえ、転んだとしても衝撃は空気を体表に固定した力場により阻まれ、スーツにすら届かないであろうけれど。
そうして駆けて行くと、すぐにメイドさんの言っていた野犬の群れが見えてきた。
高速で接近するアイリと愉快な仲間たちに警戒している様子。
「見つけました! やっつけますか?」
「襲ってきたらね。今は何でここに居るか知りたいな」
「狩って食べたい相手でもないですしね!」
「守るべき人家も無いしねー」
とはいえスーツの性能試験にもなる。襲ってきたら迎え撃つとしよう。メイドさん達が二人を守るように前に出る。
どうやらこの平原の奥は、少し山なりになって森が広がっている様子。日本の森のように、うっそうと、といった感じではないが、背の低い木が少し間隔を詰めて植わっているようだ。
野犬はそこから出てきたのだろうか。代わり映えの無い平原に現れた変化に、ハルは少し冒険心が刺激される。
そうして睨み合っていると、群れの中から攻撃的な若い個体が飛び出して威嚇してくる。それに続くように何匹かが陣を組み、じりじりと距離を詰めながら左右へ散開して行った。このまま包囲するつもりなのだろう。
「こっちの犬も習性は似てるんだね」
地球の犬の事を思うハル。これは元々こちらの世界に居た物なのか、それとも神が地球から連れてきた物が野生化したのか。
そんな事を考えていると、しびれを切らした一匹がメイドさんに牙を剥き、飛び掛って来る。
そして無防備に構える彼女の腕へと、勢いを付けて噛み付いた。
「……どうですか? 痛くはありませんか?」
「はい、アイリ様。問題ありません。衣服の損傷すら無いようです」
「まあ、動物の物理攻撃で傷がつく様には作ってないからね。サメに噛まれても、カジキマグロに突かれても大丈夫だよ」
「それは、食べられる動物ですか?」
「一応ね。魚だよ」
「まあ!」
野犬の群れに包囲されながらも呑気に語る主人たちを守るように、メイドさんも円陣を組む。
牙を弾かれながらも、なお向かって来る一匹を、メイドさんのガントレットが迎撃した。
……さほど力を入れているようには見えなかったが、その個体は吹き飛びながら衝撃でミンチと化してしまった。
「……失礼しました。返り血など、お気を付けください」
「うん、ごめん。僕の方こそ出力上げすぎたかな?」
「返り血は力場に阻まれて届きません。自由に暴れなさい」
「はい、アイリ様!」
その後も何体か飛び掛ってくる野犬をメイドさんが吹き飛ばすと、群れのリーダーは撤退を決めたようだった。
ハル達は犬が逃げ込んだ先とは微妙に方向を外して足を進める。目的は害獣駆除ではない。この先に、何か有れば良いのだが。




