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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1079話 宵闇の遊園地

 一列に並んだ敵兵士が、なにやら目をつむり集中している。

 この戦場でなにを馬鹿げたことを、と言いたいところだが、あのポーズにはなんとなく見覚えがある。そう、呪文の詠唱えいしょうだ。

 戦士らしくないと感じた兵士たちは、どうやら魔導士部隊であったようだ。


 そんな彼らの呪文詠唱が完了すると、細い道を塞ぐ防壁に向けて炎の魔法が放たれる。

 熱に弱いアルミ合金の壁を、溶かして突破しようということだろう。


「ふむ? この対応の早さ、ソウシ君から情報が行っているね?」

「おのれソウ氏め。裏切ったな」

「まあ、元から味方ではないですものね? 情報屋を気取っているようだし、双方に情報を流しているのでしょうよ?」

「金払いの良い方に付く、闇商人! なのですね!」

「そうよアイリちゃん? 極悪人なのよ?」


 なんだか本人不在の所で勝手に評価を下げられていくソウシだが、まあいいだろう。ハルも特にフォローする気はない。


 そんなソウシからの情報によって攻略され、全ての攻撃を反射する鏡のように銀色に輝く無敵板むてっぱんは哀れにも溶け落ち、真っ黒に焦げ付いたような表面を晒していた。

 その様子を見て攻略完了と見たか、敵の民族衣装たちは再び一列になって進軍し始めた。


 そして、再び銃弾の雨の前になぎたおされた。


「はい。ご苦労様。いやしかし、こうまで綺麗に作戦がハマると気分が良いね」

「敵にとっては最悪ですねー。これは、以前に言っていた耐熱サンドイッチですかー?」

「その通り。この黒いのはコゲではなく、発泡カーボンナノウォールによる断熱構造の二層目の壁。一層目の弱点を補うこいつを突破するには、今度は物理攻撃で引きはがさなきゃならない」

「ずいぶんと高級なサンドイッチになりましたねー」

「大丈夫、技術さえ確立されれば、これも材料費は非常に安価さ」


 とはいえその技術水準は、宇宙船でも作る気かというレベルの物が惜しげもなく使われている。

 発泡スチロールのように細かく空気を含んだ非常に軽い板。しかしその細かな、細かすぎる空気の層が断熱効果を発揮し、灼熱の炎にも耐えきる性能を防壁に与えているのだ。


 こちらは逆に物理攻撃には防御力を発揮せず、兵士たちに切りつけられれば壁としての役目を果たさぬだろう。


「何層のウェハースになってるんですー?」

「いつの間にかお菓子になってるが……」

「それぞれ五枚ずつ、計、十層ですよカナリー」

「アルベルト」

「はっ! 私の開発した防壁が、上手く機能しているようで誇らしいですよ」

「ふみゃっ! ふなーごっ!」

「ええ、そうですね。メタも手伝ってくれましたね」

「偉いぞ、メタちゃん。頑張ったね」

「にゃうにゃう♪」


 自分たちの製品のチェックをしに、アルベルトとメタもコントロールパネルを覗きにやってきた。

 最早やりすぎなレベルに達している彼らの科学力により、哀れな最初の犠牲者はハルたちの狙い通りに後方で足踏みを余儀なくされている。

 この耐熱防壁の情報は知らないようで、次はどのようにすればいいのか、国境の奥で兵隊たちは足踏みをしているようだ。


「まあ、分かったところで絶望だけどね。炎の魔法と、捨て身の特攻。この二種類の繰り返しで地道に突破するしかない」

「面倒すぎる上に、被害がたくさん出るのです!」

「そうだよアイリ。被害をたくさん出すんだ。そのための細い道と、奥に仕込んだマシンガンさ」

「別にその為に道を細くした訳じゃないけどねー。悪いやつだハル君は」

「よく言う……、どの口が……」


 指向性しこうせい地雷で隊列を一気に吹っ飛ばす、などと計画していたのは誰だっただろうか?

 この道の性格の悪さは、明らかにユキの発案によるところが大きい。


「……しかし、まだまだ改良は必要そうですね。溶けたアルミ合金によって、銃口が目詰まりを起こしています」

「ふなぁー……」

「連射して強引に穴開けちゃえ!」

「それもいいのですけどね。確実にいくつかは機能不全を起こすでしょう」


 溶けた金属がドロリと穴に入り込み、銃弾の出る道を塞いでしまった。

 幸い、一度溶けた後のそれからは無敵の防御機能は失われており、衝撃で強引に開通させることも可能だろう。

 しかし暴発の危険性を大きくはらんだその行為は、自分で攻撃力を低下させる事と隣り合わせだ。


「まあいいや。どーせ、敵が詰まった耐熱板を引きはがしてくれるでしょ。そしたら、その場でお礼に弾丸をプレゼントしてあげればいい」

「最悪ねこの子……。しかし、それでは足止め性能はイマイチなのではなくって?」

「そうなんだよねー。理想は、耐熱シールドをはがしに来る敵こそを一掃したい」

「更なる研究開発を進めます」

「にゃうっ!」

「いや、これは程々にしておこう。解明が進み、攻略法が確立されれば、どのみち銃座は機能しなくなる」


 今回の相手のような炎を使うユニットと、リコのような遠距離物理攻撃を出来るユニット、それらが手を組めば安全に多重防壁の排除が可能だ。

 面倒だが交互にそれらを撃っていけば、一枚ずつ引きはがせる。


 今は予定通り足止めが出来ただけで良いとしよう。それよりも、この間に次の相手に、ヨイヤミの国に接触するであろう相手への対策を行うことが先決なのだった。





「《私が戦うよ! 私だって、兵隊さん手に入れたもの!》」

「そうは言うけどねヨイヤミ。君はまだまだ初心者で、相手はきっと僕よりこのゲーム長い生徒だから」

「《ぬーん。でも、私の国なんだからー……》」


 まあ、気持ちは分かる。特に彼女は、せっかく外に出られたというのに、こんな変なゲームへと半ば強引に引っ張りこまれているのだ。

 その上でゲームプレイまで自由にさせてもらえないとなれば、抑圧意識フラストレーションが溜まるだろう。


「まあまあハル君。過保護もいいけど、ヨイヤミちゃんにも好きに遊ばせてやろーぜー? 危なくなったら、私らが対処すればいいんだしさ」

「《さっすがユキお姉さん! 話が分かるね! 私だって、ハルお兄さんに守ってもらってばかりじゃないんだから!》」

「うんうん。そして現実を知って、ハル君に泣きついて助けてもらうまでがセットだね」

「《味方じゃなかった! なんでそんなイジワルうのー!》」


 同じような境遇の子供ということで、先輩としてヨイヤミをよく構ってやっているユキだった。

 ヨイヤミもまた、ユキと同様にゲームに関しては絶対の自信があるタイプなのか、不利な立場であっても一般人相手など巻き返してみせる、といった気概が感じられる。


 正直厳しいとはハルは思うが、それでもふたを開けてみなければ分からないのも事実だ。ハルだって、敵の戦力を正確に把握している訳ではない。


「じゃあ、ヨイヤミちゃん。次の敵の対処は君に任せよう。みごと撃退して、勝利を持ち帰って来るように」

「《よーし、やるぞー! やっちゃうぞー!》」

「頑張りましょうね、ヨイヤミさん!」

「《見ててねアイリちゃん! 私、やるよ!》」

「おー!!」


 元気いっぱいに、覚えたての身体操作にて、ぐっ、と両手を大きく天に掲げるポーズが可愛らしい。

 一緒になってガッツポーズを取るアイリもまた実にかわいらしい。


 そんなヨイヤミもまだ車椅子は手放せない。アルベルトからは、機械式の超高性能な車椅子を作成しようかと提案されたが、厳重に却下しておいたハルだ。

 そんな物を与えたら確実にそこから立ち上がらない生活になる。基本的に電脳世界の住人であることを、決して忘れてはならないのだ。


 そんなヨイヤミがアイリに後ろから押されて、仲良く彼女の世界へと向かって行く。

 ハルたちも揃って過保護に、皆でそちらへと付いて行くのであった。最初の侵入者については、早くも放置である。





「《まだ少し到着まで時間があるよね? よーし、私もハルお兄さんを見習って、残虐なアトラクションを作ってお出迎えしちゃうぞー!》」

「……残虐なところは見習わなくてよろしい」

「これを機に、あなたとユキは色々と改めた方がいいのではなくて?」


 耳が痛いハルである。少々好き放題に生きすぎて、子供の教育に悪いハルたちだ。

 このままでは、ヨイヤミがハルたちのような傍若無人ぼうじゃくぶじん、ルール無用な人間に育ってしまいかねない。

 肉体ハード電脳ソフト共にハッキングを得意とする彼女がそんな悪いお手本を見て育ったら、どんな大犯罪者が生まれてしまうのか分かったものではないのだ。


「……まあ、その辺の教育は奥様に任せようか」

「丸投げだこと。お母さまになんて任せたら、どこまで合法的にやりたい放題できるかのラインを見極める天才になるわよ?」


 それはそれで困ったことだ。ただ、ハルの周囲には困った人しかいない気がする。その中ではやはり母親経験者の月乃が最もマシそうだった。

 これもまた、月乃に対するハルの贔屓ひいき目だろうか?


「《ハルお兄さん! ルナお姉さん! もっと奥に行くよー、置いてっちゃうよー!》」

「ああ、ごめんね。すぐ行くよ」


 そんなヨイヤミの生み出した世界へと、ハルたちは踏み込んでいる。

 彼女の世界はその名の示す通りの宵闇ヨイヤミに包まれて、空には深いとばりが降りていた。

 しかし暗い世界かというとそんなことはなく、世界は煌煌こうこうと電飾の放つまばゆいばかりの光量に、明るく彩られているのであった。


「ヨイヤミちゃんの遊園地は、いつもとっても楽しそうなのです!」

「《そ、そうかなぁ……、私は、こんなの子供っぽくて好きじゃない……》」

「わたくしは、大好きなのです! 素晴らしい遊園地です! まだ本当の遊園地に関しては、素人しろうとですけど、えへへへ……」

「《そ、そっか! アイリちゃんが喜んでくれるなら、まあいいかな!》」


 そう、彼女の世界は実に子供らしいというべきか、そこかしこに巨大な遊具のひしめく遊園地。

 古今東西の、ありとあらゆる遊具が並んでいるのではないかと、そう思わんばかりの多彩さだ。


 現実と違い敷地面積も維持費もお構いなし。電気だって使い放題。アルベルトが見れば、『実に羨ましい』しか言葉が出て来なくなる豪華さだった。

 なお、これらの遊具を動かしている動力は『謎動力』である。電動に見えても電気ではないので、ハルたちの工場へは転用不可能だった。そう上手くはいかない。


「ですがメリーゴーランドを改造して発電機を嚙ませれば、なかなか良い感じに発電できそうではないですか?」

「……居たのかアルベルト。工場の方はいいの?」

「まったく問題ありません。それより今は、戦地となるこの世界にて準備をせねば」

「……人の国に変な改造はしないように」

「ははは。勿論ですとも。ご心配にはおよびません」


 ……心配である。実に。まあアルベルトも、ヨイヤミの許可なく妙な事はしないだろう。


 そんなきらびやかなストリートにひしめくは遊園地のお客さん、ではなくヨイヤミの兵隊たち。

 アイリから引き継がせて自らの車椅子を押させる様は、既に配下として運用することに慣れた手つきだ。


 彼らは皆一様に被り物をして、皆一様に愉快な表情の笑顔を張り付けている。見ようによっては、少し怖い。

 特に、彼女の背後で椅子を押している兵士はピエロのようなお面を被っており、苦手な者も多いのではないだろうか。


「《よーし、今日はついにお待ちかね、ジェットコースターを作っちゃうぞー! お兄さんの世界みたいに、兵隊の輸送や弾丸としても使えるもんね!》」

「いや、弾丸としては使えないけど……」

「使えますが?」

「……あまり教育に悪そうな機能を盛り込みすぎないように」

「はっ!」


 実に頼りがいのある、そして信用ならない返事だった。どうやらハルたちの『地下鉄』は、いつの間にか大砲としての機能も有していたらしい。


 そんな風にはしゃぐヨイヤミを温かく見守りながら、ハルたちは次にこの国へと接敵する生徒の国を待ち構えるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハルを相手に同じ手が通用するのは攻撃を誘っているときか結果がどうなってもいいときぐらいですねー? 焼き増し対応なんて退屈させるようなことをやっていたら次の瞬間妖怪首置いてけに早変わりですね…
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