第1078話 連合軍との接触開始
「やあハル君、やってるねー。そっちはどう?」
「ユキ、いらっしゃい。良い感じだよ。ヨイヤミちゃんはずいぶんと飲み込みが早い。ソフィーちゃんは、ちょっと苦戦気味かな。でも問題はないだろう。あの子はセンスがいい」
「全部マニュアルで出来るソフィーちゃんも、覚える必要あんの?」
「オートで出来るようになっておくと、戦術の幅が広がる。自分が知覚してない攻撃も回避出来たりね」
「ソフィーちゃんに気付かれない攻撃とか誰が放てるのだ。ハル君か?」
まあ、備えておくに越したことはないということだ。
それに、この力を使えば非常に分かりやすく人間の限界を超えられる。
皆でニンスパをやっていた時だったか、話題にしたこともあったが、人間の反応速度にはどれだけ鍛えても超えられない限界値というものがある。
おおよそ0.1秒。ものごとが目に入ってから、筋肉に反応させるまでに要する所要時間。
それはいわば人間という筐体におけるスペック上の仕様。神経伝達速度が生じさせる埋められないタイムラグだった。
そこで神経を介さずにエーテル経由で命令を出すことで、見た瞬間に体を反応させるという離れ業が可能になるのであった。
「そんで、その訓練は次の戦いに間に合いそう?」
「いや無理だって。覚えたものをすぐ実戦で使うとか、僕らじゃないんだから」
「そか。残念。実戦でものにして次なる段階に~、って計画かと思った」
「むしろ付け焼刃でケガの元だね」
特にヨイヤミは、技術を修めたとしてもまだ体の方が付いてこない。
ずっと体を動かさない生活を送っていた彼女だ。筋肉が運動するように出来ていない。
衰弱していないのは流石あの学園の施設による対応だと褒めるべきだろうが、それでも健康な児童の体力とは比べるべくもなかった。
「てっきり、私らみたいのは運動せずとも良いものかと」
「ユキが規格外なだけ。まったく、改めてどうなってるの? 外れ値と比較してもなお外れ値とか」
「ハル君にだけは言われたくなくない?」
ごもっともであった。だがユキだってヨイヤミと同等の運動不足のはずだが、その体は健康そのもの。
それどころかグラビアモデルもかくや、といった抜群の肉体美を維持していたのだった。ルナも嫉妬するほどである。
彼女は医療用ポッドというチート級設備を利用してはいたが、聞く所によれば導入前からこの体は大して変わっていないとのこと。
まさに、新時代の申し子とでもいうべき奇跡の肉体の持ち主である。
「まあそれはいいや。それよか、戦争の準備は整ってる? 新兵の教育もいいけど、そっちも重要だよ」
「ああ、忘れてはいないよ」
そう、ユキの言うように、ハルたちの世界に向け多数の世界が接近中だ。じきに、国境線が接触するだろうことをレーダー管制のエメが教えてくれた。
「この年末も近いって時期にご苦労様だね」
「まあ、年末が近いからこそだろうね。学園も休みに入るから」
「おお! なるほど! 学校行ってないから分からんかった」
「いつもクリスマス時期は人増えるでしょ?」
「たしかに! ……彼らはクリスマスには予定とかないのん?」
「やめよう? 親の命令でクリスマス返上なのかも知れないんだから」
それでもまあ、このゲームをやるということはログインする為に休日でも学園の門を潜るという事な訳で。その辺りはご苦労なことだとハルも思う。
それともクリスマスも、ゲーム参加にかこつけて学園デートと洒落込むのだろうか?
学園ならば決して実家の目も届かない。当日は、驚愕の共学シーンがカメラに映り込むことになるかも知れない。
「……とはいえ、僕らもせっかくのイベント日和を、不毛な戦争に潰されるのは本意じゃないね」
「さっさと終わらせたいところだねー」
だがそう易々ともいかない所だろう。今回の敵の数は複数。しかも、接触予定となっているのはハルの世界だけではない。
今はハルの同盟国もまた、ハルの世界を中心とするようにして寄り集まっている。その位置関係上、どうしても同盟国に接触する方角から来る国もあるようだった。
特に、最も新しい同盟者にして初心者のヨイヤミ。彼女の世界に衝突する形で、攻め込んでくる国があるのが痛い。
そちらを重点的に守るべく、戦力を割いた方がいいだろう。その準備が進行中だ。
「まあ、なんとかなるっしょ。幸い、仕様上完全に足並みを揃えて、ってのは難しいゲームだし」
「だね。接触は早い国から順番にだ。そこを、各個撃破できれば言うことはないんだけどね」
さて、果たしてそう上手くいくかどうか。そんな生徒連合の到着を、ハルは少女二人の教育を行いながら、じっくりと待つのであった。
……余裕なのではない。ハルはこれといって、このゲームではやることがないのである。
*
そして、少しばかりの時が流れ、ついに最初の敵国が国境線を接触させてきた。
幸運なことにと言うべきか、確率上こうなるのは必然と言うべきか、その相手が接触した土地はユキの作り上げた『外壁迷路』。
六角形を形作った非常に細い道が広大なスペースを構成している、ハニカム構造地帯である。
敵はそのハニカム構造が織り成すネットに絡めとられるように、一般的な円形の国土を接触させる。
どうやらこの国の有様に動揺しているらしく、国境沿いに兵を集めるもなかなか進軍してくる様子がない。
「はは。敵は驚いている様子だね。ユキの作戦は大成功という訳だ」
「びっくりして、入って来るのが怖いようです! 今は、少しずつ接触面を広げての様子見のようですね!」
「……んー、しかしねぇ。時間稼ぎには良いけど、初手で時間稼いじゃってもあんま意味ないというか」
「自分で作っておいて何を言っているのかしらこの子は……」
「だってさルナちー? 私らとしては、最初の一匹は速攻で叩き潰したいところじゃん?」
「まあそうね? 最初の一人が足踏みをしていたら、二人目と合流されてしまうわね?」
「だしょー?」
これが、一人目と交戦中に来た二人目ならばちょうどいいのだが、そんなことを言っても仕方ない。
どうやら次の接触は、予測されていたヨイヤミの国方面からの接触のようで、ハルたちはそちらに注力をしたいところだ。
「よし。少々順序が逆だけど、この敵は徹底的に足止めをしよう。ハニカム地帯の本領発揮だ」
「ここで足止めしている間に、ヨイヤミさんの所に来る敵を一気にやっつけるのですね!」
「そういうことだねアイリ」
「おーし、唸れトラップ、轟け爆風。奴らを国へと追い返せー」
「……とは言っても、まだまだ入って来る気配はないけれどね?」
「ふん、おくびょーな奴め! 平地に当たるまで、戦線を横に伸ばす気かな? 愚策愚策。うちらの世界は、ソウ氏の世界の四倍以上の面積を誇っておるのだー!」
「いつの間にかね」
なお、その中における有効な土地面積は、ソウシの世界の半分以下だ。ほとんどの部分を六角形の空白が埋める奇妙な国、それが今のハルの世界である。
だがそれを知らぬ哀れな生徒は、このままもう少し横へ横へと接触する国境を伸ばしていけば、侵入しやすい土地に当たるのではないか? そう願って地道な拡張を続けている。
だが残念ながら、ハルの世界の外周はほとんどが“こう”だ。いくら伸ばして行っても、平和な土地になど当たることなし。
というよりも、そこまで国を広げるのは事実上不可能であり、もしそんな事になれば『勢力値』の関係上こちらが一方的に押しつぶされてしまうだろう。
「……勢力値といえば、こうして足踏みしている時点でそう強くない相手だということが確定したとも言える」
「だねハル君。ソウ氏が言うには、進めて行くと他国の勢力値を読み取るようなシステムも生えてくるらしいからね。それが無いか、あるいは」
「面積の巨大さに対する勢力値の低さを逆算出来ない不慣れな相手、ってことだ」
「そこまで読み取れてしまうのですね! 戦争は情報戦と言われるのも、分かる気がします!」
もしソウシのようにハルの勢力値を計測できる相手であれば、その値から現実的な面積なども見えてこようというもの。
ハニカム地帯を目の当たりにしても、ソウシのように『ただの虚仮威しだ』と断じて進軍を強行するだろう。
それが出来ないということは、ソウシの国レベルの国力を持ち合わせてはいない、ハルたちにとって脅威にならないとほぼ確定する。
「……まあ、それらが分かった上で、この国の不気味さにドン引いているだけ、という可能性もなくはないけど」
「あはは。まあ、引いちゃう程度の将であるなら、それはそれで『やっぱその程度』だよね」
「『勇気』のステータスが、不足しているのです……!」
さて、そんな好き放題言われているハルたちの敵も、ようやく覚悟を決めて進軍してくるようである。
隠しカメラからの映像を見れば彼らは皆軽装で、民族衣装のようなカラフルな服装に身を包み武装も少なそうだ。どうやら、戦士や騎士のような重装タイプとは別のようだ。
敵はそんな兵士達を広がった国境から軍を小分けにして、チューブに水を流し込むように兵隊を細い道に流し込む。
こうでもしないと、一気に大量の兵士を侵攻させるのは難しく、それ狙いだとすれば国境を横に伸ばしたのは正解といえる。
「けど逆に言っちゃうと、一気に大量の兵士が的になるだけなんだけどね。ハル君、やっちゃっていい?」
「いいよユキ。そーら、取ってこーい」
「わんわん! って、何を?」
「首とか?」
「どんな犬なのよ……」
犬というよりは、主君の命令に忠実な狗だろうか? そんな凶暴な忠犬ユキが操作するのは、手元のコントロールパネル。
いつの間にかデジタルでの遠隔制御すら可能になっていた『A&Mインダストリー』謹製の制御装置だ。ちなみに『アルベルト&メタ』の略である。
そんな、表に出たらたちまち世界最強の軍需産業に名を連ねそうな恐るべき会社の製品が、敵の兵隊が歩を進める現地で火を吹いた。
起動するのは、電磁式マシンガン。設置型の全自動タイプ。
通路を塞ぐよう立ちはだかる例の特殊アルミ合金で出来た無敵の壁、無敵板。その穴から撃ちだされる銃弾が、おあつらえ向きに一列に整列し攻めて来る敵兵を蹂躙していった。
「えげつなー。自分でやっといてなんだけど、細い通路でこれやられたら泣くよ? 反則っしょ」
「銃をまず潰そうにも、銃口は無敵板に小さく空いた奥にある。そこを狙い撃つ腕があるが、壁そのものを突破できる攻撃力があるか、そんな無茶が要求されるね」
友達をなくしそうな防壁だ。まあ、友達ではないので良いのだが。
さて、敵はどうやら、そんな嫌がらせじみた防壁に自身も遠距離攻撃で対処するようだ。銃弾の射程外に逃れ、陣形を組んだ。
さて、いったいどんな手で攻略するというのか。お手並み、拝見である。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




