第1075話 お約束の便利な親友
ソウシの領地との国境沿いにハルが近づくと、彼もまたハルに気付いたようで、険しい表情をしながら歩み寄ってきた。
つかつか、と爪先が地面を鳴らすようにして、その様子は足元からも彼の苛立ちが伝わってくるようだ。
「おい、お前! これは一体全体、どういった状況なんだ? 納得のいく説明をしてもらえるんだろうな?」
「やあソウシ君。と言っても、どうって? 見ての通り、君の領地をこちらで取り囲ませてもらったんだけど」
「その説明をしろと言っているのだ! ……まったく、数日休暇をとってみたと思ったらこれだ。人を飽きさせないことに関しては、お前は天才的なようだな」
「ソウシ君を喜ばせることが出来てよかったよ」
「皮肉だ! そのくらい分かれ!」
もちろん分かっている。分かったうえでからかっているハルだ。やはり、打てば響く相手という者はいいものだ。
「しかし、入った瞬間の新鮮な反応が確認できなくて少し残念だね」
「やっぱり分かっていてやってるじゃあないかっ、お前っ!」
「まあ、それはそうでしょ」
「くっそっ……、俺に対してよくこんなマネをする……」
彼の周囲には居なかったのだろうか? おちょくってくる友人が。
……まあ、居ないのが普通か。それはともかく、交友関係においても常に優位であり続けてきたのが、彼のこれまでの立ち位置であるようだ。
「しかし残念だったな。気付いたのは中に入って初めてではなく、外でマップを確認した時だ。どのみち、お前に俺の顔は確認できん」
「ああ、外で思わずすっとんきょうな声上げちゃった? それは、是非とも見たかったねえ。残念残念」
「素っ頓狂な声など上げてはいないっ!」
「でも、思わず驚いて声は上げちゃったと」
「ぐっ、ぐぬぬぬ……」
実に分かりやすくて、からかい甲斐のある男である。このまましばらく弄っていたいところだが、こうしてばかりもいられないし、彼の身が持たなさそうだ。
ハルはしばし口をつぐんで、ソウシの呼吸が落ち着くのを待つこととした。
「……はぁ。まあいい。確かに完全包囲はされているが、こんな薄いリング、すぐに吸収して外部への突破口を作れるからな」
「えっ? 浸食する気? ダメだよそんなことしちゃ。再びの宣戦布告に等しいよ?」
「他国を完全包囲する時点で事実上の宣戦布告だろうが!」
「いやー、これは、無防備なソウシ君の国が他国から侵略されないようにとの、あくまで善意の行動だから。言ったよね? 『見ておけ』って」
「言ったような気もするが!」
だがこんな意味ではない。そんな事は分かり切っているが、ここで自分の発言に隙があったことを認めてしまい、まくし立てるのを躊躇してしまうあたりが、憎めないところだ。
前言撤回。やはりからかうのは止められなかったハルである。
「はぁ……、まあいい……」
「いいんだ? じゃあ、ソウシ君は今後はこのエリア内で慎ましく暮らしていくということで」
「いいわけあるか! そうではなく、今後お前はそれどころではなくなるだろうからな。俺は高みの見物をしていればいい」
「それって、他の生徒たちが僕をこぞって叩き潰しに来るって話?」
「ほう、知っていたか。ご母堂にでも聞いたかな?」
「嫌味ったらしく言ってくれる。確かに、奥様が居なければ知りえなかった情報だけどさ」
閉じた人間関係でのみ共有される極秘情報。エーテルネット上に記録されないそれは、ハルであってもアクセスできない領分だ。
ブラックカードコミュニティとでも言うべき、アンチエーテルネットワーク。そこでやり取りされる情報については、月乃が居なければアクセスできない。
「しばらくすれば、親に言われるがままにお前を打倒せんと多くの者が押し寄せてくる。見ものじゃないか。俺はそのどさくさに紛れて、悠々と脱出すればいい」
「いや、君も巻き込むけど? 『同盟国のソウシ君です』って」
「巻き込むんじゃあないっ! 冗談では済まないぞ!」
別に冗談ではないのだが、まあ、彼の言う通りこの流れはもう止められないだろう。
そしていざ戦争となり、ハルの世界がダメージを受ければ、最も外側であるこのリングは真っ先に削られ消失する対象だ。
そうなれば、本当にソウシは何もせずに悠々とこの場を抜け出せることだろう。
「……その時の為にこのリングを分厚く補強しておくか」
「俺への嫌がらせの為だけに非効率なことをするんじゃない!」
「……もしくは敵がちょうどこの位置から僕らに接触するように調整を」
「やめろ! その可能性は今でもそこそこあるんだからシャレにならん!」
余裕を見せているソウシにとっても、ある程度の賭けではあるようだ。敵がこの方角から来てしまったら、彼の計画は崩れ去る。
まあ、その時はその時で、きっと何でもないかのように余裕の表情を崩さず立ち回るのだろうけれど。
実際、やろうと思えば出来ないこともなさそうだ。ハルたちは持ち込んだレーダー技術によって、接近する他国の方角を探ることが出来るのだから。
とはいえ、ソウシも言ったように彼をからかう為だけにそこまで酔狂な手は取らないハルである。
「ところで、ソウシ君はその打倒僕の連合には加わらないの?」
「ははっ。侮ってくれるな。この歳になって、親に言われたからハイハイと従うようなガキではない」
「なるほど。じゃあ君も、言われていることはいるのか」
「食えん奴だな。やたらと表情を読みやがる。あの魔女がお前を重宝する訳だ」
「まあ、性分なんで」
どうやらソウシは、今回の件で積極的にハルと事を構える気はないようだ。
それは既に一度戦い、そして敗れたからだろうか? 今また戦争を起こしても無駄であると。
確かにそれも一部あるようには思うが、どうも、それだけではないようにハルは感じた。
自慢の観察眼には、彼が独自の目的をもって動いているように映ったのである。
◇
「では、せいぜい頑張るといい。俺も陰ながら応援しているぞ」
「応援してくれるんだ?」
「だから皮肉に決まっているだろう。なんだ? それとも俺に応援して欲しいのかな?」
「いや別に……」
なんだろうか、むしろソウシが応援したがっているようにも見えるが。というかそうとしか見えないが。
彼はここで、逆にハルに付く気でいるとでも言うのだろうか。
「どうしてもと言うのであれば、情報提供くらいはしてやってもいいぞ?」
「援軍じゃなくて?」
「甘えるなっ! 俺まで他の有象無象に狙われるだろうが!」
なるほど。つまりは、この戦いにてハルが勝つのか、生徒連合が勝つのか見極めたいということか。
もしハルが強襲を逆に下してしまうようならば、そのままハルと協調したほうが得であるとの考えだ。
しかし、少々意外であったハルだ。ソウシからは恨みをかっていたようだし、むしろ反ハル連合の旗頭になってもおかしくはないと思ったのだが。
まあ、そうなるようならばこの場ですぐにでもその芽を摘んでおく選択肢も生まれるので、彼の選択は正解ではあるのだが。
「情報って、他のプレイヤーのことに君は詳しいのかい?」
「聞く気になったのかな? 閉鎖的な変人集団のお前達と違って、俺は一般クラスだからな。そこでの派閥にも、まあ明るい」
「誰がどんな対応を取るのかも何となく分かるって訳か」
「その通りだ」
「それで、それを君に聞けば情報を教えてくれると。親友キャラってとこか」
「誰がお前の親友か! 気持ち悪い!」
「ギャルゲーには明るくないんだね」
「当たり前だろうが!」
残念。もし詳しかったらそれこそ友人になれたろうに。
そんなことはさておき、実際、情報源があるのはありがたい。ソウシにはどうやら何か狙いがあるようだが、ハルにとっては関係のないことだ。
彼は彼で目的を遂げればいいし、もしまたハルの前に立ちはだかるのならば排除すればいい話だ。
……こういった、個々の感情を無視した行動こそが知らぬところで恨みをかう原因になっているのは分かっているが、今さら修正のきかないハルだった。
「……まあ、何かあったら頼むよ。今は特に思いつかないかな」
「よく考慮しておくことだ。そして先に言っておくが、当然対価は頂くからな」
なんだか、自然と情報屋になることを了承しているようなソウシなのだが、それでいいのだろうか?
まあ、これが彼の計画のうちだったのだろうから、気付かぬふりをしてあげつつ、この場は彼と別れるハルだった。
*
「と、いうことがあってね」
「うわ。ソウ氏、落ちてんじゃん! ハル君いつの間に攻略したん?」
「いや、というよりも、僕を利用して何かしてやろう、みたいな気概を感じた。前もそんなこと言ってたしね?」
「……恐らく、父親からただ家と会社を継ぐだけに我慢がならないのでしょうね? 自分だけで、何かを成そうとしているのだと思うわ?」
「ルナちー、ソウ氏に詳しいの? あ、そいえば求婚されたんだけ?」
「彼ではなく、彼の親にね? 押し付けられそうになったわ? そして別に詳しくないわ。良くある話なのよ」
「貴族社会に、ありがちな話。ですね!」
「ええ」
反抗心だろうか、それとも一個の存在として自らを承認して欲しいが為か。ソウシにはなにやら強い思いがあるらしい。
とはいえ非情ではあるが、彼のその願いを応援してやる余裕はハルにはなかった。自分達に害がないとも言い切れないのだし。
それに、厄介な物も情報源も、より重く重要なものをハルたちは既に抱え込んでいる。そちらを、優先させねばならぬのは明白だ。
「彼よりも僕らは、ヨイヤミちゃんに話を聞いて、また、取引をしなきゃならない」
「ですねー。彼女の世界もこっちに来ることになりそうですしー、それも守りながら戦わないといけませんー」
「それに、“りある”の事情もあるのです! ヨイヤミさんをお外に出して、平気なのでしょうか!」
「それはまあ、彼女の症状次第ではあるけど、そっちはなんとかなるはずさ。ネットに繋がってしまえば、そこからは僕の領分だ。この世の誰より、的確な処置が出来る自信はある」
「ですねー。私もお手伝いできますしー」
「世界最強のタッグなのです! まさに神、なのです!」
「こっちは実際に神様だしね」
「元、ですよー。だった、ですよー」
あとは、彼女が問題なく学園から出ていけるか、月乃の腕次第といったところか。
とはいえそこは心配せずともいいだろう。彼女の政治的手腕は折り紙付きだ。
そんな、今後起こるであろう様々な状況に備えるべく、またヨイヤミの体力的な心配もあって、ハルたちは今日はこのくらいで、この世界を切り上げることとした。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




