第1074話 最初のお客様はどなた?
しばらくヨイヤミには自由にさせることにして、ハルたちは己の世界を見て回りつつ今後の彼女に対する対応を話し合うこととした。
明らかな重要人物にして、危険人物。出来れば、今後は彼女を監視下に置きたいハルだ。ハルの目の届かぬ学園内に居られては、動きが追えない。
「……彼女への『報酬』のこともあるしね。出来れば外に出したい。ねえユキ? どう思う?」
「えっ? なんで私? あっ、家におくの? 別にいいけど」
「いや、そうじゃあない。似たタイプの先輩であるユキから見て、彼女を出して大丈夫だと思うかって話」
「ああ、なーる。うん、無理だね」
「即答なのです!」
「えらくハッキリと言うのねぇ? まあ、無理だからあそこに入っているのでしょうけど?」
「ですねー」
「あー、そゆう症状については私は分からんよ。ただ、確実に言えることがある」
ユキは一度言葉を区切り、『こほん』、と大げさに咳払いをすると高らかに断言した。
「あの子は外に出して自由にさせたら、確実にゲーム廃人になって戻って来なくなる!」
「……それは、実体験からの確信かしら?」
「そう!」
「はぁ……、まあ、あながち冗談とも言えないのよねぇ……」
彼女はエーテルネットと相性が悪い訳ではない。良すぎるため、人間的な生活が送れないでいる。
そんな彼女に自由にネットに接続できる生活を与えれば、きっとその世界から帰って来なくなるだろう。ハルにも目に見えるようだ。
日がな一日、医療用ポッドに沈みネットの海に潜り続ける。はたから見れば、意識不明の重体患者。
だが本人にとっては、この上なく満足のいく生活だ。満足すぎて、現実になどもう用はない。
「……まるで何処かの神様の望みを体現したかのような逸材だな」
「ミントの出る幕もないですねー」
「ならば、学園施設でご病気が治るまで待った方がいいのでしょうか?」
「治らんよ、アイリちゃん。なんつーかこれは、性質なのだ。病気ではなく」
「むむむ。難しいです!」
「矯正プログラムなりなんなり有るんだろうけどね。それも効果があるとは思えない」
「見ただけで分かるのかしら?」
「分かるよー。だってここの医者、『テスト』と称して定期的にあの子にエーテル入れてるんしょ? なんも分かってない証拠だ」
「まあ、分かれという方が酷かもね」
なにせ、それだけでヨイヤミが外部に接続できるとは思いもすまい。
そしてその結果、彼女のテスト結果は一向に芳しくならない。なぜならネットに繋がっても居ないのに(少なくとも医者からはそう見える)、毎回ヨイヤミは意識が朦朧となるのだから。
そして、ヨイヤミがそれを知っていたとしても我慢は出来ない。楽しい楽しい電脳世界で外部の人間とお喋り出来る唯一の機会なのだから。
「負の無限ループだ。少なくとも、医療の、いや、エーテル技術の更なる発展が見られない限り、彼女の生活に変化が起きることはない」
「案外、あの子が切っ掛けで裏口が発見されたりしてね。快挙じゃん」
「ドライねぇユキは。あなたと同じ、なのではなかったの?」
「同類だからこそ同情はしないんだぜルナちー。私らみたいのは、自分で自由を勝ち取らんとならぬ。まあ私も、ハル君がいたからこそみたいのはあったんだけど……」
「のろけ、なのです!」
「惚気ね?」
「大胆ですねー?」
「うるしゃい! まあなんだ、あんなとこに放り込まれてたら、私も腐ってたかも知れん。うん」
そう、ヨイヤミには死に物狂いで自立する機会さえない。同じような性質のユキも、まずはネット上で徹底的に自己を確立できたからこそ、こうして問題なく活動出来ているのだし。
「……問題、ないか? 言うほど」
「な、なにさハル君……」
そういえば今はロボットボディの遠隔操作で、本体は自宅のポッドの中だった。まあ、今回のことを認めたのもハルなので、今さらのことではあるのだが。
ユキが自らの性質と折り合いをつけて自立しているのは、間違いのないことだ。
「ともかく、ヨイヤミちゃんを外に出すのであれば、学生の私たちだけでは難しいわね」
「ハッキングしちゃえばいいんちゃう? いつもみたいに」
「ユキは僕をなんだと思ってるんだ。いつもそんなことやってない……」
「ハルさんは割と法律を守るタイプですからねー。やってるのは私ですねー」
「じゃあ、カナちゃんの妹ってことにしちゃえ。戸籍書き換えて」
「カナリーちゃんもあんまり妙な事はしないように……」
確かに、ヨイヤミに関する情報を書き換えれば、彼女を外に出すことは容易だろう。病棟内の情報だって、本人の協力があれば改竄も容易。
しかしそれでは、少々彼女の教育に悪い気がする。困ったことは全てハッキングで解決する子に育ちかねない。
「……私の話を続けて構わないかしら? こういう時は、お母さまに頼みましょう。なんとかしてくれるわ?」
「まあ、それが一番丸いよね。なんだか、都合の良い時ばかり頼ってる気がするのが心苦しいけど」
「ダメよハル? そんなこと思っちゃ? あの人の思うつぼだわ? 普段からあなたはお母さまの無茶な頼みを聞いているんだから、このくらい対価として要求しなきゃダメ」
「大した無茶ではないけどね」
「はぁ……、やっぱりまだお母さまに甘いわあなた……」
「一般人基準だと死ぬほど無茶ですよねー?」
とはいえ、現実的に事態を丸く収めるには月乃に頼るのが最も有効な手段ではあるだろう。
彼女が身元引受人となるならば、文句を言う者はおるまい。
……それに、これは打算的考えが過ぎるかも知れないが、月乃はきっとヨイヤミの力に興味を示す。是非に、とその力を欲しがるだろう。
そんな感じにて、本人不在のところで話はまとまっていった。あとは、合流を待って彼女に話を持ち掛けてみるとしよう。
*
「よーし、ヨイヤミちゃんが遊び終わるまで、うちらも自分の世界広げていこー」
「おー! がんばります! 今日はなにを、しましょうか!」
「仲間が増えるのだから、やはり交通網の整備ではなくって? ヨイヤミちゃんは、どっちの方向から来るかしら?」
「来るんかね? そもそも。病棟の知り合いに引き寄せられるんじゃない?」
「あの様子だと、交流はなさそうな感じでしたけどねー。問題なくこちらに来るんじゃないでしょうかー?」
ヨイヤミの対応も重要だが、このゲームの攻略もまた重要だ。ハルたちは自らの世界の拡張も進めるべく、皆で相談し方針を固める。
新たな味方候補も得たハルたちだが、新たな敵もまた、待ってはくれない。
いやヨイヤミよりも先に、打倒ハルを指示された学園の生徒たちがこの場に押し寄せて来るかも知れない。
「エメ。レーダーで周囲確認」
「《はいっす! 通信機の電波状況から見るに、ヨイヤミ様は当然ながら、かなり遠方に配置されていますね。現在の位置関係だと、他の複数の『島』の方が到着は早いっす。あとは、スピード次第でしょうか?》」
「どの程度、僕らをやっつけたいかによるか……」
「まだどのように世界同士の引力が決まるかもハッキリしてないですしねー?」
「もし感情の大きさが重視されるなら、『親に言われて仕方なく』、といった面々はそこまで積極的にならないのではないかしら?」
かも知れない。しかし違うかも知れない。その辺の家庭の事情などは、ハルは知る由もないのだから。
……いや、やろうと思えば各家庭にお邪魔して覗き見できるが、『ゲームの攻略のため』にハッキングするなど、少々体裁が悪い。『世界の危機を救うため』ならば許されるだろうか?
「なら、確率的に今は防衛優先かね? みんなで端っこ広げよう!」
「お待ちなさいなユキ。あなたあれ以上広げるつもり? 防衛優先はいいとしても、中央のスカスカ具合を埋めて土地の有効化を進めましょう?」
「それは、つまらぬ……」
「退屈でもやるの。私だって、路線を広げたいわ?」
六角形に空いた穴に、タイルを敷き詰めるようにハルたちはハニカム構造の穴埋めをして平地に変換していく。
この作業は単純作業でしかなく、ユキが退屈がるのも分かるというもの。
しかし、アルベルトとメタの工場を広げるためにも平地は必要であり、地味ながら重要な作業である。
それに今は、ヨイヤミからの呼び出しにもすぐに対応できるように、動きの少ない状態で固まって居た方が都合が良かった。
「工場用地もいいけどさー、バトルエリアも作らん?」
「そうね? でも、敵はここまで攻め込んでは来ないようにするのでなくて?」
「中央付近が戦場になったら、終わりなのです!」
「そうは言うけどねールナちー、アイリちゃん。予想外の方法で不意打ちを受けた時に、戦闘準備がなければそれこそ終わりだぜ?」
「一理あるわね……」
基本的に、こうした戦闘の絡む内容となるとユキに一日の長がある。
一大工場地帯を広げ続けるのもいいが、それを守る防波堤も有った方が良い、ということで話はまとまった。
ユキの作ったハニカム迷宮でもかなりの足止めが期待は出来るが、このゲームは能力要素がある。
あの迷路や行き止まりの断崖絶壁も、易々と突破する相性の悪い能力の使い手も居るかも知れなかった。
「……確かに、あの意地の悪い迷路も歩兵を相手にした想定ですものね? リコのように、飛行するユニットで来られたらどうしようもないかも」
「ああ、それはだいじょび、ルナちー。飛んで越えればいいと考える奴が出るのは想定済み。というかそれを誘導している」
「備えが、あるのですね!」
「そのとーりだアイリちゃん。もし空白地帯を飛んで越えてくる奴らが居ても、その先には高射砲がずらりと並んでお出迎えするのだ」
「えげつないわねぇ……」
相変わらず電磁式の砲台ではあるが、こちらは固定砲台の利点を生かし『弾薬』の備えは万全だ。
アルベルトの工場地帯から電源ラインを引いており、『弾切れ』の心配は皆無。
そうした補給線の開発も、地下鉄を中心として各地に着々と配備されているようだった。
「よし、じゃあ工場を守るように山岳地帯を作ろう! 私らの得意は入り組んだ地形だしね。六本腕の踏破性能も、生かせるというもの」
「いえ、私は別に得意でもなんでもないのだけれど……」
「大丈夫。ベルベルがルナちーでも簡単操作できる殺戮兵器をきっと用意してくれる!」
「……それは大丈夫なのかしら?」
作戦計画を立てながら土地を創造していく女の子たちだが、こんな時にハルは所在がない。ハルにその力は備わっていないのだ。
どうしたものかと、手持ち無沙汰なハルがマップを確認してみると、面白いことが分かった。ハルにしか出来ない仕事だ。ちょうどいいのでそちらへ向かうこととする。
「どうやらソウシ君がログインしているみたいだから、ちょっと彼のところに行ってくるよ」
「あいよー。サプライズにビビった顔をスクショよろしくー」
「趣味が悪い……」
写真はともかく、どう驚いてくれるかはハルも興味がある。そんなソウシのリアクションを求め、ハルは彼の領地へと、それを取り囲んだリングへと向かうのだった。




