第1073話 宵闇の世界
ヨイヤミに聞きたいことは多々あるが、まず聞いておかねばならないことが一つある。ハルはそのことについて、彼女へと質問を投げかける。
「君は、あのゲームには参加しているんだよね?」
「《あのゲーム? どのゲーム? 私、ゲームってあんまりやらないの。出来ないの》」
「今、この学園内で行われているゲームだよ。君が噂を流したんだろう?」
「《あー、あれねー……》」
歯切れが悪くヨイヤミは言いよどむ。表情や態度に動きがないのでいまいちハルにも確信が持てないが、この反応は知っていると見て間違いはなさそうだ。
「《もちろん詳しいよ。知ってる。知ってるんだけど、私じゃ出来ないから。期待外れだったなー。ほら、体を使うゲームでしょ? 体の動く男の子たちなんかは、ちょくちょく抜け出して遊んでるみたいだけど》」
「なるほど。これは悪いことを聞いたかな」
「《ぜーんぜん。むしろ悪いのは、期待だけさせて私は参加させない主催者だよ! せっかく手伝ってやったってのにさー。ハルお兄さんも酷いと思わない?》」
「主催者を、知ってるの?」
これは当たりか。彼女はやはりアメジストと接触している。
ハルがそれを聞き出そうとするも、それより早く、彼女はあのゲームについても愚痴をまくしたてはじめた。
「《学園内にゲームがあれば、好きに遊べると思ったのに。意味ないじゃん、体使うゲームじゃ! あーあ、つっまんないのー》」
「……ん? 君は、『裏口』で好きにネットに繋げるんじゃないの? そうすれば、ゲームなんていくらでも好きに、」
「《出来ないよー! 外に繋げる時間は限られてるもん。私は毎日、それを心待ちにしてるんだぁ。そんなちょっとの時間でゲームしたとしても、大して進めらんないじゃん……》」
「……んん?」
「……ハルさんー。その子の体、よーく見てみてくださいー。あっ、えっちな意味じゃないですー。体内ですよー」
「《なんかよけいにえっちだ……、どきどき……》」
「なるほど。彼女の体には、エーテルが入っていない」
「ですよー」
エーテルネットワークに『裏口』で接続するには、いくつかクリアせねばならない条件がある。その一つが、体内のエーテル濃度だ。
体外の大気にエーテルが無くとも例外的に接続可能な裏口だが、体内にすらなければお話にならない。
そのためハルも、以前は学園への登校時にはよくエーテル増殖用の栄養スティックを頬張っていた。懐かしい話である。
今はそんなことをせずとも、神界経由で接続できるため不要となったのはハルだけだ。ヨイヤミはその条件を満たさねば、ネットには繋げない。
他人の体に侵入出来ることと、エーテルネットに接続できることは別物の力、ということか。ややこしい。
「《たまにお薬と一緒にね、エーテルが体に入れられるの。お医者さんたちはぜんぜんそんな素振り見せないんだけどね。バレバレ。テストなんだろうね。その時間に、私はナイショで外に繋いじゃうんだよ!》」
「なるほど。だったら医者を操って、常にエーテルを混ぜるように指示しちゃえば」
「……ハル。危ない遊びを教えないの。命に係わるかも知れないのよ?」
「失礼」
「《おお……、貴方、ワルだねぇ……》」
「抜け道を見つけるのは、ハルさんの得意技なのです!」
話が逸れてしまった。本来の話題に戻ろう。
つまりヨイヤミはアメジストを手伝ってゲームの開催を手引きしたはいいが、蓋を開けてみればそのゲームは自分には参加の出来ない代物だった。
考えてみれば当然か。あのゲームは、肉体を転移させる形でログインするもの。体を自由に動かせぬヨイヤミでは厳しかろう。
特に問題となるのはログインログアウトの処理。ハルたち以外は、その際に体全体を使って『ぎしき』を行わねばならず、それが出来ないヨイヤミには難しい。
もし仮に、なんとかログイン出来たとしても、今度はログアウトが問題だ。ログアウト処理が出来なければ、プレイヤーは内部に取り残されたままとなってしまう。
それは、確実に命に係わる問題だ。ゲームを楽しむどころではない。
「だから君は、噂の発端でありながらも、自分だけはゲームを始められずにいた訳か」
「《そーよ? やんなっちゃう! そして、なるほどね! ハルお兄さんたちは、あのゲームの情報を追ってここまで忍び込んで来たって訳だ! 私から情報を聞きに》」
「そういうこと。君が接触した主催者のこと、教えてくれると嬉しいんだけど」
「《んん~~、どーしよっかなぁー。教えてあげてもいいんだけど、“しゅひぎむ”って奴があるからなー》」
「話しちゃえヤミ子。ハル君に協力するとお得だぞー。ゲームだって、いっぱいやらしてもらえるぞ?」
「《ほんと!? 私も、あのゲーム出来るの!?》」
「いや、あのゲームかどうかは分からんけど……」
「《ねえねえハルお兄さん! 私もやれる!? みんながやってるやつ、やってみたい! ねぇ~~》」
「まあ、出来るけど」
特に難しい話ではない。あのゲームのログインは無差別だ。協力者が居れば、共にログインルームに赴けばいいだけの話である。
そうすれば、魔力を感知した瞬間にその場の者を、勝手に異空間に飲み込んでくれる。
「……これ、完全犯罪に使えないか? ゲームの存在を知らない者を呼び出して、強制ログインさせる」
「……物騒なこと言ってないで、ちゃんとヨイヤミちゃんと向き合いなさいな」
「《ねえねえお兄さん~、良いの~? 連れてってくれるの~?》」
なおもねだるヨイヤミに苦笑しつつ、ハルはその要求を承諾する。
どうやらこの病棟内にも存在するらしいログインルームに向けて、彼女を連れて一行はこっそりと病室を抜け出したのだった。
*
「《ここだよ。男の子たちはみんなここに入って行くんだー》」
「君はそれを見て知っていたの?」
「《そうだよー。彼らの視界を乗っ取ってね》」
さらりと凄いことを言うヨイヤミの車椅子を押して、ハルたちは深夜の図書室へと到着した。
昨今ではあまり見なくなった紙媒体の蔵書が、ずらりと並ぶ本棚の数々は壮観だ。
勉強の為というよりは、ネットに繋げぬこの鳥籠の中で、患者たちの大切な娯楽となっているのだろう。
「《だっこして来てくれればよかったのに》」
「そうなると、向こうでは大変だよ。地面に放り出されて、起き上がれないかもよ?」
「《一緒に行くんじゃないの?》」
「ログイン先は、一緒にログインしたとしても別々の場所だ。一人ひとり、違うんだよ」
正確には、すぐ近くに出るのかも知れない。しかし、極度に拡張された空間の中では数百キロも相対的に離れて感じられ、事実上まったく別の場所に飛ばされると言って良い。
「《……なんだか怖いよお兄さん。私、どうすればいいんだろ》」
「大丈夫。これを持って行って。何かあれば、これに呼びかけるんだ」
「《おお! おお~~?》」
手に握らされた妙な丸い物体を、不思議そうに見つめるヨイヤミ。例の、通信機である。
中にはハルの目玉、もとい、分身の眼球部のコピーが組み込まれており、そこから魔力放射することでログアウト処理の代わりをこなせる。これで、ヨイヤミがログアウトしたい時も安心だ。
まあ、本人にはそれは伏せ、とにかくログアウトもハルが代行出来ることを言って聞かせた。
「《すごいすごい! やっぱり、貴方は神だったんだね! なんでも出来ちゃう! 私以上の天才ハッカー!》」
「そうですよー? ハルさんは凄いんですよー?」
「乗っからないのカナリーちゃん。とはいえ、向こうでは一人だ。くれぐれも慎重にね?」
「なにかあったら、すぐに私たちを呼ぶのよ?」
「《大丈夫だよルナお姉さん。一人なのは、いーっつもおんなじだから》」
「ブラック! なのです! 自虐ネタの、使い手だったのです!」
黒い感情を垣間見せつつも、口調はあっけらかんと明るくふるまうヨイヤミ。
そんな彼女を心配しつつも、いつまでもこうしてはいられない。ハルは彼女に一声かけると、意を決し魔力を体外に放出していく。
するといつものログイン処理が行われ、ハルたちは揃って草原へ、そしてヨイヤミを乗せた車椅子は、ハルたちの周囲からは姿を消した。
「到着です! ヨイヤミさんは、大丈夫でしょうか!」
「《大丈夫だよーアイリちゃんー! でもなんにも見えない! これって、どうすればいいのかな? こわいよぉー》」
「落ち着くのです! そこに作りたい世界を、イメージするのです!」
「そうそう。すると勝手に生えてくるよー」
「《うわ本当だ地面が出来たよ! ……んん? ユキお姉さんもそこに居るの?》」
「うちらはみんな一緒に居るよー」
「《なんで? 全員バラバラになるんじゃ??》」
「おっとしまった」
「今はそこは気にしないでいいよヨイヤミちゃん。僕らはそういうものだと思ってくれればいい」
「《流石は神だね。常識が通用しないんだ!》」
「神ではないが……」
単に『凄い』=『神』と言っているだけなのだろうが、ハルとしては色々と複雑に聞こえてしまう単語である。
それはともかく、今はハルたちの事情は伏せておかねばならない。
ハルたちが全員一緒なのは、全員が精神を融合させてしまっており、判定としては一人として認識されているからだ。
そこはまだ伝えて良いものか迷う所であるし、なによりどう伝えればいいか分からない。
「……ヨイヤミちゃんもきっとすぐに合流できるよ。このゲーム、土地を広げて行くと他の人の世界と接触出来るんだ」
「《へ~~。ハルお兄さんたちの世界と、上手に繋がれるかな? 知らない人と出会っちゃったらヤだなぁ》」
「ある程度コントロール出来るらしいよ。僕らの方へと合流したいって、強く念じてみるんだ」
「《らじゃらじゃー。では任務に入ります、おーばー》」
「頑張ってね。オーバー」
ひとまず通信を終え、ヨイヤミも自分の世界の構築に移るようだ。おそらくこうなっては、しばらくは話を聞くどころではないだろう。確実に没頭するタイプだ。
ハルにとっても、都合がいいといえば都合がいい。ヨイヤミからどう話を聞きだすか、この間にまとめておく必要があった。
「しかし、ここまでがっつりと関わってしまって良かったの? この後放り出したら可哀そうよ?」
「そだぞーハル君。情報を聞いたらぽーいじゃ、許されん」
「まあ、そこは安心してほしい。そんなことはしないよ」
むしろ、この流れで彼女はハルたちで確保したい。明らかに、あのまま放置していたら危険だ、いろいろと。
そんな今後の計画も考えつつ、とりあえずハルたちも、自分の世界に変わりがないか、チェックしつつ話を続けるのだった。




