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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1072話 個室にて世界を知るもの

「《お兄さんたち、警察のひと? ……って訳ではなさそうだよね》」

「警察のお世話になるような事をやっているのかい……?」

「《まぁこうみえて色々と。私から見れば、融通のきかない法律の方が悪いんだけど》」

「なんという犯罪者の言い分。まあ、僕も人のことは言えないんだけどね」

「《おっ、貴方話せるくちだね。そりゃあそうか、こうやって不法侵入してきてるんだもんね。ねぇねぇ、貴方は、ハッカーの不正アクセスと警察の秘密調査の間にはどんな違いがあると考える?》」

「難しい問題だね」


 難しいが答えは簡単。『権力を持っているか否か』。だが彼女としては、なぜ権力を持っていれば許されるのか、という所を議論したくてたまらないようだ。

 さっきからまるきり変わらぬ表情に反して、ずいぶんとお喋りな子だ。喋るのが大好き、といった感じである。


「そのことについて話すのも楽しそうだけど、まずは僕らが来た目的を、」

「《あっ! 待って! もうすぐ、いけすかない権力の巡回があるから、まずはそれに対処しよ》」

「自由な子だ……」

「《お兄さんたちに、私の力見せたげる。貴女たちも、壁際に寄って寄ってー》」

「お? なにすん? 巡回の兵士を吹き飛ばすん?」

「《吹き飛ばしたい気もするけど、もっと穏便にやるよー大きくてロボットのお姉さん》」


 ヨイヤミに言われるがままに、ハルたちは部屋の壁沿いへとぞろぞろ移動する。

 そうして皆でぴたりと壁に張り付いて、息をひそめる。とはいえこの位置ではヨイヤミの居るベッドや、そこへ至る経路上からも丸見えであり、まるで隠れてはいない。

 誰かが来たら丸見えであるのだが、ヨイヤミは心配いらないとばかりに自信満々だ。


 そうしているうちに、彼女の言う通りに巡回の病院スタッフが室内へと入ってきたのだった。


「あらー、まーた夜更かししてるのね? ダメよー。夜になったらちゃーんと寝なきゃ。今日は冷えるわよ。ささ、ベッドに入りましょうねー」


 その女性スタッフは独り言のように、ヨイヤミに話しかけながらその体を横たえ布団をかける。

 ヨイヤミもされるがままといった感じで、大人しくスタッフの手によってベッドの中に入って行った。


 そして驚くべきは、その間スタッフはずっと、ハルたちの方になど目もくれていなかったということだ。

 先述のとおり、この位置は室内からは丸見え。隠れる意味を果たしていない。だというのに、彼女はハルたちなど居ないかのように、ヨイヤミの世話だけに終始して、そしてそのまま出て行ってしまったのだった。


「……お客さんとして認められた、にしては挨拶もなかったね」

「《慇懃無礼いんぎんぶれいな人たちよね。配慮がなってないんだから。聞いた? さっきの。『今日は冷える』ですって。知らないわよ! 外の気候なんて! この中は年がら年中、一定の室温に保たれてるってーの》」

「そうなんだ」

「《あっ、でも雪は見たいなー。雪の予報の日は、隠れて夜更かししてやるんだから! 本当は、ロビーの大ガラスで見たいんだけど……》」

「あ、私じゃないか。雪じゃないけどユキです。ヨロシク」

「《素敵なお名前ね。大きくてロボのユキお姉さん。私は、》」

「『ヨイヤミ』だろう?」

「《なぜそれを! って、今はお姉さんと会話してるの! 割り込み禁止なんだから!》」

「おっと、これは失礼」


 しかしよく喋る子だ。エメとはまた違ったタイプのお喋りである。

 自分の電脳空間でのハンドルネームがバレていることより、目先の会話を続けることの方が優先らしい。


「そんなヨイヤミちゃんは、さっきなにしたん? あのお医者さんを操ってたん?」

「《操ってないわ? ちょっと視界に細工をしただけよ? さて、ユキお姉さんは私が何をしたのか分かるかしらぁ?》」

「ああうん。私やハル君たちを、彼女の認識の外に追いやったんでしょ? 意識の盲点もうてんというか、そんな感じのとこに」

「《なんで分かるの!? お姉さんエスパー!?》」

「エスパーはハル君だよ。あとヨイヤミちゃんもエスパーっぽいね」

「《貴方エスパーなの!?》」

「いいや? 単に君と同じ技術を使えるだけだよ。むしろユキたちの方がエスパーっぽい」

「《どっちなの!?》」


 それは『エスパー』の定義づけによる。ハルが言っているのは、繋がった精神を通してよくハルの心を読んでくるので、それゆえにエスパーだ。


「正確には盲点とは違って見えてはいるんだけど。彼女に『ここには誰も居ない』と暗示をかけることで、彼女本人の脳が勝手にフィルターをかけて認識から消去している。そこにあって当然の物、とね」

「《机の上に数年間置きっぱなしのペンみたいなものね。背景の一部と化してしまう》」

「使わないなら整理しよう?」

「《整理は苦手》」


 お喋りな彼女が短く吐き捨てるあたり、本当に苦手なようだ。

 しかし、こうして会話をしつつ彼女の内面を探ろうとするも、どうにも普段との勝手の違いに戸惑うハルだ。

 声は元気で活発だが、表情もしぐさも一切ない。今も真顔で、ハルのことをじっと見つめてきているだけである。


「《貴方も出来るってことは、私とおんなじなのかな!? うわぁ、初めて会ったよ、おんなじひと。ねねっ、ハルお兄さんはどうしてそんなに普通に体が動かせるの?》」

「ちょっと待ってね、ヨイヤミちゃん。まず前提として、僕に君と同じことは出来ない」

「《あれ? 出来るんじゃないの?》」

「同じ結果は出せる。でもあくまでそれは、『外』での話だ。僕はネットを経由してしか、その万能性を発揮できない」

「《えーなにそれ。そっちの方が難しいじゃん絶対。直接入っちゃった方が楽だよ、楽》」


 まあ、言わんとすることは分かる。ネットワークやセキュリティに関する知識など、遠隔ならではの面倒な要素が多いのは確かだ。

 だがしかしハルから言わせてみれば、先ほどのは簡単難しいの話ではなく、『物理的に不可能』の領域だ。


 ハルも一応、知られていないエーテルの特性を使いここから外部ネットに接続は出来る。

 しかし、エーテルの無い無菌室状態のこの場所で、ネットに繋がっていない人間の体に、脳に侵入することなどハルにも出来ない。


 これは、ハルですらまだ知らぬエーテルの仕様なのか。それとも、ヨイヤミの超能力なのだろうか?





「《ねぇねぇ、もっといっぱいお話聞かせて? ここって退屈なんだ。人の目を借りて疑似外出したりは出来るけど、やっぱり現実感がなくて。あっ、寝たままも何だから起こしてー》」

「……忙しい子だな。ルナ、頼める?」

「ええ。良いわよ? ヨイヤミちゃん? ちょっとごめんなさいね?」

「《やぁー、くすぐったーい》」

「やっぱり本職のようにはいかないわね……」

「《うそうそ。貴女の手とっても優しい。もっと力込めて『ぐぁっ!』って起こしちゃって大丈夫だよ》」

「ぐぁっ、ねぇ……」


 基本的に優しいルナが、恐る恐るといった感じでヨイヤミを再び起こしてベッドに座らせてやっていた。

 他人の脳をハッキングするようにして、オフラインの人間にすら侵入する恐るべき能力の持ち主も、自分の体だけはままならないらしい。おかしな話だ。


「んー。ヨイヤミちゃん他人を操れるんっしょ? じゃあ自分で自分を操ればいいんじゃない? 視界にはモヤがかかって気持ち悪い感じにはなるけど、日常生活に支障はなくなるよ?」

「《それが出来れば苦労は……、ってユキお姉さんも私と同じなの!?》」

「厳密には別タイプの症状だと思う。でも確実にご同類だね」

「《すごい……、病院送りから逃れているなんて……》」

「周囲にはゲーム廃人だと思わせるのがコツ」

「《おお……!》」


 ネットゲームに夢中だから、ほとんど起き上がって来ないのだ、と周囲に納得させる、いや諦めてもらうということだ。

 ……それでいいかはともかくとして、ユキもまた、定義の上ではエーテル過敏症であるのは間違いないだろう。

 ユキは症状が軽かったのか、いやむしろ重すぎて、完全に社会を欺くだけの力を発揮できてしまっていたのか。


「《ねえねえユキお姉さん! 私もそのロボット動かせる!? それ使えば、外を自由に歩き回れるのかな!?》」

「待ちんしゃいヤミ子よ。この体はハル君の所有物なのだ。ハル君に聞こう」

「《なんだか言い方がえっちだぁ……》」

「そうだぞー。ハル君は夜な夜なこの体をあちこち弄りまわして……」

「メンテね!?」


 唐突な女子トークの開始は、断固阻止せねばならない。迅速に割って入るハルである。


 しかし、ユキからのパスはナイスと言わざるを得ない。ヨイヤミが食いついたということは、これは交渉材料になるということだ。

 もちろん、ユキのボディのことだって機密中の機密だ。おいそれとプレゼントする訳にはいかない。

 首輪も付けねばならないだろう。お喋りな彼女が、外部にペラペラとハルたちのことを漏らしてしまわぬように。彼女の精神は、思った以上に自由そうだ。


 だが、ここまで無遠慮に関わっておいて、そしてここまで希望を見せておいて、『僕らの秘密だから我慢して』ではこくである。

 別にハルはエーテル過敏症問題に切り込む気はないが、個人的に関わった子くらいは面倒を見たい。


「いいよ。ロボットの遠隔操作も含めて、君が自由に外を歩けるように手助けしてもいい」

「《本当に!!? えっ、神様……?》」

「神じゃないよ。人間だ、そのつもりだ、一応……」

「《いや神でしょ、神以外のなにものでもない。私をここから出してくれるなんて。ああっ、今日はなんて良い日なんだろう! 今日を記念日にしよう。ここに記念碑きねんひを建てよう》」

「落ち着いて? 下手に希望を持たないように。僕が詐欺師かも知れないよ」

「《詐欺師は私の侵入をブロックなんか出来ないよ。はい、神、証明》」

「だから落ち着けと……」


 最初に彼女からの干渉をキャンセルしてしまったのは軽率だっただろうか? あれだけで、ハルの能力の高さを彼女は推し量ってしまったようだ。


 しかし、そんな能力の高い彼女の協力は、ハルとしてもどうあっても得たいところだ。望みだって真っ当なもの。ここは、叶えてやっても良いのかも知れない。


「ならばヨイヤミ、取引だ。僕も最大限努力するけど、タダという訳にはいかない」

「《神の試練だ! 忠誠を試すために、何かを差し出せっていうことだよね!》」

「……神なら忠誠ではなく信仰心では?」

「乗せられてますよーハルさんー? 彼女のペースですよー?」

「しまった……」


 どうにも勢いに押されがちなハルだった。とはいえ、相手も取引に乗り気だ。ならば、ここで交換条件として、知りうる限りのアメジストに関する情報を引き出すとしようか。

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