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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1071話 もう一人の到達者

 扉の向こうに誰もいない事を確認すると、ハルはその分厚い扉のセキュリティを切り解錠かいじょうする。

 おおよそ学園の中には似つかわしくない重苦しい扉は、普段はロックが掛けられ開かないようになっているようだ。


 これは、内部の患者たちを外へ出さないようにするためか、それとも逆に、学生たちをこの中に入れないようにするためだろうか?


「中の様子は分かってるんハル君? 例の、監視カメラで」

「いや、扉から向こうのシステムは学園のセキュリティとは独立している。当然、僕も自前のカメラを仕掛けられてはいない」

「未知の世界、ということですね!」

「設計資料は残っていたから、『マップ』はあるよアイリ」


 しかし、目視で中の様子を確かめるのは初めてだ。不測の事態に備え、皆に緊張が走る。

 まあ別に、実際にダンジョンという訳でもないのだ。モンスターが出る、などということはあり得ないが、非現実的な光景には違いがないだろう。


「……こういう時、<神眼>が使えれば楽なんだけど。この中にも強制転送装置たるログインルームはあるだろうからね」

「視点を飛ばすための魔力を感知して、ログイン処理が始まってしまいますねー」


 実に不便だ。最近は、自分がいかに魔法に頼りきりになっていたか身に染みているハルだった。


「とりあえず、監視カメラのハッキングをしつつ安全に移動したいところだけど、ここは目立つ。すぐに移動して、視界の通らない場所へ移ってからにしよう」

「そだね。ここじゃ射線が通り放題だ」

「視線って言いなさいな……」


 すぐにゲームでの有利不利に例えてしまう、色々とダメなハルとユキだった。


 そんなハルたちを飲み込んだ病棟施設の入り口は、開放感のある吹き抜けのロビー。

 内装は白で統一されているが、病院らしいというよりは、やはりどこかの神殿の門でもくぐったかのようだ。


 近代的でありながらも、どこか時代がかった装飾の柱や壁。階段はご丁寧に螺旋らせん階段だった。

 そんな壁にはこの学園の特色でもある大ぶりな一枚ガラスがはめ込まれており、静寂の神殿内に月光を取り入れて、神聖な雰囲気を加速させていた。


「夜の病院、といった不気味さはほぼ無いわね? この丸見えの窓のせいかしら?」

「まるみえとか、ルナちーやーらしーんだー。まあ、監獄かんごく感が出ないようにじゃないの?」

「……そうね患者たちにとって、ここが牢獄であることは変わらない、のかしらね」

「さてね? 汚染された世界に残された、最後の楽園かも知れないけれど」


 彼らにとって、エーテルは時に毒そのものとなる。世界全てが毒の大気に汚染されているようなものだ。

 ならばここは最後の安全地帯セーフティエリア。外に出たいなどとは、まるで思わないのかも知れない。


「さながら僕らは邪神の使徒か」

「ハル君なんか、世界に毒をバラ撒いた闇の組織の頂点じゃん。使徒どころか魔王じゃん」

「……あなたたち、そのうち不謹慎だって怒られるわよ?」

「はーい」


 まあ、誰も聞いていないとはいえ、病院内でする話ではないのは確かだ。

 ハルたちは大人しく、ゲームで鍛えた遮蔽物しゃへいぶつを即座に発見し即座にその陰に入るスキルにて、この丸見えのロビーから視界を切って行った。


「壁がどこも装飾で固められていて開かないね。メンテナンス性最悪でしょこれ」

「そんなことより見た目重視、なのですね!」

「だね。もういっそ指向性の電波でも飛ばしたいところだけど……」

「《止めといた方がいいっすね。学園内と同じだとすれば、電波感知機あるっすよ。それを切ってからじゃないと、電波による接続はおススメしないっす。学園の壁は、電波も一切通さないように出来てますから》」

「改めて隔離かくりの仕方が病的だ。……っと、やっとあったか」


 防災機器の内部にようやく館内のセキュリティ回線に繋がる配線を見つけたハルは、そこに自前の端末を接続すると、瞬く間にそのセキュリティを掌握しょうあくしてしまう。

 その手際はまさに凄腕のハッカーそのもので、先ほどの侵入の際のデータは即時消去され、監視カメラのリアルタイム映像も、誰も居ない通路の映像へと差し替えられた。


 その仕事の早さに、アイリが息をひそめつつも興奮を隠せない。


「すごいですー……! スパイ、なのです。“えーじぇんと”、です……!」

「でもさ? それならアレやんないの? キーボードかたかたぁ! って」

「やらないよ。手打ちで追いつける訳ないし。もし僕自身もオフラインなら、やらざるを得ないかも知れないけどね」


 それでも、出来ることならやりたくない。その場合は、事前に専用のプログラムを用意しておき、それを流し込むだけで済むようにしておくはずだ。

 ユキの言うように高速でキーボードを打ちまくる様は確かにスタイリッシュで格好が良いが、実際は『カチ……、カチ……』、といったようになるだろう。なんとも締まらない。


「……思ったのだけれど、例の子もこうして監視カメラを欺いていた可能性はなかったの?」

「《なさそうっすよルナ様。記録に改竄かいざんがあれば、わたしが気付くと思うんすよね。それに以前はともかく今の学園は、ハル様の張り巡らした監視網も追加されてるっす。そっちも対処しないといけなくなってるっすもの》」

「確かにそうね? いきなりカメラが増えているなんて、想定外でしょうね」

「気付いたとしても、ハルさんの技術に勝てるわけがないのです!」

「過信は禁物だよアイリ。ただまあ、事実、難しいとは思うけどね」


 なにせ、監視カメラの設計は調子に乗ったアルベルトやメタも絡んでいる。事実上、別次元技術オーパーツを持ち込んだようなものだ。


「……よし、見つけた。ヨイヤミちゃんは部屋にいるみたいだね」

「呆れた。個室の中まで監視カメラが設置されているのね?」

「有事の際への備えで、普段から監視している訳じゃない。と信じたい」


 まあ、そんなシステムを乗っ取って悪用しているハルに言えたことではないのだが。


 ハルたちの探していた彼女、ヨイヤミはデータ通りにこの施設内に入院していた。それはそれで、謎が余計に深まったと言えるのだが、何にせよ目的は達成だ。

 どうやって外部に繋いでいたのかは、これから本人に聞けばいい。


 もう夜中だが、彼女は眠るでもなく、かといって何か活動するでもなく、ただベッドの上に静かに座りうつむいている。

 そのまま延々と動かないでじっとしているらしく、申しわけないが気味が悪い物を感じる。

 さて、そんなポーズで彼女は、いったい何を考えているのだろうか?





「こんばんは、千鶴ちゃん? 入っても構わないかな」

「……返事ないね?」

「そうだね。何となく予想はしてたけど」


 彼女の個室のドアをノックし呼びかけるハルだが、中から一切の応答はない。

 警戒され無視されている、という感じでもない。一切の気配の変化が、室内からは感じられなかった。


 予想通り、こうして声をかけても、彼女は今もベッドに腰かけたまま、うつむいたポーズをピクリとも崩さずにじっとしたままなのだろう。


「しかたない。緊急事態だ。このままお邪魔しよう」

「なーんの緊急性があるんでしょーねー?」

「扉一枚隔てた先に、美少女が無防備にしているかと思うと、もうじっとしていられない、という緊急性ね?」

「ルナこそ怒られろ」


 不謹慎にも程があるのはお互い様であった。

 そんな悪いハルたちは、彼女の了解のないまま扉を開けて室内に入る。その段になってもまだ、彼女は一切姿勢を動かさず、それこそ本当に微動びどうだにしなかった。


 ハルは、以前にもあの病院で見たことがある。これは『エーテル過敏症』の症状の一例だ。

 電脳世界とあまりに相性が良すぎたため、フルダイブした際に逆に、肉体と半ば切り離されてしまい、このように無反応となってしまう。

 そして、放っておけば常時フルダイブし続けようとするので、最悪、向かう先は衰弱死となってしまうという訳だ。


「……とはいえ、聞こえてはいるはずだ。……やあ、夜分にすまない。僕はハルだよ、よろしく。少し君に、聞きたいことがあってここに来たんだ」


 そう言ってハルが近づくと、今度は少しだけ反応があった。

 首をほんの少々ハルの方へと傾けると、焦点の合っていない目でハルの顔を見据える。

 だが言葉を発することはなく、不思議そうな表情でハルを見つめるだけだった。


「うん、大丈夫、無理に喋ろうとしなくても。よかったらこれから僕と……、って、うわっ、驚いたな……」

「ど、どうしたのですか!?」

「……なにかあったのかしら?」

「その子がね今、ハル君に侵入しようとしたんじゃないかな?」

「ですねー。体内のエーテルを介して、肉体の制御を奪おうとしていましたー。ハルさんがよくやるアレですが、まさかハルさん以外にやる人がいるとはー、ですねー」


 互いに、驚愕きょうがくの表情を浮かべるハルとヨイヤミ。今度は、少女の方にもやっと表情の変化があった。

 といっても、目と口をほんの僅かに見開いた、その程度の変化でしかなかったが。


 そしてその口から、いや正確には喉を通さず口内のどこからから直接、唇を動かさずに彼女の言葉が発されたのだった。


「《えっ!? 貴方なにもの!? 私の意識掌握を防いで見せるなんて! こんなこと初めてよ……。そもそもここまで侵入して来てるし、馬鹿みたいな適正値だし……》」

「うわ喋った。しかも見た目にそぐわぬ元気っこ」

「《なによぅ。喋っちゃ悪いの? 適正ゼロの無能が! ……いえ変ね? どんな無能でもゼロはあり得ないわ? 貴女、逆に人間じゃなかったりするの?》」

「うぃ。よくぞ聞いてくれました。今の私はロボなのだ!」

「《まあ凄い! サイボーグって奴? いえそれなら脳からエーテル反応が出るわね。いやちょっと待って! 答え言わないで! そうね。うーん、本当に完全自動ロボ? いえ違うわねこれは、遠隔操作の筐体きょうたいね!》」

正解せーかい、良く分かるもんだ」

「……ユキ、簡単に情報をばらさないの」

「めんご、ハル君。でも凄いじゃんこの子」


 まあ、確かに凄い。ハルたちが面食らっている隙に、ユキの体の秘密を一瞬で暴いてしまった。

 これは確実に、エーテルネットを介した身体へのハッキングだろう。カナリーの言うようにハル以外にやる者が居るとは思わなかった。


 そして、それはつまり、やはり彼女はネットの『裏口』についても知っている可能性が高いと思われる。

 彼女の語る『適正値』、という言葉の意味は不明だが、恐らくはエーテル適性の高い者、すなわち裏口の開通に必要な者を分類した数値だと推測される。

 その適正値の高い者を嗅ぎ分ける感覚を使い、外へのアクセス経路をこじ開けてきたのではないだろうか?


「《それで、何しに来たのよ? ま、まさか、動けない私に無理矢理えっちなことをしに……!》」

「……ルナ、やっぱり聞かれてたじゃないか。普段から発言には慎みを持つように」

「ごめんなさいね? 迂闊うかつだったわ? でも、これは単なる才能じゃないかしら?」

「なんの才能だ……」


 さて、いささか予想外ではあったが、普通に会話の成立する相手だというのは朗報だ。

 突然押しかけられたというのに、一切動じないヨイヤミの胆力に感心しつつ、ハルたちは彼女と、深夜の秘密の雑談会をスタートさせるのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームとてシミュレータ系でなければある程度現実のセオリーに則って作られているわけですし、現実での有利不利の例えも有効なものはありますなぁ。今回の場合は、視線が通ってしまっていたら警備員に見…
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