第1068話 人の力と人の可能性
硬い話が続きますが、なるべく楽しめるよう書いていければ!
エーテルネットワーク、その現代の通信網がデータを送受信しているその理屈、実はこれは完全には解明できていると言えない。
何故かは分からないが、この有機物で構成されたナノマシンは、互いに情報を伝える性質を持つので、人類はそれを便利に利用させてもらっている。
その存在にはまだまだ謎は多く、元管理者的な立場にいたハルであっても、全てを知っているとは到底言えないのは以前にも語った通り。
ハルが全能であるのは、あくまでその内部に人類が設置したプログラム内に関してのことだ。
「基本的に、いわゆる無線通信的に僕らは使用しているが、エーテルネットはどちらかといえば有線に近い。大気中のエーテルとの接触通信であり、三次元的な通信ケーブルに体中で接続しているに等しいと言える」
「その通信強度は、その人の周辺のエーテル濃度によって上下しますー。まあ要はー、ケーブルが太いか細いかってイメージですねー」
「だから、私やハル君みたいな廃ゲーマーは、はだかで全身ポッドの溶液の中に浸かってたんだよね」
「……そこまでするのはあなたたちくらいよ? それにユキの場合、体調管理の意味合いも強かったのではなくて?」
「そだね。寝ない食べないで何日も遊び続けられる」
「すごいですー!」
「確かに凄いけれど……、アイリちゃんは真似しちゃダメよ……?」
その『ケーブル』、エーテルの含まれた大気に体が触れることで初めて、通信が可能となる。
日本全国、何処であろうとオンラインが途切れることはないのは、『ケーブル』が必ず何処にでもあるためだ。
なので前時代のように、電波を飛ばして無線で通信を行うイメージをしがちではあるが、実情はまるで異なっていると言えよう。
「その『ケーブル』を寸断することに成功したのがあの学園だ。あとは表には出てないが、例の研究所の地下室なんかもそう」
「あとは、お母さまの秘密の部屋ね?」
「ですねー。他にも、酔狂な金持ちの人は、そんなセーフルームを持っているのかも知れませんねー?」
「かもね。仕様上、僕もそこまでは知らない、知れないんだけど。奥様なら、そんな人たちの秘密も掴んでいるのかもね」
物理的にネットに通じない場所、現代の孤立環境に関しては、いかにハルの力を持ってしてもお手上げだ。
いや、お手上げのはずなのだが、そんなケーブルの通っていない環境において、なぜか無線通信が出来る裏口が存在する。
「そもそも有線に例えてはいるけど、もちろん実際には無線だ。なにもナノマシンが、数珠繋ぎで本当にケーブルになっている訳じゃない」
「あはは。私らの体に、常にくもの巣みたいに絡みついてたらやだよねー。まさに『ネット』で『ウェブ』ってね」
「実際には目視は出来ないのでしょうけど、不気味すぎるわね……」
「なら、そんな隙間だらけのエーテルネットは、やっぱり無線通信な訳ですよー。では、その距離の制限はどの程度でしょーかー?」
「……確か、最大でも一ミリに満たないはずよね? 体表一ミリ範囲の中に、いっさいエーテルが含まれていなかったとしたら、通信は不可能になるとされているわ?」
「まあ、無いんですけどねー、そんな状況」
だが、体内にエーテルさえ残っていれば、何故かそんな『密室』から通信が可能となる。
もちろん無条件ではなく、周囲に多くの人間、それもエーテル適性の高い者が多ければ多く居るほど、本来物理的にありえないはずの回線が開けてしまうのだ。
「正確な仕組みはまだ分かっていないが、僕はこれをエーテル側ではなく、人間側の機能であると仮説を立てている」
「機能とか言わないの、ハル」
「私は機能でもいいよー。さいきん、結構メカだし」
「わたくしも、メカの体を操作してみたいのです!」
「おー、アイリちゃんのも作ろっかー」
「メカはともかく、人間の体の仕組みもまた、エーテル同様分かっていないことだらけだってことだね」
その最たる例が、『超能力』だろう。<透視>を使う月乃のような者をはじめ、超能力系スキルは元々が人類の力を魔法で再現したものなのだから。
「……そして、そんな超能力を、人体の不思議を専門に研究していたのがアメジストだ」
「なるほどね? つまりハルは、アメジストがテレパシーか何かを研究する間に、エーテルの無いはずの学園内に干渉する力を発見したのだ、と思っているのね?」
「たしかに、まさしくテレパシーなのです! びびびっ、ってします!」
アイリのかわいらしいテレパシーポーズに癒されつつ、ハルはその推測について掘り下げて行く。
謎の多い超能力スキル、いやスキルシステムそのもの。それをハルたちに提供し続けていてくれたアメジストなら、本人しか知らぬ秘密の何かを隠していてもおかしくはないのではないか? そのように、ハルは感じてならない。
「そういえば、スキルにテレパシーって、<念話>って無かったよね。隠してたのかな?」
「それはまあ、確かにそうね? ……でも必要ないでしょう、<念話>。ゲーム内通信が常にあるのだから」
「それを理由に隠蔽してたんですよー。ひどいやつですねー?」
「まあ、酷いかどうかはともかく、僕はこの線で調べてみようと思うんだ」
とはいえそれは、今まで誰も知らぬ正規の新発見を、これから自分がやって見せると言っているようなものだ。
無謀にもほどがあるが、まあ無謀なのは今さらのこと。
突然異世界に飛ばされて魔法を一から学んで、ということに比べれば、どうという事はないだろう。自分の体なのだ。
とはいえ、自分のことなど自分が一番よく分からないもの。これまで以上に手探りの難問に、ハルは気合を入れなおすのであった。
◇
「それにしてもさ? その裏口入学を使ったとして」
「裏口入学言うなユキ……」
「まあまあ、裏口通信使ったとしてさ、今回の事件を起こせるの?」
「難しい質問だ。『起こせた』と仮定して推理を進めるしかない、とだけしか言えないかなあ」
新しい突破口が見出せたように思えたハルたちだが、そこが問題でもある。
オフラインの学園内に介入する方法には目星が付いたとしても、今回の異空間に強制転移させるゲームの謎は依然残ったまま。
むしろ、物理的にこっそりと転移魔道具を持ち込んだ、という仮定のほうがまだずっと分かりやすいくらいだ。
「ただ、今回奥様が入手してくれた報酬の話。ログインポイントは何処にでも設置できるということを事実とすれば」
「その設置はエーテルネットを通して行われる可能性が極めて高い。ですねー」
「そうだね」
カナリーのいう通り、基本的に神々がこちらに、地球に介入するにはネットを介すしかない。
物理的な転移は現実的ではないと、エメからもお墨付きを貰っている。
もちろん、ハルたちの、エメすら知らない魔法があったら、という事を言い出せばキリがないが、それはひとまず置いておこう。
そんな万能の方法が存在するなら、アメジストもこんなに回りくどい方法は取らないはずなのだから。
相手が神様であるからこそ、魔法に関してはプロであるからこそ確信できるある種の信頼があった。
「整理してみようか。まず今回の事件の発端は、学生の間に広まった妙な噂だ」
「放課後に特定の場所で、特定の手順を踏むと、異世界に引きずり込まれてしまう、という怪談ね?」
「それが、現実になったのです……!」
「なるほど。つまりアメジストの能力は、『噂を現実にする能力』!」
「あってたまるかユキ。強すぎるでしょそれ……」
それこそ超能力だ。どんな物理的な力をも超えているという意味で。
「そんな万能な力じゃないと信じたいけど、この噂には何らかの意味があるはずなんだよね」
「学園の生徒を自然に誘導する為ではなくて?」
「それならー、こんな大々的にやる必要はありませんー。特定の個人にこっそりコンタクトを取る方が、こーんな大掛かりな情報操作よりずっと楽ですー」
「ぽてとちゃんだって知ってたもんねぇー」
ユキが、共に釣りを楽しんだ猫耳姿の少女のことを思い出す。まるで違う学校に通う彼女、そんなぽてとも『ぎしき』の内容を詳細に知っていた。
この一見無駄が過ぎる大掛かりな仕掛けには、必ず意味があるはずなのだ。神は無駄なことをしない。
……あまり、しない。傍らで口いっぱいにおやつを頬張っている、元神様の可愛い横顔を見て不安になるハルだ。
「……どーしたんですかー? お菓子食べますかー?」
「いや、この謎の噂の流布に、本当に意味があるのか不安になってきてね……」
「自信をもってくださいー。きっと意味はありますよー、ハルさんがそう睨んだんですものー」
「そうかな?」
「そうですよー? まあー、我々をこうして欺くための、壮大な囮情報かも知れませんけどー」
「不安にさせるのやめいカナリーちゃん……」
もしそうだったら大したものだ。二手も三手も先を読み、完全にハルたちを躍らせていることになる。
しかし、ハルたちの邪魔をしたいならば、欺瞞情報をバラまくよりも、もっと隠蔽に特化した方が効率的だろう。
ぽてとから聞いていたこの噂のせいで、ハルたちはいち早くあのゲームへとたどり着いてしまったのだから。
「……よし、ひとまずこの噂について徹底的に調査してみよう」
「ぽてとちゃんに聞きに行く?」
「いや、知りたいのは最初の一人だ。ぽてとちゃんが知ったのは恐らく、伝言ゲームで大幅に変質した情報だろう」
「誰が、最初にこんな突拍子もないことを言い始めたのかね? ……調べられるのかしら、そんなこと」
「現代なら、エーテルネットを使えばあるいはね。さすがに少々、面倒だけど」
あらゆる情報が飛び交い、蓄積されているエーテルネットだ。無意味な情報はすぐに消えやすいとはいえ、『噂』となっているなら話は別だ。
特に、作為的に流された情報であれば、その記録は残りやすい。
そうした情報を調査することが、ハルにとっての『前の職場』の仕事であった。いやある意味今もか。月乃からの依頼も多い。ただの廃ゲーマーではないのだ。
ハルはしばらくぶりにその『本業』に復帰すべく、意識をネットの世界に集中させるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/12/11)




