第1067話 裏口と盲点ばかりの世界
報酬として、現実の好きな場所にログイン地点を設置することの出来る権利を得る。
そこから導かれる答えは、アメジストは日本の何処でも自由にログイン地点を新設することの出来る技術を持っているということだ。
あの閉ざされた学園内のみで機能するゲームかと無意識に考えてしまっていたが、当然といえば当然か。あそこに設置できるなら、世界の何処にでも設置できる。
現代で、エーテルネットワーク未開通の場所というのはそれほど『未開の地』と同義なのだ。
「……にわかには信じがたい話ですが、奥様が言うならば信憑性の高い話なのでしょうね」
「過信は禁物よハルくん? 情報提供者が、そもそも正確な情報を持っていない可能性だってあるわ?」
「まあそうなんですけど。ちなみに、その情報はどちらから?」
「これよ」
「それは、例のブラックカード……」
月乃が取り出したのは、手のひらに収まるサイズの真っ黒なカード。なにかとハルとも関わりのある、曰く付きのカードだ。
このカードの黒は、ナノマシンを遮断する効果を持つ真っ黒な塗料。それゆえに、エーテルネットを経由して内部にハッキングされないという最高級のセキュリティを有していた。
そして、そのセキュリティが発揮されるのは、不正使用防止の為だけではない。
実は内部には、外側からでは決して見ることの出来ない小型モニターが格納されており、こちらも決してハッキング不可のセキュリティを持つ通信方法となっている。
「この機能、なにもゼニスちゃんとやり取りするためにわざわざ取り付けた機能という訳ではないわ」
「でしょうね。そうだとしたら、どれだけ用意周到なんだという話です」
「元々は、秘密会合大好きな成金どもの、秘密のネットワークとして使われている物なのよ」
「成金って……」
月乃のことだ、その『成金』の中には、自分自身も自虐的に含んでいるのだろう。
世間においては所持していることだけで誰もが羨むステイタスであろうこのカード。彼女にとっては、ただの成金の象徴らしい。そこにはいったいどんな心情が含まれているのだろうか?
「お金持ちは、こうした秘密の会話が大好きなの。隠しておく価値のない情報なんて存在しないのにね?」
「手厳しいですね」
「だって、流れてくるのはしょーもない事ばかりよ? でも、最近ではなんだか良く役に立っている気がするわ! こういう玩具も、持っておくものね」
「あんな悪用の仕方が出来るのは奥様くらいです……」
月乃は<透視>によって、特殊な機器無しにこのカードの中身を覗き見ることが出来る。それを使って、ハルにすら気付かれずに神様の一人、ゼニスブルーとコンタクトを取ってみせた。
今までも、その力により『ネットから遮断されているから安心』という油断をした者達から数々の情報を、その目によって盗み見て来たのだろう。
情報と金融の世界を支配する彼女は、投資だけではなく透視も嗜むのだ。
「……いえ今はそんなことより、この書類の内容の話でしたね」
「ええ。今彼らの間では、自分の子供から聞かされたそのゲームの話題で持ちきりね。子供にとっては、鳥籠の中に降ってわいたささやかな楽しみなのでしょうけど、彼らにとっては違う」
「明らかに、現行の技術ではないと理解できる立場だから、ですね」
「そう。そして、その力を何としても自分が自由に使える立場になりたいと、鼻息を荒くしている。ふんがふんが! ってね」
「すごい鼻息ですねー。ふんがー」
「そうなのよカナちゃん! 本当に、どうしようもない鼻息なんだから!」
「あはは。問題は鼻息なんだ……」
実際、彼らはそれほど必死なのだろうけれど、月乃にとっては『鼻息が荒い』程度のあがきでしかない。
ハルを有する彼女こそが、その未知の技術に最も近い立場に居る大人なのだから。
とはいえ、今までは月乃が隠し通し独占してきたその情報。その一部でも大人たちに漏れてしまった、というのは無視できない情報だろう。
ここから確実に、世界に動きがある。その未知の力にビジネスチャンスを求め、何としても参入しようとするに違いなかった。
「今後は、自分自身、というか自分の手の者かしらね? それを直接送り込む為に、どうしてもこのログイン権が欲しいはずよ?」
「直接その未知の世界についてを探る気ですね」
「まあー、仮に手に入れたとして、やるのはゲームなんですけどねー。大人でも遊びたいんですねー」
「そんなにやりたきゃカナちゃんたちの世界にすぐ行けるのにね」
「灯台下暗しですねー」
「あれら二種の、いえお料理も入れて三種のゲームは、今は美月ちゃんの会社、つまり私の傘下だからねえ。ビビっちゃうのよアイツら」
「ビビっちまいますかー」
「むしろ月乃ママの謎技術だってことで、納得しちゃったんじゃない?」
「私にはハルくんが付いているものね! ……そのハルくんが学園のゲームに参入したことも、すぐに知れ渡るでしょうね」
「……なるほど。ソウシ君の親もリストに居ますしね」
今後は逆に、親から子へとブラックカードの秘密クラブで得た情報が伝わるという訳だ。子供たちの気ままなプレイは、親の都合により方針を捻じ曲げられる。
確実に障害となるハルの事を、狙い撃ちにするような指示だって出るかもしれない。
「……なんだかなあ。水を差された気分だね。まあ、とは言っても、向こうから来てくれる分には僕にとっても都合は良いんだけど」
「わざわざ虎の尾を踏みに行くようなものね? ご愁傷様だわ!」
「奥様は、何か僕に指示とかないんですか? 別に構いませんよ、方針を出していただいても」
「えっ! なんでもしてくれるの!?」
「いや言ってないですから……」
「そうね。とりあえず、この今回の話の真偽を確かめなさい。別にログインポイントは要らないけれど、誰かに渡したい物でもないわ」
「奥様ちゃんはプレイしないんですかー? ここに設置しないんですかー?」
「し、しないわよ……、恥ずかしいじゃない……!」
「まあ、月乃ママは本体が有名人だもんねぇ」
ハルたちとしては、あって困る物ではない。貰えるのなら貰いたいところだ。
設置場所は別にこの実家、月乃の家でも、皆の拠点にしているユキの家でもいい。ただ、毎回音楽室をはじめとした学園の施設内に忍び込む面倒が解消されれば嬉しい。
そんな、思いもしなかった新情報に感謝しつつ、ハルたちはいったん月乃の邸宅を後にしたのであった。
*
「……なるほど? お母さまも、たまには役に立つじゃない」
「うん。ルナちゃんにも、会いたがってたよ」
「まあ、そのうちね。……待って? お母さま、私たちを家に呼び込むために、実家にログインポイントを設置させる気じゃないでしょうね?」
「別に、そんな気配はなかた」
「……安心するのは早いわユキ。まだ気付いてないだけかも知れない」
「別に私は、月乃ママの家で過ごしてもいーんけど……」
一度帰宅したハルたちは、お茶の時間にしつつ先ほど月乃からもたらされた情報を共有する。
ルナたちも驚いていたが、このことで、調査の段階は一歩前進したのは確実だった。
「この情報が真実ならば、アメジストは何処でも好きな場所にログイン地点を設定できることになる。まあ、細かな条件なんかは、別途設定されててもおかしくないが」
「その条件が何なのか、これから調べてハッキリさせるのですね!」
「うん。制約が分かれば、使う力の内容も見えてくる」
例えば学園のように、『エーテルネットワークの繋がらぬ場所』だったりするのか。それとももっと緩い条件なのか。はたまた、本当に世界の何処へでも設置可能なのか。
その詳細が分かってくれば、何故そんな条件を付ける必要があるのか、ということも逆説的に推理できるようになる。
「『報酬』である以上、これは今後も攻略を進め生徒から情報を得ることを継続すれば見えてくるだろうけど」
「今この時点で推測可能になった部分は、さっさと調べちゃおうということですねー?」
「そうなる。エメ」
「《はいっす!》」
「その報酬とやらが、君のやったように魔道具を地球に転移させる事だったと仮定した場合、考えうる制約は?」
「《わりと何処でも行けるんすけど、ぶっちゃけ精度はそこまで高くない、ってのが強いて言えばネックっすかね。それと、これはそれ以前の大前提の問題なんすけど、わたし以外にぽんぽんそんなこと出来る奴が居るとは思えません》」
「ふむ? 自信ありげだね」
「《はいっす。独占技術っすから。あれはわたしの、『エーテルの塔』があってのヤンチャっすよ》」
過去、異世界で起こった大事故に巻き込まれたことで、『次元の狭間』に関する知識と技術を独占してきたエメ。
彼女が出来たからといって、アメジストも出来る、という単純な話にはならない。
むしろアメジストは、嘘偽りなく確実に、エメの居場所を知らなかったのだから。ひっそりとその技術を得ていた、という可能性はほぼ考えられない。
あの当時は、神界ネットに接続しているエメ以外の全ての神が、その捜索に協力的だったのだから。
「《よって、今回の件。わたしの時とは使っている技術の種類が違う。高い確率でそう仮定します。魔道具、結晶化魔力を使っているという線も、今は一度忘れた方が良いんじゃないでしょうか? 固執していると、視野が狭まります》」
「むっ、確かにね……」
「エメのくせにそれっぽいこと言って生意気ですねー。そうやって、私たちの目を欺いて来たんですもんねー?」
「《ひぃっ! いじめないで欲しいっす!》」
「だめですー。ハルさん、おしおきですー」
「まあ後でね」
エメのおしおきはともかく、そこに拘りすぎていた気はハルもしている。
周囲の魔力を強制的に吸い取ってしまう、という現象が結晶化特有のものなので、関係あるに違いないとムキになっていた。
だが、もし事実はそうではなかった場合、絶対に見つからない物を無意味にずっと探し回ることになる。
「……ひとまず、ログインポイントは増やせる、という可能性が高いという事は重要な情報だ」
「問題は、何を使って増やすか、どんな手段で増やすかね?」
「魔力を使うならさ、そのリソースを何処から調達してるかも、だよね。今アメジストの魔力は、ハル君が凍結してんだし」
そう、技術もそうだが、『材料』についてもまだ分からないことだらけだ。
ログインポイントを作る材料は何を使い何処から調達するのか? ログインの際の魔力は、ハルたち以外はどう工面しているのか? 世界そのものを運営する魔力の出所は?
「それに、忘れてはいけないことがあるのです! “最初の一人”は、いったい誰だったのでしょうか!」
「そうだねアイリ。この妙な噂を持ち込んで広めた最初の人物は、どうやって学内のログインルームの存在を知ったのか。気になるところだね」
「はい!」
「確か、オカルトな噂が学生の間で広まっていたのよね? それが現実になってしまったのが、うちの学園というだけで」
「妙な『ぎしき』は、他の学校でも行われていたんですよねー」
「そうそう。ぽてとちゃんも言ってた。だから、たまたまあの学園でやって成功しちゃった人が居たんじゃない?」
まあ、筋は通る話だ。つまらない結論だが、納得はいく。実際はそんなものかも知れないと、ハルも思う。
しかし、やはり設置の際の事を考えると思考が迷路に迷い込む。アメジストは、どうやって手出し不能なはずの学園に設置をしたのか。
「学園は、絶対にネットが繋がらない。ネットが繋げなければ、神々も手出しは出来ない……!」
「ですよー? 邪悪な場所なんですよー?」
「神の加護が、無い土地なのですね!」
「……ルール無用のストーカーから唯一逃れられる、神聖な地とも言えるかも知れないけれどね?」
「《言えてるっすね!》」
「むぅー。神聖なゴッドアイをなんて言いぐさですかー」
だからこそ、ハルも神々も調査に難儀しており、逆にアメジストはだからこそ学園をターゲットにしたのだろう。
しかし、ここで一つだけ訂正がある。学園内は、『絶対に』エーテルネットが繋がらない訳ではない。
一つだけ、ハルだけは、そんな邪悪な世界からも天界たるエーテルネットと交信する術があった。
今は、体内のコアから神界ネットを経由して回避しているが、カナリーと出会う以前はずっとそれを使って授業中にもゲームをしていたのだ。
「……これ、もしかして関係あるのかな? エーテルネット遮断の回避方法。周囲に一定以上の人数が集まることで、裏口的に接続をこじ開けるあの方法が」




