第1066話 人から人にしか伝わらぬもの
自分たちの世界の発展、ゲームの進行具合は着々と整ってきてはいるが、肝心の目的を忘れてはならない。
ハルたちは、この謎の、本当に謎ばかりのゲームについての調査を行う為にこの場に居るのだ。決して、新作の珍しいゲームを楽しむためではない。
「でも楽しいって言えるならいいじゃん」
「そうだけどね。楽しんでばかりもいられない」
「でも、攻略することで、他の生徒から情報を集めるつもりなんでしょ?」
「穏便に進めるならね」
「強引にするなら?」
「生徒の寮や自宅に強襲して“聞き取り調査”する」
「脅迫して尋問だ!」
「聞き取り調査、だよユキ」
「女の子プレイヤーばかり狙い撃ちにするんだね!」
「しないって……」
そこまではせずとも、本気で解決しようとするならば、もう少し積極的な方法はあるはずだ。
ハルの仲間の神の中にも、何故相手の土俵にのってまどろっこしい調査をしているのか、と詰めてくる者も居る。最近よく相談している、マゼンタなどがそうだった。
そのことをユキに話すと、普段の本人とのギャップに、おかしそうに笑顔を見せるのだった。
「あはは。マゼマゼ、やる気なさそうな顔してるくせに人一倍積極的だよね。最近わかってきた」
「そうだね。あれで優しい子だから、ここの生徒たちに危険が及ぶ可能性があるなら見過ごせないんだろう」
「あいつらの言うことなんか気にしなくっていいんですよー。それでー、ハルさんは強引な手段を取ることにしたんですかー?」
「いや、強引、というよりは、インゲームの調査に絞らずに外でも少し調べてみようと思ってね」
「お外ってと、ガッコの中? それとも本当に屋外?」
「場所というよりは、『ゲームの外』の情報だね。これだけ秘匿性の高いゲームだけれど、人の口に戸は立てられない。必ず、外に漏れた情報もあるはずだ」
「でも、ネットには殆ど情報が無かったんでしょ?」
「ネットにはね。だけど、世の中に出回る情報はエーテルネットが全てじゃない。それは、こんな時代になってもね」
「『口コミ』、ってやつですねー」
それも、広義な意味での。ネット上においても『ユーザー評価』というニュアンスで使われるが、いま重要視するのは現実における口頭でのコミュニケーション。
つまり、人から人へと伝わる『戸が立てられない』情報である。
「よっし! 私も行っちゃる!」
「おやー? ユキさん珍しいですねー。人見知りのユキさんには、お外はキツいでしょーにー」
「ふっふーん。今の私は一味違うのだカナりん。このメカなボディさえあれば、怖じ気づかずに堂々と聞き込み調査できる!」
生身になると途端に内気になってしまうユキは、今までは必要最低限しか外出してこなかった。
しかし、ログイン状態を維持しつつ、物理的な体を手に入れた今、その弱点はユキから消えた。ついにユキは、引きこもりを克服したのだ!
「でも外ではそれ使用禁止ね」
「えー! なんでー!?」
「ユキさんそそっかしいですからねー。何かの拍子に、メカバレしてしまいますー」
「しないて! この体頑丈だもん、壊れんて!」
「壊れる壊れないはともかく、普段の君を知っている人も居るだろう。違いすぎて疑われるよ」
「私、知り合いなんておらん」
「そう断言するのもどうなの……」
ユキはそう言うが、高身長でスタイルもよく、そして髪が極端に長い美人のユキは自分で思っているよりずっと目立つ。
一方的に彼女を知っている人間だって多いはずだ。
なのでユキには悪いが、生身のままでついて来てもらう事としたのであった。
*
「ねえハル君? “ここ”なら、別にメカで来たって良かったんじゃあ?」
「中はそうかもだけど、ここに来るまで歩いたでしょ? その間にも人には見られるよ」
「そうですよー? ユキさんのことを見ている人、いっぱいいるんですよー?」
「私は見てないから……」
自分が見ていないから、相手も見ていないとは限らない。まあ、今はそれは別に良いだろう。
そんなハルたちが訪れた先は、ユキもカナリーも見知った家。ルナの実家である、月乃の邸宅だ。
ユキは何だか別の想像をしていたようだが、ハルは別に、街中で聞き取り調査をする訳ではない。そんな事をしても情報は一切得られないだろう。
道ゆく一般人に、『こういったゲームを知っていますか』と聞いたところで、彼らが知っているはずもなし。
むしろ、その聞き込みが原因で、世間に噂が出回りそうだ。
「情報は、情報屋に聞くのが一番だね」
「奥様ちゃんはー、情報を牛耳ってのし上がった人みたいですからねー」
「でもそれってハル君の力じゃん?」
「僕が来る前から、奥様はやり手だよ。当主になったのも、ルナを“作った”のも、僕が来るより前の事だからね」
「そっか。ハル君のさいしょは、幼女ルナちゃんと出会ったことだっけ」
そう、それがハルの物語の始まり。だがそれ以前から、月乃は相当な権力を持ち、ハルを見出したルナにもまた、当時からかなりの裁量を与えていた。生半可なお金持ちでは考えられない事である。
そんな月乃がハルというカードを得て、更に地位を盤石にしたのはもうお馴染みの事実だ。
エーテルネットにおいて万能とも言える力を持つハル。だが、そのキーカードが欠けた状態でも、月乃が力を持っていたという事が今回彼女を頼る理由だ。
要するに、月乃はネットの情報に頼らずとも、情報社会を牛耳るだけの手段を当時から有していたのであった。
その月乃が、元気よくハルたちの待つ部屋へとやって来る。
……元気なのは良いことだが、バタバタと足音を立てて来るのは如何なものか。
「お待たせハルくん! ごめんねー、待ちくたびれちゃったよね? お母さん、こう見えても忙しくって。いやんなっちゃう」
「問題ありませんよ奥様。というか、どう見たって奥様は忙しいでしょう……」
「嫌ねー。忙しいなんて無能な証拠よ? 本当に有能な人は、なーんにもしなくても他人が全部やってくれるんだから」
「耳が痛いですね」
「いや、ハルくんのことでしょう?」
「ハルさんは優秀な下僕が、いっぱいいるんですよー」
「でしょう! お母さん、鼻が高いわ!」
「そこで鼻を高くする母親はヤバいですよ」
とはいえ月乃は、何だかんだ言って暇になる事はないだろう。彼女だって優秀な部下や使用人を多数かかえ、それこそ寝ていたって世界を動かせる。
しかし、だからといって本当に休む彼女ではない。手が空いたのならば、次の事業に着手してしまうのだ。
ゲーマーの素質がある、とハルは思う。タスクを埋め続け空けさせない、というのはゲーマーにとってもまた同じだからだ。
「さて、そんなハルくんが自分で動かなければならない事態。しかも私を頼らないといけない事態、相当ね?」
「ええ、正直、今回は結構詰まってます。手持ちの知識とツールでは、どうにも解体できそうにありません」
「そのままだと爆発ね!」
「まあ、あながち冗談でもなく。不発弾なら、いいんですけどね」
月乃の言うことは正しい。基本的に、ハルが月乃の手を借りる必要のある事柄は少なく、また極力頼らないようにしている。様々な信条から。
そんなハルがこうして協力を仰ぐことすなわち、ただならぬ問題が起きたのだろうと、天真爛漫とはしゃぐ月乃の顔にも緊張が混じる。
本当にそこまでの事態か、それともそう身構える程のことはない『不発弾』なのか。それを、これから彼女の手を借りて確かめたかった。
「……報告はアルベルトからも上がっているとは思いますが」
「あの子ね。出来た子よねー。ちょっとカタすぎるけど」
「カタさが取れたら取れたでまた厄介ですよ……?」
「あら興味深い。それで、例の事件に進展があった、いや、なかったのね?」
「糸口はいくつかあれど、全体像がまるで見えてきません。そこで、僕にはない視点を奥様から頂戴したく」
「お母さんの視界をジャックしたいのね!? お着替えかしら、お風呂かしら!?」
「……こゆとこ、ルナちゃんのお母さんだよね」
「英才教育なんですかねー? 逆に娘の影響って可能性もあるんでしょうかー?」
その場合、ルナが恐ろしい娘すぎるのではないだろうか? まあハルはそれについて詳細な事実を知ってはいるが、語ることは恐らくないだろう。
「こほん。私にあってハルくんに無い物。殆どないけど、決定的なものが立場と人脈ね」
「ええ、そこから得られる、クローズドな情報、生の声。そうした物の中に、何か手がかりがあればと思って」
「こうしてお母さんの生の声を聞きに来てくれたのね? はりきっちゃうんだから!」
「それって手がかりになるんですか?」
「大変! ハルくんが反抗期だわ!」
普段の、出来過ぎる女社長の冷徹な顔は何処に行ったのだろうか? と本気で首をかしげる陽気さではしゃぎ続ける月乃だが、その顔が一瞬で真顔に戻る。
何やら月乃が取り出した資料に、今回の件に関わるかなりの重要情報が記されているようだ。
周囲を警戒しつつ、月乃は封筒から紙資料の束を取り出した。
「ハルくん。一応、部屋のセキュリティチェックを」
「……万全です。カナリーも居ますし」
「私とハルさんが二人揃ってる部屋なんて、この世の何処よりも万全なセキュリティですよー」
「あら頼もしい。カナちゃん? ずっと家で暮らしていいんですからね?」
「お菓子くれればー」
「あげちゃうあげちゃう! 毎日箱で取り寄せちゃう!」
「……話進めますよ」
「はーい」
エーテルネットを経由しての盗聴、盗撮。これは原理上、この世のどんな場所にでも仕掛けられる。
この家のセキュリティならば、普段から気にする必要など決してないが、それでも聞き耳を警戒してしまう内容だということだろう。
少し、予想外だ。何かあればと月乃を訪ねたが、それほどの物が出て来ようとは。
「来てくれて助かったわ、ハルくん。内容が内容だけに、通信を入れるのも迷ったの」
「適当な理由付けて呼び出せば良かったんじゃないの?」
「そうねユキちゃん。今度から、『一人じゃ怖くて寝れないから』って言うことにするわ!」
「僕が来るまで大人しく待ってるように」
ふざけつつも、視線は書類へと注がれたままだ。ハルも意を決して、それを手に取る。
この時代には珍しくなった書類は、更に紙まで珍しい特殊な物。表面の文字を、エーテルによりスキャンし読み取れないよう専用加工された物だ。機密文書、という奴である。
その中に書かれた内容、それは、彼女の人脈にある有力者から得た、ネットに乗らぬ情報。
リストにはあの学園に通う生徒の、その親も当然存在する。
そんな彼らが、息子や娘から直接得た『口コミ』。その中に、無視できぬ情報が存在した。
それは、あのゲームを進めた先に得られる『報酬』の話。
嘘か真か、その中には『ログインルームを好きな場所に設置できる権利』、などという内容も記されているのであった。




