第1065話 悪魔の証明と、悪魔の発想
ユキと、その補佐をしてくれているカナリーの作業の進捗を確認するため、ハルは彼女たちの居る自分たちの世界へと戻る。
既にマップで確認してはいるのだが、そちらの方も、また少々大変そうなことになっていた。
「……これはまた。ずいぶんと広げたねユキ。カナリーも、君がついていながら」
「最高効率を探るのに夢中になっちゃってー」
「領土なんて、広ければ広いほど良いんだよハル君。可能性が広がるんだから」
「侵略の可能性もまた広がるけどね」
それに、この領土は果たして『広い』と表現していいのだろうか?
直線距離にすればかなりのものだが、その実これを面積に直すと、少々感覚との乖離が激しい。
よくぞ、ここまで実態とかけ離れた数値を盛りに盛ったものだ、と賞賛したくなるくらいである。
「しかし細い足場だね。立っているのもやっとなくらいだ」
「これ以上細くはならんぽい。カナちゃんとも相談して、もう少し広くした感じの道で本決定といこうと思う」
「まだ広げるの?」
「とーぜん。ここはうちら土地だーって、線引いとかないと」
「つばつけておくんですよー?」
「お菓子を取られないようにぺろぺろしておくの?」
「そんなことしませんよー。あーでも、ハルさんは私のだーって、ぺろぺろしようかと思いますー」
「あはは。噛み痕とか付けちゃうタイプだ」
「ユキは実際に出来ないのにまたそういう事を言う」
「なんだー! 出来るぞ、やるかー! がるるる……」
……それでは猛犬の攻撃方法である。
ログイン中のユキは、発言と裏腹に肉体的な接触を極端に避ける。なので、舐めたり噛んだりとは無縁のはずで、口だけのはずだが、ここで少し気になることが出てきた。
今のユキは、どういった状態なのだろう? 彼女は今ゲームキャラクターではなく、実体のある機械の体にログインしている。
その場合、果たしてどのような感じのユキになっているのか。興味は尽きないハルだった。
「……今のユキに、触ったらどうなるんだ?」
「ふえっ!? え、えと、ハル君? このボディも、一応触覚情報は装備されているんで、そーゆープレイは、ちょっとご遠慮ねがいたいかなぁ、って」
「義体プレイですねー。お好みのままに身体を調整して、普段とは違った体験をってやつですねー」
「違う。プレイ言うな。まあ、確かにこの状態のユキを触ってやったらどうなるか気になるところだけど」
「気にしないの! そんなこと! 別に変な機能なんか付いてないんだから!」
「いじめっこモードのハルさんですねー」
まあ、とはいえハルが気にしているのはそこではない。そこも確かに、気になるが。
重要なのはそうした接触のことではなく、ダメージの方だ。
「ユキ、その身体、破損はしてる? 痛みとかは」
「ん? へーき。戦った時も、痛みは特に無かったかな」
「ふむ?」
これはまあ、ユキが強すぎるため、という事情もあるだろうが、それよりもこのゲームの仕様によるところが大きい。
アルベルトと共に安全管理にケチは付けはしたが、それでも生身で人間を参加させるゲームとして、最大限の配慮はなされていた。
「つまりー、ユキさんはメカの体でもー、『人間』という扱いで守られているのですねー」
「なるほど! じゃあついでに、ハル君のえっちな攻撃からも守ってくれないかな!」
「なら挑発するようなことを言うんじゃないユキは……」
「なんだよー。女の子は猥談が好きなもんなんだぞー。ぶーぶー」
「ですよー?」
「……カナリーまで同意しないの」
とはいえ、それは本当に今はいいとしよう。重要なのは、肉体を丸ごと異空間に隔離して行われているこのゲームだが、必ずしも肉体そのものの重要性はそこまで高くない可能性があるということだ。
アメジストの目的にとって必要なのは、あくまで精神が最重要。その視点は、今後の調査を進めるにあたり重要な突破口となる。かも知れない。
「まあ、ユキの状態がただの『バグ利用』な可能性なだけなのも否定できないんだが……」
「あはは。真空もバグ扱いってことだね。ベルベルから聞いたさ」
「修正されないように祈るばかりだ」
「BANだね。BAN。悪意のあるバグの不正利用だ」
「残念ですがー、規約の何処にもそんなこと書かれていないんですよねー」
「そもそも規約がどこにもないもんねー」
安全対策の甘さと同じく、想定外な事態への対策も甘かっただけ、というオチだってある。
そのあたり、あまりこの説に固執しすぎないように注意して調査した方が良いだろう。
「調査といえばー、ログインルームになっている各部屋の調査も進みませんねー」
「ああ、魔道具を使用されているとなると、科学的なセンサーに引っかからないのが痛い」
「各種センサーに反応がないから、『無い』と結論が付けられないんですよねー」
「でも、くまなく調査したけどなんも無かったんしょ?」
「そうだね。マゼンタ君はとうとう、ナノマシンみたいに魔道具が空中に粒子状に散布されている可能性を探れ、とか言ってきたし」
「適当すぎますー。そんな魔道具なんか無いでしょーがー」
まあ、面白い発想ではある。視点として、そうした角度からのものも持っておいて損はない。
とはいえ、現実的ではないのも事実。あの学園は、エーテルネットを遮断する為に病的なまでの空調設備が導入されている。
そんな中で、空気中に滞留する魔道具の維持など現実的ではない。センサーに映らないとはいえ、物理的な影響は受けるのだから。
「……宇宙船内部に出た幽霊は、ハッチを緊急開放することで空気と共に排出可能か? なんて話を思い出すよ」
「なんだー、そのマニアックな話題はー」
古いSFの話だ。真面目に考えればシュールでしかないが、内容は真剣そのものでハルも楽しんでいた。
「とまあ、そんなことは良いんだ。しかし、エーテルネット、エーテルネットワークを除去……、なにか、引っかかる気もするんだけど……」
「まー考えたとこで、分からんものは分からんよハル君。それよか今は、こっちのネットワークの話して遊ぼーぜー」
「そうだね」
まるで『網の目』のように張り巡らされたユキたちの作った領土。
彼女のすることだ。当然、この細い道を作っただけで終わりではないだろう。これを使って、いったいユキはどんな悪だくみを企んでいるのだろうか?
*
「まずこの一本道の上交差点に、指向性爆雷を配置します。方向は当然、道の奥側」
「悪魔かユキ。一列に並んで進軍してくる敵部隊が吹っ飛ぶぞ」
「吹っ飛ばすぞ!」
これで、地雷を警戒した敵兵の進軍速度は大幅に低下するだろう。しかもユキは、さらに悪魔じみた防衛案を構築していた。
「さらにこの地雷は、発動率がランダムです」
「悪魔かユキ。安全な道だと思って通ったら、後から唐突に爆発するんだね」
「爆発した道だけが安全です」
それは何一つ安全ではない。地雷処理をして進もうにも、この細すぎる網目状の道がそれを阻む。
広い道を一気に薙ぎ払うように、強引に行軍ルートの確保が出来ないのだ。
「そして地雷原を抜けた先には、ベルベルの作った鋼鉄の壁が立ちはだかります」
「狭い道だから、更に低コストで建てられますねー」
「確かに。長大な防壁を建てるのは、いかに安価とはいえ労力もかかったからね」
もともと壊されることを想定していたとはいえ、ドラゴンブレスのひと吹きで自慢の絶対防御の障壁が破られてしまったのは、正直悲しかった。
しかしこの細い道であれば、防壁の設置面積は最小限で済む。それこそ、騎士の持っていた盾、フルプレート程度の幅で済むだろう。
「熱対策もさ、そのくらいの量でいいなら対策可能なんだってさ。ベルベルが言ってた」
「へえ、どうやるんだい?」
「対衝撃において最強のあのアルミ板と、耐熱最強のなんとかって素材を交互に挟んどくの」
「サンドイッチにするんですねー。クリームサンドが、いいですねー」
「それまた意地が悪いねえ」
最強の盾が熱に弱いと知り、溶かして突破しようとしても、その奥からは熱を寄せ付けない盾が登場する。
それを物理攻撃で剥いでしまおうとしても、今度はまた奥に潜んでいた最強の盾に武器をダメにされてしまうのだ。
底意地が悪い、非常に、性格の悪い防壁構築である。だがそれがいい、相手が嫌がるということは、強いということなのだから。
「そうして苦労に苦労を重ね、神経をすり減らした先に待つのが、コレです」
「……マップで見て知ってたけどさあ、これは、ひどいね」
ユキが、とある地点までワープでハルを案内してくれる。そこは、敵軍が侵攻してくると想定されるルートの到達地点。
苦労してたどり着いたであろうその先には、道が、一切存在しなかった。
「はいハズレ。戻って、ルートを探しなおしてください」
「キレるよ? 敵の生徒のひと」
「人間関係崩壊まったなしですねー」
「私はここのガッコの生徒じゃないからいいのだ」
「恨まれるの僕じゃんそれ……」
友達を無くす作戦、というやつである。ゲームをするときは、目先の勝利も勿論だが、その後の人間関係も大事にしよう。
ルールが整備されているにも変わらず、『マナーも守って』と注意書きされるのはその為だ。
「いや、知らないけどね。どこまでがマナーなんだろう?」
「何を気にしているのか知らぬが、これは戦争だぜハル君」
「まあね。敵を疲弊させたもの勝ちではある。しかし、だからここまで遠くまで国土を伸ばす必要があったのか」
「そうそれ。マップの表示範囲が、ちょーどこんくらいじゃん?」
ユキはマップを指で指し示しながら、なぞるように線を描いていく。
そこにはこの、見かけ上だけは無駄に大きく広がったハルの世界の外延部がまるで収まりきっていなかった。
そして、当然この事実上『行き止まり』のぽっかりと空いた虚空の断崖も。
「攻め込む時点でこのあみだくじの『ハズレ』が見えていたら、わざわざ来ないっしょ? だから、索敵範囲に入らないようにこんだけ広くエリアを取ることが重要だったんだ!」
「なるほど」
確かに、ユキのいう通り、防衛においては非常に効果を発揮しそうなマップ構築だろう。嫌がらせの天才だ。
しかし、この作戦には、ひとつ問題があった。防衛に関してではない。内政に関してのことだ。
「でもさユキ? 行き止まりが戦略上重要なら、ぼくらはこの空洞のエリアを埋めることができなくない?」
「…………まあ、それはそれ」
「途中で気づいたね、ユキ?」
「だって、楽しくなっちゃったし!」
「ユキさんを責めないであげてくださいー。この国のことを思ってのことでー」
「いや止めなかった君も同罪だから」
この空洞を埋めるくらいに世界が発展してしまったら、そこはもう地続きの道。まるで意味をなさなくなる。
まあ、そんなすぐには世界を広げられない。シルフィードの国方向へ注力することを優先すればいいだろう。
そんな、やはり問題だらけだったユキの担当エリアを、ハルはもうしばらく時間をかけて視察していくのであった。




