第1064話 あまりに短い絶叫系
ハルたちを乗せたまま、運搬用カプセルは順調に『駅』となる洞窟の入口へと到着した。
途中、アイリは運ばれている最中の景色を見たがったが、生憎この車体には『車窓』が無い。残念ながら風景を眺めながらの列車の旅はお預けだ。
まあ、仮に見られたとしても、代わり映えのしない平原が続くだけの風景だ。別に、無理して見たい物でもないだろう。
「残念です! わたくし、噂に聞く汽車の旅というものを一度やってみたかったのですが!」
「そうだねえ。現代では、列車って窓がない物が普通だから。映画で見るような旅ってのも難しくなっているね」
列車と言えば地下鉄。それが当たり前になった今、なかなか景色を楽しむ旅という機会はない。
それに、仮に窓があったとしても、地下鉄はこれでなかなか高速だ。ゆったりと、のんびりと、景色を眺めて過ごす時間などというものは、存在しないのかも知れない。
「じゃあ、いつか僕らだけの鉄道を作って、ただ旅をする為だけの旅をしよう。それこそ、君の星なら何処へだっていくらでも、見るべき場所はあるんだから」
「はい!」
「……なんだがロマンチックな話だけど、その旅って突然昼夜がめちゃくちゃになるのよね?」
まあ、そうなるだろう。異世界の自転は、まだ正常化を取り戻すには遠そうだ。
だが、そんなめちゃくちゃな時間間隔も、ハルたちの旅に良いアクセントとなり彩りを与えてくれるだろう。
……ゆったりとした旅、にはならないかも知れないが。
「さて、それよりも今は、この地下鉄の試運転だ。アルベルト、準備はいいかい?」
「《もちろんですとも。さすがに、駅舎の建築は済んでいませんが、原理上この地下鉄は真空チューブと車体となるカプセルさえあれば、問題なく運行出来ます》」
「……ねえ、アルベルト? それは、大丈夫なのかしら?」
「《なにか懸念点がございましたか、ルナ様?》」
「だって、停車すべき駅がまだ無いのでしょう? それだと、この車体、『砲弾』にならないかしら?」
「《ははは。流石はルナ様。発想がハル様と似通っておられますね》」
「別に私は、地下鉄を兵器転用しようと考え付いた訳ではないわ……?」
長い筒があって、その中をカプセル状の物が加速して発射される。どう見ても銃である。間違いない。
そんな冗談はともかく、ルナの心配も良く分かる。今この洞窟は、出口に蓋の無い、いわば『銃口』のように空いたまま。
その内部を吹っ飛んで出口に向かうのだから、そのまま発射されてしまうのではないかと思うのも当然であった。
「《その車体の外壁からは、全方位より推進剤が射出されます。それは加速はもちろん、減速にも転用可能なのです》」
「みゃうみゃう!」
「自信作だね、メタちゃん」
「うにゃおん♪」
「《まあ、その機能を利用しなければ、ルナ様の仰るように、出口から超高速で『投射』されるでしょうが》」
「……メタちゃん? この地下鉄は故障したりしないわよね?」
「うなー?」
「『誰に言っているんだ』とでも言いたげな自信だねメタちゃん」
「《ご安心をルナ様。もしメタがミスをしていても、この世界では貴女様がたは、物理的なダメージの一切を遮断していますから》」
「そう言われて即座に安心できるのはハルくらいのものよ……」
「にゃうにゃう♪」
まあ、万一の時は、ハルが緊急用に一瞬くらいは環境固定装置を起動できる。
神の魔法すら通さぬシールドだ。脱線事故程度、どうということはない。
しかし、地下鉄の兵器転用というのはなかなか面白そうだ。他国攻撃用の砲台として、国土の拡大に合わせてチューブを延長すればいいのも簡単で良い。
接触してきた国に向け、挨拶代わりに質量弾をプレゼントするのだ。
そんなことを言い出すと、またルナに叱られてしまうので口には出さぬハル。
物騒で愉快な面々を乗せて、ハルたちの地下鉄は今まさに走りだそうとしているのであった。
*
「《では、これより発車の時刻となります。閉まるドアにご注意ください。外部に吸いだされ、窒息死の危険がございます》」
「事実だからアナウンスすれば良いというものではないわ?」
「《本線は揺れは最小限ですが、強烈なGが予想されます。周囲の手すりにお掴まりになり、決してバランスを崩されぬよう》」
「潰れてしまいなさいそんな鉄道会社」
珍しいアルベルトのボケに、これまた珍しくルナのツッコミが冴えわたる。
……いや、アルベルトのことだ。これも冗談ではなく真面目に言っている可能性があった。
そんな恐るべき地下鉄がいよいよ動き出す。
ゆるやかな発車により、真空のチューブ内へと滑り込んだかと思うと、そこからアルベルトの注意したように一気に急激な加速がかかる。
本来ならば、強烈な加速度により身体に負荷が襲い掛かる。そのはずだった。
「ふにゃっふっふ……」
「……あら? それほど負荷は掛からないのね?」
「ふおお! な、なんだか、ふわふわするのです! やはり、うちゅうと何か関係が!」
どうやら、メタによりGを軽減する特殊な仕組みが施されていたようで、急発進の加速にも車内はそこそこ快適だった。
恐らく、先ほど工場で見た外装を剥いだ車体の、ごてごてとした装置がその役割をしているのだろう。
加速圧を受けるのは外装のみに留まり、その内部、この客車部分は圧力や衝撃が軽減される。そんな仕組みだと推測される。
その機構により内部は、なんだか重力が軽くなったかのような、ほんの少しの浮遊感を感じる。
足はしっかりと地面についているので錯覚なのだろうが、これはなかなか得難い体験。まるで、遊園地のアトラクションだ。アイリも大喜びである。
「すごいですー! これは、あれですね。“じぇっと、こーすたー”! こ、こういう時は、絶叫を上げるのがお決まり……!」
「確かに、なんだか妙な高揚感があるわね?」
外は見えないが、体全体で超高速になっているのを感じ興奮してくるハルたち。その得も言われぬ昂ぶりに、アイリが意を決して雄叫びを上げようかという頃。
「…………おや?」
「止まってしまったわね?」
「ねこさん! 動かなくなってしまいました! これは、故障、でしょうか!」
「んーにゃっ」
故障ではない、車体はメタの設計の通り、十全に機能を全うした。メタはそう告げているようだ。
ならば、このこれから盛り上がるという所で急に肩透かしを食ったようなこの煮え切らない感覚。その正体は、一つしかない。
「対岸の駅に着いたんだね」
「にゃごっ!」
そう、簡単な話だ。駅に着いたから、停車した。
列車はその役目をいかんなく発揮し切り、全ての工程を終了したから停止したのだ。それだけのことだった。
「……あまりにも、早すぎるのです! 速すぎて!」
「そうね? アトラクションとしては、減点よ? せっかく乗ったのに、こんなにすぐに終わってしまったら、この盛り上がった気持ちが燻ぶってしまうわ?」
「にゃ、にゃー……」
「いや君たちね。輸送インフラなんか、速ければ速いほど良いだろう?」
まあ、ここまで高速で着いてしまうと、風情も情緒もないという気分は分からないでもない。
車窓から風景を眺めながらゆく列車の旅とは、対極だ。そんなことよりも、輸送効率。一秒でも早く、工場へお届け。
そんな不完全燃焼な気持ちを胸に抱えて、アイリとルナはしぶしぶと駅からシルフィード領の『森の入り口駅』へと降りて行った。
その目は、何やら決意に燃えており、このやり場のない感情を何にぶつけるかを決めたようだ。
「わたくし、決めました! この路線をもっと、もーっと長く延ばして、このアトラクションを完璧なものにするのです!」
「そうね? 手伝うわアイリちゃん。シルフィードの世界は大きいらしいから、きっとずっと長く作れるわよ?」
「ぐるぐると曲がりくねったり、上下のアップダウンもつけて楽しい乗り物にしてやるのです!」
「……まあ、止めないけど。二人とも、本来の目的からはくれぐれも逸れないようにね」
あまりシルフィードの国土の邪魔にならないように、とハルは思っていたが、この様子だとそうもいかないようだ。
まあ、ハルから後で謝っておこう。幸い、必要に応じて自由に土地は持って行って良いと言われている。その言葉に甘えるとしよう。
しかし、まさか本人も、自分の国がジェットコースターのコースとして使われるとは思ってはいなかっただろう。
「ふにゃー?」
「どうしたの、メタちゃん?」
「いっそ、車体内部には全面型モニターを貼り付けて、壁外の様子を映し出せるようにしようか、ということのようですね」
「……完全に、効率面では無駄な労力じゃないか。いいの? メタちゃん?」
「にゃんにゃん♪」
それもまた楽しそうだ、と言っている気がする。まあ、メタもこの世界を楽しんでいてくれるなら、それで構わない。
メタの構想ではカプセルの内側、曲面の壁を全面モニターに換装し、洞窟の外部に設置したカメラの映像を繋ぎ合わせたものを映写するらしい。
ここにきて、ただの趣味施設が今までのどんな製品よりも複雑で精緻な情報処理を必要としていた。
その事にメタもまた燃えてきたようで、今すぐにでも乗ってきた道を戻り、工場で作業に入りたいようだ。
「……じゃあ、僕はメタちゃんと一緒に自国に帰るけど。君たちはどうする?」
「わたくしは、残るのです! この路線を、森の奥へとどんどん伸長するのです!」
「私も、アイリちゃんの手伝いをするわ? ハルは、ユキとカナリーの方を見に行ってあげなさい?」
「そうするよ」
何故かジェットコースター建築計画になってしまったとはいえ、当初の目的はシルフィードの国土に輸送網を敷くこと。そこにズレはない。
ハルはその作業を、もう慣れてきた二人に任せ、自分はハチの巣状の模様を描くことで国の支配面積を大幅に広げて行っている、ユキの様子を見に行くことにしたのであった。
あちらはあちらで、放っておくと何をしでかすか分かったものではない。
しかし今のハルは、どうやら『それもまた一興』と、そう思ってしまっているようだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




