第1063話 開通式の準備は万全?
そうして、ついにハルたち三人のトンネル掘削工事が完了。シルフィードの世界に開通する形で、、洞窟が妖精の国に接続した。
事前に連絡を入れていたシルフィード本人が、ハルたちを怪訝な目でお出迎えしてくれる。
「お疲れ様です、皆さん。ですがその、えっと……、その恰好は、いったい……?」
「やあシルフィード。この宇宙服は、気にしないでくれ」
「……やっぱり宇宙服なんですね。とりあえず、ようこそいらっしゃいました」
「女王陛下じきじきのお出迎えどうも」
「か、からかわないでください……」
妖精の国の女王様と言っても過言ではないシルフィードだ。ただ、ここではいつものような巨大な翅は身に着けておらず、現実の姿のまま。
その事が、なんだか恥ずかしそうな様子だ。
ユキほどではないが、どうしてもゲームキャラとしてプレイ中とは、反応の異なる彼女であった。
「ぷはぁっ! 今日は、制服なのですね! とっても可愛いと思います!」
「ありがとうございます、アイリさん。ログインが学内なので、見とがめられることを思うと。なんとなく、制服で来たくなってしまいます」
宇宙服を脱いだアイリが、人懐っこくシルフィードへと駆けよって行く。妖精のように可愛らしい彼女だ。その様子に、シルフィードも笑顔になっている。
ハルたちもそれに続き、宇宙服を脱ぎ去ってシルフィードの元へと向かった。
「それにしても凄い道です。洞窟にしたのですね。一目で、『ここは移動用の抜け道だ』と分かっていいですね」
「隠し通路、ですね!」
「隠れてないけどね。後で、周囲を偽装でもするか?」
「するにしても、まずは周囲に土地がなければ浮いてしまうことは変わらないわ? 後回しでしょうね」
「確かに」
「……この洞窟、いえトンネルですか。あの奥の方、きちんと舗装までされているのですね。手間がかかっています」
「お待ちなさい、シルフィード? そちらに行ってはダメよ? あぶないわ」
「はい? 危ない、とは……?」
ルナによって、つるりとした光沢を持つほどに美しく舗装された壁面を見ようと、トンネルの入り口に近づくシルフィード。
そんな彼女の肩を、ルナが彼女にしては珍しく強引に掴んで引き留めた。
なかなか見られないその反応に、ハルたちはもちろん、当の本人はずいぶんとあっけに取られているようだ。
だがおかげで、シルフィードがこの真空のトンネルの内部へと足を踏み入れる事態は回避できた。
「よくお聞きなさいな、シルフィー? この洞窟の中は、空気が存在しないの」
「……はい?」
「真空なのよ? シルフィード。決して、うかつに足を踏み入れてはいけないわ?」
「こ、心します……! うかつでなくとも入りません!」
「よろしい」
「……なるほど、それで皆さん、宇宙服のような物を着ていたのですね」
ルナお母さんの真剣な言い聞かせに、良い子のシルフィードは必死に首を縦に振っていた。
元来慎重な彼女である。言いつけを守らずふらりと入ってしまう事など、これでないだろう。ソフィーだと、分からない。というか入りそうだ、それなりの率で。
「しかし、なぜそのような特殊な道を? 敵が、道を使えないようにする為でしょうか?」
「ああ、それはね……」
ハルは彼女に、この『地上の地下鉄』計画の詳細を語っていった。
その計画にこそシルフィードは驚いたが、とはいえ彼女も根っからの現代人。地下鉄の構造も正しく理解しており、すんなりと説明は進んだ。
「ということで地下鉄を作るんだ。地上だけどね? それにより二国間の流通は、加速度的に高速化するだろう」
「すごいですー!」
「ええ。本当に、凄いですね。だって公共工事ですよ? 業者ですか。いえ、もう工場だなんだと建てているので今さらですが。それでも驚きは消えません」
「しかし、懸念があるわハル? この地下鉄、これではピストン運行しか出来ないわよ? ああ、別にいやらしい意味ではないわ?」
「いえ、わざわざそんな想像はしませんが。言われなければ意識もしませんが」
「そのうちするようになるわ?」
「だんだん意味が、分かってくるのです!」
「……シルフィーはどうか今のままそうやって冷静にツッコんでいてくれ。僕の代わりに」
「お察しします。ハルさんも大変なのですね」
お察しはされつつも、ツッコミ役を引き受けてくれるとは言わなかった。肝心なところで手ごわいシルフィードである。
まあ、それはともかく、ルナの言うことも尤もではある。この形状だと、中にカプセルを埋め込む地下鉄運用では双方向での移動が出来ない。
対岸に『列車』が停まっている時は、即座にこちらから乗ることは出来ない。待ち時間が発生してしまう。
「……そこそこ高速になると思うから、大したロスではないと思うけど。その僅かな時間が生死を分けることになる」
「いえ、そもそも此処にまで攻め込まれている想定の時点でどうなのでしょう?」
実に冷静なツッコミだ。流石はシルフィード、期待が持てる。
この地点はハルの国とシルフィードの国の中間地点。つまりここまで敵が来ている時点で、もうどちらかの国は滅んでいそうだ。
いや、そんな緊急事態だからこそ、一秒でも待つことなく列車に乗れるようにすべきではないか。
そんな冗談も入ってきて会話の収拾がつかなくなったあたりで、とりあえずアルベルトに仕組みを聞いてから、という当たり前の結論に話は落ち着いたのだった。
*
「素晴らしい。流石はハル様、アイリ様もルナ様も。ここまで完璧に、要望通りの工事を完了なさるとは」
「これでいいんだ? なんだか、空気を押しのける為の圧力が生じてるみたいだけど」
「問題ありません。内部に入ってしまえば特に気にするレベルではない上に、もし車体に圧力が掛かったとしても、むしろ推進力に変えてみせますよ」
「頼もしいね」
本当に、実に何でも出来て頼もしいものである。何か力が働いていたとしても、カプセルを壁に接触させない為の力として活用するそうである。
それに、空気を排出する力は、推進力となる圧縮空気の放出を後押しし、更なるスピードアップとコストカットを実現するらしい。
こう聞くとまるで、ハルたちの為にあつらえられたシステムのようである。なんとも都合がいい。
「……しかし、都合が良いのは結構ですが、他の部分で気になりますね。これが成功してしまったということは」
「だね。真空なんてものを簡単に、いや簡単なんて言っちゃアイリに失礼か」
「コツさえ分かっちゃえば、簡単だったのです!」
「流石はアイリお嬢様」
「奥様と呼ぶのです、アルベルト!」
「これは失礼を……、最近は月乃様の使用人として潜入しているもので、つい……」
「奥様は、奥様と被るからね」
話が脱線してしまった。つまり、アルベルトの言うことはこうだ。
真空などという確実に人体に有害な環境、それを作り出すことにロックをかけていない事。それそのものが、運営であるアメジストの危機管理意識の欠如が浮き彫りとなった事を証明している。
これは作ったのがハルたちだったから良いものの、もし普通の生徒が偶然にこの環境を作り上げてしまったら?
最悪、そのままそこに落ち込んで窒息死、などという結末も起こりえるのではないか。
少なくとも、アルベルトも運営に関わっているカナリーのゲーム、そこではこんな杜撰な設計はされていなかった、ということだろう。
「つまり、最悪生徒たちは死んでも構わないモルモット扱い、ということかしら?」
「いえ、そこまでは言いません。しかしルナ様、故意にせよ、配慮が行き届かなかったにせよ、日本の方々に危険があるのは事実」
「自分で作れと言っておきながら何を言っているのかしらこの人は……」
「はは、性分でして。お気に障りましたら、申し訳ございません」
「別にいいけれどね? まあ、お母さまにも伝えておきましょうか」
「助かります。私からも、情報を上げておきましょう」
「……あの人、『自分も遊びたい』とか言い出さないかしら」
「ありえるねえ」
今のところ調査よりも、楽しく遊んでいる部分の割合が多いハルたち。だがそろそろ、本格的にアメジストの企みを暴く行動に乗り出した方が良いのかも知れない。
まあ、アルベルトもそんな話をしつつも、次に言い出すことは『この真空エリアを更に伸長しましょう』なのだから呆れるしかないのだが。
アルベルトの計画によれば、シルフィードの世界も含め、ハルたちの国中に張り巡らすようにこの地上地下鉄の構想を練り始めたらしい。
なのでそれに際して、シルフィードから受け取る領土は国土を縦断する形で貰って欲しいとのこと。いい迷惑である、彼女からすれば。
そんな暴走気味のアルベルトに釘を刺しつつ、ハルたちは続いて、地下鉄の車体を建造中らしいメタの元へと向かうのだった。
*
「にゃっ! みゃうっ!」
「うん。安全第一、だねメタちゃん工場長」
「ふみゃっふっふ……」
「なに? 安全は第二? 速度が最優先?」
「にゃんにゃん♪」
「それで良いのかしらこの工場……」
良いのである。吹き飛んだらまた建て直せばいい。幸い、工場長も従業員も全てロボットと人形だ。
普段は一分の隙も無く、安全第一で施設の運用にあたっているメタだが、ここでは少しだけ遊び心満載ではっちゃけているようだった。
そんなメタもハルたちが訪れたことで襟を正した、というポーズなのか、かわいい安全ヘルムを装備し、工場内を案内してくれるようだった。
「ふにゃん。みゃーみゃ」
「ここで地下鉄を作ってるの?」
「なうなう!」
「なるほど、あれが車体。既に完成は間近だね」
「どれだけ早いのよ……」
その異常な建造速度にルナが呆れるが、メタの表情から察するに『舐めてもらっては困る』とのこと。
ハルたちが掘り始めた洞窟の直径は既にデータとして収集済みで、大きささえ決まってしまえばあとはその範囲内に機能を詰め込むだけなのだとか。
今は、そうした各種ゴテゴテとした機械類がむき出しになった円柱状の構造物だが、これに外装をかぶせてしまえば、それだけで立派な地下鉄の完成だ。
「ねこさん! もう、乗れるのですか!?」
「にゃうっ!」
「おお、すごいです! わたくし、乗ってみたいです!」
「なうなう、なおん!」
「はい! 付いて行きます!」
恐らく内容は分かっていないアイリだが、ニュアンスだけで会話を成立させて、とてとて、と猫の後を追う。
非常にかわいらしいが、あれは恐らく『乗るならヘルメットを被ること』、と言っているはずだ。
そんな、アイリの為に用意された人間用のヘルメットは悲しいかなガン無視されて、メタは苦笑しつつそのままアイリを車内へと招き入れた。
「おお! すごいですー! しかし、座るところがないのですね、ねこさん?」
「ふにゃっふ」
「軍事用だからね。積載量重視だろう」
「にゃっ!」
ハルたちも続いてカプセルの中へと入る。入り口は、チューブに詰め込む都合上、円筒の蓋の部分となっていた。
ちなみに、ハルたちもヘルメットは被らない。実のところ、危険などないのだ。ハルの頭はヘルメットより硬い。
そんなほぼ完成した車内は、床だけを平面にとった可能な限り空間を確保したもの。残念ながら椅子はない。
人員よりも、素材の輸送に重点を置いた設計思想だ。むしろ、人員だって荷物扱い。この列車に乗るのはほとんどが、ハルたちのような人間ではなくNPC兵士ユニットだろう。
……人形兵がすし詰め状態になって、大量に配置地点に搬送されていく様子が目に見えるようである。
そして仕様上、彼ら兵士を指揮するのはハルである。心が痛い、ことは全くない。ゲームなら、当然のことなのである。効率こそ、正義なのである。
「みゃうみゃう!」
「《ハル様、せっかくですので、そのまま完成させて走行試験をするそうです。お手数ですが、メタにお付き合いください》」
「おお! これが、走るのですか!」
「にゃにゃうなう!」
「構わないよ、アイリも楽しそうだしね」
「恐縮です」
どうやら、メタ工場長の粋な計らいにより、地下鉄はこのままハルたちを乗せて突貫工事で完成させてしまうようだ。そして洞窟まで運ばれ、そのままテープが切られる。
当然、現地までこの車体を運ぶのは人形兵で、それを指揮するのはハル。恐らく、大勢で御輿を担ぐような格好になるだろう。
……なんだか、古代の奴隷たちを指揮する指導者の図に似て複雑な気分のしてきたハルである。
だが、目の前の楽しみが隠しきれないアイリの笑顔には変えられない。
外装が無事に装着されると、ハルは横暴な大王と化し、人形兵たちを強制労働させるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




