第1061話 世界から敵と空気を排除せよ
「やっぱり、表面積の確保は重要だと思うんだ!」
「だからといってユキ、大地そのものをハニカム構造にしながら拡張していくのはやりすぎじゃない?」
ソフィーとシルフィードとの通信から戻ってみれば、ハルたちの世界は異様な形で成長を遂げていた。
大地は再び細い道を伸ばす形で拡張されており、広い平地の確保という本来の目的はどこへやら。
しかし、このやり方については主犯格であるユキ容疑者にも、一定の主張が存在するようだった。
ユキはこの、細い道が入り組んで六角形の穴が開いたハチの巣状の大地について、ハルへと説明をしていく。
「まあ聞けハル君。前回の戦争で思い知った。私たちは、平地を守る術についてあまりに乏しい」
「確かにね。それはユキの言う通りだ。僕らの兵隊である人形兵も、整列しての進軍よりも機動的な個別行軍に長けている」
「だろう? 人形兵たちなら、この入り組んだ道もなんのそのだ!」
「逆に、陣を組んで移動する敵は、この道に阻まれて進軍を遅らせるという訳ですね!」
「そうだぞアイリちゃん」
まあ、一理ある。一本道や細い道の有用性は、リコとの戦いの際に証明済みだ。
逆に、ソウシとの戦いではあらかじめ広いエリアを用意して臨んだのだが、これは基本的に敵を有利にするだけだった。
戦場として用意した『出島』はまずドラゴンの範囲攻撃で焼き尽くされ、次いで次元騎士の空間攻撃で世界もろとも粉砕されてしまった。
「あの、世界そのものを使った空間攻撃。あれが誰でも使えるのか、ソウー氏のユニークスキルなのか。まだ不明だ。つまり、どういうことかなハル君!」
「それは、再びああして接触面から、つまり国境線に面した所から問答無用で粉砕される危険性があるということです。ユキ先生」
「よろしい。ならば我々は、敵生徒が全てあの技を使える、という前提で領土を広げていかねばならない!」
「……そう考えたとしても、本来は現実的に無視するラインよね? もし汎用的に使えたとしても、きっとたかだが上位数パーセントよ?」
「まあまあルナちー。備えあれば世界征服だ」
備えすぎである。だが、周囲は敵だらけで、何をするにも手探りな状況。備えすぎて困ることもない。
このまま他の生徒と同じように、円形に地道に世界を広げていったとして、また戦争で大きく消耗してしまえば元の木阿弥だ。
「……うーん。よし、ユキ隊員。君の思うように進めたまえ。どのみち、僕とカナリーは世界を創造できないからね!」
「よっしゃー! まかせとけ、ヒモのハル君!」
「わたくしたちが、養うのです!」
「……まあ実際は、私たちがハルの稼ぎに養われているようなものなのだけれどね?」
「男の甲斐性ですねー。ハーレムを維持するにも、物を言うのはお金なんですねー?」
実に世知辛い。世の中魅力だけでは、限度があるようだった。
そんな事などよりも、ユキの案を採用する形でハルたちは拡張計画を進めることに決定する。
まずはユキが指揮を執って網目のように、広く大きく領土の見かけ上の面積を広げて行き、敵の範囲攻撃へと備えていく。
これならば再びドラゴンブレスを吐かれたとしても、燃え落ちる土地は実に少なく済む。国境線に空間攻撃を放たれた場合も同様だ。
「そして、わたくしたちが、まんなかからこの『穴』を埋めて行くのです!」
「たくさん穴があるわねアイリちゃん。埋め放題ね?」
「はい! どの穴を選ぶか、迷うのです!」
「……そこで僕を見なくても、端から順に埋めて行けばいいよ。選ぶ必要はない」
「一列に並べて順番に、全部埋めてやる、ということらしいわアイリちゃん?」
「まぁ……」
突っ込まないハルだ。ここで突っ込めば泥沼化する。今のハルはもう、ツッコミ役に甘んじる身ではないのだ。
「たじたじだのーハル君。うひひー」
「……変な笑い方してないで、まずはどう伸ばすんだいユキ?」
「そーね。外に伸ばすのも良いんだけど、まずはソフィーちゃんとシルフィんと、うちらの世界三つの間を『確定』させちゃいたいな、って」
「確かにね。突然、内部の空間にねじ込まれないとも限らないし」
ハルと、ソフィーとシルフィード。この三者の世界の間には、そこそこ広い空間がある。
放置していれば、互いの『縁』によって引き寄せられるように接触したのかも知れないが、ハルはそれを待たずにソナーで位置を特定、強引に道を繋げてしまった。
そのため、一本道で接続されたその三世界の間には、国一つ分以上の大きな隙間が出来ている。
その隙間に、自動配置で他の生徒が割り込んで来たら厄介だ。その前に、隙間を塞いで使えなくしてしまおうという計画である。
「シルフィーから領地を貰うような話にもなったしね。そこを有効活用するにも、さっさと繋いでおいた方が良いのかも」
「おお、やるじゃんハル君。また女の子に貢がせたんだ。流石はS級のヒモ」
「貢がせてない! 彼女の土地に輸送網を設置してあげると言ったら、そのくらいしか出せるものがないと」
「妖精の女王様をたぶらかして、大事な大事な国土を差し出させたのね? 悪い男だわ?」
「悪のカリスマ、傾国の、魔王様なのです……!」
「じゃあ代わりに何か欲しい物ってある?」
「ないね」
「ないわ?」
「分かりません!」
「あの国、森ばっかりですからねー。ファンシーでキラキラしてますし、宝石とか埋まってるかも知れないですがー。この世界で宝石取ってもー」
「綺麗なだけでは戦争には勝てないからね」
一粒の宝石なんかよりも、両手いっぱいの鉛玉。血なまぐさい世界である。
そう考えると、シルフィードには向いていないのかも知れない。
特に、妖精は金属を嫌うだとかよくある設定が盛り込まれていたら厄介だ。協力しようにも、ハルたちの世界の特産品は金属だらけ。
「じゃあ、またしても一本道にはなっちゃうけど、シルフィーの国へと直通路を敷くとしようか」
「ですねー。これで三角形になりますねー。三角関係ですかー?」
「いいえカナリー。ハルと、女の子たち、だから線は二本よ?」
「ですかー」
「あはは。まあ行ってきなよハル君と女の子たちよ! 私はこっちで、外向きの拡張をやっておく」
「頼んだよユキ。その効率は、君じゃないと分からないだろうから」
「任されよー」
さて、このシルフィードとの協力関係がどのように転んでいくか。それを測るためにもまず、彼女の世界と直に続く通路を開通させることにしたハルたちだった。
*
「なるほど。シルフィード様の国への直通路」
「ああ、今までは、ソフィーちゃんの所を経由してしか行けなかったところを、真っすぐ行けるようにする」
「よろしいのではないかと。今後は、物資や兵員の輸送も行うようになっていくでしょう」
「くにゃっ! みゃご~ん」
「そうだねメタちゃん。『く』の字のままじゃ、ロスが大きい」
「なうなう! みゃうん♪」
直通の輸送路と聞いて、メタもご機嫌だ。メタは直線のコンベアが大好きだった。
「それでしたらハル様。設計段階で、輸送に適した土地創造を行うことこそが肝要かと」
「というと、どうする? 川、水路でも生み出しながら行くか? それとも、また風の道を作るか」
「それでも、良いと言えば良いのですが、大規模な兵員物資の運搬となると、少々パワー不足かと」
「ふむ? なにか、良い案があるのかアルベルト?」
「はっ!」
現実同様に、動く歩道でも生み出せればいいのだが、残念ながらハルの世界は基本的な自然物しか生まれてこない。
そうした複雑な機構が生まれてくるリコのような世界でも、そこまで自分の都合の良いような構造物は創造できないようだった。
聞けば、機械は勝手に生えてくるのだとか。植物ではなかろうに。
その勝手さが、思い通りの世界を作るのに障害となる一方で、逆に思いもしないアクセントを世界に与えてくれる。
それに、一から十まで詳細に世界を思い描ける者などそうはいない。その辺を補間してくれるのも、多くのプレイヤーにとっては有難い事のようである。
「……僕ならば、歩道だろうとベルトコンベアだろうと、細部に至るまで詳細に想像してみせるのに」
「ははは。誰もがハル様のようにはいきませんよ。その点、人の無意識は誰もが実に優秀だ。それを活用しているこのゲームは、敵ながらあっぱれかと」
「ふにゃにゃん!」
「失礼。ハル様の前で、敵を賞賛するような真似をするべきではありませんね」
「構わない。事実確認は大事だ。つまり、個々の世界の特色は、生徒たちの無意識の投射だというのかい?」
「補正はかけられているでしょう。ただし、参照しているのは間違いなく」
「ふむ? 隠したい物が出て来ちゃった人は、大変だね」
ルナのような、清楚な皮を被ったえっちな人なんて特に大変だろう。まあ、そうした直接的な表現は成されないのかも知れないが。
そんな無意識の隠喩が形を持ったのがこの世界というならば、今後の世界との接触も色々と楽しみだ。
とはいえ、今はその話も興味深いが、現実的な作業が優先。ハルはアルベルトたちに、これから作り上げる通路をどのように構築したいのかを聞いていく。
「さて、どうするアルベルト、メタちゃん。残念ながら、僕の世界では自然物が基本だ。まあ、実の所これはコレで便利なのだけど」
「にゃうにゃう♪」
「ですね。古来より、自然エネルギーの活用は研究され尽くしてきました。下手に手が入っているよりずっとやりやすい」
「じゃあ今回も、そんな自然エネルギーで何か発電を?」
「いえ、今回は少々、毛色が違うと言いますか……」
何となく、歯切れの悪いアルベルトだ。彼にしては珍しい。今の身体では彼女だが。
そんなアルベルトの提案は、その歯切れの悪さに見合った突拍子のないものだった。
「そのですね。『真空』を作れないでしょうか、ハル様。世界から、空気を排していただきたい」
「……なるほど。確かにそれは、毛色が違う。作るのではなく、減らす方とは」
「な~~ご……」
メタも、『それは無茶だろう』とばかりに困り顔だ。正直ハルも、どうしたらいいのか見当もつかない。
この世界、この異空間は、基本的な環境設定として空間そのものに空気がセットとなっている。
これはゲームとしてのシステムではなく、この空間を作り上げた協力者である、ガザニアの設計だ。
これがあるからこそ、このゲームは完全なヴァーチャルではなく、一般人である学園の生徒でも問題なく遊べるのだが、弊害もある。
こうしたゲームシステムの外にある仕様が存在する為に、全てがゲームマスターのアメジストの思い通りにはなっていないのだ。
まあ、その殆どがハルたちのやりたい放題のチート行為なのだが。
「……そして今度は、その根幹の仕様が僕らの枷となっている訳だ。君が作ろうとしているのは『気送管』だね?」
「まさしく」
気送管、圧縮空気の力によりチューブの内部で物品を飛ばすように輸送するシステム。
チューブの中を真空、または減圧することによって、効率よく輸送が行える。
前時代においては主に小型のチューブで、軽量の物を輸送する為に長い期間活用されていたが、現代ではそれが大型化することで意外な隆盛を取り戻している。
それが何かといえば、アイリも大好きな地下鉄だ。あれは、真空中を滑るようにして客車を運ぶ、非常に太く長いチューブなのだ。
「なるほどね。鉄道を作るのかと思ったら、地下鉄にするのか。いや地上鉄か? でもメタちゃんは、鉄道網の方が良いよね?」
「むー。にゃーご……」
「輸送に掛けるエネルギーと、長距離を運搬する為の時間が解決できないと、メタも申しております」
「あらら」
事実上の敗北宣言か、メタにしては珍しい。しかし、仕方のないことだ。ここではリソースがあまりにも限られている。
新幹線やらリニアモーターカーやらを配備し維持しようとしたら、それだけで膨大な電力を取られてしまう。
一方、この世界そのものの環境として真空を用意できれば、その分のコストを世界そのものに丸投げ出来ることとなる。
「……分かった。難しそうだが、やってみよう。しかし、あまりに目途が立たなければ、普通の道で行くからね?」
「大変なお手数を、おかけします」
とは言ったものの、なんだか楽しそうである。言葉とは裏腹に、どうにかして成功させたいと意気込む、ハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




