第1060話 広がらぬ国家、持て余す国家
ソウシへの電撃的包囲網の反応は後日を楽しみにしておくとして、ハルたちは自らの世界の発展へと戻る。
格上の相手にもなんとか勝利は出来たのだが、あれは言ってしまえばハルの行き過ぎた力によるゴリ押しだ。
このゲームで公式に想定されたルールに則って、真正面から勝てたとは言い難い。
「さしあたっては、まずは『勢力値』の拡大を目指そうか。工業化も大事だけど、あれは勢力値とは直接関係のない力だからね」
「はっ! 工場の方はお任せを。私とメタで、完璧に構築しまた拡大をしてみせましょう!」
「にゃんにゃん♪」
「それはもちろん安心して任せられるんだけど、逆にやりすぎないでくれよアルベルト? お前が完璧を目指すと、世界が広がるよりも早く工場で埋まりかねない。メタちゃんもね?」
「うなー? なうっ!」
理解しているのかいないのか。まあともかく、異変を察知したら止めればいいだろう。
まだハルの世界はそれほど広くない。誰が、何処で何をやっているのかなど一目瞭然だ。
「それじゃあ行こうかみんな。今日もよろしくね」
「がんばります! わたくしたちの、無敵の要塞を作り上げるのです!」
「ありゃ。『理想の街』じゃないんだアイリちゃん」
「……ユキさん、甘いのです。それはもう、以前にやったので!」
あくまでこのゲームは対戦を主軸としたもの。まずはそこを極めんとし、趣味は後回しにする。やる気十分なアイリだった。
とはいえ、効率ばかりでも気が滅入る。ただでさえこの世界は変化に乏しい。どこかで、完全に好みのエリアを作ってみても良さそうだった。
しかし、そんな余裕を見せる為にも敵への備えは万全にしておく必要がある。ソウシとの戦いで、それを思い知らされた部分は多い。
「迫りくる敵の特殊ユニットに対して、私たちの土地は少々無防備ね? 頼みの無敵板も、ドロドロに溶かされてしまったし……」
「あれは、相性が悪かっただけじゃん? 炎を吐けない相手なら、もっと持つって。安心しなよルナちー」
「しかしですねー。それでも、地形を書き換えるスキルなんて手の打ちようのない物が出てるんですからー。物理防御だけでは弱いかとー」
「そこはほら、撃たれる前に守るんよ。しゅっ! しゅっ!」
ユキが歩きながら、空中に向かってパンチを繰り出す。ロケットランチャーを叩き落とした時のことを思い出しているのだろう。
確かに、『攻撃は最大の防御』ではないが、敵の特殊能力は硬い壁で守るより、使わせないか土地に届く前に迎撃するか、そのどちらかが良いのかも知れなかった。
「そういえば、私たちの特殊ユニットはどんな力があるのかしら? 先日の戦いでは見たところ、何も起こっていなかったようだけれど」
「ああ、それはねルナちー。土地に対する力じゃないんだよ。あいつの能力は、『切り殺した敵の復活不能』!」
「すごいですー! ……すごいです?」
「凄いんだぜーアイリちゃん。あの後から後からわらわら湧いてくる雑魚どもが、復活してこなくなんの」
「たしかに! いくら倒しても、キリがありませんでしたからね!」
「まあ、元々あの次元騎士は、使い切りの特殊ユニットっぽかったから。あの戦いではたぶん意味なかったけどね」
兵士を延々と流し込むことによって、領内への進軍を押し留める。ダメージにより土地が削られるので、無敵の戦術とは言えないがそこそこ厄介だ。
あの『六本腕』はその復活を無効にし、敵軍の規模を最初に用意した数へと固定できる。
一応、永久に無効という訳ではないので油断は禁物だが、勝敗を決する間の時間は十分に稼げることだろう。
「しかし、そう考えると世界を大きくするのも、良いことばかりではないのです……! 兵士の復活は中央部にて行われますから、広くなればなるほど間に合わなくなります」
「ですねー。これは、現実でも変わりませんねー。国土が広くなればなるほど、輸送の問題は付きまといますー」
「しかしカナリー様には、<転移>があるのです!」
「こっちにもあれば良いんですけどねー」
倒された兵士は、中央部にあたるログインポイントで復活する。そして戦線に復帰するわけだが、その時間が問題だ。
かといってその移動時間を抑える為に国土を狭く保つなど本末転倒。
他のプレイヤーは、この問題をどのように解決しているのだろうか。それも、今後多くの世界と接触していくにつれ明らかとなろう。
「うちらはどーする? まあ、プレイヤーはワープできるんだから、私やハル君がワープして次々と戦場を蹴散らしていけばいいか」
「それじゃあ限界が来るから、こうして考えているのでしょうに。そもそも、私たちはまずそんな悩みが必要なほどに世界を広げないとね?」
「張り切って作るのです!」
「まあ、その時になったらきっとメタちゃんが鉄道網でも敷いてくれるさ」
「《にゃうっ!》」
結局、難題は全て工業化で解決する気のハルたちだった。
ただ、まずはルナの言う通り、輸送問題が発生するレベルの国土を築き上げなければならない。その為にひたすら、今は土地を創造するのみ。
ハルたちの世界には、今日もまた何処へ行っても、草原に平和な風が流れている。
*
「《私ですか? まだ、敵の方とはお会いしていませんので、なんとも。とりあえず、兵隊は外周部に少しずつ部隊に分けて配置しています》」
「《全体に適当に散らしてる! そこが突破されたら? 私が突っ込むよ! 援軍? 送る必要なくない? やられちゃったら、そこが彼らの死に場所だったんだよ》」
「なるほど……」
既にハルよりも広い世界を持っているシルフィードとソフィーにも話を聞くが、なんとも両極端の答えが返ってきた。
お手本通りに外周を警戒し固めるシルフィードと、部隊としての運用などする気のないソフィー。
特にソフィーの戦略は強烈だ。死んだらその兵士の寿命だったと言わんばかりに、各兵士には一人きりで持ち場を守ることを厳命している。
ソフィーの世界は全体が一つの大きな家という特殊な世界で、兵士もそれぞれ部屋や廊下を警備しているようだ。
まあ彼女の場合、兵士の死が即座に警報器代わりとなり、その場にソフィーがワープで飛んでくるという恐怖体験の始まりとなるのだが。
「いや参考になった。面白いね、それぞれ考え方があって」
「《ハルさんはどうするのかな! やっぱり、全員まんなかに集めておいて有事になったら人間大砲で吹っ飛ばすの!?》」
「いや吹っ飛ばさないよ……」
「《機械で交通網を整備するのでしょうか? ベルトコンベア、でしたっけ?》」
「良い発想だねシルフィー。でも、それじゃあ少し遅いかな。工場での輸送はそれで良いのかも知れないけどね」
シルフィードの発想は、現実的で現代的だ。今の時代、ベルトコンベアではないが、都市の内部には歩行補助の移動通路、いわば『動く歩道』が多く整備されている。
近場であればその路線に乗り、遠くならば『地下鉄』を利用する。車のあまり見られなくなった現代。それが市民の基本的な生活スタイルだ。
「《んー? あっ! 分かった!》」
「嫌な予感がするけど、なにかなソフィーちゃん」
「《電磁カタパルトの、歩道!》」
「だと思ったよソフィーちゃん」
「《むしろ家に欲しい! 廊下に設置するの! そんで射出されながら攻撃する!》」
「《これ、冗談でもなんでもないのでしょうね……》」
「シルフィーもずいぶんソフィーちゃんに慣れてきたね……」
ソフィーなら廊下になだれ込んで来た兵を、カタパルトで射出されながらすれ違いざまに切り刻むくらいはやってのけるだろう。その光景が、ありありと目に浮かぶようだ。
やりようによっては逆に、廊下内の敵兵をまとめて排出するのにも使えるかも知れない。
全ての廊下がカタパルト化し高速で行き来出来る迷宮のような日本家屋。
これを、『いいかもしれない』などと考えてしまうハルもまたソフィーの同類か。
「……まあカタパルトかはともかく。何にせよ、二人の世界にも輸送手段は必要だよね。発展が落ち着いたら、そっちにも設置に行くよ」
「《やったー!》」
「《そんな、悪いですよ。私の世界は何も、お返しできるような資源もありませんのに》」
「《じゃあ体で!》」
「《何を言っているんですかソフィーさんいきなり!》」
「気を付けてねシルフィー。ソフィーちゃんは案外えっちなこと言う」
「《……き、気を付けます。気を付けてどうにかなるか分かりませんが》」
通信越しに、真っ赤になっているであろうシルフィードが詳細に脳裏に思い浮かぶ。プロデューサーとして、ソフィーの教育方針を考え直した方が良いのだろうか?
「《で、ではその、身体、ではないですが、国の体たる土地でのお支払いということではどうでしょうか?》」
「《えっ!? なに言ってるのシルフィーちゃん! だめだよそんな大胆なこと言っちゃ!》」
「《……おかしいのは、私なのでしょうか?》」
「いやおかしくはないけど、確かに大胆だね」
「《うんうん! 普通のゲームじゃありえない!》
「《とは言いますが、私の土地は増える一方で、正直持て余し気味と言いますか。別に、特殊な効果のある施設が出てくる訳でもなく……》」
「ふむ……?」
だとしても、自国の土地は大事にするべきだ、とは思うハルだが、残念ながらハルも人の事を言えはしない。
わざわざリコと戦争を再開し、その大切な国土をあえて侵略させ続けている身の上だ。『お前が言うな』としか思われないだろう。
むしろ、このシルフィードの発言も、そうしたハルの奇行が招いた結果だとも考えられる。
「お嬢様に妙な影響を与えてしまったか」
「《あっ! それ『俺色に染め上げてやるよ』、ってやつだね!》」
「ちがうが……」
「《あー、ありますね漫画とかで。私は得意ではないのですが》」
「《二人の学校には居ないの? 俺様!》」
「いや居ないよ。この学園を何だと思ってるんだい」
「《うーん。ナチュラルに偉そうな男子ならそこそこ居ると思いますけれど。ご紹介しましょうか?》」
「《別にいいや!》」
「いるんかい……」
どうやらハルの在籍する特待生クラスは、まだまともな部類であったようだ。
……いや、ハルのクラスにもベクトルは違えど変人は居る。もしかすると、この学園はおかしいのかも知れなかった。まあ、今さらか。
「《シルフィーちゃんには因縁のライバルとか居ないの? そいつが、戦争を仕掛けてくるよ!》」
「《ぼっちなので……。目立たず平穏に、ですよ。家格が上の生徒に目でもつけられたら、大変ですから》」
「《それって、『お前、今日から俺の女になれよ』、ってやつ!? 実在したのか……》」
「そういう目を付けられるじゃあないでしょ。ソフィーちゃん、少女漫画とか好きなんだ?」
「《バトル漫画の方が好き!》」
「《だと思いました。ともかく、今のところ私に向かって接近してくる世界は無いようですね。ですよね、ハルさん?》」
「みたいだね。目立たないように関係を断ってきたシルフィーは、餌には向かないか」
「《私もきっとダメだよねー》」
「《分からないですよソフィーさん。生徒の中に、ファンが居るかも》」
「《おお! 握手会だ! 握り潰しちゃお!》」
同盟の二人に、兵士の運用を聞こうと思っただけなのだが、なんだか長話になってしまった。通話料が心配である。無論、そんなものかからないが。
しかし、拡大速度に難のある自国の代わりに、シルフィードの国土を頂く、という案は果たしてどうなのだろう?
もし彼女にもメリットがあるというのなら、検討してみるのも良いのかも知れない。そう感じたハルだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




