第106話 彼女の求めた宇宙服
少女たちがデザインを決めている間に、ハルは素体を作っておく事にする。
どんなデザインになろうとも、必要とされる機能は変わらないし、最低限のシルエットも変わらない。必ず流用出来るはずだ。
ハルは素材の一つ、希少な金属を取り出し、ナノマシンにより加工を加える。細く糸状となったそれを<魔力化>し、アルベルトにデータを送って量産してもらう。
「基本配列は作ったから、ループさせて長くしてね」
「お任せください、ハル様」
「金属なんですねー。人間がそんなの着て重くならないんですかー?」
「めちゃ細いから、普通の服と変わらないよ。鎧を着て歩くようにはならないさ」
アルベルトが紡ぎ出す糸を束ねて、人工筋肉を編み上げて行く。人間の筋肉繊維よりずっと軽い質量で、人間の筋肉よりずっと強力な力を生み出せる。
金属とはいえさほどの重さにはならない。それに、例え鎧のように重くなったとしても、鎧自体が自分を動かすパワーを発揮する。重さを感じる事は無いだろう。
「とりあえずオーソドックスな、外付けの筋肉、着る筋肉衣服を作ろう」
「私が日本で使っている、小林に使われている素材に似ていますね」
「うん。電気駆動式だよ。しかもあれよりずっと効率が上だ。熱駆動式とかもあるけど、やっぱり出力は電気がダントツだよね」
「はい。それに扱いやすうございます」
「そうなんだ?」
アルベルトは電気と相性が良いのだろうか? 電気式の人形を選んだのもそういった理由があるのかも知れない
それでは今の時代では生き難かろう、と思ったが、彼、……ではない、彼女はこの世界の住人だ。日本の事情はあまり関係ないだろう。
ハルは人体模型を形作るかのように、金属繊維を体の形に、人間の筋肉の流れに織り上げる。
最近は隅々まで熟知しているアイリの体、それに完璧にフィットするように。この状態だけ見ると、金属光沢もあって、話に出たSF的なパイロットスーツに近い。
ハルはそれにナノマシンを流し込み増殖させる。その作用により発電させると、服の繊維が収縮し、人間のように動き出した。
「うわー、ハルさんが1/1アイリちゃん人形作って動かしてますー。えっちですねー」
「えっちじゃないよ。仕様上、仕方ないじゃん」
「でもお尻の形までくっきりですー」
「流石はハル様ですね。奥様の体の事なら細部まで詳細にご存知だ」
「アルベルトそれフォローじゃなくて追撃してるよね?」
騒ぎを聞きつけてルナ達が様子を見に来る。えっちさは指摘されなかったのだが、それとは別に問題になる点があったようだ。
「ハル? 少し筋肉質すぎると思うわこれは。手足の部分はグローブとタイツになるのでしょう? 筋肉のラインがこうハッキリ見えていては、女の子らしくないと思うの」
「でもルナ、彩色すれば気にならなくなるよ?」
「それでも、ふとした光の加減で浮き出てしまうわ。やりなおしね?」
「はい……」
決して譲れないという女子の意地を感じる。試作一号機は、残念ながら廃案となった。
◇
「まあ外付けの筋肉じゃ中と微妙なズレが出るしね。出力も上げにくい。切り替えて行こう」
「ハル様、あの素材、最高出力にすれば小林の十倍の破壊力は生み出せそうですが。それ以上の物を求めるのは、何と戦う想定なのでしょうか」
「……はて? 神とかかな。とりあえず強ければ強いほど良いよね」
「過ぎたる力は身を滅ぼしますよー?」
「心得ておくよカナリーちゃん」
ハルは簡単に作っていたが地球では素材のコストが高すぎて作れない、電気技術が失われて行っているので動かし難い、という部分を乗り越えて完成したロマン装備なのだ。
それなのに既製品の数倍(市販品には出力制限がかかっている)が限界という結果は、何とも残念な気持ちがある。
「高分子結晶とかの方向にしようか。刺激で拡縮するチップがある。着る筋肉から着る細胞へ変えよう」
「何で動くんですー?」
「また電気だね」
「素晴らしいですね。ハル様は電気がお好きなのですか?」
「いや、特別に好きという訳じゃないけど……」
ただ今回は電気で動かすのに都合が良い物が多い。大きな力を動かす場合は、エーテル技術よりも電気技術の方が向いているというのもある。ただその電気を発生させるのは、エーテルなのだが。
それに衰退したとはいえ、散々人類が研究してきた分野だ。データも多く揃っている。
「それに実はエーテル発電は効率が良かったりするんだよね。凄いエーテル密度が必要だし、今は電気製品自体があまり作られなくなったから、殆ど知られてないけど」
「体内発電するんですかー?」
「いいや。人間の体じゃ耐えられないよ」
確かに生身で電気を生み出して操るのは格好良いが、自爆ダメージが入っては意味が無い。体を保護するためにスーツを開発しているのだ。
そういえば、出力ばかり追及しそうになっていたが、主目的は防御だった。
「それだと今回のは相性が悪いかな。やわらか素材だから。さっきの金属のようにはいかないな」
「先ほどの物は優秀でした。伸縮の他にも、硬化も一流、しかも柔軟で衝撃を受け流す」
「気に入ったんだ。アルベルトが使う? アルベルト軍団が全員あれ着れば無敵じゃない?」
「しかし私にはハル様のような発電能力がありません。こちらの魔法では繊細なコントロールが難しく……」
「雷魔法自体はあるんだから、必要な分だけスーツ側でコントロールする機構を組み込むかな」
「後にしましょうねー?」
カナリーに諭されてしまった。そう、今はアイリのスーツが優先だ。
今度の案は、先ほどの物が筋肉の筋、線の集合なのに対して、今度は点の集合。細胞状に寄り集まったピースの組み合わせが、電気刺激により拡張、収縮することによって力を発揮する。
これならば、ルナに指摘された筋肉のラインが出ることも無い。小さなブロックを組み合わせて形を作るような物なので、デザイン性も非常に幅広い。
「問題はやはり防御力かな? 大抵の攻撃なら受け止めるけど、そのたび表面の細胞が破損する事は避けられない」
「細胞なんですから、再生しないのですかー?」
「しないよカナリーちゃん。細胞って言っても例え話なんだから」
「ハルさんがイジワルですー」
もし再生して破損場所を補えたら最強なのだが、そういう機能は無い。
個別のピースは、そこに配列されたからそこにあるだけで、互いに設計図を共有している訳ではない。分裂機能も無い。
「燃料を<物質化>するように、ハル様が適宜補充なされては」
「難しいね。燃料は決まった場所で決まった時間にコピペで良いけど、戦闘中の破損にフレキシブルな対応は無理だ。落ち着いてる今だってアルベルトの手を借りてるんだし」
「破損は気にしなくて良いんじゃないでしょうかねー? 更に空間固定の力場を展開して、それで防御するのでしょうー?」
「まあ、カナリーちゃんの言うとおりか」
あくまで服の防御力は予備だと考えよう。それなら問題ないだけの性能はある。
力場が停止してしまった場合の緊急時、それを凌ぐだけのスペックは十分あるはずだ。ハルは再び試作品をルナ達に披露する。
今回の物は好評のようだ。アイリの体のラインを美しく際立たせて引き出す。
現状では先の筋肉のような健康的な印象よりも艶かしさが目立つが、この上に装飾を重ねれば押さえられるだろう。
「この質感、ヴァーミリオンの人たちが好きそうですね!」
「ああ、あのつるつるとしたプラスチック風の奴ね。そう考えると彼らの技術も結構なものね?」
「表面加工はいくらでも利くよ。最終的には布風の凹凸仕上げにすればいいさ」
「シボ加工だっけハル君。確かそういうのって」
「そうそれ」
今回は試着まで行ってくれるようだ。問題がなければこのまま完成だろう。
「アイリちゃん、行きましょう? ハルは待っていて?」
「うん」
「ハルさんは旦那様なのですから、一緒に来てもらっても良いのですが!」
「ダメよ? 生着替えをハルが見ていたら、襲ってしまうわ?」
「襲わないってば……」
「違うわハル。着替えを見ているハルを、私が襲うわ?」
どうしても見るのは禁止だという事らしい。完成前の女の子のおしゃれは、人前に出してはいけない、というルナの矜持だろう。
実際に襲われる事は無いはずだ。……そのはずだ。
個室に三人とメイドさんが入って行き、きゃいきゃいとした声がしばらく響いて来る。
そのうち衝撃音も届いてくるようになり、性能を試している様子。無事に着られたのだろう。
一通り試し終わったのか、服を抱えてアイリ達が出てきた。抱えて持ち歩くには、なかなかに重そうである。
「おおむね良好なのだけど、少し問題があるわ?」
「見た目は解決したから……、性能が気になるのかな? 確かに少し出力が弱いよね」
「……いえ、十分ではないかしら? 問題は見た目よ。その、少し太って見えてしまうわ?」
「……そう、なっちゃうのかあ」
性能を維持するには十分な量のピースが必要だ。どうしても、普通の服より厚くなる。
これは先ほどの筋肉タイプでも、変わらない問題と言える。
「でもわたくし、とても強くなりましたよ! ユキさんにパンチの力を褒めていただきました!」
「凄い凄い、実際。並みのプレイヤーなんて目じゃないよ」
「ユキが言うのだもの、そうなのでしょうね? でもハル? パワーはそこそこで良いのではないかしら。重要なのは防御力でしょう?」
「そうだね、そこはもう一つの方で補えると言えばそうなんだけど……」
「ならば、服の性能は追求しなくても良いのでなくて? 当初の目的は達成出来るわ?」
当初の目的、それは未開地域の探索だ。魔力の無い土地でもアイリと、ハルの本体が危険無く活動できるように。
その条件は環境固定装置で達成できる。服は補助だ。
岩をも砕くパワーも、銃弾に耐える防御力も、もはや過剰である。
「でも、最初の目的だ。なんとか達成したい……」
「そう。それは任せるわ。どの道ハルしか出来ない事ですもの。ただ、どうあれこれは作り直しね?」
「らーじゃ……」
そうして試作第二号も廃案が告げられるのだった。仕方の無いことだが、どうしてもこの瞬間は気が沈んでしまうハルである。
◇
「わたくし、多少ならふっくらしても気にしないのですが。最終的にはお洋服でほとんど隠れるのでしょう?」
「ダメよアイリちゃん。せっかく均整の取れた体なのだから。それにハルも隣に立つのよ?」
「ルナの判断は大抵正しいよ。妥協しない方が良い」
ルナがこだわる時は、それなりの理由があっての事だ。理屈ではルナにも説明出来ない場合も多いが、ハルもその直感ともいえる判断には従う事にしている。
今回は理由の面でも明白だ。ルナには、それ以外にも見た目のもたらす様々な要因が見えているのかも知れないが。
アイリの見栄えを良くする。ここに妥協しないのは、それだけで理由として十分だった。
「ハル君ってルナちーの言う事は良く聞くよね。どんな調教されたん?」
「されたん? ではない。判断を信頼してるだけだよ」
「そうよユキ? 調教はハルがしてくれる側だわ。私をね?」
「あ、うん、ごめんハル君。私が悪かった」
アイリやユキとも完全に馴染んだルナはだいぶ遠慮が無くなった。今後はうかつな発言には、こうしたカウンターが飛んでくる事だろう。反省してほしい。
「調教はともかく、ルナは僕の保護者だしね実は。言う事は聞かなきゃ」
「保護者として口を出した事はほとんど無いわよ?」
「え、そういうプレイ? ルナちゃんママ?」
「……反省が足りてないようだな。流石は反射だけで動いてる猛獣だ」
「ならユキも調教が必要ね?」
「くっそう、息ぴったりだな……」
天涯孤独の身であるハルに、色々と便宜をはかってくれているルナである。
親愛の情の他に、そういった感謝もあった。
「まあ、それはそれとして」
「逃げるな。戦えユキ」
「逃げるよ! 勝ち目が無い戦いはするな。ハル軍師の教えであるよ?」
「軍師ではないが」
「それで、次はどうすんのハル君。デザインは決まりそうだけど」
そう、そこが見えてこない。結局パワードスーツとしての性能を十全に発揮するには、分厚い駆動部が必要なのだ。前二つも、あれでも十分に薄くした部類だ。
元々は着ぐるみのように、体を一回り二回り大きく覆うのも当然の設計思想だ。当たり前の話ではある。
「もう魔法使っちゃうか……、考えてみれば向こうの技術だけに拘る必要無かった」
「!! いけませんハル様! それは科学の敗北です!」
「いいよ敗北しても……、そもそも僕って向こうの科学に限界を感じてこっちに憧れたんだし」
「しかし、折角揃えた素材の数々が無駄に……」
意外な反応を見せるアルベルトの様子がなにやら楽しいが、手段と目的を履き違えてはいけない。そこは重要ではなかった。
彼女を諭すようにハルは語る。
「いいかアルベルト、カードゲームでデッキを組むとき、最初に選んだキーカードが抜けた時がデッキの完成だ。ロマンは足かせにしかならない」
「しかし効率だけの画一化されたデッキなど何も面白みが無いでしょう。何より対策が容易です」
「……意外と話せるんだねキミ。まあ、この場合『アイリ』という僕の魂のカードが抜ける事はないから、それでいいのさ」
屁理屈に屁理屈を重ねて煙に巻く。だが内容は語っている通りだ。
重要なのは手段ではなく目的。魔法も組み込めるのだから制限せず組み込んでしまおう。
そもそも、希少素材を魔法で増やしている本人が何を言うのか。
「まあ、アイリのが終わったらアルベルト用のは科学で作ってあげるから」
「それは素晴らしいですね!」
見た目をさほど気にしないならば、かなり強力な物が作れるだろう。お望みどおり魔法をあまり使わずに作ってみよう。
それもまた、制限プレイのようで楽しそうだった。




