第1059話 花より団子の別荘より工場
ソウシとの戦いが終わり数日。彼は宣言通りここゲーム内にはログインはしていないようだ。
あの空間を操る特殊能力を使う代償として、しばらくの間は領土の拡張をはじめとした、世界の運営が出来なくなるらしい。
まるで覚醒の反動で昏睡してしまう主人公のようだな、などとハルは適当なことを考える。
「とはいえ、覚醒しても勝てないのがマルチの悲しい所だ。一人用のRPGなら勝ち確定イベントだったろうに」
「つっても珍しいよねー。こんなペナ重いアビリティなんて。基本は二十四時間とかじゃない?」
「そうね? ただその場合、『一日に一度発動可能』、といった制限になるのではなくって?」
「あーそれ、日課で使うこと前提みたいで嫌なんだよねー」
「使わなければいいでしょうに……」
まあそうなのだが、ゲームによっては、毎日使うことを前提で難易度設定されている場合もあるので、ユキはそれを思い出して嫌がっているのだろう。
「まあー、気にはなりますねー。このゲームにおいて、コスト『後払い』というのが何を意味するのかー」
「確かに。基本的に、神様製のゲームは、“先に”魔力があって初めて何かが出来ることが大前提だもんね」
とはいえそこは、ストックされた魔力を使って発動させておいて、行動不能にすることで後から帳尻を合わせる事でも問題はないだろう。
「どうなんだろうね。検証する方法は、無いでもないが」
「おお! どうやるのですか!」
「プレイヤー全員で結託してこの力を発動し、プールしているリソースを枯渇させる」
「あはは。運営泣くよハル君?」
「完全に敵対業者のやり口ね……、お母さまがやりそうだわ……」
しかし、その前提条件を満たすことが現実的ではない。このゲームの参加ユーザーは誰もが秘密主義で、非協力的。
一般的なゲームで起こりえるそうしたある種の『祭り』が発生することは、期待できないだろう。
「まあ、それならそれで、僕らは個別に裏をかくのみだ」
「楽しい内政の、再開ですね!」
そう、ソウシとの戦争で中断していたハルたちの世界の発展計画。それを、ここに再開させる。
さしあたってまずは、彼によって削り取られた領土の再建だ。
「幸か不幸かー、『再生禁止』にされたエリアは全て破壊されてしまいましたねー」
「リコさんにお手伝いしていただく必要は、なくなってしまいました。まためげずに、発展させていきましょう!」
「そうね? 頑張りましょう、アイリちゃん」
「はい!」
「でも、今度はどーやって広げよっか? 私らも、そろそろ丸く世界を広げてく?」
「そうだね。中央部は。アルベルトもまとまった面積を欲しがっているし」
「ということは、ハル君まだ外周部は丸くしないつもりなんだ」
「やりたいことがあってね」
話しながらハルたちは、ソウシとの戦争で破壊された『出島』のような迎撃エリアにたどり着く。
もうほぼ全てが彼により砕かれ、ほとんど島に続く道しか残っていない。
その道の先には、条約により今は立ち入り禁止となったソウシの世界が一望できる。
世界同士の接続部にほど近い平野は彼自身のスキルで荒れ果てているが、奥に見える街並みは遠目にも美しく、整備され発展した雰囲気がここまで伝わってくる。
「どうにかして、お留守の間に中に侵入するのですか?」
「いや違うよアイリ。ソウシ君にとって嫌なことになるのは、違いないけどね」
「まぁ……」
「悪い人ね? 何をする気なのかしら?」
「大したことじゃないさ。彼が戻って来た時に、ちょっとしたドッキリを仕込んでおければと思ってね」
「あはは。ハル君のそれぜったい『ちょっと』じゃ済まない奴だ」
まあ、結果を知れば怒り狂うこと請け合いではあると思う。どんなリアクションをしてくれるか、今から待ち遠しいハルだ。実に趣味が悪い。
とはいえこれは趣味だけで立てた計画ではなく、きちんと実用面も保証されている。というかそちらが先にある、れっきとした合理的な発想だ。
「封鎖が解けた後に、彼に逃げられてもつまらないからね。逃がさないように、今のうちに国土をぐるりと囲んでしまおう」
*
細い道が多方向に向け、自由自在に伸びているハルたちの世界。リコから話を聞きだしていくにつれ、どうやらこの形式は他では見ないらしい。
こんな意味不明なことはわざわざやらない、という意味以外に、他のプレイヤーではこうした拡張は出来ないらしかった。
「なら、この僕らの強みを生かさない手はない。僕らの世界ならば、円形同士では行うのが難しい『包囲』が出来る」
「包囲してしまえば、その先はもう拡張できないのです……!」
「性格悪いぞー」
「何を言うユキ。戦略ゲームでは基本戦術だ」
敵が陣地を延ばして行きたいと思う場所に、先んじてこちらの陣地をねじ込んでおく。
そうすることで、敵国の発展スピードを押さえられ、自己都合だけで拡張を進めるよりも相対的に良い成果を得ることが出来るという訳だ。
「今のところ、拡張を封じられた領土は存在しないのではなかろうか? どうなるのか興味がある。では、作戦開始」
「ハルさんの興味本位だけでー、国土封鎖されてしまうソウシさんはご愁傷様ですねー」
「栄光の礎になるのです……!」
居ないのを良いことに好き放題言いながら、ハルたちは出島の先から世界を新たに作り上げてゆく。
道を作ってはその上を歩きながら、隣合うソウシの世界を見物し観光するハイキング気分だ。
「おー、こっからは街がよく見える位置に来たね。レンガのマンション? アパート? がキレーに並んでる」
「几帳面な性格なのね? ずいぶんとしっかりとした都市計画が感じられるわ?」
「なんとなく、わたくしの国に近い見た目ですねカナリー様!」
「本人も貴族っぽい人みたいでしたしねー」
街並みは古風というか、ファンタジー風というか。現代日本では見られない光景だ。
整備された運河が街の内部を通り、道には綺麗に石畳が敷かれた光景は確かにアイリの国、梔子のよう。
そんな街を見渡す景色を抜けると、今度は広大な麦畑が広がる風景に出くわすハルたち。ここも基本に忠実だ。
のどかで牧歌的、眺めているとなんとなく落ち着く風景、というやつだろう。
ハルたちの世界もそんな所があるが、ただそこにあるだけの草原とは趣が異なる。これらは全て、人の手で作り上げられた平和な光景。
「……ああ見えて、根は平和主義者なのか? ユニットも騎士だし」
「他国を侵略して得た富で、自国は平和に過ごす。なるほど、考えさせられるお話ね?」
「ルナちーは皮肉やさんだ」
「先制攻撃で敵を全て滅ぼしてしまえば、その後は平和になるのです……!」
「アイリちゃんも流石は魔王のお嫁さんですねー」
「誰が魔王だ誰が」
まあ、そんな平和な風景に感じ入っているのはハルだけで、女の子たちは皆この仮初めの平和に一言、物申したいようではあったが。
ハルにしても、そんな平和な世界を領主不在のうちにぐるりと封鎖しようとしているのだから、人の事は言えないか。
やがて、そんな物騒な集団は、ソウシの世界の中でもある特殊な空間へとたどり着く。
そこは、戦勝者であるハルの世界へと、敗者であるソウシの世界から割譲されたエリア。
遠く飛び地のように切り離されたここにあるのは、細切れに切り刻まれた戦場をそのまま明け渡すのをソウシが嫌ったためだ。律儀な男である。
「おお、ここが我らが新天地! でもさ、こんな離れたとこに土地貰っても普通ならどーにもならんのでは?」
「まあ、そこは自領ならワープで飛べるから」
「あ、そかそか」
「ただ、僕らみたいに物理的な資材の輸送が必要なタイプだと面倒が多いのは確かだね」
「どのみち、ここまで道を繋げるのは確定だったわね?」
律儀な対戦相手の厚意によって、僻地ではなく一等地を貰ったハルたち。先ほど見た街も整備され美しかったが、この街は更に輝いて見える。
どうやら、集合住宅の並ぶ庶民エリアではなく、ここは立派な一軒家ばかりの別荘地。貴族エリアのような場所なのだろうか?
「レアっぽい家だ。壊したらどんな素材が取れるだろ」
「……ユキの前では素敵な別荘も素材の山か」
「そりゃそーよ。別荘では敵に勝てないぜハル君」
だがそんな美しい別荘地も、ユキにとってはただの素材らしく、既に解体して材料にしてしまう気満々のようだ。
流石はユキ。花より団子、別荘より工場である。
「まーまー。ハルさんは気に入ったみたいですしー、ここは壊す前に観光して遊びましょーかー」
「壊すことは確定なの?」
「向こうの丘で、ピクニックをするのです!」
そんな彼女らと共に、花より団子と洒落込むべく、ハルたちは小高い丘の上にシートを広げて、カナリーが大事そうに抱えてきた鞄を開く。
別荘地の輝きに負けぬ色とりどりのお菓子を両手に、ハルたちはしばし歩き通しの足をこの場で休めることにしたのであった。
*
「完成しました!」
「お疲れさまアイリ。ありがとうね、こんな長距離」
「いえいえ! いろんな景色が見られて、楽しかったです! これからはあの景色は全て、わたくしたちの世界の虜囚なのです!」
「黒い黒い、アイリちゃん黒い」
だが実際ソウシの世界は、手錠でもかけるようにぐるりと封鎖されてしまった。
今後はあの世界は外に向かっての拡大は許されず、何をするにしてもハルの許可が必要となる。
「強制力をちらつかせて他国を脅かして来た者の末路ということね? 今度は自分が、強制力に囚われることになったと」
「今後は私たちの世界の内部でー、ひたすら抑止力だけを磨き続けてもらいましょー」
「領土が拡大できないとどうなるのか、実験にもなるねー」
「ハルさんに逆らうとこうなるのです!」
「いや僕も、別に永遠に逃さないつもりじゃあないんだけど……」
そもそも、世界を取り巻くリングはごく細い道でしかない。出ようと思えば、簡単に穴を空けられるだろう。
理由の大部分は戻って来た時のサプライズ、驚いてもらって反応が見たい、というだけの悪戯にすぎない。
「とはいえ、これで彼の行動を何手か遅らせられるのは確実だ。行動可能になった直後に、この周囲のエリアから逃げ去ってしまうことは防げるだろう」
「その間に、彼を餌にして次のプレイヤーを呼び込むのね?」
「その通り」
ゆっくり内政を進めているだけでも良いのだが、それと並行して次の情報源も欲しいハルたちだ。
鬼の居ぬ間に、その計画の第一段階が、ここに完了したのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/12/2)




