第1058話 絶対攻撃と相対防御
広域展開した次元騎士により、逃げ場のない全方位攻撃が実行されようとしている。
いかにハルが攻撃を読もうとも、いかにハルの『馬』が速く走ろうとも、この全域攻撃は必中。回避の手段なし。
もはや当てることに自棄になっていると言えなくもないが、そこに関してはハルも同じ。回避しきることに、拘りすぎている。
律儀に敵の展開など待つことなく、さっさと陣の外へと逃げてしまえばいいだけなのだから。
既に二人の間では、そんなことより、『当てた方が勝利』『避けた方が勝利』の意地の張り合いゲームと化していた。
「よくぞ逃げずに受けた! その覚悟に免じ、苦痛なく終わらせてくれる!」
「いいや、逃げるけどね。これから!」
交錯する互いの視線に、そんな互いの意地を見て取った二人は変なところで通じ合い不敵に笑う。
しかし、この状況はどう見てもハルが不利だ。ここからこの『全体技』を、いかに回避するのか。
可能性その一、実は騎乗する怪物の足は思ったより速かった。これは否である。次元騎士の攻撃の発動は一瞬。さすがに逃れられる距離ではない。
可能性その二、なんとか体を滑り込ませる隙間を発見し、そこにねじ込む。これも否。恐らく今回の攻撃は、そんな安全地帯など与えてくれない必殺技だ。
そして最後にその三は、ハルや怪物がこのピンチにて新たな力に覚醒することだ。
「……まあ、そんな都合よくいくはずもなし。もともと僕は、この世界に嫌われてるしね」
《でもハル君いっつも都合よく能力に覚醒すんじゃん。今回はしないの?》
《今回はその『予定』がなかったからね》
いつもの都合の良い覚醒は、ハルにとって戦闘前から織り込んである予定にすぎない。予定通り覚醒し、予定通り勝利する。
だが今回はその都合の良い予定はなし。言い換えれば、そんな予定など必要のない状況だったということだ。
「手持ちの装備で対応可能だ。アルベルト!」
《はっ! 全ての準備は整ってございます!》
アルベルトからの小気味の良い返事と共に、ハルの領地の方向から高速でワイヤーが飛んでくる。
リコのヘリと救出した物と同じ、人工筋肉のワイヤーだ。その先端には、この状況を打開する為の装備一式が括り付けられていた。
ハルはこの一瞬で迅速に的確に、されど一切の焦りなく、その装備を展開し身に着ける。
「もう遅い! どんな武器を身に着けようが、これだけの数の次元騎士、倒しきれるものかぁっ!! 食らうがいい!」
その『バッテリーパック』をハルが装着した瞬間、ついに次元騎士による防御不能の空間を割る斬撃が敢行される。
ハルを中心としたこの戦場全て。見れば空にも、地面にすらも、隙間なくその断裂の切れ目が走っている。例え地面を掘って逃れようとしても回避は絶対に不可能。
「ははっ……はははっ……!! やったか!?」
「いいや、やってない。実に良いフラグをありがとう」
「なんだとっ!?」
空を、大地を、世界そのものを割る恐るべきその斬撃に、逃れる場所など何処にもなし。
そのはずだったというのに、断裂が閉じてみれば未だにハルたちの姿は健在。騎乗する怪物の巨体にすら、傷一つ付いていない。
「防御したというのか!? あらゆる物を両断する空間の裂け目を!? それともその刀で、迎撃したとでも!!」
「いや、そんな何か概念系の凄そうな能力とか持ってないよ。単に、当たってないだけ」
「それこそあり得ないだろう!」
そう、世界ごと全てを細切れにする大技だ。当たらないなどあり得ない。
だが現実はソウシの目に映る通り。その矛盾を解消するパズルのピースに、ソウシはここでようやく思い至ったようだった。
「……お前も、空間系の能力使い、ということか」
「ご明察」
ハルが実践演習としてその『能力』を発動すると、ソウシの目にはきっとハルの姿が周囲の景色ごと歪んで消えたように見えただろう。
これが、不可能なはずの回避を可能にした力の正体。特殊な能力ではなく『技術』。ハルが外で使用している、『環境固定装置』の力だった。
「僕の周囲の空間を極端に拡張した。距離を何倍にも空けて、断裂の隙間に潜り込んだんだよ」
「だ、だが、俺の力は空間ごと斬る能力。その小細工ごと両断できるはず……」
「自分の力はよく把握しておくといいソウシ君。君の力は正確には斬ることではなく、指定した自領の座標を好きに操ることだ」
だから、自分の世界の中でしか使えない。まあ、それでも十分に強力なのだが、その座標そのものを弄られてしまったら弱い、という欠点があるのであった。
「最初から、その能力を使えば完封だったろうに。おちょくっていたのか? 性格の悪い奴め」
「いや、この力、どうにも燃費が悪くてね。君こそ、最初から全域攻撃を連打すれば良かったじゃないか」
「……こちらも、この技を出すのにはリスクが大きいのだ!」
そうだろうとも。それはハルにも一目で見て取れた。既に周囲には、生存している次元騎士の姿はあらず、自分達ごと細切れに切り砕いてしまったことが分かる。
ハルの方も、普段は魔法で強引に補っている異常なエネルギー消費を、ユキの充電用のカートリッジを全て吸い取ってなんとか賄ったのだ。
まさに最終兵器の撃ち合い。その趨勢は、めでたくハルの方へと傾いた。
これでもう、ソウシには抵抗の手段は残されていないはずである。
*
「さて、ソウシ君。これからどうする? まだ戦いを続けるかい?」
「……続けない。このままやり合えば、今度はこちらが滅ぼされるだけだろう。……というか悪いが、その化け物から降りてくれないか?」
「おっと、馬上から失礼」
「馬じゃないだろう、どう見ても!」
奥の手がことごとく封じられ、次元騎士たちも大半が自爆し滅した。もうこの状況で、逆転の目はない。
そう悟った彼は、素直に白旗を挙げるポーズを取り戦闘態勢を解除していた。
ハルも『馬』から降りて、不気味がるソウシから少し遠ざけてやる。
ここからは戦後処理。本来はソウシがやりたかったはずの、講和のお時間という訳だ。
「というか、当たったら当たったでどうするつもりだったの? 僕の世界を殲滅する要員が残ってないじゃないか」
「あれだけ残ればこと足りる。お前の世界、意味不明なほど小さいだろう」
「まあ確かに」
どうやら、接触した時点でハルの世界の勢力値などの情報も筒抜けだったようだ。世界が成長すれば、そうした機能も使えるようになるのだろう。
「しかし、まいったね、どうも。これからはデフォルトで、こんな力を持ったプレイヤーと戦って行くことになるのか」
「いや? 少なくとも俺以外に、この空間能力を持つ人間とは出会った事がないな。だからこそ、見せたくなかったのだが……」
「ふむ?」
自国の空間を自由に制御する力は、共通システムによるものではないというのだろうか?
それともただ、殆どの者はまだソウシの段階にまで到達していないだけか。それは、これからハルたちの世界が成長していくことで明らかになるだろう。
「あの世界ごと移動する力は?」
「あれは、いくらか使える者を知っている。俺も、他から伝え聞いた知識だからな」
「なるほど……」
ならば、あれはハルたちも使うことが出来る可能性は高いということだ。
「その力を使って君ははるばる僕らの元へ?」
「別に、狙ってここへ来た訳ではない。こんな魔境だと知れば来はしなかった!」
「それは災難だ」
「本当にな……」
聞けば、バリア機能と同じように、ランダムなマップ転移のようなシステムがあるようだ。
周囲の世界がごちゃごちゃと騒がしくなってきたら、その場を離脱して新天地へと旅立てるらしい。
これは強敵から狙われ続け『詰み』に陥るのを回避する為の救済策か。この辺り、初期地点から陣地を変更できない戦略ゲームとは少し勝手が異なるようだ。
彼はそれを『逃げ』ではなく、新たな得物を探すための『攻め』に使っているらしい。好戦的なことだ。
「……質問はそろそろいいか? さっさと賠償金なりなんなり支払って、『逃げ』させてもらいたいんだが」
「えっ? 逃がさないよ? このまま属国化するに決まってるじゃん」
「鬼かお前! 常識が無いのか! 無かったな!」
「自己完結ご苦労さま」
どうやら、プレイヤー間の暗黙の了解では戦争に決着がついても、即その全てを支配し配下に加えるという訳ではないらしい。
そのあたり、ハルには理解できない。国際条約がある訳でもあるまいし。
いや、あるに等しいのか、国際条約。生徒はゲーム外でも、昼は学園で顔を合わせる。ゲーム内で好き放題し過ぎれば、そこでの生活にも、派閥の関係にも支障が出るかも知れない。
それを穏便に済ます為の暗黙の了解。そんな見えないバランスが、何かあるのかも知れない。
「とはいえやはり、君を野放しには出来ないね。またいつ襲われることやら。安心して夜も眠れない」
ちなみに昼も眠れないハルだ。神界ジョークである。これもソウシには伝わるはずはないが。
「それなら安心しろ。俺はしばらく、戦闘行動が出来ない」
「バリアを張るってこと?」
「いや、バリアすら張れない。領土の拡大も出来ない。というか数日間、システムが完全にロックされるんだ。それが、あの力の代償だ」
「……なるほど納得。それであんなに、出し渋っていたのか」
戦闘後は完全に、世界が無防備になるということ。ハルたちを完全に滅ぼそうとしたのもその為だろう。
再起不能にしてしまわなければ、無防備になったところに反撃を受けかねないのだ。
「理解したなら、そろそろ解放してくれ。時間切れになる前に、こんな所さっさと離れてしまいたい」
「うん。なるほど理解したよ。つまり時間切れまで粘れば、このまま君を拘束できるって訳だ」
「果てしなく厄介な奴だなお前は! 話を聞いていなかったのか!?」
「いや、そもそも学内の派閥とか、僕には関係ないし」
「独裁国家かお前!」
実に良いツッコミのテンポだ。ますます逃したくないハルだった。
まあ冗談は置いておくとしても、そうした協定をあえて破るというのも有りだとハルは考える。
協定を破った者は『世界の敵』として袋叩きにあうというならば、それを誘発してみるのも一興だ。
今回の戦いで、ハルの世界はソウシのような強豪国家と渡り合えると証明された。
ならばここからは、更に情報を集める為に他国の方から『来てもらう』戦略も有効かも知れない。
「まずは君を配下に置けば、ソウシ君の派閥が怒り狂って奪還に来る、ということだね」
「……バーサーカーか。それに、俺の配下は来ないぞ。力で押さえつけているだけだからな。むしろ俺の力が削がれたのをいいことに、俺を攻撃して来そうだ」
「おや? 意外と人望なかった?」
まあ、基本戦略からして他国に強制力をふりまき、リソースを奪い取って来たソウシだ、敵が多いのも納得。
彼の派閥もまた、横並びの対等な関係ではなく、そうした家の力で抑え込んでいるだけの関係なのだろうか? あり得ない話ではないように、ハルは思えた。
「ではこうしよう。僕がそんな危ない人たちから、君の世界を保護してあげよう。だから軍門に下れ」
「そろそろ雑になってきたな! というかそもそも、俺達の勢力値差ではお前が俺を併合することは不可能なんだよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうだよ! 物を知らない奴め!」
どういうことだろうか。リコの時は行けたので、今回も問題ないとハルは思ったのだが。
聞いてみるとそれは、ソウシ自身が従属させている世界の勢力値も含まれるということで、単純な二者間の話ではなくなって来るのだとか。
そうした事を不機嫌そうに、しかし丁寧に解説してくれた。面倒見のいい男である。
「……もういい、分かった。確かに、無防備な間の対策は必要だ。それをお前に任せることにする」
「というと?」
「相互不可侵の条約を結ぶ。それで手を打て。もちろん、負けたのは俺だ、領土の一部も割譲しよう」
「まあ、妥当なとこか」
出来るなら完全に支配下に置きたかったが、仕様上出来ないのなら仕方ない。彼の世界を一部ハルの世界に組み入れることで、停戦することを受け入れる。
このまま戦争を継続させ強引に塗り替えてしまっても良かったが、出来ればソウシには今後も話を聞いていきたい。
「それじゃあ良き隣人として、今後もやっていこうじゃあないか」
「『都合の良い』隣人の間違いじゃないか……?」
「そんなことはないとも」
「……どうだか。……ともかく俺は、今後数日ログインしない。してもすることがないからな。その間、他国の侵略が無いように見張っておけ」
そんな偉そうな強がりを吐き捨てて、ソウシは領地の奥へと去って行った。ハルもまた、自らの世界へと帰って行く。
こうして、偶発的にスタートした他国との戦争は終結した。今後は、こうした戦いが何度もあるのだろうか?
それに備える為には、ますます国力と技術力を強化していかねばならないだろう。
ハルたちは更なる工業化を推し進めるべく、また内政の悪だくみへと戻るのだった。




