第1057話 再来の六本腕
天からのユキの通信と共にハルの元に天から物理的に降ってきたのは、馬のようなシルエットの巨体。
馬のような、とは言うが馬ではない。あえて何か既存の生物になぞらえるなら馬が近いというだけだ。
それは胴体から八本の足を生やし、力強い跳躍と高速での疾走を可能とする。ここまでなら、神話に登場する名馬『スレイプニル』の特徴と一致するが、やはり馬ではない。
上半身は『ケンタウロス』のように、人に似た形状の胴体が生えている。
ただ、問題なのはここからだ。その怪物の上体には、更に腕までもが八本生えて、それぞれがソフィーの世界産の刀を握っていた。
明らかに殺意の高すぎるこの形状に、ハルはなんだか見覚えがあった。
「これ、『六本腕』のクリーチャーか」
《そうそれー。ユニットのデザインどんなんがいいかなーって思ってたら、これ思い出したからコレになった》
《よりにもよって……》
ハルと、そしてユキが異世界に接続する前にプレイしていた曰く付きのゲーム。通称『六本腕』。
それは手足の数を自由にデザインした怪物を操って、人外の戦闘を楽しもうという特殊なコンセプトによって開発されたゲームであった。
人間の体とまるで異なるキャラクターボディにフルダイブでログインしてのプレイ。それはハルや、そしてユキなどの電脳世界への親和性に長けた一部のプレイヤーからは好評だったが、大多数のユーザーにとっては『難しすぎて操作もおぼつかない』のが現実だった。
なのでハルたちには惜しまれつつも、操作を極端に簡易に変更する大規模メンテナンスを経て、今はほぼ別ゲームに生まれ変わっている。
《あれ楽しかったからさ。もう一度ここでやるのもいいんじゃない?》
《まあ、そうだね。現代では珍しく、攻めた名作“だった”》
新体験アクションを体感せよ、と売り出したは良いが、あまりに一般ユーザー目線を無視しすぎた名作。いや迷作。
最近は色々と運営目線に触れることも多くなったハルだ。あれでは売れないのも今ならよく分かる。
そんな、懐かしい思い出に浸りつつも、目の前のこの怪物へとハルは意識を戻す。
「……色々言いたいことはあるが、タイミングはばっちりだ。コイツを使って逆転といこう」
「お前の特殊ユニットか。また奇っ怪な物を! だが、そんな化け物一つ追加したところで何になる! デカい的が一つ増えただけだろう!」
クリーチャーの突然の登場に面食らっていたソウシだが、彼もまた我に返る。
ハルよりも大幅に『当たり判定』の大きなその身体。それは、次元騎士の空間断裂の前では両断しやすいただの的。
そう判断したソウシから、一斉に斬撃命令が飛ばされ、怪物の立つ空間そのものをズタズタにした。
怪物の巨体も、それに巻き込まれて哀れ空間ごと無数の肉片に。
……きっとソウシには、そんな一瞬先の未来が幻視されていたことだろう。しかし。
「なんだとっ!? 馬鹿なっ!!」
その奇妙な生物は、長い八本の足を実に器用に使い、その惨殺空間から離脱する。その速度は、巨体にそぐわぬ異様な高速。正直気持ち悪い。
元々は、対戦アクションで操作する『機体』として設計された物だ。設計者はユキ。その挙動は、見た目とは裏腹に効率的に決まっている。
《うひょう! なつかしー! とりあえず、私の操作はここまでじゃ。操作渡すぜーハル君。こいつを使って、あの無駄に偉そうな生徒をやっちゃうのだ》
《実際偉いんだろうけどね。というか、いきなりこんな体にログインして戦えとかユキも無茶を言う……》
《でもハル君なら出来るっしょ》
《まあ、出来るね》
ユキからユニットの操作権を譲り受けると、ハルはその巨体に意識の一部を移す。
これは、形こそ違えどリコのヘリコプターと同様の特殊ユニット。彼女からの情報を元に、ハルの国でも生産可能になった物だ。
ユキたちにはその生産もお願いしていたのだが、全て自由にやらせていたらこんな物が出来あがってしまった。
人間の体とは全く異なるその構造を確かめるように、異常な多さの手足をハルは調子を確かめるように、わらわら、と脈動させていく。
「ええい! キモいんだよっ、その動き! 今すぐ止めるんだ!」
「それは本当に同意する。実に申し訳ない」
「言いながらやるな! もういい! 俺が斬り落として、強制的に止めてやるっ!」
うねうねと、ハルのテストで動き回る多数の手足を切り落とさんと、再び周囲の空間に割れ目が生じていく。
準備運動のついでだ、ハルはその防御不能の攻撃の全てを、一切受けることなく的確に回避させていった。
八本の足は馬のような前進だけではなく、全方向に柔軟に駆動する。
かといって蜘蛛とも違う。いうなればまるで多脚戦車。それが生物の見た目をしているから脳が拒否反応を起こすのだ。
「せめて見た目がメカならカッコよさもあるんだけどなあ……」
一人ぼやきつつ、しかし的確に躱し続けるハル。
腕を切り落とそうと放たれた断裂は、関節を捻じ曲げることで紙一重で回避。
脚を狙う断裂は、小ジャンプで回避、からのバネのような反動による緊急離脱で一気に距離を空ける。
多すぎる手足、上下バラバラの挙動、これを問題なく処理し操作出来るのはハルと、そしてユキくらいのものだ。
「ちょこまかと! ならば、これならどうだ!」
「おお、リンボーダンスってやつか」
「違う! なぜその方向まで上体が曲がる! そしてその状態で走って来るなキモいんだよっ!」
「それに関しては完全に僕も同意する」
「ならなぜ作った!!」
申し訳ない。作ったのはハルではないのだ。だがそれはソウシには伏せている情報なので、一切の言い訳が不可能なハルだった。
怪物は上体をバタリと九十度折りたたんで、横一文字に広範囲を薙ぎ払う空間の割れ目を潜り抜ける。
そのまま足をカサカサと動かしての前進。更には一気に全ての足を折りたたんでの一方向への超高速移動に繋げることで、大規模な攻撃を放った直後の次元騎士の首まで瞬く間に到達してしまった。
「くっ、迂闊っ!」
「そしてクリーチャーばかりに気を取られすぎだ。僕もいるよソウシ君」
「馬鹿なっ! 何故っ!?」
意識をユニットに移し、ラジコンのように操作しているはずのハルが、ソウシの意識の外の騎士たちの首を刈り取っている。
彼が振り向けば、そこにはいつの間にか回り込んだハルが攻撃直後の騎士を薙ぎ倒している所だった。
慌てて彼らに防御の指示を出すも、今度は怪物の対処がおろそかになる。
ゲーム慣れしていない彼だ、こういったリアルタイムストラテジーじみた複数方向への同時対処は、余計にきつかろう。
そうしてハルは二つの体で敵軍を翻弄するように戦場を駆け、すさまじい早さで敵の“頭数”を減らしていくのだった。
*
「全軍、防御! 態勢を立て直せ!」
「おっと、ボーナスステージは終わりか」
いいようにハルに蹂躙された次元騎士は、たまらず全員が完全防御の構えを取る。
こうなると、ハルとクリーチャーにも手出しが出来ない。こちらの攻撃は、次元騎士が攻撃に移った時にしか通らないのだ。
ハルも休憩とばかりに怪物の背に飛び乗り、自らの『足』とする。こうしていると、この時だけはそれなりに馬のように感じるものだ。
「……先ほどのような奥からの狙撃では、もう対処できるスピードではないか」
怪物の脚力を見て、ソウシはハル一人の時には有効だった戦術をすぐさま却下する。
眼前でシールドを張って邪魔をしつつ、奥の次元騎士がハルへと安全に攻撃を行う。この突破不能のはずの連携も、怪物の異常な脚力の前では通用しない。
何故か不可視なはずの攻撃を読み切ってしまうハルにとっては、もはやただ、奥に無防備な兵が居るだけの状況に等しいのだ。
騎乗したこの『馬』は、防御を固める邪魔な前衛をひと飛びで跳躍し、頭上を越えてしまうだろう。
「……ならば、もう『安全に』などと言ってはいられまい。俺も覚悟を決めよう! この奥の手をもって、お前とその化け物を撃滅する! 散開、包囲!」
ソウシの命に、次元騎士たちはシールドを張ったまま陣形を変更しハルたちの周囲へ、いやこの戦場全体へと散って行く。
等間隔にて円形に整列する様は美しく、まるで何かの幾何学模様のようだ。
これから何が行われるのか、ハルもそれを見届けるべく、その場を動かずかれらの陣の完成を待った。
「余裕だな、小癪なことだ! だが、その慢心を後悔させてやろう」
「ふむ? しかし、どうしてくれるのかな? 確かに遠く広範囲になったことで、個々の視認性は悪くなったけど」
「だが、その程度で技の『出』を見逃すお前ではない。そのくらいは分かっている。ならばっ!」
ならば、かくなる上はどうするのか。決まっている、全員で一斉にかかるのだ。
周囲を取り巻く次元騎士のその全てが、一気に防御を解き武器を構えた。
「この戦場ごと、自らの命ごと、全て粉微塵に砕いてくれる! どれだけ器用に避けようと、回避する場所などない!」
「つまり、サイコロステーキの刑か」
「いちいち何を言っているのか分からんやつだな!!」
そうして、一気にハルを細切れの肉片へと分断せんと、ソウシ決死の最終攻撃が発射されたのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




