第1055話 世界を支配する者に相応しい能力
「なるほど、空間系の能力か」
「……!!」
ハルが指摘すると、ソウシの顔がぴくりと反応する。別にカマをかけた訳ではないのだが、図星であったようだ。
「《なーんで分かるのおおおお、あっ、助かった》」
「何度も見て来たからね」
空間に干渉する魔法など、神との戦闘では当たり前の事。なんならハルだって使う。
その経験から一目瞭然ではあるが、ただの人が使ってくるのは実に珍しい。もちろん、ゲームのスキルではあるのだろうが。
そんな敵将ソウシの様子を観察しながら、ハルは墜落するリコのヘリコプターを救出する。
破壊を免れた防壁の両端から、同時に黒いロープを伸ばして回転しながら落ちて行くヘリへと巻きつけ、そのまま引っ張って行く。
ゴムでも引っ張っているように、異様な伸縮を見せるそのロープに巻き取られ、ヘリはハルの領地へと不時着した。
「《ナイスキャッチ! ハルさんさっすがぁ》」
「このヘリは僕にとっても必要だからね」
「《……必要なかったら見捨てるのか。というか、このロープなに!? バネみたいに引っ込んだけど!》」
「特殊な金属繊維で編んだロープだよ。電気で伸縮する。まあ、有り体に言えば人工筋肉だ」
つまりは長くて力強い巨人の両手で引っ張ったようなものだ。
普通のロープであれば、人形兵たちの力ではヘリと運命と共にするだけだっただろう。
「さて、安全地帯まで運搬して、と」
「《それじゃウチが戦闘の様子見れないじゃん》」
「……だったらさっさと修理してよね」
このリコのヘリが完全に破壊されてしまったら、この焦土になったハルの領土の再建が出来ないのだ。トドメを刺されては困る。
そんな、リコのヘリを葬った謎の攻撃。それもまた、空間系の攻撃であると推測できる。
異様なまでに鋭利に切断されたメインローターの切断面。これは、空間ごと切り裂いた時に特有のダメージだ。
ソフィーのスキル<次元斬撃>。その第一形態とほぼ同じものであると考えていい。要するに、空間ごと切り裂く斬撃。
「……しかし、射程が長すぎるね。しかも狙いが正確すぎる」
「はははっ! 存分に悩むと良い。いや、答えを知ったところで、お前にはもうどうしようもない事だがな!」
謎の攻撃に必死に頭をひねるハルたちを、ソウシは実に気分良さそうに睥睨している。
この奥の手を出したが最後。ハルたちなどもう何をしようと勝機はないと確信している顔だ。
確かに、空間を断絶したか転移させたかで、攻撃を完全に無効化するバリア。そして遠距離にも一瞬で、しかも防御不能の攻撃を飛ばせる空間の断裂。
ハルがいかに防御力の高い素材を開発しようが、銃を作って遠距離攻撃しようが、その一切が無意味。
「《……でもなーんで今の今まで出してこなかったんだろうねぇ。ドラゴン以上にコスト食うとか?》」
「いや。彼の余裕からそれはなさそうだ。制限時間を気にしている様子はない」
もし発動後は猛烈に国土を削って消費し続けるとあれば、あんなに大物ぶっていないで必死に侵攻して来るだろう。
その様子がないということは、少なくとも維持コストはそこまで重くないはずだ。
裏付けるようにエメから送られてくるデータにも、反射探知で見える彼の世界のシルエットは、大きく減少している様子はないらしい。
「《でもなんらかのリスクはあるじゃん確実に?》」
「だろうね。もしノーリスクなら、最初からあれを出しているからね」
「《考えられるのは?》」
「相手の国土を奪えないから、戦っても報酬がないか。それとも後払いで強烈なペナルティが待っているか。そもそもこの力は、まだ秘密にしておきたかったか」
あるいはその全部かだ。特に最後の切り札を隠したかったという線はありそうだと、ハルは考えている。
情報戦を制することの有用さを、彼は重く捉えていることが分かるからだ。
「……しかし、そんな凄い力を見せつけてきたというのに。攻めて来ないのかいソウシ君? そんなに余裕を見せていていいのかな?」
「いいとも。どうせ、お前にもはや勝機はないんだ。ならば最後のあがきくらい、見守ってやろうじゃあないか」
「《キザすぎー。ウザすぎー。腹立つわー》」
ハルたちの反撃をことごとく蹴散らして、完膚なきまでに叩きのめして屈辱を晴らす気か。
なるほど納得のいく話だが、それでもまだ違和感はぬぐえない。
彼の性格上、攻め込んで一方的に制圧することでこそ、溜飲が下がるタイプだろうからだ。
ならばそこには、この力には敵地に攻め込めない制約が何か、存在するはずだった。そこを、ハルは指摘する。
「その空間操作さ、自国でしか使えないんでしょ?」
「…………」
「リコのヘリを攻撃したのも、国境を越えた後だったからね。国境線の外側には、その不可視の刃は届かない。違うかい?」
ソウシは答えないが、その沈黙こそが答えだろう。空間能力は、自分の世界でしか使えない。
「《どういうことーハルさんー?》」
「僕らも、自国内ならワープ移動が使えるだろ? あれと同じさ。プレイヤーは元々、空間スキルを使える」
「《言われてみると確かに》」
そもそもこの世界が、空間操作の魔法の集大成なのだ。
ガザニアが作った異空間を、アメジストが拡張して見かけ上の広大な世界を演出している。
プレイヤーは最初から、無意識に空間干渉の魔法を使っているようなもの。ソウシは、そのシステムに深く作用させられる何かを見つけたに違いない。
「《なぁんだ。タネが割れれば簡単じゃんさ。じゃあ挑発に乗らずにこのまま待ってりゃいいだけじゃない? アイツおなか減って帰るよ、きっと。ぷぷー》」
「君はまたそういうフラグじみたことを……」
「はっ! 馬鹿が! そんなに都合よく、行く訳がなかろう」
ハルが誘いに乗ってこないと分かると、ソウシはまた何か騎士たちに命じているようだ。国外への攻撃手段なしに、彼がリスクを取るはずがない。
そしてソウシの周囲を固める騎士たちが一斉に構えを取り、その武器を振り降ろすと、ハルの世界の国境が、固めていた防壁ごと粉々に切り刻まれて消滅したのであった。
◇
「見たかっ! これが世界を砕く我が騎士の力! 来ないのならばそれもいい。そのまま、そこで縮こまっているがいいさ」
そうしているうちに一方的に、端から世界を切り刻んでやろうと、彼はそう告げている。
切り砕かれたハルの世界の国境は、虚空に飲み込まれるように消滅し、マップ上の表示からも消え去った。
ハルの予想したように、これでは『報酬』が一切ない。完全に、相手を叩き潰す為だけの、プライドを守る為だけの殲滅戦だ。
「よほど怒らせてしまったらしい。おちょくりすぎたか」
「《そーゆーとこだよハルさんー》」
「おっと失礼」
「《でもこれって、接触面しか使えないんじゃないの? 次に触れるまで、時間かかるんじゃん?》」
砕かれたハルの領地とソウシの領地の間には、ぽっかりと虚空が広がっている。
確かにソウシが世界の創造でその溝を埋めるまでは、次の崩壊は起こせないことになると考えるのが道理だ。
「愚かだな、愚か。そんな悠長なこと、俺が許すはずがないだろう」
「だろうね」
彼が勇ましく剣で前方を指すと、それに従い世界が揺れる。まるで巨大な島同士が衝突したかのような衝撃と共に、再び二つの世界は接触を果たした。
「自分の世界を操縦した? そんなことが」
「冥土の土産に教えてやる。自国の位置は、こうして移動させる事が出来るのだよ。お前たちが使うことは、最早ないがな」
「なるほど。良い情報をありがとう」
「死後に伝える相手は選んでくれよ?」
このゲームでは誰かから情報を教えて貰うことで、自分もそのシステムを使えるようになる。
ソウシが言っているのは、ハルたちが敗退した後にも口頭で他の生徒に伝えられる危険が残るということだ。
だからこそ、この力をギリギリまで出し惜しんだという事情もあるだろう。
そうして接近した彼の世界は、またハルの世界を粉々に砕いて国境を後退させる。
こうして世界そのものを体当たりさせるようにして、こちらを無に帰そうというのだ。『塵一つ残さない』とは、比喩でも脅しでもなかった。
「このまま砕ききるまで、大した時間は掛からない。そうだ、安心しろ。お前の戦争相手も、一緒に消しておいてやるよ」
「《えー、ウチのことはほっといてくれなーい?》」
彼をコケにした者は、ことごとく消し去るつもりのようだ。
その激昂半分、どうせ発動した能力なら有用に使おうという冷静な思惑も半分とハルは見た。
この力に対抗するには、最も簡単なのは自分も同じ力を発動することなのだろう。空間能力同士が拮抗し、膠着状態を作り出す。
しかし、ハルの側はそのシステムは使えない。今聞いた情報程度では、解禁されるには不十分であるようだった。
「なら、残るは敵地に乗り込んで直接彼らを叩くしかないか」
「来るかっ! ハルっ! 瞬間で細切れにしてくれる! それでも良いならば乗り込んでくるといい!」
あちら側に乗り込めば、世界そのものが敵。『敵の腹の中』というやつだ。
距離に関係なく、防御も関係なく、その場で剣を振るうだけで両断される。その上こちらの攻撃は敵兵に通らない。まさにチート。
ハルが小手調べとばかりに銃装備の人形兵を一部隊送り込むも、完全にソウシの予言の通りの結果となった。
彼らは数歩も進まぬうちにバラバラの細切れにされ、放ったその銃弾も見えない壁に阻まれ届かない。
しかしハルは懲りることなく、何度も何度も部隊を突入させて行った。その度に、世界は余計に崩壊の速度を加速させてゆく。
だがハルは、一切の躊躇なく次々と兵士を送り込んで行った。その無表情のままに行われる容赦のなさは、切り刻むソウシの方が若干引いてしまうくらいだ。
「はっ、ははっ。敗北を察して自棄になったか。いいだろう、いっそ楽に、」
「いや、だいたい分かった」
「なにっ!」
流れ作業のように次々と空間ごと切り裂いていたソウシの攻撃が、ハルが突入を止めたことで空ぶった。
その奥では、何人かの騎士が銃弾に倒れているのが見える。どうやら完全に無敵では、なかったようだ。
「分かったので、ここから反撃だ。覚悟するといい、ソウシ君」




