第1054話 真の絶対防御?
「《なーんだ。新装備のテストするチャンスだったのにー。これじゃウチ難癖つけられに出て来ただけじゃんさ》」
「すぐにまた必要になるよ。なにせ今度は、滅ぼしに来るらしいからね」
「《いやぁ。十分さっきも滅ぼしに来てた気がするんだけど?》」
確かに先ほどまでのドラゴンのブレスは驚異的な破壊力だった。対抗策なく受け続けては、ハルくらいの国土であれば全土を焼き尽くされてもおかしくない。
だが、ソウシの狙いは敵国の壊滅ではない。彼は通常なら全域を焦土にすることはないだろう。そのことを、リコに説明していくハルだ。
「彼は必ず、ある程度の国土を焼いたら相手に降伏を持ちかけているはずだ。単なる愉快犯的なプレイヤーなら、意味なく全土を封鎖して悦に入ることもあるはずだけどね」
「《得る物がないから》」
「そう。それに、失うものが多い」
どうしても、なんとしても、絶対に敵領土を使用不能にしたい! と、そんな熱い感情でもない限り。ソウシのドラゴンは費用対効果に見合わない。
何故なら火を吹くたびに自分の兵士、ひいては国土を消費するのだから。共倒れに等しい。
「なら、なぜそんな多大なコストを支払ってまでアレをやるのか。それは降伏勧告に応じる者が多いからだね」
「《ふ~ん》」
「あ、今のうちにこの辺をリコの国にしちゃっておいて?」
「《おけー》」
焼き尽くされた大地に向けて、リコは会話の合間にロケットランチャーをぶっ放していく。
変更不可にパラメータを固定された大地は、第三者の介入によってリセットされ、草原の世界でも騎士の世界でもない、機械の世界に変換された。
やはり威力、効果範囲はドラゴンブレスに及ばぬようで、『リサイクル』には少々時間が掛かるようだ。
そんな作業をしながら、ハルはソウシの戦略についてをリコに語り続ける。
「効率的には、もちろんこうして塗り替えちゃった方が早い」
「《ウチならそーする。効率は何よりも優先される》」
「僕もそうだね。ただここに人の感情が入ると、その効率を上回る場合があるのさ」
「《取り返せないからパニックになる?》」
「そう。人間は、既得権益の喪失に対し異常にストレスを感じる生き物だ。自分の物が、失われることに耐えられない」
「《でもそれは、領土の取り合いでも同じじゃん?》」
「『取り合い』なら、取られても取り返せばいいだろ?」
「《おお!》」
しかし、『使用不可』ではそうはいかない。ソウシとの戦いに勝っても、取られた領土は永遠にそのままだ。
そこから来る焦りは、奪われたプレイヤーから冷静な感情を失わせ、対処を誤らせる。
既得権益などと言うと大げさに聞こえるが、この感情は非常に小さな物であっても生じるもの。しかも無意識に。それが厄介。
例えば、給料が低い割にキツいアルバイトを、惰性で辞められない者。これは低くても確定している給料という『既得権益』を手放せないからこそ起こる非合理な判断。
例えば、高額課金したゲームほど後に引けなくなる心理も、それまでの課金によって得た有利という『既得権益』を手放せないからこそ起こる非合理な判断。
例えば割高と頭で理解している保険を止められない。損失の確定した株式を手放せない。他にも他にも。
そうした意識の動きを上手く突いたのがソウシの作戦だ。
完全に自分の自由になるべき自分の世界に、『使用禁止』の目障りなシミが混じる。そのストレスが、合理的な判断を狂わせる。
「で、最終的にそれを戻してやることと引き換えに、彼は焼いた土地以上のメリットをがっぽり得る訳さ」
しかもその損失の大きさにプレイヤーはほぼ気付かないだろう。『焼かれた部分を取り戻すためには仕方ない』と無意識に言い訳をして。
「《悪辣ぅ。でもひねくれ者のゲーマーがそうそう引っかかる?》」
「当事者になると、案外やっちゃうものさ。外から見てると、冷静に見れるけどね。それに、このゲーム、参加者は初心者も多いでしょ?」
「《そーねー。ウチの派閥にも、ゲーム自体は慣れない人も、って、ああ!》」
「今のは別に、誘導尋問じゃないからね?」
図らずも、自分の事になると気が回らなくなることを証明してしまったリコだった。
彼女の仲間には、ゲームをやらない人間もそこそこ含まれているらしい。
「さて、それよりも。今この場合においては既得権益の喪失で冷静でなくなってしまったのはソウシ君だ」
「《そねー。アイツ、自分の領土をただ『無駄』にしちゃった訳じゃん?》」
「そう、その損失を補填するために、引くに引けなくなった」
「《彼もその性からは逃げられなかったんだねぇ……》」
皮肉なことだ。だが、ハルとしては冷静に引いてくれずにいて、とても嬉しい。また一つ新たなシステムを知れるのだから。
そうしてリコに土地を再起可能にして貰いながら、ハルの世界を消滅させるらしい彼の攻撃を待つのであった。
*
「《おっ! 来たみたいハルさん! やっちゃっていーい? ってかやっちゃうよーん》」
「……まあ、僕らは互いに扱いの上では敵同士だから。確認を取る必要はないけれど」
「《んじゃおさきー。よっしゃーこれで新たな領地確保して、奴隷の身分脱出~~》」
「奴隷とか言うな人聞きの悪い」
まだ国境の向こう側に居るソウシに向けて、リコのヘリコプターは躊躇なく近づいて行く。
編成を整え、隊列を組みなおしたソウシの騎士たちだが、その中にドラゴンの姿はない。リコはそこに気をよくしたのか、空から一方的に攻撃を加える気のようだ。
確かに、彼ら騎士たちは地上戦特化。その数と屈強さはなかなかの物だが、対空兵力に難があった。
「《そらを制した者が、戦争を制してきた。時代錯誤の騎士団諸君、そのまま哀れに死ぬがよい》」
「またモンスター召喚するかも知れないから気を付けなよー」
ハルの忠告が聞こえているのかいないのか。リコのヘリは悠々と距離を詰めてゆく。
だがギリギリ国境は越えずに、一部が溶け落ちたハルの防壁の上部あたりで空中静止すると、そこで彼らを迎え撃つようだ。
「《的の用意ご苦労! ウチの新兵器の、実験台になれぇ!》」
リコが叫ぶと同時に、ヘリコプターが姿を変形させていく。
機体の左右に展開されていたロケットの砲門がガチャガチャと格納されてゆき、代わりに機体の正面の装甲版が開放される。
ガリガリと歯車の嚙み合う音を響かせながら、左右に口のように大きく開く穴。その中から、異様な大きさの銃身が姿を現したのだった。
「《電磁式回転機関銃、『デカガン』!》」
「……でかいから?」
「《そう、デカいから!》」
……恐らく発想の元はミニガンだろう。元から言うほどミニではないその機関銃を、更に強引に巨大化させたような珍兵器。大きければ強いはず。実に分かりやすい。
そのデカガンが自分たちに狙いを定め回転を始めるも、ソウシは特に慌てることなく冷静に状況を分析する。
どうやら、表面上は怒りと焦りを押さえる精神力は持ち合わせているようだ。
「……なるほど。先ほどの銃も、その同盟国から輸入したという事か。ならばあの刀も」
「《はぁずれぇ。ウチがこの銃を、ハルさんのとこから輸入したんでしたぁ》」
「これ。言わなくても良いことを」
「《えー? だって勘違いを指摘して辱めてやるチャンスは逃せないっしょ》」
「性格悪いな!!」
「性格悪いねえ……」
思わず二人してツッコんでしまう男性陣だった。
しかし、実際にリコが訂正した通り、あの機関砲はハルたちがリコに依頼されて設計したもの。
いや、当時はもう少し現実的でミニな作りだったが、どうやったのかリコがヘリに組み込んだ途端にああなってしまった。なかなか興味深い。
その新兵器が、返事の代わりとばかりに一気に火を吹く。
ヘリとして本来あり得ない位置に搭載されたガトリング砲が、異常な速度で弾を吐き出し続けている。
その高速すぎる発射音は回転翼の風切り音と交じり合い、まるで嵐でも来たかのような爆音を地上まで響かせていた。
「《うっひゃー! うるさーいっ! すっごいねコレは。まるで雷でも来そうな感じ、って、実際に機体から電撃出てるー!?》」
「電動だからね。ところで、どうやって電力供給してるの?」
「《えっ。知らない》」
ついでに、弾丸もどうやって供給しているのだろうか? 先ほどから撃ちっぱなしだが、弾切れが起こる様子もない。
まさか無限に撃ち続けられるとでもいうのか。だとしたら、少々強すぎるのでは。
そんなヘリからの掃射は地を砕き砂埃を巻き上げ、敵の様子が確認できなくなる。
リコもそこで発射を止めると、ひとまず敵陣の被害を確認することにしたようだ。
「《さすがに消費が激しいようだ。しかし、これだけ撃てば……》」
これだけ撃てば、いかに全身鎧の騎士とて紙くず同然に吹き飛ばされたはず。
巻き上げた粉塵が晴れて、その成果を確認するはずだったリコだが、その目に映ったのは、どうやら望みの結果ではなかったようだ。
「《ウソっ!? 全然減ってない! むしろノーダメ!? あの鎧ハルさんの並みに強いの!?》」
「いや、いかに僕の『アルミ板』とて、あれだけの砲撃は完全には防げないよ」
特に兵士が着込んでいる者は、そこまでの厚みと強度を持たせられない。
余裕の表情で笑みを浮かべるソウシの様子から見ても、『耐えきった』という感じではない。本当に、まるきりノーダメージといった様子だ。
「……それに『防いだ』というよりも、むしろ当たっていないみたいだ。地面を見てごらんリコ」
「へえ。目ざといじゃないか。褒めてやろう! そこの羽虫女と違って流石の観察力だとな!」
「《一言余計だー! 這いつくばれ芋虫男ー!》」
「ん? 何か言ったのか? プロペラ音で聞こえなかったな……」
まあ、何か確執があるらしい二人は放っておくとして、この結果は実に不気味だ。
あれだけ撃ち尽くしたガトリングの弾が、一つたりともソウシの騎士たちに届いていない。
彼らの足元を見れば、砕けて土煙を上げていたのはその前方の地面のみ。彼ら自身の体の奥には、砲弾に粉砕された地面も、飛んで行ったはずの砲弾すらも見受けられない。
まるで、騎士たちの前方に透明な、無敵に壁が存在するかのようだった。
「物理攻撃が無効の壁? いや、そんな物使えるなら初めから使えばいいし……」
「《使用を躊躇うほどコストが重いんじゃん? ならこのまま使わせて消耗させちゃえばいーんじゃないのー?》」
「いや、どうも攻撃を誘われてるみたいだ。ここは少し情報を集めて」
「《じゃあウチが後ろに回って撃ってみるよ。どーせ対空兵器ないしさー》」
「なんと迂闊な行動……」
とはいえ、止めることのない打算的なハルだった。迂闊ではあるが、何らかの情報は持ち帰ってきてくれる可能性は高い。
そんな、ハルのある種の期待に応えるように、ソウシはすぐさま行動を起こしてくれた。国境を越え接近するヘリを対象に、騎士たちに何らかの命を飛ばす。
「やれ! 騎士たちよ! あの無粋な羽虫の羽をもいで、地を這わせてやるといい!」
そんな命令が聞こえたと思うと同時、ヘリのメインローターが何の前触れもなく機体から離れ、リコのヘリが一気に墜落していくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




