第1053話 上書きの上書きの上書き
「……なるほど? こちらもこちらで、少々火力が足りないか」
常時優勢を保って戦えているハルだが、それでもドラゴンを倒すには至っていない。決定力不足だ。
人間が相手ならば、弱点に当たれば一撃で戦闘不能にするだろうコイルガン。しかし、この超生物の肉体が相手では決定打にはならないらしい。
「しかも、傷口がふさがっているね? 再生しているのか」
「おのれ、銃を持ち出すなどと、味な真似を……!」
ソウシの方も終始押されてはいるが、それで負けを認めたという顔ではない。
兵を食らって火を吹くドラゴンは、また兵を食らうことで傷を癒す事も出来るようだ。
もちろんその為にかかるコストは国土を削る形で消費され、ソウシにとっては大きな損失になる。
しかし、それは耐えがたいという程ではないようで、損失を嫌って撤退する様子もないようだった。
「盾持ちは前へ! 完全防御でドラゴンの前を固めろ!」
これまではドラゴンの奥で、『エネルギータンク』としてただ待機していた騎士たちが、銃の射線の中に割って入って来る。
まるで密集陣形を組むように。いやまるで警官隊がシールドを構えるように、銃弾の雨から護国の竜を防御する。
これから自らが生贄となるというのに、熱心なことだ。
「まあ、どうせ殉職したところですぐに復活して戦線に戻る、か」
「その通り。そして、立場は逆転したな! その玩具のような銃では、この鋼鉄の盾と鎧は貫けまい」
「そうみたいだね」
敵の陣形に隙はなく、銃弾はほとんど盾に弾かれてしまう。
それでもわずかなチャンスを逃すことなく、ヘルムの隙間を通すような曲芸撃ちで何体かを葬るが、焼け石に水。
すぐに奥から補充の騎士が現れて、その隙間を塞いでしまった。
「鎧を脱いで貧相な中身を晒している以上、再び接近戦を挑むことも出来まい。策に溺れたなっ!」
「そういえば、君の兵士の中身ってどうなってるの? やっぱり貧相なの? 隙間を通されると死ぬみたいだけど」
「ん……? さあ? 俺も見たことはない」
「そっか」
「それで終わりなのかこの会話!!」
終わりである。なぜなら、ハルは不思議の国の住人たちの『中身』を暴いて回るほど無粋な人間ではないのだから。
きっとあの騎士たちは、あの鎧を含めて体の一部なのだ。中の人など、居ないのだ。
「ええい、つまらぬ時間稼ぎを! もはや交わす言葉が無いというなら、再び食らうがいい、竜の一撃を!」
「守ってくれている騎士たちごと焼き払う気かい?」
「もちろん、そんな無駄なことはしないさ」
ソウシが腕を振り払って何かを指示すると、ちょうどドラゴンの前方に位置していた兵士だけが綺麗に消える。コストになったのだ。
ハルの人形兵たちは気持ち悪いくらいの正確さで、その防御の空いた一瞬を狙って銃弾を撃ち込むが、残念ながらそれでドラゴンブレスは止められない。
騎士に守られ、すっかり万端に準備を整えたドラゴンは、一切の怯みを見せずに悠々と前方の大地を焼き払ったのだった。
平和だった風そよぐハルの世界の草原が、真っ黒に焼け爛れた焦土へと化す。
「再び、完全防御陣形! そして慎重に、前進」
騎士は次々と後ろから補充されてゆき、じりじりと、ハルの世界の中央を目指して進軍する。
焦土を踏み固めるように均して行進し、緑の大地が見えたと思えば再びドラゴンブレスを放出する。
そうして、ゆっくりとだが確実に、ハルの世界には再生不能領域が広がって行くのであった。
「はははっ! どうした! このままでは、お前の領土がどんどん利用不能になっていくぞ?」
「ソウシ君、キミ、顔に似合わず戦法が地味だね……」
「放っておけっ!」
「それに、これから侵略する土地だろう? 使えなくしちゃっていいのかい?」
「なに、構わないさ。言ったろ? 使えるか使えないかを決めるのは、俺の匙加減ひとつだって」
「つまり、ここを使えるように戻して欲しければ?」
「そう。降伏するがいい」
つまりは人質だ。土地を返して欲しくば、軍門に下れと脅して隷属させる。その脅しを含めての戦略だ。
実際、有効かも知れない。もし泥沼の戦いに勝利したとして、その手に残るのは再起不能になった荒れ果てた土地のみ。
それならばいっそ傷の浅いうちに講和に応じて、それ以上の被害を出さないことを約束してもらう。
ソウシが問答無用の先制攻撃を仕掛けてきたのも、最初からその『交渉』が目的だからだ。講和の押し売りとでも言おうか。
「そうやって出会う相手全てから、『賠償金』をふんだくって来たんだね? 恨まれるよ、君」
「お前に言われたくはない! それに、俺なんて優しい方だぞ? 出会う相手全てを、有無を言わさず一撃で全滅させる悪魔のような男よりは」
「酷い人も居るんだねえ」
いったい何処のハルの事だろうか。恨まれているものである。確かに容赦も聞く耳も持たなかったが、それでも影響範囲はなるべく絞ったつもりなのだが。
「さて、それでは返答やいかに? もちろん、賢明なお前のことだ。色よい返事を聞かせてくれるんだろう?」
「ああ勿論。当然、徹底抗戦だ。君を退屈させたりはしないよ、安心してくれ」
「何故そうなるっ!!」
実に良い反応だ。求めていたツッコミ役が、ここに完成しようとしている。
ハルはその成長の為の最期の仕上げとして、ここに彼の戦略を完全にご破算にすべく合図を送るのだった。
*
「さてソウシ君。一見完璧なこの計画だけどね、残念ながら穴がある」
「はっ! 強がるんじゃない。もうこの土地は何にも使えん。勢力値にも計算されん。何かを生み出すこともない」
「そうかい? 掘り返して砕いてみれば、案外元の草原より素材取れそうだけど。僕の世界、地下資源なにもなくってさあ」
「えぇ……」
ドラゴンの火に炙られて変質した土地、実に興味がある。希少な素材など含まれていれば、儲けものだ。
「それに、どうせ草原のままでも役には立たないからね。地盤のしっかりした、良い土地にしてもらったじゃあないか」
「えぇ……」
どうせアルベルトがぽんぽんと工場を建てるのだ。その下が草原だろうと、焦土だろうと、気にすることはない。むしろ地面が硬い方が良いかも知れない。
「それに、最大の理由だけど……」
「なんだ! まだ何かあるのか!」
「再利用が出来ないなんて、誰が決めたんだい?」
ハルが言葉の終わりと共に指を上に指した方をソウシが見上げると、そこにはちょうど爆音を轟かせた飛行物体が迫って来るところだった。
ご存じ、リコの国の特殊ユニット。あの時と同じヘリコプターだ。いや、よく見ればハルと戦った時よりも、機体も武装も強化されている。
そして、あのヘリの代名詞ともいえる、世界を描き換えるロケットランチャーもまた健在。
「《ハルさん来たよー。やっちゃっていーのー?》」
「うん。やってしまいなさい」
「《ういういー》」
そのヘリにソウシは身構え、素早く自らの周囲をガードさせるが、ヘリを操縦するリコの狙いはソウシやドラゴンではなくハルの土地。
ドラゴンに焼かれたその土地を更に徹底的に破壊しつくすかのように、過剰破壊のロケットランチャーを全弾発射で粉砕した。
「はっ? はあぁぁ!?」
あらぬ方向を攻撃したその援軍に、まるで意味が分からぬと困惑しきりのソウシ。常に冷静に、優雅に整った顔も雰囲気も台無しだ。まあ、それは今さらか。
「……いや確か、お前の国は戦争中だったな。その戦争相手が漁夫の利を取りに来た? という雰囲気でもない。……まさか!」
「《聡いね。名前負けしていないよーソウシ君》」
「黙れ。出戻りの無価値な暇人どもが。次はお前の国だ、研究室の」
「《チミに次があるかにゃ~~? 高みの見物と行こうじゃんね》」
リコの事も知っているようだ。空を睨みながら、忌々しそうに吐き捨てるソウシ。
彼らの因縁も気になるが、今重要なのはそこではない。ヘリの攻撃した地面が、以前のように機械の世界に、リコの領地へと浸食されていた。
そう、そこは既にハルの土地ではない。ドラゴンに焼かれた焦土も、見る影もなく『再生』されていた。
「ということでこの土地って再生可能なんだ。簡単なことだね?」
「卑怯だろうこれは!!」
「もちろん卑怯だ。だからこそやる」
「《あっ、ウチ被害者でーす。脅されてまーす。クレームは全部ハルさんまでー》」
戦争中でありチャンスだと乗り込んだ国の、その戦争相手が何故か協力して反撃してきた。
漁夫の利だとか、敵の敵は味方だとか、そういった分かりやすい話ではない。実に混乱してくれているようだ。見ごたえのある顔である。
ソウシが愉快な顔で硬直している間に、ハルの人形兵たちは自らの最優先業務を思い出したとばかりに『仕事』に戻る。『商品』がこの場に納入されたのだ。
上書きされたリコの世界、そこに現れた機械のオブジェを破壊し、解体し、運搬する。
彼らが運び去って行く先にはアルベルトの兵器工場があり、ソウシを葬るための新たな装備として生まれ変わるのである。
そんな風に徹底的に破壊の限りを尽くされた機械の世界は、やがて周囲からの浸食を受け、基本の草原へと戻って行った。
そこは焦土のただ中に、ぽつりと自然が再生されたオアシスであるかのようだ。
「自然の力って偉大だねえ」
「明らかに人為的な力だろうがっ!」
素晴らしい反応だ。彼こそハルに今最も必要とされる才能。
しかし、この世界においての才能という面ではどうだろうか。確かに、少々お行儀が良すぎはするが良い指揮官としての才能は持っている。ドラゴンも強力だ。
だがそれだけでは、言っては悪いがリコと大した差があるとは言えない。
このくらいが、今のこのゲームの進み具合、『最前線』ということなのだろうか?
「なら幕にしようか。……お察しの通り、これから君の部隊を陸と空からハチの巣にする。覚悟はいいかい?」
もう見る物がないなら、いっそ一思いに。そうハルが考えていると、ソウシが腹の底から唸りを上げるかのように、歯噛みしながら決定を下したのだった。
「…………全軍、撤退。覚えておけハル。もはや講和などと生ぬるいことは言わない。お前の世界全てを、塵一つのこさずこの世から消滅させてやる」
どうやら、最後にもう一つお楽しみが、ハルには残されているようだった。




