第1052話 害獣駆除部隊の出動
そうして少しの間ハルとの会話に興じていたソウシだが、状況を思い出したかのように一歩二歩と後ろに下がった。
再びドラゴンを前に出して、戦争の再開という訳だろう。慎重にその背後へ隠れようとする。
「……こんな所でお前と会うとは思わなかったがな。これも何かの縁だろう」
確かに、この場は縁によってアメジストにセッティングされたイベントなのだろう。
ハルが傲慢にも無視し続けてきた、彼のような行動のあおりを受けた被害者は、他にも存在するかも知れない。
そんな者とこの先幾度も戦うことになるかと思うと、少々気が滅入るハルだ。
「確かに何かの縁だね。それじゃあ、同盟でも結ぶかい?」
「話を聞いていたかお前! 結ぶわけがないだろう、天然か!」
もちろん、わざとである。この期に及んでも、気付かぬふりで通すハルだ。
現実が形をもって現れたとて、ハルの方針は変わらない。己の行動による犠牲を許容すると決めた決意は、一切揺るがなかった。
人の痛みを知らぬ気まぐれな、神のごとき者として、いたずらに時代を一歩強引に進める。
踏みつぶした者からの怨嗟の声は、傲慢な巨人の耳には届かない。
とはいえ、進めるのは一歩のみ。そのまま二歩目を踏み出すことはない。
「仲良くなれると思うけどね。ルナはあげないけど」
「お断りだと言っている」
「しかし、彼女との婚姻を目論んだって事は、“うち”に取り込まれるつもりだったんでしょ? やっぱり仲良くできるって」
「上から物を言うなっ! 傘下にておこぼれに預かるつもりなしっ!」
「あららっ」
自分も上から物を言うタイプだというのに、言われるのは我慢ならないようである。まあ、ある意味当然か。
「そう、取り込まれるなどまっぴらだ。むしろ、俺が上を行ってやる。この戦いも、その為の第一歩だ!」
「……ふむ?」
月乃が牛耳る『貴族社会』の勢力図を、彼の代で塗り替えようという野望を持っている、ということか。
結構なことだが、並大抵の相手ではない。彼はその点理解しているのだろうか?
それに、気になる事を言った。この戦争が『第一歩』とはどういうことか。
まあ、因縁の相手であるハルを倒す、ということのように聞こえはする。理屈も通る。しかし、そんな壮大な野望を抱く彼が、こんな学内の遊びに興じるだろうか。
やはり、このゲームの裏にはまだ何かある。そろそろ、ハルも遊んでばかりいないでその謎に踏み込んでもいいだろう。
ならばこちらも、ソウシに勝利してその情報を、報酬として聞き出すこととしよう。
「そうだね、そろそろ戦うとしようか。ドラゴン狩りの始まりだ」
「はっ! 兵も用意せず身一つでか? ユニット配置の暇など与えんぞ!」
「いや、今到着したよ。お喋りの間にね」
「謀ったか!? 卑怯な真似を!!」
「いや喋り出したの君だろう……」
思ったより愉快な人だった。真面目にやっているのだとは思うが、何だか少しズレている。まあ、ハルが言えた話ではないが。
「だが、たかが兵卒、ドラゴンに傷一つ付けられるものか!」
その言葉を最後に、ソウシは迅速に後退すると、逆にドラゴンを前進させる。
お喋りは終わり。この辺りの思い切りは良いし切り替えが早い。優秀な指揮官のようだ。
そんな突進してくる巨体に向けて、ハルの方も『たかが兵卒』を突撃させる。
普通なら彼の言う通り無謀でしかない。しかし、ハルの人形兵たちも、工業化を経て装備が大幅にパワーアップしていた。
「ほお、お前の兵も騎士タイプか。このような場でなければ、互いの兵を競い合わせたかったぞ」
「いや、君の騎士じゃ勝ち目はないけどね」
「なにをっ!」
ソウシの指摘するように、ハルの人形兵たちはまるで彼の後ろに控える騎士たちのように、前進を白く輝くフルプレートに包んでいる。
だが、そんな重厚感のある見た目に反し、人形たちは以前と同じ理想的な疾走フォームにて迅速極まりなくドラゴンへと迫っていった。
この速度は、中の人形の筋力が高いからではない。鎧の重量が、見た目よりずっと軽いのだ。
「ご存じ、耐衝撃に特化したアルミ合金だ。騎士同士打ち合えば一方的に僕の兵が勝つだろう」
「それがお前の能力かぁ!」
そうだとも言えるし、違うとも言える。彼は相変わらず、この合金をゲーム的な能力だと誤解しているようだ。
まあ無理もない。普通に考えて、この世界の中に一から科学的な生産拠点を築いたなどと予想できる訳がない。
「……とはいえ君のドラゴンも、そこそこやるね」
「ははっ! 負け惜しみを! そんな数打ちの刀で傷がつくものか! ……何で刀なんだ?」
輝くフルプレートの騎士が皆同じ日本刀を装備している。彼でなくとも首を傾げること請け合いの、アンバランスさであった。
実は鎧も刀も特に世界の特色とは関係なく、単なる合理的な選択だ。刀の方はご存じソフィーの世界からの、輸入品である。
その鎧はドラゴンの重い一撃すらも防ぐが、逆に相手へ決定打を与えることも出来ずにいた。
一応は、大健闘と言えるのだろう。量産兵で特殊ユニットと互角にやりあっているのだから。
「大した装備だ、と褒めてやろう! しかし、忘れているな。筋力だけがドラゴンの力ではないということを!」
忘れていたわけではない。敵が勝手に出し惜しみしていただけだ。
そんなドラゴンの奥の手たるファイアブレスが、その口から人形兵に向けて放たれてゆく。
*
「ははっ! 地に伏すがいい雑兵ども! この時より、この場は俺の領土となる!」
ドラゴンは人形兵たちを鎧もろとも一掃し、『ついで』とでも言うようにハルの世界を焦土と化した。
平和な風になびいていた草原は文字通りの焼け野原となって、見るも無残な赤黒い台地を露出している。
こうして、侵略する世界を大地ごと破壊して侵攻する。それがソウシと、このドラゴンの戦略のようだ。
「だけど、この技もノーリスクって訳じゃないね?」
「ほお、気付いたか。だがこの程度、リスクのうちには入らない。必要な犠牲だ」
コラテラルダメージ、というやつか。つくづく貴族のようなことを言う。
さすがに普段からこう、とも思えないので、彼もまたこの場の雰囲気に則って、役割を演じているのかも知れない。
その犠牲とはなんなのか? 単純な話だ、彼の騎士の方を見てみれば、その数が少し減っている。
つまりはドラゴンブレスを吐くたびに、自軍の兵士をコストとして消費するのだろう。横暴である。
「……兵士を失うということは、国土を失うということ」
「その通りだ。しかし、何も問題はない。こうしてお前から、『補充』すればいいだけだからなっ!」
もしやリコのように、大地を自陣に描き換える力か。この大規模破壊で、それは厄介。そう思って確認するが、マップは未だハルの領土のまま。
確かに破壊は困るが、判定がそのままなら再生すればいいだけのこと。言うほどの脅威だろうか?
それに、彼が宣言したように、まだ『俺の領土』とはなっていないではないか。
そうハルが考えていると、その思考に応えるように、得意げな言葉が飛んできた。
「不思議に思っているようだな? いいだろう、お前の疑問に答えてやる! 何故この焦土が、回復しないのか!」
……いや、そもそもハルはまだ『回復』とやらの方法を知らないのでまるで見当違いだ。だが都合がいいので何も言わないでおく。
どうやら、彼もまたハルの世界よりもずいぶんと先まで進んでいるらしい。
「俺のドラゴンブレスに焼かれた土地は、俺の許可なく再建不可能となる。扱いの上ではまだお前の土地だが、これは事実上俺が支配したも同然」
「なるほど」
浸食を行わない分、より広範囲にダメージを及ぼせるということなのだろう。
こうして土地ごと敵軍を再起不能に蹂躙し、踏みしめるように深部へ進む。それが彼の戦い方。
「お前の無敵の合金、確かに強い能力だ。このブレスがなければ俺も危うかった」
いや、能力ではないのだが。気持ちよく語っているようなので邪魔しないでおくハルである。
「だがその力! 致命的にブレスと相性が悪いな! このまま成す術なく、溶かし尽くされるといい!」
「いやまあ確かに相性悪いけどね? でもそう言うってことは、逆に、ソウシ君にはこれ以上のカードはないのかな?」
「なにをっ?」
だとすれば少し拍子抜けだ。これでは、単にリコの時のマイナーチェンジでしかない。
それだけならば、当時よりずっと近代化したハルの軍の敵ではないのだ。対処など、いとも容易いこと。
「無いようなら、もうご退場願おうか」
ハルが合図をすると、背後にあった丘の裏から新たな人形兵たちが飛び出してくる。
今度は、衝撃反射の『攻性結晶合金』を身に着けてはいない。代わりに、その背にリュックサックのように大ぶりなバックパックを背負い、そこから伸びるケーブルの先を、握りしめた『装備』の先に装着していた。
「電磁加速銃部隊、攻撃開始。狙いはドラゴンだけでいい」
「なんだとっ!!」
ハルのその命令が届くや否や、丘の上から部隊がドラゴンに向けてなだれ込む。
統率など微塵も感じさせない、それぞれが好き勝手に走り回っているようにしか見えない進軍。
しかしその全ては完璧に合理的な距離を保ちつつ、友軍同士の進行を決して邪魔することはない。
見る間に最適な包囲網を敷いた人形たちは、大ぶりな拳銃のその銃口をドラゴンに向けると、容赦なく一斉に引き金を引いた。
「何故銃器がっ!?」
「作ったから」
「何故作れるっ!?」
「がんばった」
主にアルベルトとメタが頑張った。火薬の代わりに電磁力で射出されるコイルガン。そのカシュンカシュンと独特の銃撃音の響く兵器は通常の銃にも決して引けをとらない。
同じ電磁力を動力とするレールガンにはさすがに及ばないが、単純な機構で量産が可能という非常に大きな利点があった。
「迎撃しろドラゴン! あぶり殺せ!」
「散開しつつ回避だ。弾か電力が切れた者から囮になれ」
遠距離攻撃の特性上、ドラゴンブレスも人形たちの全てを捉えきれない。
一部の兵が捨て身でブレスを誘導し、その間も残りの兵が休むことなく銃弾を浴びせ続ける。
その狙いは曲芸じみて正確。もはや変態の域だ。目に、口内に、指の付け根に、あらゆる弱点部位に狂い一つなく叩き込まれる。
そのためドラゴンはもう一切その瞼を空けることが出来ず、ブレスの狙いもつけられていない。
「……嫌だなあ。この技能だけは何も手を入れてないのに。銃の才能だけは認めてくれるって?」
ハル自身、あまり銃は好まないというのに、そんなことはお構いなく人形兵にはその能力が継承されている。
そんなことより、世界の創造をさせてくれると有難いのだが。
だが、今はとにかくこれが役に立つ。そんな近代化された兵士による、一方的なドラゴンハントはその後も容赦なく継続されていくのであった。




