第1050話 破壊不能な神の盾
敵の号令により、ハルたちの防壁に向けて一斉攻撃が開始される。
そう、接触した国の君主であるソウシは、一切の躊躇もすることなく『敵』となった。まだ相手方の君主の正体も知らぬうちから、苛烈なことだ。
「交渉するにも、まず有利なポジションに立っておいて、そこからスタートしたいタイプだね」
「お里が知れますねー」
「……英才教育を受けている、と言ってあげなさいカナリーちゃん」
交渉する時にはナメられてはいけない。下手に出てはいけない。まずは威を見せ優位を誇示する。
普段からそうした対応をして、もしくは、親のそうした姿を見て過ごしているのだろう。
ゲームではなく、現実で。ゲームには慣れていなくても、そうした対応には慣れていると感じさせられる反応だ。
「《大企業役員の御曹司、ってところですね。生徒さんの中でも、おうちが特にお金持ちの部類みたいっす》」
「へー」
「興味なさそうですねー。学校のお友達なのにー」
「クラス違うしね」
正直興味のないハルだ。というよりむしろ、極力興味を持たないようにしている。
ハルもルナも、そうした政治ゲームからは距離を取りたいと思っており、積極的に関わることはない。
そもそも根が庶民であるハルにとっては、『別世界の住人』の分類だ。
「マウントを取ってから会話スタートとは。貴族社会って奴はやっぱり面倒だね」
「アイリちゃんも嫌そうでしたねー」
「カナリーちゃんは?」
「私も興味はなかったのでー」
ルナが『現代版貴族』と事あるごとに辟易しているその社会に、敵はどっぷりと浸かった人物のようだ。
ハルのやるゲームでは、あまりお目にかかることはない。
そういう意味ではやりづらいとも言えるし、新鮮な楽しさがあるとも言える相手であった。
「さて、ではそんなお貴族様に、ゲーマー風の洗礼といこう。この防壁、そう簡単に崩せると思わないことだ」
「いじわるウォールの、効果発動ですよー」
突撃してくる騎士たちは、勇敢にも手にした斧槍をそのまま壁へと振り降ろし、直接攻撃で破壊しようとしている。
普通なら無謀も無謀。そんな攻撃など通るはずがない。
しかし、ハルの見立てでは、あの全身鎧の兵隊たちの一撃には、それだけの威力が秘められているとの計算結果が出ているのだった。
「やるね。ただの石壁だったら、一撃で穴が開く威力だ。要塞の防壁であっても、あの大軍で来られたらひとたまりもない」
「それだけレベルの高い相手ってことですかー。国力が高いんでしょうねー」
「まあ、どうということはないさ。あの程度でいいなら素の僕だって出来る」
「張り合ってどーすんですかー」
そんな超人兵士集団が大挙して襲い掛かって来るのだ、ピンチでしかない。
しかしハルも傍らのカナリーも、防壁が崩されることに慌てる素振りはまるでなかった。
「うん。流石、びくともしないね」
そう、このハルたちの建てた国境沿いの壁、ただ資材を積み上げただけではない。
アルベルトの技術力を存分に発揮し、尋常ではない強度を持つ壁面に仕上げられているのであった。
「なかなか強固な要塞だな。だが怯むな! 例え鋼鉄であろうとも、叩き続ければいずれ崩れる!」
「おお、勇ましい。そして、そう、怯まないでくれ。全員でかかれば、きっと壊せるさ」
「悪い顔ですねー? 君ならできるよー、ですねー」
「《させる気一切ないっすよねそれ……、完全にハル様の手のひらの上ですねえ……》」
鋼鉄であろうといずれはひび割れ、脆くも崩れ去る。それは正しい。今のように力押しが有効な場面では、確かに最適解だろう。
しかし、それは本当に対象がただの鉄だった場合の話だ。
「……なにか、何かがおかしい」
そのことに、敵もまた気づいたようだ。超人的に屈強な騎士たちが休むことなく攻撃を畳みかけても、未だ壁にはヒビひとつ見られない。
それどころか、攻撃する騎士たちの斧槍が、そしてサブウェポンである腰の剣までも、鈍らとなり、果ては砕けて折れてしまう物まで出る始末。
「装備を交換しろ! しかる後に、再び攻撃!」
ソウシも武器の摩耗を察したようで、予備の新品にすぐさま持ち替えさせる。
流石は貴族。物資も潤沢、軍備にぬかりなし。しかしその交換したばかりのはずの新品も、またすぐにナマクラと成り果ててしまうのだった。
「全軍、攻撃の手を止めろ! ……厄介だな。この壁には、武器を劣化させる能力でも付与されているというのか?」
「いや、いないけど? ……というか能力って?」
「気になりますねー。ゲーム的な一般論でしょうかー?」
「《しかし、あの方はゲームはしないタイプとハル様は読んだのですよね?》」
「まあ、そうだけど。心を読んだ訳でもアンケートを取った訳でもないからね」
なんとなく、傾向としてそういうタイプに分類されると推理したまでだ。
それにこの時代、ゲームを自分ではやらずとも、その手の知識だけはあるなんて例など珍しくもない。
ハルだってつい最近、そうした“見る専”の視聴者たちと触れあってきたばかりではないか。そう思い直す。
「保留だ。それよりも、その壁にそんな能力などないぞ貴族の君。さあ、どう攻略してくる?」
「本当に、楽しそうですねー」
「《悪の敵幹部っぽい役が似合ってるっす》」
失礼な。どちらかと言えば、横暴な悪の貴族から国を守る正義の君主の役である。そのはずである。
とはいえ実際は堂々とその身をさらして指揮を執るソウシと、要塞の奥で不敵に観戦を決め込むハル。
どちらが正義に見えるかの調査結果は、ちょっと目にしたくない気分ではあった。
◇
「やっているわね、悪の幹部さん? それで今は、主人公をどう苦しめているのかしら?」
「敵は要塞を突破する術がないのです! あそこで立ち往生しているうちに、国は次々と、モンスターの襲撃を受けてしまうのです……!」
「勇者よー、お前の無力を知るがいいのだー。ここで遊んでいる間に、故郷が焼けておるぞー。わははー」
「三人とも、お止め……」
そんな風に、重ねてハルを魔王扱いする女の子たちも、状況を察して集まってきた。
アイリとユキによる即興の設定では、勇者ソウシはこの要塞を攻略出来ないでいる間に、ハルに国元を焼き滅ぼされてしまうようだ。哀れ。
……実際、良い手ではある。今回はやらないが、敵軍をいい気にさせてこの場に引き付けておいて、その間に後方からログインポイントを襲う、なんて手も実にアリだとは思う。
「まあ、今は情報収集と、資材回収が目的だから。ただ無意味にここで足止めをしているだけさ」
「しかし、なぜ傷が付かないのかしら? ここの壁は、新種の合金かなにか?」
「いや、材質的にはただのアルミがほとんどだってさ」
「……アルミとは、確か軽くて柔らかい物ではありませんでしたか?」
「よー勉強したなアイリちゃんー」
「わたくしこう見えて、<錬金>は得意なのです!」
その通りだ。ハルも最初は、アイリから物質を操る魔法を教わった。
そんな博識なアイリにも、現代的な知識を持つルナとユキにも、直感的に理解できない特殊な性質をこの壁は持つ。
アルベルトによって電気的に分子構造を調整されたこのアルミ合金は、敵の攻撃に対してある特殊な反応をする。
それは、『攻撃の衝撃を跳ね返す』というもの。
といっても、反射の魔法が掛けられている訳ではない。粒子レベルで、衝撃を逃がしやすい構造になっているだけだ。
「これに攻撃すると、打ち込んだ力はほぼ自分の剣に帰ってくる。しかも構造上、非常に細かいヤスリに向かって斬り込んでいるようなものでね」
「研いじゃってんだ? 刃を立てたまま、ヤスリがけして」
「……だから、すぐにナマクラになってしまうのね?」
そういうことになる。攻撃すればするほど、自軍の武器ばかりがダメになる。物理攻撃を主体とする相手にとって、相性の悪すぎる壁だった。
「そして破棄された武器は、おいしく回収すると」
「敵が要らないって言うんだから、仕方ないよね」
最後にユキが、ハルの残る企みを言い当ててしまった。
そう、防御がどうこうというよりも、敵の武器をひたすらにナマクラにして回収すればいいのでは? その一心にて開発された底意地の悪いトラップこそが、この壁なのである。
「敵は実に、運がなかったのです! この壁にとって騎士は、おやつにしかなりません!」
「とはいえ彼も何か、リコのような隠し玉があるはずだ。そしてこの状況では、それを出さざるを得ない」
「そのカードを確実に切らせる為の、この壁なのね?」
例えば、リコのロケットランチャーのような地形を描き換える効果に対しては、いかにこの壁だって無力だろう。
そうした特殊能力は恐ろしいが、先に使わせてしまえばいくらでも対処のしようがあるはずだ。
このまま無力さに打ちひしがれる姿を見るのも良いが、出来ればハルは抗う様を見たいと望んでいた。
「しかしこの壁、聞けば聞くほど無敵に感じるけれど、攻略法は何かないのハル?」
「きっと無敵なのです! 敵はこのまま、ゲームエンドです!」
「いや、あるよ」
「なんとー!」
「普通に熱に弱い。所詮、アルミだからね」
それと大質量による圧壊にも弱い。所詮アルミなので。
もっと豊富に材料があれば弱点を克服した更に強い壁が作れそうだが、これ以上を求める必要はないと思っているハルだ。
それよりも、大量生産のきく現状こそが最適解であり、安価に物理攻撃を封殺することこそがこのアルベルトの技術の本質的価値であると考えている。
「これにより僕と戦うときは歩兵を封じられ、敵は特殊ユニットを出すしかない。勢力値による物量差が、無意味になった瞬間だ」
「えっぐいですねー?」
「魔王様には、魔法しか効かないのです!」
「あー、あるよねー。軍隊じゃなくて勇者が出向かなきゃいけない理由的な?」
「その正体は、こんな現代的なものだったのね? だめよハル? 子供たちの夢を壊しちゃ」
「だからそもそも魔王ではないと……」
そんな魔王ハルに対して、勇者ソウシも切り札を切る覚悟を決めたようだ。騎士たちを下がらせ、壁との間に距離を空ける。
さて、ここからがこのゲームシステムの見極め時だ。果たして敵は何を出してくるのか。
リコの時のように、マップを浸食する兵器なのか。それともまた別の力を持った、新たな何かなのか。
それを見極め、可能ならば自らの力とすることで、ハルたちの世界は更なる発展を遂げることが出来るかも知れない。その瞬間に向けて、ハルは目を細める。




