第105話 地球人の夢見た宇宙服
パワードスーツ、強化外骨格を作るにあたって決めることはいくつもある。一般的に問題となるのは性能と予算だろう。
自分の予算の範囲内で、どの程度の性能の物を購入するか。そこが最大の争点であり、それ以外の事情は、気になるとしても二の次だ。多少は妥協が入る。
だがハルの場合は、その部分は問題としなかった。
性能、求める機能の面は最大限に。自分で作り、アイリも身に着ける物である以上、そこに妥協は許されない。いや、アイリは許してくれるだろうし、なんなら性能について良くわかっていないだろうが。ともかく、許されない。
予算、価格面では、これも自分で作る以上問題にならない。普通は材料費を中心に問題になる所だが、ハルには魔法がありそれでズルい事をする。無料だ。ゼロ円だ。
<物質化>で、あらゆる素材をハルは自由に生成可能だった。
「それでも、作り方が分からない素材のサンプルを入手するのにお金使っちゃったから、完全無料とはいかなかったけどね」
「それって違法じゃないの?」
ユキの疑問は最もだ。貴重な素材、特に用途によっては危険な物になる物質に関しては、複製が禁止されている。物によっては実刑もありうる。
「違法だね。ただし日本ならね」
「うわ、屁理屈だ。……いや、ここゲームって事になってるし今更かー。武器を持って決闘する事も違法だもんね」
「そもそもパワードスーツ作ること自体違法だし」
「違法だから異邦で作るんですねー」
「カナリーちゃんはそういうの好きだね」
一瞬、異邦が何を指しているのか判断に迷ったハルである。たまにダジャレを言うカナリーだった。
素材を並べて準備をしていると、カナリーが興味深そうにぱたぱたと寄ってきた。ハルにもたれかかって後ろから覗き込んでくる。
「明らかに必要ない素材も含んでますねー」
「ついでに衝動買いしちゃった」
「カナリー様は、これらが何なのか分かるのですか?」
「もちろんですよー。私はハルさんの世界にも詳しいですからねー」
「すごいです!」
実際すごい。どのように得た知識なのだろう。
AIなのだから気にしても仕方ない部分もあるのだろうが、結構特殊な素材も含んでいるのだ。普通はデータベースにこんな物は無い。
「通報しないでよカナリーちゃん」
「しませんよー。アルベルトじゃないですし、通報するにも体が要りますってばー」
「まるで私が通報するような言い方は止めていただきたいのですが」
「アルベルト。…………ん? アルベルト?」
「はい、ハル様。私です」
聞きなれない女性の声がすると思ったらアルベルトであった。
いつものスーツ姿を女性化したような。いわば女性SP、いや女性執事? 女性秘書といった感じだろうか。
「この屋敷は男子禁制だよアルベルト」
「はい、ですので女性体で参りました」
「主人が主人なら従者も屁理屈だねー」
「ご冗談を。主従ともに、筋の通った理屈にございますよ、ユキお嬢様」
やれやれと言った感じで肩をすくめるユキ。お嬢様扱いはくすぐったいようだ。
まあ、アルベルトに関しては今回は筋は通っている、いや筋を通している。屋敷の主人であるアイリに許可を得ているのだ。
理屈が通っているかどうかは、さておいて。
「なにやら面白い事をなされるようでしたので。複製と量産に関しては、この『増殖』のアルベルトにお任せください」
「ベルベルってそんな担当だったんだねー。まー納得か。いっぱい居るもんね」
「その通りでございます」
「お任せと言ってもね。何をして貰ったらいいんだろ?」
複製に関しては、ハルも特に手間を掛けずに実行可能だ。既に並べた素材は全て<魔力化>し、データを登録してある。
「単純コピーじゃなくて変形して生成がまだ苦手かな。アルベルト、この金属、一メートル四方にして実体化して?」
「かしこまりました」
「やっぱりそんなに要らないから、その中の半径二十センチの球だけ残して消して?」
「かしこまりました」
「……なるほど、これはお任せ出来るかね」
指示の通りにアルベルトが物体を生成する。
コピーする際に、別の形に配列し直す作業がハルにはまだ手間がかかった。単一素材のパーツの場合、最初からその形で出力できれば加工の手間が無い。そこをアルベルトに任せれば効率的だろう。
「……しかし、本当に僕の上位互換だなアルベルトは」
「ご冗談を。私などハル様の足元にも及びますまい」
「この人、これ本気で言ってるからタチが悪い」
彼らは嘘をつかない。お世辞くらいは言うだろうが、これは世辞ではなく本心から言っているのだとなんとなく分かる。
しかし、何をそこまで評価しているのかは語ってくれないのだった。
その執事なのか秘書なのか分からない彼、いや彼女がメイドさんにお茶を出してもらっていた。変な絵面だ。
『自分も従者なので』、と丁寧に断って、メイドさんを困惑させていた。
「そういえばアルベルトは神気を感じないんだっけ? メイドさん達の反応も普通だね」
「いっぱいに分散されてるからかな?」
「いいえ、ユキお嬢様。私はカナリーのように本体が降臨している訳ではありませんので。神気は元々感じ難いのですよ」
「アイリも最初は分からないって言ってたしね」
「普通の店員さんかと思いましたー」
そのカナリーも何やら苦労して、セレステと共に神気を隠していた。今では羽の生えたマスコットとして、気楽にメイドさん達に親しまれている。
いや、甘やかされている。敬愛する神として、メイドさんは望みを何でも叶えてあげようとするので、主に食費が大変な事になっている。そこは拾ってきた責任で、ハルが工面していた。
「そういえばカナリーちゃん、僕も何か変なオーラ出してない? ヴァーミリオンの人たちの反応がおかしいんだけど」
「いいえー。“ハルさんは”特にオーラ出してませんよー。気にしすぎじゃないですかー?」
「ふむ。……なんか変なんだよね?」
「ハル様、僭越ながら。それでは聞き方が悪うございます。『僕から何かオーラが漏れていないか』、とお聞きください」
「あー! あー! アルベルトー、ちくりですー、密告ですー!」
「聞き方の問題だけで、ほぼ核心を突かれています。開示なさいカナリー」
「……カナリーちゃん?」
この反応で大体分かってしまった。つまりは、カナリーが神気を隠す際にハルに何かしたのだろう。
メイドさんはカナリーの威圧感が気にならないようになったが、その代わりハルの体からカナリーの威圧感が出てしまっているようだ。メイドさん以外は適応外なのだろう。
そういえばセレステも『私は隠している』、みたいに曖昧に言っていた。
後で追求しておくべきだろう。
◇
オーラの件は後にして、パワードスーツの作成に移ろう。授業の時間が終わり、ルナがやって来てメンバーが揃った。
価格でも性能でもない、もっと重要な問題点を話し合わなくてはならない。
「デザインを決めなくてはならないわね?」
「そこだよね。問題は」
「そこ問題? よくある感じで良くない?」
「ダメよユキ。かわいくないわ? アイリちゃんが着るんだもの」
そう、問題とはデザインであった。
デザインは苦手としている神様達は、そそくさと離れていった。
ハルが当初企画していたのは、そしてユキが今言ったよくある感じというのは、パイロットスーツ型だ。
ダイビング用の、全身をぴったり圧着するスーツにヘルメットが付いた物と考えれば分かりやすい。ロボットアニメなどによく出てくる物である。
ヘルメットが透明タイプか、お面のように顔を隠すかで多少変わるが、基本的に個人の個性はスーツに食われる。いわば“スーツがキャラクターと化す”のだ。
ルナはそれを嫌った。かわいいアイリが無骨なスーツに隠されるのは我慢ならないと。
「ハルもよ? 似合わないわ?」
「えー、かっこいいじゃん」
「そうそう。変身ヒーローだと思えばアリじゃない?」
ユキもパイロットスーツ寄りだ。ユキとハルは意外と男の子趣味で盛り上がる事もあり、スーツの無骨さや無個性を『ロマン』、仮面で正体が隠れることを『外連味』と感じたりする。
「アイリちゃんはどんなのが良いかしら?」
「わたくし、可愛いのがいいです!」
「だそうよハル。可愛くなりなさい?」
「僕じゃないよね!?」
たまにルナはハルを女装させようとしてくる。最近は無かったので油断していた。
女装して女学院に潜入するタイプのゲームに感銘を受けたらしいが、どこに感じ入る要素があったかは男のハルには謎だ。
しかし、可愛いのとなると少し難しい。基本的にパワードスーツは格好良い。
工業製品、ひいては兵器の一種であったりもするので、無骨なデザインになる事が多い事もあるが、全身を包み、ボディラインが出るという事が大きい。
別にボディラインを出す必要は無いが、その時点で機能は完結するので、どうしてもそのように纏まってしまう。追加は蛇足に、動きの妨げになる場合もある。
「そっか、アイリちゃんは体のライン出ると恥ずかしいよね」
「ハルさん以外が見るのであれば、はい……」
「ユキはスーツ姿も映えそうね?」
ちらり、とアイリが目を向けてくる。そこも考慮しなくてはならないだろう。
それにルナの言うように、背の高くスタイルも良いユキならば、着こなした姿は問答無用に見栄えが約束されるが、アイリはちっちゃい。
全身を覆った小さなその姿が、とてとてと走り回る姿をハルは幻視する。……方向性を考え直した方が良いだろう。
「あと顔は出ていないとダメよ、ハル」
「一気に難易度が上がった」
最も保護しなければならない部分を覆ってはいけないと言う。ヘルメットならば、宇宙服のような透明素材を使っても違和感は無いが、今までの流れでパイロットスーツのようなタイプはほぼ廃案だろう。ヘルメットだけ被る訳にはいかない。
「もういっそ、周囲に環境を固定する宇宙服まで行くか。私服で火星探査も出来る奴」
「なにそれ凄い。ハル君そんなの有るの?」
「確か企画だけね。体の周囲を力場で固定して、大気の組成や気圧、温度が違う惑星でも地球上と同じように生活できる装置。もうスーツじゃないけどね。外界と遮断する関係上、自然と防御力も強いよ」
「どこから持ってきたのよそんな企画書……」
「その前に明らかにオーバースペックでオーバーテクノロジーじゃない? SFかな? 何処行くのさ、そんな物着て」
「『りろんじょうはかのう』、だってさ。三秒は持つらしいよ、エネルギー」
「だめじゃん!」
「わたくし、もう何がなにやら?」
アイリが目を回してしまった。地球人にも理解不能な物だ、仕方ない。
宇宙探査が盛んに盛り上げられていた前時代、厳しい環境においても、なるべく行動を阻害しないタイプの宇宙服も盛んに研究されていた。
その発展系。環境が厳しいなら、環境の方を自分に合わせてしまえば良いという発想の元考案された、もはや服ではない宇宙服である。“環境を着る”のだ。
滅多に宇宙に出られない現代では無用の長物だが、地球にだって極限環境はいくらでもある。当時の発想を、現代のエーテル技術で実用化に近づけたのがこの企画だった。
難点は消費エネルギー。実用性を考える事すらバカバカしいその燃費のため、当然のようにお蔵入りしていた。
「まあ、簡単に言うと、凄い快適で防御力の高い空間を作れるけど、エネルギー消費がもの凄いんだよ」
「まあ」
「あ、ハル君、そのエネルギーを魔法で何とかしちゃう気でしょ?」
「ユキ正解」
エネルギーの問題点を要約すると、結局は保管場所が無いのだ。活動的であることが前提とされる探査において、大量の燃料を抱えて移動する事は現実的ではない。
外部から供給するにも、宇宙や極限環境が想定される目的なので、安定供給も望めない。
それを、空間的な制約を無視できる魔法で解決する。要は常時<物質化>で燃料を供給してやる形だ。
「僕とアイリ限定だけどね」
「すごいですー……」
「アイリちゃんも行けるのかしら?」
「ナノマシンと魔力に関しては、僕から介入できる」
「ハルに体を自由にされてしまうのね?」
「自由にされちゃいます!」
「またルナは変な言葉教えるー」
まあ、何らかのアクシデントで力場が解除されないとも限らない。強化外骨格の方の性能もきちんと追求した方がいいだろう。
あくまで、顔を出したデザインでも、顔を防御出来るシステムだと割り切り、基本はしっかりと抑えるべきである。
◇
「つまりはハル? それを使えばデザインは好きに決めても大丈夫なのね?」
「全身を覆う必要があるのは前提だけどね」
「タイツや手袋にすれば良いもの、問題ないわ?」
特に女性は、全身を覆ってもおしゃれがし易いだろう。ハルはアイリと一番最初に会った時の事を思い出す。
あの時もアイリは全身を、それこそ顔までヴェールで覆って姿を隠していたが、あの黒い衣装もどことなく高貴でおしゃれな感じはあった。
今回はもっと目立たせていいのだ。ルナなら容易であろう。
「お姫様なのだもの、長い手袋だってきっと似合うわ?」
「素敵な衣装ですねー」
「ルナちー絵うまい」
「結婚しているのだもの。ウェディング風でも良いわよね」
「ウェディンググローブってやつ? アイリちゃん結婚式は結局やってないしねー」
「これが花嫁さんなのですね!」
「ウェディングドレスで戦うのか……」
「ゲームならよくあるでしょう?」
ルナが衣装のデザイン案を描き起こしていた。<防具作成>での操作も非常に早いルナだが、より手軽で素早いため紙にイラストで案をいくつも描いているようだ。非常に多芸な彼女である。
ハルのデザインも任せても良いのだが、今のルナのテンションでは少々結果が恐ろしい。
もしもの時のために、自作のデザインも考えておくとしよう。




