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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1049話 かかった獲物は大きいか?

 ハルたちの世界に、次なる世界が接触域へと迫って数日。ついに世界同士の距離が、もうすぐそこにまで迫って来ていた。


 ここからハルが一気に触れに行こうとすれば、すぐにでも接触が可能。しかし、ハルはそれをせず相手の世界の拡大を待つことにした。

 相手はまだハルの存在に気付いておらず、世界の成長は全方位に満遍まんべんなく行われている。

 大まかに言えば円形のその世界が、こちらと接触するまで広がり切った時、初めて相手はハルの存在に気付くのだろう。


「相手も探知能力を持っているが、隠している可能性はー?」

「なさそうだよカナリーちゃん。世界の拡張には、君主の意思が伴う。こちらを意識しているならば、それが『態度』として表れるはずだ」


 その予兆よちょうを見逃すハルではない。正体不明の相手の拡張スピードは一定にしてつつがなく、完全に自己都合にて進められていると観察されている。

 こちらの世界の存在を知っていたならば、もし隠そうとしても、その隠そうとするぎこちなさが世界の形に『ムラ』として表れるはずなのだ。


 こちらに向かう方角の土地の発展を早めたり、または遅めてタイミングを計ったり。そうした恣意的しいてきな動作が、どうしても含まれるのは避けられない。


「《解析データに狂いはないっす。ハル様の仰るとーり、多少のランダム性はあれど、こちらを意識した分布の乱れは検出されていないと断言できます。向こうは平和に、おひとり様ライフを満喫している島じゃないっすかね?》」

「情報アドバンテージは、完全に僕らにあるっていう訳だ。相手からしてみれば、完全に未知の技術で探査されている事になるからね」

「私たちも私たちでー、アメジストには完全に未知の技術で翻弄ほんろうされているのがしゃくですけどねー」

「まあ、ねえ」


 とはいえ、今はゲーム内の事に集中しよう。いずれ、その謎についても明らかにしてみせる。そう決意するハルだ。


 そんなハルの待ち構える中、ついに相手の『国境線』がこちらと接触し、両者の領土の範囲がここに確定した。


「おー、見えてきましたねー。なかなか立派な国ですねー」

「《確かにこれは『国』っすねえ。今までも便宜上、皆さまそれぞれの世界を国と呼んだりしていましたが、今度の奴は見た目からして国感があるっすね! あ、いえ、リコ様の機械の国も、シルフィード様の森の国も、ご立派ですけど!》」

「別に言い訳はいいよエメ。要は、『街』があるってことだろう」

「《はいっす!》」


 接触した国境線の先に見えてきたのは、ファンタジー風の街並み。

 ハルたちもこのゲームを『国家運営ゲー』になぞらえて語っているが、作り出しているのはどちらかといえば自然の方が多い。


 一方で今回の相手は、その名に恥じない国家運営をきちんと行っている人物のようだった。


「どうしますー? 平和な街を戦火に染めて、誰が支配者か分からせてやりましょうかー?」

「おやめカナリーちゃん。また僕を暴君に仕立て上げようとするんじゃない」

「魔王様のお通りですよー?」

「ひとまずは、相手の出方を見る。その為の防衛線だからね」

「準備万端ですねー」


 敵対プレイヤーと接触するかも知れないと分かっていて、ただ無防備に待っているだけのハルではない。

 国境線のこちら側には、既に有事に備えた準備が入念に施されていた。


「相手側から見れば、急に進行方向に防壁が現れた、そう見えるだろう」


 ハルたちはあらかじめ世界をそちらに向けて伸ばしておき、中央部から遠ざけるための 余剰バッファを用意していた。

 その上で、国境沿いには屈強な壁を、見上げるほどに高くそびえ立たせていたのであった。


「《にしししっ。ビビり散らかすでしょうねえ。ランダムエンカウントした敵が、既に戦争準備を万全にしていたら! ハル様の威圧感に、恐れおののくことは間違いないっす! ……ところで、お相手はどんな方で? 気の弱い方でなければいいのですが》」

「ああ。大丈夫でしょ。こんなゲームに手を出すくらいだから」

「やってる時点で、怖い物知らずですねー」


 なにせこんな得体の知れないゲームなのだ。気の弱い人物なら精力的にプレイはすまい。


「監視カメラによるログイン履歴から計算して、八割がたで一致する人物が居る。まあ、僕らの知らないログインポイントが無ければといった前提だけど」

「生徒名簿によれば、『織原おりはら総士そうし』さんですねー」


 こちらに接近しているので、またハルの関係者かと思えばそうでもなかった。

 まあ、関係の深い者ほど接近するというのも、まだまだデータ量の少ない仮説だ。完全にランダムで配置されて来たという可能性だって否定できない。


 その総士君だが、特にハルとは関わりのない男性。過去にゲームで対戦した記録もない。

 そもそもそれほどゲームなどやらないタイプの生徒のようで、成績の良い、この学園の模範生もはんせいだ。


「模範生は夜に学園に忍び込んだりはしませんけどねー」

「そこも含めて“この学園の”模範生なんだよ。バレなきゃ、ルールを破ることに抵抗がない」


 成績優秀な良い子が、そのまま有力者の跡取りとして大成するわけではない。

 お金持ちの令息令嬢れいそくれいじょうが多く通うこの学園では、そうした機微きびも日々の生活で学んでいくようだ。


 まあ、ハルの通う特待生クラスは気楽なものだが。むしろ変人としての機微を多く学べるかも知れない。


「……クラスメイトとエンカウントするよりマシと考えるか」

「会ってみたいですねー。ハルさんのクラスメイトの方ー」


 そんな風にハルたちが好き勝手に言っているうちに、くだんの総士君が視界の先に姿を現した。

 遠巻きから注意深く、突如現れたハルたちの世界を観察している。


 さて、今度の相手は、果たしてどのように世界に対してアプローチしてくるのだろうか。





「……ひとまずは、慎重に警戒をしつつ様子見のようだね」

「性格がうかがえますねー。神経質タイプのようですねー」

「《ハル様とはまるきり別タイプのようっすね!》」

「僕も慎重だよ? けっこう」

「《ハル様は慎重にずんずんと敵陣に踏み込んで行っちゃうタイプっす!》」

「ですねー」


 それは慎重なのだろうか? しかし、実際に間違っていないので何も反論できないハルであった。


 一方の彼は、本当に慎重なタイプのようだ。自らの周囲には堅実に兵士たちを配置してガードし、こちら側からの奇襲を警戒している。

 プレイヤー無敵のシステムに甘えず、しっかりしている。

 まあ今回は、ハルから攻撃を加えるつもりは一切ないのであるが。


「作戦はー?」

「握手には握手を、ナイフにはナイフを」

「ハルさんのお決まりのやつですねー」


 味方には手厚く、敵には苛烈かれつに。まあ言ってしまえば、完全に受動的で相手任せということでもある。


 ただ今回は、情報収集が目的という側面もある。

 まだまだハルたちはこのゲームのシステムについてうとく、外交上なにが可能でなにが不可能なのか分かっていない。

 ならば、こちらからは動かないことで、相手の方から可能なことを教えて貰おうという訳だった。


「さあ、どうする? って、どうもしないのかーい」

「帰っちゃいましたねー?」


 そんな期待の視線でハルたちが監視しているのを知ってか知らずか、男子生徒は慎重に距離を取ると、視界の外へと去ってしまった。

 敵もまた、様子見ということか。今は互いに、じりじりと間合いをはかっている最中、ということである。


「《まあ恐らくは、一度メニューを確認しに戻られたのでしょうね。あの方は、ハル様と違って内部でメニューの確認ができませんから。マップを確認した後に、また改めて対応を決める気でおられると推測します》」

「エメのくせに的確ですねー」

「まあ、ね。慎重なタイプならそうするか。しかし不便だねこのゲーム」

「私たちは不便じゃないですけどねー。普通なら不便すぎてクソゲー認定ですよー?」

「《唯一性でなんとか食ってるタイプっすね》」


 一度ログアウトし、更にはエーテルネットに通じる外まで出て、初めてマップが確認できる。

 ハルのような神界経由の例外を除き、プレイヤーは必ずその手順プロセスを踏まねばならない。


 しかし、この短い間だけでも分かったことがある。あの生徒は、なかなか頭が切れる上に、大胆でもあるということだ。


「彼、帰る際にバリアを張って行かなかった。不在の際の奇襲を恐れていない」

「確かにー。繋がったのだから、こっちから攻めてくる可能性もありますものねー」

「《この防壁を見ても、ビビらなかったってことっすか》」

「逆だエメ。この防壁を見て、『ビビるに値しない』と判断したんだ」

「生意気ですねー」


 防壁を敷くということは、攻めではなく守りを重視しているということ。むしろビビっているのは相手と言える。

 特にこのゲームでは、領土の拡張をここまでで諦めているという事にもなるのだ。


 防壁を築いたとて常に広がり続ける世界の中では、すぐに後ろ後ろへと置き去りにされ役立たずとなる。

 そんなゲームでこんな建築をしている相手は、ことわりをしらぬ素人しろうと。そう切って捨てても構わぬと踏んだか。


「良い読みではある。まあ例外は、必ずこの地点で接敵すると相手が予知していた時なんだけど」

「そんな例外考えませんよねー」


 そうやって人物評を繰り広げていると、またすぐに彼が戻ってきた。

 心なしか、先ほどよりも表情に余裕と自信が増しているようだ。整った顔を得意げな表情に歪めている。ような気がする。


「あのドヤ顔は、メニューで何を見たんだと思いますー? なーんで調子乗っちゃったんでしょー」

「恐らくは、接触した相手、僕の国が今戦争状態だと知ったんだろう」

「《今もリコ様と『模擬戦』の真っ最中ですもんね。それすなわち、自身に向けられる剣が存在しないか、有っても大幅に少ないことを意味します。地理的にも高確率で挟み撃ちに出来る立場ですし、得意げにもなろうかと》」


 ということだ。そしてその認識は概ね正しい。この短い時間で正確にそのように分析できたあたり、優秀な人物のようだ。

 ……ゲーム以外でどうやって学んだのだろうか? ゲーマーとしては、そう首を傾げざるを得ない。帝王学という奴だろうか?


 しかし、その素晴らしい読みに一つ誤算があるとすれば、その戦争状態がハルによって演出された、ただの茶番だということだ。


「この展開を読んで、リコさんと戦争をー?」

「まあね。とはいえ一番の目的は、資源調達だけど」


 メニューに戦争状態が表示されることは、シルフィードたちを通して既に確認済みだ。接触した国が戦争状態であることは、その時点で通知される。

 ならばあらかじめ戦争状態にしておくことで、それを見た相手の対応を操れるとハルは考えたのだ。


「敵対的な相手なら、チャンスと見る。友好的なら手を差し伸べる。そうした平時より大きめのアクションを、強制的に引き出せるってことさ」

「意地悪ですねー?」

「策士と言って欲しいね」


 そして今回の男子生徒は、好戦的な性格のようだ。このチャンスにハルの国に攻め込む準備を、着々と進めていっている。


 国境の接触範囲を横に横にと拡大して行き、中央から兵を集めて配置する。

 平和な街として生み出されたマップは解体され作り直され、前線基地の野営地を兼ねる陣地として整備されていった。


 敵の兵は、一般的オーソドックスなファンタジーの甲冑騎士。ここに来て正統派の登場だ。

 リコの機械兵と同じく美しい陣形の展開を得意とするようで、きっちりと列を成して配置されている。

 長い斧槍おのやりを一律に構えて、君主の命令を待つ統率力の高さは機能美すら感じる。


 そんな騎士たちは、そびえ立つこの城壁を打ち崩してやろうと、出撃の時を今か今かと待ちわびている。

 敵は別の国との戦争中で、恐らくはこの壁は戦場と逆側。

 こちらにまで手が回らないから、こうして仕方なく防御の建築をして放置しているのだ。そう思ってしまうのは無理もない。


「さて、お手並み拝見といこう、見知らぬ人。楽しませてくれればいいんだけどね」


 今のところは、ハルの思い通りに事が運んでいる。そのかかった獲物を、舌なめずりするように待ち構えるお行儀の悪いハルだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゲームをやらない人間を引きずり込むとは、アメジスト、なかなかの手腕ですなぁ。プレイヤーの傾向に関しては何とも言い難いところがありそうですが、一応ゲームの特色とも言えますしぃ。炎上しそうな案…
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