第1047話 談合戦争と模擬戦の違いは?
そうして、機械の国の『採掘』が始まった。いや、採掘とは名ばかり、やっていることは兵士を派遣して国の建造物を破壊し接収する、れっきとした『略奪』である。
「あ~、ウチの可愛い機械ちゃんたちが~。不甲斐ない君主ですまない~」
「これって、一個一個リコの手作りなの?」
「ん? しらなーい。勝手に生えてくる。ぶっちゃけどんな機能を持ってるかもしらなーい」
「ぜんぜん可愛がってない……」
むしろリコの方も、人形兵たちに解体される自国のオブジェクトを興味深げに観察していた。
彼女の世界の機械はどれも大抵が、歯車とチューブの内蔵された構造をしている。
それらは精密に絡み合い絶え間なく動作をし続けているが、そのエネルギー源は謎のままだ。
施設を分解してみても、供給源は見当たらない。
壊れた瞬間にこれらは動きを止めて、再び寸分たがわず組み上げてみたところで動き出すことはないのであった。
「不思議だねぇ。不気味ですらある。これが本当に、私の想像力から生まれたのかな?」
「何か違和感があるの?」
「ウチ、細かい理屈とか重視するタイプだからさ。こうやって屁理屈で動かれてると気味が悪いてゆーか」
「さっきは可愛いって言ってたくせに……」
とはいえまあ、気持ちは分かる。気にしない者も多いだろうが、リコは複雑な回路設計が障害となる『魔道具』の制作を、難なくこなす程の理論派だ。
それは原因と結果を結びつける能力に長けていることを示しており、逆に言えばその原因の判然としない自分の世界の機械たちには、なんとなく首をかしげてしまうようだった。
「だからウチとしては、ハルさんたちの工場の方がずっと性に合ってるってゆうかー。だからウチの国にも工場作って欲しいなー、なーんて」
「それ、裏切った時に工場ごと持ってかれるでしょ。まあ、資材提供の貢献度次第かね?」
「よーっし! どんどん身売りしちゃうぞ~」
「あらら。『可愛い機械』はどうしたんだか」
とはいえ、それは理想的な国同士の相互扶助と言えるだろう。
リコは材料を供出し、ハルたちは技術を提供する。互いに高め合い、共に世界の成長を目指す。
同盟関係として、良いパートナーになれそうな相手であった。
「まあ、今は同盟じゃなくて隷属だから、僕らが一方的にメリットを享受するんだけど」
「言わないのー、そーゆー本当のことー。女の子に嫌われちゃうよー? 嫌いになっちゃうぞー?」
「大丈夫。もう嫁が何人も居るから」
「うわー! さいあくだよこの人ー!」
そんな女の子の世界から、容赦なくリソースを吸収していくハル。
材料を運び込んだ先のアルベルトによれば、やはりリコの世界の建造物は豊富な金属資源を内包しているようだった。
外装に使われる丈夫な金属に、内部の動力チューブに使われる伝導性に優れた金属。
各種合金はそのまま纏めて別の材料へと転化でき、ハルたちの工業化計画を大きく後押ししてくれた。
「ふむ? この調子で接収を続ければ、すぐに加工速度が追いつかなくなるね。電力余りの問題は解決されたという訳だ」
「まー今度は、ウチの世界がハゲ山になるっていうボトルネックが待ってるけどねー」
「それが問題だね」
「マジでそこまで持ってくの!? お城は勘弁してぇー!」
まあ別にハルも、『敗戦国は草の根ひとつ残さない』なんて言うつもりはない。
しかしそうなるとますます、再びの材料の枯渇は早まることとなる事には変わりない。
どうせ、調子に乗ったアルベルトがまた発電所を増産するのだ。供給量は、いくらあっても足りはしない。
終わりのないいたちごっこではあるが、ここで『そこそこでいい』と言ってはいけない。
現状に胡坐をかいていると、未知の事象に対応できず一瞬でゲームオーバーになるのだ。
「……ならばやはり、全解体か」
「なーにが『やはり』なのー!? 一人で納得してんじゃなーい!」
「いや、属国はやはり再起不能にするのがセオリーかと」
「友達なくすよ!? 特にこのゲーム人間関係ダイレクトだよ!?」
「ああ、それは困るね」
「あっ、そっちは困るんだ。彼女には困ってないのに」
大きなお世話である。まあ、それはともかく、全解体の冗談もともかく、出来ればリコも本当の仲間に引き入れたいと思っているハルだ。
世界同士の相性がいいのもそうだが、なんだかんだずっと同じゲームをプレイしている仲だ。見かけによらず話も通じる。
それに、今後のゲーム展開によっては、同盟の力が弱いとどうしようもない展開が訪れることだって考えられた。
「けどしかし、更なる発展のためには『採掘量』を増やさないといけない事には変わりない」
「『接収量』ねー」
「だから、リコにも頑張って国の資源を増やしてもらわないと」
「うーんビクともしないこの人!」
今、リコの国はハルの国の属国として多くの自由を制限されている。
戦力を動かすことの制限はもちろん、許可なくハルたちの世界へ立ち入ってはいけないという制限。そして、自国の領土を拡張することにも制限がかけられていた。
これは、許可をすると再びハルたちの方に浸食の手を進めてくる恐れがあるためだ。
その制限が、今は邪魔になっている。ハルたちの為にも、今はリコにはどんどん領土を拡張してもらいたい。
「……考えたんだけど、もういっそのこと隷属関係を解除するっていうのはどうだろうか?」
◇
「おー、大胆な作戦ー。いいよいいよー」
「そして、また戦争をしよう」
「おー、大胆な……、にゃんですった!?」
「吸ってないよ」
「にゃんですと!?」
「猫でもないよ」
「ハルさんちの猫ちゃん可愛いよね」
気持ちの切り替えの早い女の子である。いや、これは現実逃避をしているだけだろうか? とりあえず、メタが可愛いのは言うまでもないことだ。それを共通認識にして、なんとか気持ちを落ち着けてもらう。
冷静になったリコは、大きくため息をつきながら何かを諦めたような表情で頭に手を当てた。
「……どーせまた、ロクでもないこと考えてるんだー」
「その通り。使えるものはなんでも使う」
システムの抜け道を突く、ある種の裏技。言わば談合。チーミング行為。
通常のゲームならば運営により処罰される可能性もあることだが、ここの運営とはすなわちアメジスト。
説明責任を果たさない相手だ。むしろ、コンタクトを取ってきて欲しくすらある。
ハルは半ば本気で、今考えていることをリコへと語っていった。
「僕らの世界は、ご存じ何もない草原が続くだけの特徴のない世界だ」
「平和だよね。でも資源が無いことに悩んでる」
「その通り。でも、そんな僕らの世界でも、例外的に金属製品が採掘可能な場所があるんだ」
「ほうほう。それは例の、王女様の力?」
「いや、アイリはまた別。むしろ誰の力でもない。オート生成されたマップだよ」
「……んー。んー? あー、なーんか分かってきた感じ」
そう、リコも察した通り、それはかつての戦場跡だ。リコとの戦争の際に、数多くの機械兵が破壊され地に埋もれた凄惨な土地。
そこは、戦いが終わった後も通常の草原に戻らず、機械の兵隊が残骸となって、その身を世界と同化させていた。
錆びつき苔むして樹木に取り込まれ、歴史の果てに沈んだ古戦場といった風格を醸し出しているが、あの戦争はつい先日のこと。
というよりもむしろ、戦闘中にリアルタイムでマップが描き換わることで生まれた意味不明の地だ。
「要するに、戦争をすると僕の領地に資源が生まれるんだよ」
「どっちにしろウチから絞り取る気じゃん! 可愛い兵隊の命も差し出せって言うんだぁ!」
「うん」
「まあぶっちゃけ可愛くはないけど」
「けっこう愛嬌はあると思うんだけどなあ」
つぶらな瞳のセンサーアイと、ずんぐりとした大柄な体がある種の愛嬌を演出している。と思う。
まあ、機械兵の可愛らしさはともかく、あれと自陣で戦闘することである意味で能動的に資源を生み出せる攻略法となる。
そうやって良い感じに勝ったり負けたりの戦争を延々と続け、金属資源を大量生産するのがハルの今回の企みだった。
「でもさぁ、それじゃ、ウチの領地がガンガン減ってかない? 滅亡しちゃ困るっしょ、お互いに」
「そこも僕に考えがある」
「どーせロクな考えじゃないじゃん?」
「その通り。君には例のヘリで、僕の領地を破壊してもらう」
「やっぱヤバイよこの人」
ヤバかろうが狂っていようが、効率が良いなら容赦なく実行する。それがゲーマーであると、相場が決まっている。
……少なくとも、ハルとユキの間ではそう決まっている。今まで数々の頭のおかしいコンボを決めてきた二人であった。
特にこうした、いわゆる『自爆』による稼ぎの抜け道は多い。
戦闘行為に関する経験値量を大きく設定しているゲームは多く、そうしたゲームでは戦えば戦うほど強くなる。
しかし、敵の数が無限に供給されるとは限らない。その際に行われるのが、味方同士での戦闘行為だ。
仲間割れ、ではない。模擬戦である。これもある種の談合と言えなくもないだろう。
「あのヘリのロケット弾には、敵陣を自陣に書き換える能力があるよね」
「それを利用して、草原を機械パーツにしちゃうってこと?」
「その通り」
あの時ユキの突きあげた土の柱が、カラクリ仕掛けの時計塔のような建造物に描き換えられた。
ソフィーの足場として利用させてもらったあれを、今度は材料として利用させてもらおうという訳だ。
「そうして勝ったり負けたりしながら、どんどん世界に機械を増やしていく。ついでに、僕が一度取った土地をリコが取り返せば、プリセットのオブジェも再生されるかも……」
「ウチのこと骨の髄までしゃぶりつくす気だよこの男ぉ……」
「失礼な。互いに切磋琢磨し高め合うと言おう」
「高め合うとか、いやらしいこと言ってセクハラしてくるしぃ」
「いやらしいのは君の頭ね?」
とはいえ、割合的にはリコの世界が損を出すことに変わりはないだろう。そこは、属国の宿命として飲み込んでほしい。
……こんな事をするよりも、リコには地道に領土の拡張を行ってもらうことで資源の生成をした方が良いのかも知れない。
だがまあ、何事もチャレンジだ。色々言いつつもリコもまた乗り気で、その後もさまざまな悪だくみを話し合うのであった。




