第1046話 枯渇する材料、停止する工場
そうして次々と繰り返される工業発展。次々と作り出される発電施設。次々と稼働を始めて行く工場の群れに、ついに材料の供給が追いつかなくなった。
アイリも休まず材料を念出(誤字にあらず)してくれているが、彼女の念じるスピードよりも工場が材料を加工するスピードの方が早い。
そのためせっかく作った工場だが、今は稼働を停止している物が大半であった。
アイリもさすがに疲れが出てしまったようで、今は作業の手を止めて休憩に入ってもらっている。
この地で物を、土地を生み出すことには、何か集中力以外のエネルギーが必要だったりするのだろうか?
一応、ハルが常時確認しているデータの上では、完全に『異常なし』ではあるが。
「迂闊だったわね、アルベルト?」
「はい、ルナ様。迂闊でした。少々考えなしに、発電所を増やしすぎました……」
「異世界ならこれでも材料調達に困らなかったでしょうけれど、ここではアイリちゃん頼りだものね?」
「少し、楽しくなっちゃったみたいだね、お前も」
「……はい。反省せねばなりますまい」
「私も、アイリちゃんのように狙った物質を生み出せればよかったのだけれどねぇ」
そう言いつつルナは、大きな建物の一部であろう美しい外壁をすぐ傍に生み出していく。
ルナの得意は人工物、特に建築物のようで、お嬢様らしく荘厳な見た目の造形が得意なようだ。
それをもって、後でアイリとお城を作るのだと楽しそうに約束していたが、今ルナが作っているのはそのお城ではない。
単なる豪華な壁。しかもただ一枚だ、何かの建物の壁ではない。ただの壁。
しかも、その壁が生み出されると同時に、鋼鉄のハンマーを装備したハルの人形兵が、一斉に壁を叩き壊しては破片を運搬しているのである。
「シュールだ……」
「仕方がないわよ。直接の素材が用意できないなら、既存の物を加工して代用するしかないわ?」
ルナの生み出した美しい外壁は、生み出されると同時に即座に叩き壊され、アルベルトの溶鉱炉に叩き込まれる。
そうして中から使いやすい物質だけを抽出し、休憩中のアイリの負担をカバーしている。
非効率といえば非効率だが、ルナの生成はアイリよりも量そのものは多いため、これはこれで色々と用途はあるようだった。
「それで、どの程度とれるのかしら、アルベルト?」
「石材がメインであるようですので、目的の金属系は少なめであると言わざるを得ませんね」
「やっぱり非効率ね? もっと建築イメージの、パターンを変えようかしら」
「いえ、副産物の石材も、これはこれで要塞建築の礎になりましょう。なに、どうせ電力は余っているのです。その加工に勤しみましょうとも」
「……今度はルナをオーバーワークさせるなよアルベルト」
珍しく楽し気に張り切って、アルベルトは子供が無邪気に砂の城を作るがごとく次々と材料の加工を続けている。
流石は増殖のアルベルト、と言いたいが、このまま好きにさせていてはまた製造ラインを広げかねない。
ハルはそんなアルベルトに釘を刺しつつ、ルナの作業を見守る。
ルナが色々と生み出している建物の一部を、人形兵たちが破壊しては運搬していく。
この鋼鉄の『装備』は此度の工業化によって作られたものであり、それはもちろんハンマーだけではない。
有事となればそれら秘密兵器に持ち替えて、人形たちは前回以上の活躍を見せてくれることだろう。
その人形の仕事は、実に的確で無駄がない。これは、ハルによる指示で、まるでストラテジーゲームのコマのように効率的に動き続けている。
「やっと仕事が出来た気がするよ。これでヒモは卒業かな」
「あら。たまには休んでいてもいいでしょうに? 少しくらいは私たちに任せなさいな」
「いや、信頼してない訳じゃないんだけどね……」
「ワーカーホリックねぇ。ハルは紐よりも、レースの方が好きなのね?」
「まあ、どちらかといえば」
「じゃあ、今日はスケスケの物にでもしようかしらね。みんな揃って」
「巻き込むな巻き込むな他の子を……」
今は二人きりとあって、ハルもルナも気を抜きがちだ。珍しくハルも彼女の戯れに乗っている。
いつもはみんなのお姉さん的な態度のルナも今は、甘えるような態度でスキンシップ多めだ。
一応、二人の関係は『腐れ縁の幼馴染』、とでも言えるだろうか。ユキとはまた違った、気安い間柄。
そんなルナとこうしてのんびりアイテム作りのゲームをするのも、これまで随分と繰り返してきた事になる。
言葉少なめに、けれども会話はとめどなく、たまにえっちな話も織り交ぜながら。
そんな昔のことに思いを馳せていたハルだが、一足先に現実を直視したルナの言葉に、ハルもまた意識を浮上させた。
「しかし、この作業を繰り返していたとしても、根本的な解決にはならないのよね?」
「そうだね。でも、そもそも根本的に解決する必要がないとも言えるけど。アルベルトが張り切りすぎただけなんだし」
「そうかも知れないけれど、でも、今後あれだけ必要となると思ったから、あれだけ発電所を用意したのでしょう?」
「それは、まあね」
今後、どのような厄介な世界と敵対することになるか分からない。どれだけの巨大派閥と相対するか知れたものではない。
そんな中で孤軍奮闘するハルたちには、敵の規模をはねのけるだけの技術力が必要だ。
その為にはまだまだ工場を拡大し、製品の精度を上げ、更なる最先端の施設を作り上げていかねばならない。
そのように、アルベルトは考えているのであろう。この過剰な電力も、その時にはきっと足りなくなる。
であるならばハルたちは、その計画に向けてここで足踏みをしている訳にはいかない事は明らかであった。
*
「採掘をしよう! こういうのはきっと、地面の中に埋まっているに違いないよ!」
「確かに、そんな感じはしますね。もう試しましたか、ハルさん?」
「そこそこは」
工業化の停滞を解消すべく、ハルは同盟国の面々とも対策を話し合うこととした。
ソフィー、シルフィード、そして一応、属国のリコも招いて知恵を借りている。
「そんで? お宝はザックザク出た? 金銀財宝埋まってたかなぁ?」
「いや大して。僕らの世界の土は、いたってシンプルでね。特筆するところは何もなかった」
「まーそんでも、何かの実験で役には立つっしょ。ただの土でもさ」
「その通りだね。でも、残念ながら今じゃないかな」
軽い見かけと喋り方に似合わず、理科知識の豊富なリコ。ハルたちの活動と、今後やることになるかも知れない展望も語らずとも認識している。流石は理子なだけはある。
彼女の言う通り普通の土でも、今後何かの材料として活躍する時もあるかも知れないが、今はとにかく金属が欲しいハルだ。
ハルたちの世界は、全体的にはのどかで平和な世界。風そよぐ草原の下を掘り返しても、工業用途に適した埋没物はまるで見つからないのだった。
「じゃあ私の世界! ……はそもそもあんまし地面が無いしな~」
「ソフィーさんの世界は、家で埋め尽くされていますものね」
「珍しーよね」
珍しい、と言うほどリコは様々な世界を目にしてきたのか、という勘ぐりは今のところ置いておいて。確かにソフィーの世界は発掘には適さない。
数多の部屋と、入り組んだ廊下が、世界そのものを一つの巨大な日本家屋のように形作っていた。
「そもそも、ソフィーちゃんの所からは『鉄』を大量に輸入させてもらってるから」
「うん! 私も、投擲の訓練になっていいことずくめだね!」
「……えっ。……刀投げて運んでるの? 超イミフ」
「……考えすぎない方がいいですよ先輩。ソフィーさんはどちらかといえばハルさん寄りですから」
「そーする。身をもって知ったしぃ」
ソフィーの国特産である『鉄』、いや高品質の『玉鋼』すなわち刀は、今も風に乗って大量にハルたちの元に送り届けられている。
初めは、返却ルートも用意しようと考えていたハルたちだが、どうやら投げても投げても家の中から『生えてくる』、補充されるようで、返却は不要とのこと。
なのでハルたちはありがたく、鉄製品として活用させて貰っているのであった。
そうしたソフィーとの同盟のように、輸入として必要な物品を確保できれば都合がいい。
現実と同じだ、足りないものは他国から仕入れ、逆に他国が必要としているものを供給できれば互いに喜ばしい。
そんな、貿易によって不足物資を確保できれば、アイリたちに無理をさせなくてもこの事態は解決できるのではないだろうか?
「シルフィーちゃんのとこは!?」
「うーん。私の国ですか? その、うちも土地ばかり広くて、でも全体的に森しかないような世界ですよ?」
「掘り返そう!」
「ええっ!? ま、まあ、ハルさんのためなら、やぶさかではないとはいえ……」
「無理しなくていいよシルフィー。僕も、あの綺麗な妖精の世界に無粋な採掘の手を入れるのは少々気が引ける」
シルフィードの世界も、ハルの所と同様に自然豊かな世界だ。妖精の森に覆われたその世界は、木材資源は豊富だが、鉱物がありそうな雰囲気ではない。
一応、彼女の豊かな想像力によってか、広大な土地を有しているが、そこに自然破壊の手を入れるのは憚られる気分であった。
「えー? やっちゃえばいーんちゃう? 案外地下には、使えそうなもん眠ってるっしょ!」
「……うっ。そ、その、少しだけでしたら、まあ」
「よーしけってー! きっとファンタジー物質が採掘できるって!」
そんな美しいシルフィードの世界を、強引に掘り返そうとするリコの魔の手が迫る。
シルフィードも先輩相手には、あまり強く主張できないようだ。これが、パワハラという奴であろうか?
さて、そんなリコの勢いにあやかって、強引に採掘隊をシルフィードの世界に送る前に、ハルにはしなければならない事がある。
それは、この実質部外者であるというのに、焦って話を纏めようとしているリコに、恐れている現実を突きつけてやることだった。
「それ以前にリコさん。君の世界にお邪魔すれば、手軽にしかも確実に、金属が大量に取れると思わない?」
「うわーっ! やっぱ来たじゃんさ!!」
「あ、あはは。まあ、それは確かに、そうですね?」
「機械の国だもんね! お城をバラせば、きっと使い切れない金属が取れるよハルさん!」
「残念だけどねソフィーちゃん。あのお城程度じゃあ足りなさそうだ。国中の街灯とか色々、ありとあらゆる物を根こそぎ持っていかないと」
「おお!」
「や~め~て~~。お願いだから~~」
金属が必要という時点で、恐れていたであろうこの決定。属国という立場上、この要請を拒むことはできない。
リコはそんな君主国の強制徴収の決定を、涙目に顔を歪めてハルにすがりつきながら慈悲を乞う。
「ふむ? なるほど。これが、滅亡させずに残しておくメリットか」
「あっ、なるほどね! ハルさんの世界に全部変えちゃったら、機械部品をぶんどれないもんね!」
「許してくださ~い……」
容赦なく無慈悲な宣告を告げるハルとソフィーに、リコはもはや先輩としての威厳も体面も取り繕うことなく、必死に許しを求めている。
まあ、可哀そうなので、根こそぎの接収はしないでおこう。
ただし、彼女の国から材料を引き上げること自体は、止めるつもりはないハルだった。




