第1045話 世界を発電所で埋め尽くせ!
そうしてハルたちの世界は一気に文明の階段を登って行った。
電気を手に入れたアルベルトが次に着手したのは、金属の精錬。冶金の作業。
電気炉によって鉱石を融解させて、扱いやすい金属を作り上げるのだ。
そして、それで何をするのかといえば、もちろん新たな発電設備を風の道に整備していく。少々、妙な話ではある。
「最初から、この金属をわたくしが生み出せばいいのではないですかアルベルト?」
「そうもいきませんアイリ様。アイリ様が創造する物品はどうしても自然物。こうして扱いやすいように作り変えねば、最大の効率を発揮することがかないませぬ」
「むむむ! ふがいないですー……」
「そんなことはございません。狙った物質を生み出せるだけでも大したものだと、ハル様も褒めていらっしゃいました」
「やりました!」
そう、今のところ、『金』を生み出そうとして金を、『鉄』を生み出そうとして鉄を創造できるのは、アイリのみに限られる。
ユキやルナも世界を想像し創造することは出来るのだが、その中身までもは指定できなかった。
シルフィードやソフィーも同じだ。特に彼女らは、世界の『設定』の方にその想像力がどうしても引っ張られる傾向があるようだった。
そうした特性のため、今はアイリはアルベルトと組んで、発電機を次々とアップグレードする作業に従事してくれていた。
「発電機を使って、発電機を作る、これを繰り返すのですね? でも、なぜこのような事を?」
「階段を一歩一歩登るような感覚だとお考え下さい。アイリ様は、今は魔法で飛ぶことが出来ずに、階段の二段先にも足が届きません」
「わたくし、小さいですから……!」
「一歩一歩、地道に進むのが一番なのです」
高度な作業をしようとするほど、大電力が必要となる。原始的な発電機ではどうしてもパワーが足りず、徐々に効率を上げて行くしかない。
回り道に見えても、エネルギー源は全ての作業にとっての要。ここをいかに仕上げるかによって、今後の工業化のスピードが左右されるのだ。
「まあ、一歩一歩と言ってる割には、加工技術が数段飛ばしのワープ進化だけどね」
「それは仕方ありませんね。工具からの作成となると、更に階段が延びてしまいます。楽しそうではありますが、我々にその時間はありません」
「あっ! ハルさん! 見てください、わたくしの機械!」
「ああ、よくできているよアイリ。なんだか昔の工場みたいだね」
「これもまた、趣があるという奴なのです!」
何に影響されたのか、アイリがそんなことを言っている。だが確かに、各地に次々と工場施設が増えていった頃の見た目は、こんな感じだったのだろうか。
大ぶりなコイルが目立つ部品の周りを、打ち出し加工の鉄板のような物が覆っている。
無骨な見た目は半ば手作りであることを主張しており、完璧な機械加工の製品よりもこちらを好む者も居るだろう。
ただ、いかに手作りとはいえ、いきなり生成できる精度の部品ではない。この成形には、もちろんアルベルトが一枚かんでいた。
銅線を細く糸状に加工するのも、鉄板を正確に狙った形に加工するのも、アルベルトが何処からか取り出した万能工具にて、異常な精度にて加工が完了されている。
「チートだね」
「チートですね」
「なのです! 他の方には、アルベルトが居ないのでぜったい真似できないのです!」
「分かりませんよ? この学園になら、実習の為の機材が揃っているやも知れません」
「まあ、リコみたいな例もあるしね」
過去の技術を今に伝えるべく、機械知識に関しての教育や研究も行われているのがこの学園だ。
リコの所属する研究室とやらも、そうした物の一つだろう。
彼女らがその気になれば、今のハルたちと同じようにこの地に一から機械文明を築くことも、理屈の上では可能かも知れない。
ただ、現実的にどうしても壁となるのは、知識の面だ。これは、カナリーたちのゲームでもネックとなった現象。
現代では資料の参照をほぼエーテルネットに頼っている。その接続が出来ないここでは、効率的な生産活動は困難だろう。
もちろん、教科書などの持ち込みが可能な分あちらよりマシと言えるが、それでも難易度は非常に高い。
これは、学園の理念を実践する場が訪れたということだろうか? 勤勉な学生であるリコたちには、どうか頑張っていただきたい。
「まあ、僕らは容赦なく楽をさせてもらうんだけど」
「ええ。使えるものを使わない手はございません。“私の電力”についても、補充がきくようになりましたので」
「今はユキも戦闘してないしね。アルベルトが使うといい」
「はっ!」
見れば、風の通り道には明らかに周囲からは浮いた近代的、いや未来的な装置が、一区画だけ存在していた。
これが現実の電気を生み出しており、アルベルトとメタ、そしてユキのエネルギー源となっている。
風力発電、と聞いて多くの者が思い浮かべる風車のような形ではなく、大半の者には中央に丸い穴の空いた謎のオブジェ、としか見えないだろう。
しかし、その奇妙な見た目に反し、発電効率は恐ろしく高い。アルベルトの万能工具の消費電力も、余裕で賄えているのであった。
「こうやって、するすると金属が糸のようになっていくのは、とっても面白いですー。ずっと見ていられそうです。……はっ! わたくしも、次の鉱石を生み出しませんと!」
アルベルトがニッパーのような装備に溶けて柔らかくなった金属を通すと、それだけで狙った形状へと自由自在に変形されてゆく。
そうして組み上げられ、次々と生み出される発電機の数々は、一個設置されるごとに如実に発電量を増していった。
「すごいのですよ! 最初は、木を生やして、それを燃やして温めていたのですが、もうそれも要りません!」
「やはり燃焼よりも電気ですね。それが証明されたと言えましょう」
それよりも、アイリに化石燃料を出してもらえば良かったのではないか? そう思ったハルだが、アルベルトの機嫌が良いので口には出さないことにした。
人にも神にも、それぞれ自分の信じる正義とロマンがあるのである。
*
「ハル君こっち水路引けたよー。なにすんのー?」
「冷却と湯沸かし」
「どっちかにしなさい」
「どっちもやるんだよ。無駄がないだろう?」
「確かに!」
一方で、ユキとルナにはこの世界その物の拡張作業を頼んである。まだ見ぬ『敵』との戦争に備え、装備だけでなく国土の拡張も急務であった。
どうやら兵士の動員数は『勢力値』の高さに比例して増えるらしく、リコのヘリコプターのような上位兵力の生産も勢力値が高くないと行えない。
とにもかくにも、国土は広ければ広いほど良いことがある。その土地の拡張には、どうやらユキの相性が良いことが最近分かってきたのだった。
地面から土の槍を自在に生やして見せたように、ユキにとってこうしたゲームのマップは、自在に動かせて当然という訳だ。
「このまま、丘とか谷とか、堀とか作って世界そのものを要塞化する?」
「いや、それはアルベルトやメタちゃんに任せよう」
「にゃうっ!」
「あらら、結局要塞化はするのね。半分冗談だったんだが?」
「にゃっふっふ……」
「メタちゃんの工場も要塞だもんね」
「にゃうにゃう♪」
十分な電力の供給体制が整い、生産工場をフル回転させるエネルギーが賄えれば、その有り余る工業力を生かして防衛施設も作り上げる予定だ。
単純に戦いに有利になることは勿論、せっかくの施設を戦争で破壊されない為にも必須であると言えよう。
そのためには、利用するのは風力だけでは心もとない。水力も、そしてやはり火力発電も、作れるものは何でも作っていかねばならない。
「火力発電には水が大量に必要だからね。今のうちに用意しておこう」
「ばしゃ♪ ばしゃ♪」
「おっ、メタ助、お前水怖くないんかー?」
「にゃう!」
「メタちゃんは水で錆びるようなやわな体してないもんね」
「いや、猫って確か水が嫌いじゃなかったっけ……」
ユキの素朴な疑問に、しばし二人で顔を見合わせるハルとメタである。数秒間の熟考の結果、二人はそれを聞かなかったことにした。
水を怖がっていては機械の神など勤まらないのだ。それに、水遊びが好きな猫だって中には居るだろう。
そんな大規模な治水工事と、新発電所の予定地の整備はつつがなく進んでいった。
いずれ、この無限に供給される都合の良い水を熱して蒸気にすることで、更なる発電が行われるのだ。
発電とは、いかに効率よく湯沸かしをするかを追及するかの研究である。そう言う者も居るほど、いつの時代も切っても切れないのが蒸気タービンなのだ。
「いずれ原子力もやるん?」
「いや、なんとなく、アイリは放射性物質を創造できない気がする」
「ハル君ならいけそうなんだけどねぇ」
「それを言われると、無力感に苛まれるんだけど……」
「気にするな気にするな。たまにはいーじゃん、こーゆーのも」
「なうなう♪」
ユキとメタが慰めてくれるが、どうにも肩身の狭い思いはぬぐえないハルだ。
皆、この自分たちの世界の発展に尽力してくれているが、ハルだけが何も出来ていない。どれだけ気合を入れて念じたとしても、ハルだけは何故か世界の創造が出来ないのである。
「この世界がプレイヤーの才能によって成長するとすれば、僕は才能ゼロということだね……」
「ヒモハル君、再び」
「懐かしいね。でもヒモはやめて?」
「ぐい~~~~っ」
ヒモのように体を伸ばして大きく伸びをするメタと合わせて、しばしユキにからかわれるように慰められたハル。
まあ、拗ねてはみたが今さらではある。アメジストの作り出した『スキルシステム』とは、どうにも一貫して相性の悪いハルだった。
その対象はどこまでも人間。現行の日本人の為のものであり、ハルが対象外であることは仕方のないこと。
むしろ、その事実をもってアメジストの目的に迫ることを考えた方が良いだろう。
そして、そんな『才能ゼロ』のハルではあるが、そのスキルシステムから人間として認められる瞬間が実は存在する。
それはハルが意識拡張を行った時。世界に広がるエーテルネットに、自らの意識をあまねく拡げた時である。
その時だけはどんなプレイヤーよりも優れた人間として、スキルシステムからもほとんどチートのような評価値を得られている。
それはきっと、このゲームにおいても同じだと予想される。その結果、何が可能となるのだろうか?
最近はほぼ行ってきていなかった意識拡張ではあるが、場合によっては切り札として、今回それを行うことも検討に入れるべきかを考えるハルなのだった。




