第1044話 近づく世界に遠ざかる世界
新機材も持ち込んで改めてゲーム内に戻ってきたハルたちだが、この世界を調べるにあたり少々面白いことが分かってきた。
反射探知を用いてハルたちの世界と、周囲の空間に漂っているであろう他の生徒の世界の距離を調べた結果、その距離が可変であることが判明した。
個々の世界は島のように、虚空の海の中を座して動かぬものと考えていたが、どうやらもっと船のように、随時その位置を変えているようだった。
「なるほど? つまり、最初にシルフィードの世界との距離を調べた時と、実際に確定した今の距離が違ったのも、互いに近づいた結果という訳か」
「《ほら! ほら! わたしの計算はやっぱり間違ってなかったんすよ! 何百キロも離れてたのは事実だったんすよ、正しかったんすよ! いやー、困っちゃうなー、間違ってたことにされて、おしおきもされて。これはどうしてくれましょうかねー?》」
「そうだね。じゃあ、詫びおしおきすることでチャラにしようかエメ」
「《なんすかその概念ー! ひんっ!》」
通信越しにオペレーターを務めるエメの元に、おしおき用の分身を送り込んで黙らせておく。
どうせ本人も望んでいるのだ。理不尽であるが何も問題はない。
「えっと、つまりどういう事なのでしょうか? 私のマップは、動くのですか?」
「いや、今は動いていないみたいだよシルフィー」
「でも当時は動いていたと。要するに、誰かと接触すると、その位置が『確定』するとでもいうのでしょうか?」
「その可能性はある」
そして、その位置を決めているのは恐らくは、プレイヤー同士の関係性だ。
ソフィーやシルフィードは、ハルとの関係が深かったため、初期位置から大幅にご近所の国となった。
そうやって、仲間同士で接触しやすくなれば、ゲームも次の段階へとスムーズに進行させられるだろう。
「それでは、この離れて行っている国は『敵』、とそういうことなのでしょうか?」
「それは分からない。他の仲間に向かって行っているだけかも知れないしね」
「なるほど」
「それに、僕はむしろ敵対しているほど、近くなるんじゃないかと思っているんだ」
敵であるほどに離れて行っては、いつまで経っても戦争イベントが発生しない。
ゲームを次に進めるためには、同盟だけでなく戦争をも、スムーズに発生させないと盛り上がらないという側面もある。
そうした様々な都合、もちろん運営としての都合が良いように、プレイヤーの知らないところでそれぞれのマップの再配置が行われているのだとハルは考える。
「シルフィーは、味方や敵はいるかい?」
「いえ、私はクラスでは目立たない方でして……、家同士のお付き合いもありませんし……」
「ゲームばっかりしてるもんね」
「ハッキリ言わないでくださいよぉ」
「あはは。すまない。じゃあ、シルフィーの国めがけて向かってくる国はとりあえず無さそうか」
「ハルさんはどうです?」
「僕? 僕かあ。友達は居るけど、特別に仲の良いかというと、そうでもないかな?」
最近はルナと共に学園は休みがちということを除いても、そこまで踏み込んだ間柄の友人は居なかった。
相手としても同様で、クラスメイトとしての親しさ以上には、ハルへと踏み込んでは来ない。
その理由としては、ルナの存在が大きいことは明白だ。
「ルナといっつも一緒だったからね。どうしても身構えちゃうんじゃないのかね」
「……なるほど。ルナさんの実家は、特別ですものね」
遠い目をして語るシルフィードも、一応は良いところのお嬢様だ。しかし、そんな彼女にとってもルナの家は『格』が違って見えるらしい。
いわゆる庶民から見れば、ルナもシルフィードも一緒くたにして『お嬢様』だが、内部から見える景色はまるで違う。
ハルもどちらかといえば感覚的には庶民なので、そのあたりの機微はよく分かっていないのが正直なところだった。
「まあ僕も僕で、シルフィー同様にゲームしてばっかりだったし。あまり気にしている人は居ないんじゃないのかな?」
「はぁ……、そんな訳ないじゃないですか……」
「そうかな?」
「ご自分のこととなると、良く見えないんですねぇ」
そうかも知れない。自覚はあるハルだ。もっと言えば、『見ないようにしている』が正解か。
自分と、家族たち、仲間たちのこと。そこに関しては合理的、効率的だけを重視する管理者としての観察力では見ないように意識している。
そのことで後手に回ってしまうことは幾度もあれど、その認識を変えるつもりはないハルだった。
「とはいえ、明確に敵対視している方は居なさそうだというのは私も同意します」
「そうかい? ならよかった」
「ただし目立っていないという意味ではありませんからね? 力が強すぎて、刃向かう気が起きないだけです」
「学園ではそう力は見せていないはずだけど……」
「はぁ……」
また呆れられてしまった。まあ、その辺は理解はしている。とぼけてみただけで、理屈で分からぬハルではない。
在学中から社長として起業しているルナと共に、ハルも様々な事業を手掛けている。
有力者の跡継ぎも多く在籍する学園だ、そんなハルの活動を、企業目線で詳しく知る者も居るだろう。
そして、ハルにはそれ以外にも、もう一つの顔がある。
それはルナではなく月乃のパートナーとしての顔。月乃が情報の世界を牛耳る為の懐刀。暗部の執行役がハルであると、もっぱらの噂であった。
それも、良家の子女であるほど耳にしている話だろう。
「じ、実際のところ、どうなんです? 月乃様は、どのようなご命令を……」
「おや。気になるかいシルフィー? 興味ある? 踏み込んじゃう?」
「い、いえ! 遠慮しておきます! 私は、消されたくないので!」
「大丈夫だよ。別に、奥様はそんなシルフィーを消したりしないさ」
「で、ですよねっ。月乃様は私みたいな、弱小一般家庭にはご興味はありませんよねっ」
いや、そもそも月乃は邪魔者を暗殺したりといった直接的な手段を取ることはない。意外だろうか?
脅しをかけたり、弱みにつけ込んだりすることも少ない。ただ静かに、『知っているぞ?』というオーラを放出するだけである。
そうやって月乃が『知っている』多くは、ハルが秘密裏に集めた情報であるのは間違いなかった。
「あ、危なかった……、あやうくヤバい世界に、踏み込んでしまうとこでした……」
ほっと胸をなでおろすシルフィードだが、実のところ彼女は異世界と神々の秘密という、特大にヤバいネタに既に踏み込んでいるので、もう手遅れである。
*
「なるほど? つまりハルを目掛けて、向かってくる国は目下のところなさそう、ということになるのかしら?」
「まあ、仮説が正しいことを前提にするならね」
「となると、わたくしたちの次の対戦相手は、リコさんのお仲間、ということになるのでしょうか!」
そうなるのかも知れない。今、ハルとリコの世界は地続きであり、リコを対象とした判定もハルが同時に受けることと他ならない。
リコの敵であれば興味はないが、味方が寄って来てしまうと話は違う。
彼女を下し、隷属させているハルの国は、リコの派閥にとっては憎き敵だ。
リコを不当な拘束から解放せんと、問答無用で襲い掛かってくるかも知れない。
「まいったね、どうも。しばらくは内政の強化と、音楽室の調査とかして過ごしたいのに」
「今こちらに接近している世界は、あるのでしょうか!?」
「《ひとまず、団体さんはなさそうですねえ。周囲の国々はごちゃごちゃ行ったり来たりしてますが、真っすぐこっちに向かってる所はないみたいっす。一つ、遠方からこっち目掛けて向かって来てる奴はいますけど……》」
「単体か?」
「《その通りっす!》」
「単体となると、リコさんの仲間ではないのかしらね?」
「それ以前にー、狙いが私たちとは限りませんよー。この近くの、誰かの味方もしくは敵って線もありますからー」
「確かにね?」
となれば、さしあたってはすぐにリコの派閥との総力戦は心配せずに済みそうだ。
リコ本人からも、仲間の国がテレポートのように救援に駆けつけてくるシステムはまだ知らないと確証を得ている。
となれば、今は次の戦争に向けて、可能な限り力を蓄えておくことが重要になるだろう。
「ユキの件はなんとかなりそう?」
「機体に関しては半分趣味みたいなものだから、三人の自由にやらせよう」
「きっとわたくしの想像もしないシステムが、お披露目されるのです!」
「……あんまり奇抜なのは止して欲しいけど。あとは、充電をどうするかを今考えているみたいだね」
ユキたちが持ち込んだ最新鋭の発電機は、この世界でも問題なく機能しているようだ。あとはその装置の生んだ電力を、どのように受け取るかが課題となる。
これから先、ハルたちの世界も大きくその土地を拡張していくことだろう。それに合わせ、戦場もまた広範囲に及ぶこととなる。
ではその拡大した戦場で、ユキはどのように電力を補給すれば良いのだろうか?
「方法は大きく分けて二つ。自国内ならワープ出来るのだから、電池切れの度にユキがワープして電池を交換するか」
「それで問題ないのでなくって?」
「ですね! それでいきましょう! おおきな充電器つきの、基地を作るのです!」
「お城にするんですよねー、アイリちゃんー」
「はい!」
「しかしこの案は、ユキたちとしてはイマイチだそうだ」
「なんと!」
ワープできるとはいえ、どうしても、一時的に戦場を空けることになるからだそうだ。
大事な、一分一秒でも惜しい場面で、電池切れで離脱せざるを得ない状況というのはどうしても避けたい。その懸念が強いらしい。
「では、どうするのでしょう? 充電ケーブルを、国中に伸ばしましょうか!」
「アイリも機械文明に詳しくなったねえ」
「そうね。もはや私より、アイリちゃんの方が詳しいんじゃないかしら?」
「えへへへ、ゲームにいっぱい、出てくるのです!」
ゲームには開発当時の世相が、色濃く反映されるもの。アイリのよくやっている昔のゲームには、まだまだ電気文明が全盛期の物が多かった。
「そうやってケーブルを伸ばすには、また材料問題が立ちはだかるし。戦闘時に破壊される恐れもあるからね。どうにかして、ダイレクト給電できるように出来ないか考えてるみたいだよ」
「あっ! 私の家の近くにいっぱいあるやつだ!」
そんなことを話していると、元サイボーグとして電力問題とは切っても切れない体であったソフィーがこの場に到着した。
彼女の居た田舎の町には、道路の下にそうした給電網が張り巡らされ、住人が電池切れを起こさないように配慮されている。
そんな、今は必要なくなった故郷の設備を思い出したのだろう。生身となった手足をさすって、なにやら考え込んでいるソフィーだ。
「いらっしゃいソフィーさん。さて、シルフィーが戻ってきたら、三か国会議を始めるとしようか」
今後の世界発展には、同盟国との足並みを揃えることが肝となる。
そのための会議を、ソフィーも交えてこれから行い、いよいよ実際の領土拡大に着手していくハルたちであった。




