第1043話 課題と発展と新装備
「とはいえアレ、センサーに映らないんだよねえ」
「まあその辺はハルさんの素晴らしい調査能力で頑張って~。応援してるよ~」
「コイツ、他人事だと思って……」
「えー、だってねぇ。ボクは、日本には干渉できないからさあ?」
実際、それはその通りである。にやにやとおちょくってくるマゼンタの口調はともかく、そこまでの協力を彼に求めることは出来ない。物理的に。
結晶化技術を使用している可能性が浮かび上がったとはいえ、それを調査する手段に欠けていることには違いがない。
物質としての形を持っているとはいえ、あれは元が魔力であることには変わりないのだ。
目には見えるが機械には観測されず、データ上は何故か『そこには何もない』ということになってしまうのだ。
過去、初めてハルが結晶化に、いわゆる『遺産兵器』に触れたときは、その謎に苦労させられたのは今となっては懐かしい。
ただ当時は、魔力を自由に扱える環境だったので、そこまで苦労はしなかった。
しかし今は、その魔力を封じられている。なんとも厄介な縛りプレイだ。
「でも例えばだけどさぁ? 音楽室の楽器に偽装した魔道具があったとして、それをどうするの? ハルさん撤去する?」
「……そうだね。それは、撤去せずに放置するかもしれない」
「やっぱりね」
結晶化した物質こそが諸悪の根源。そう断じて原因となる魔道具を排除してしまうのは容易い。
しかしそれでは、アメジストを追い詰めることはできず、事態はまた振り出しに戻ってしまうだろう。
必要なのは、対処療法的に穴を塞ぐことではなく、根本的な解決。
「いーのかなぁ。無辜の民が、危険にさらされてるかも知れないんだよ?」
「リスクは覚悟の上さ。実に勝手な話だけど、何らかの危険があることも承知で僕は彼らを釣り出したんだ」
「彼ら? ハルさんは複数は確定だと思ってるの?」
「そう思っておいた方がいい。……リコリスとガザニアも居たことだし」
「容疑は否認してるけどね」
少し前、ハルは日本でかなり派手な動きを見せた。当然、それは純粋にカゲツのゲームとその『コラボイベント』の成功を願ってのことだったが、同時に神々に対する誘いでもあった。
それに乗って動き出したと考えられるのが、アメジスト。そしてその協力者だ。
そうやって誘いを掛ける以上、日本側に混乱が起こる可能性もハルは覚悟している。
もちろん、投げっぱなしではない。その混乱を可能な限り未然に防ぐ覚悟も同時に行っている。
「まー、気楽に行こうよ。間接的な原因を作ったとはいえ、ハルさんは直接の加害者じゃない。放り出したところで、責任を問われることなんてないんだから」
「これはまた、ためになる忠告だね。直接の原因じゃないってのに、今も甲斐甲斐しくヴァーミリオンの国を陰ながらサポートしているマゼンタ君の言葉となると、感じ入る物があるよ」
「だーかーらーっ、僕はもうあの国のことなんてどうでも良いってのーっ! 守護を放棄してサボり放題だもんねー!」
「でも国はともかく民はどうでもよくないと」
「ハールーさーんっ!」
そんな風に、久々にマゼンタをからかいつつも、ハルは情報交換を続けていく。
口ではなんだかんだ言いつつも、彼もハルの依頼に対して最大限協力してくるようである。ありがたいことだ。
そんなマゼンタに、神力についてのデータ取りと、魔力体のキャラクターボディの改良を任せて、ハルは幽体研究所を後にするのだった。
*
「というわけで、ユキのボディはしばらくこのまま機械式で、ということになると思う」
「ん。いーよいーよ。私あれ気に入った! もっと強力で、もっとカッコいい体に改造しよう!」
「格好いいって、ユキは見た目を弄りたいの?」
「ユキさんは、今のままでもとーってもカッコいいのです!」
「うんにゃ。ロケットパンチとか、ドリルアームとか、そーゆーカッコよさ」
「すごいですー! ドリルは、きっととっても強いのです!」
そうなのだろうか? ゲームでは確かによくある強力な装備だが、実際にドリルで戦ったことはもちろんないハルである。
実物の取り回しや攻撃力については、未知数だった。
まあ、そこは好きにやらせておくとしよう。アルベルトやメタも付いているのだ、そこまで非効率な装備を開発することはあるまい。
そんなユキのロボットボディは、今は電源を切ってメンテナンス中。本人は元の魔力ボディへと戻っている。
天空城のお屋敷にその体を持ち込んで、修理と改造の様子をユキ本人が眺めているのは、見ようによっては奇妙な光景だった。
ハルも、分身を出している時はこんな風に見られていたのだろうか、と思うと興味深い感覚。
「しかし、バージョンアップの際に問題となるのはやはり動力ですね。今は、予備バッテリーを複数持ち込んで交換、という方式でなんとかなっておりますが」
「改造すると電力が持たないかいアルベルト?」
「ええ。新型はどうしても消費量が上がる。それが、世の習わしですから」
「ふにゃにゃん。なうー……」
「メタも最適化を頑張ってくれているとはいえ、どうしても物理的な限界というものがございます」
「それは仕方ない。アルベルトもメタも、この縛りの中でよくやってくれている」
「はっ! ありがたき幸せ!」
「にゃんにゃん♪」
苦労していると言いつつも、二人とも楽しそうだ。なんだかんだ言って、新製品開発は楽しいのだろう。
制限があることも、またチャレンジとしてやる気に繋がっている。なんだかんだ言って、こちらの世界では最適解を<物質化>して終わりなところがある。
例えるなら、通常攻撃をただ繰り返しているだけの方が、頭を使って様々なスキルを駆使するよりずっと攻略が楽で早いといった感じだろうか?
人はそういった時に、自ら縛りプレイに手を出すのかも知れない。
「とはいえ、電力問題はテコ入れ必須です。どうにかして、今以上の出力を得られるようにしませんと」
「電池の持ち込みじゃ無理なん? もっと大量に持ち込んで、カートリッジみたいに次々交換すんの。バシューって!」
「にゃしゅーっ!」
ユキとメタが、『バシュー』っと良く分からないポーズを取って通じ合っている。メタは毛を逆立てているが、別に、威嚇し合っている訳ではないらしい。
あれは多分、使用済みカートリッジが蒸気と共に勢いよく排出されるポーズだろう。どんなポーズだ、と思わなくはないが、勢いは伝わる。
大量の電力を一気に使い捨てにして強力な攻撃を放ち、排気と共に発熱した電池を放り捨てる。
そして、銃弾を込めなおすが如く、次の電池をその身に込めなおすのだ。なかなかカッコいい。
「こちらの世界ならば、そういった物量作戦も有りなのですが」
「まあ、そか。学校に持ち込める量にも限度がある」
「なうー……」
だがそんなユキのロマンは、現実という壁の前に阻まれてしまったようだ。
魔力でいくらでも『カートリッジ』を用意できる環境ならともかく、あのゲームにはそれだけの電池パックを持ち込むことすら手間がかかる。
「もっと、一つのカートリッジを使いまわせる仕組みにしておかないといけないってことか」
「充電だね。よし、メタ助! お前に任せた!」
「ふみゃっ!?」
「回れ、回るのだ!」
「!! にゃっふー!」
ユキの意を察したメタ、の視線を察したハルが、その目の前に大型の回し車を生み出してやる。
全高、一メートルほどだろうか。そのリングの内部にメタがするりと入り込むと、高速で駆けることでリングを勢いよく回転させはじめた。
「にゃにゃにゃにゃにゃなう! ふみゃーーごっ!」
「おお! 速い速い! やるなメタ助!」
「回し車による発電ですね。原始的とはいえ、そこそこの発電量ですか。悔しいですが、現地の風力発電よりも効率はよい」
「にゃにゃん♪」
「まあ、それも新型が設置し終わるまでの話ではありますが」
「変なところで張り合うなよアルベルト」
風の通り道に磁石を並べただけの、ゲーム内の原始的な発電機。あれも、ようやくアップグレードの目途が立った。
本格的に『ゲーム内電力』を得る体制が整えば、その後は飛躍的に世界は近代化の発展を遂げて行くだろう。
「よっしゃメタ助、ベルベルと勝負するんだ! 回し車を大量に持ち込んで、頑張って回そう!」
「ふみゃっ!?」
「メタ助がいっぱい入り込めば、数の力で行ける行ける」
「みゃっ、みゃうっ!」
「……メタちゃん。ユキの妄言に耳を貸さなくてもいいからね?」
なんだったか、発電所に大量のハムスターの回し車を詰め込んで、それで発電するようなシュールな光景を何処かで見た覚えのあるハルだ。
それの、猫バージョンということか。確かにメタなら、大量に分身を用意できる。
「ふむ? 最適効率で走れば、発電量は案外、メタの自動発電と釣り合うのでしょうか? 試してみる価値は、あるのかも知れませんね?」
「アルベルトまで、真面目な顔で馬鹿なことを言ってるんじゃあない。普通に、こっちも風力タービンを持ち込めばいい話だろうが」
「確かに。それもそうですね」
「みゃ~」
メタが、いつの間にか床に出現していた無骨な装置を、てしてし、と前足で叩いている。
装置の中央には穴が開いており、そこから風を取り込む風力発電になっているのだろう。メタの生成した、機械の神謹製の発電機だ。
「ありがとうメタちゃん。じゃあ、これを持っていこうか」
「みゃおん!」
「うーむ、つまらん……」
「気持ちは分からんでもないが、ユキも色物ばかり求めるのはやめい……」
実際の電気と、ゲーム内電気、二種類のエネルギーが存在するのがややこしいが、その両方を現地で発電しながら賄えばいい。
あとは、ユキが消費した分をどのように素早く効率的に充電するか、その機構を考えればいい。
そうしてハルたちは、新たな調査課題と、そして新たな装備を持ち込んで再びゲームに挑む。
これからは、世界を本格的に近代化し、まだ見ぬ他の生徒の世界との接触に備えるのだ。
色々言いつつもその攻略を楽しみにして、ハルたちは再びあの音楽室を目指すのだった。




