第1042話 魔道具を隠すなら土の中
面倒臭がりな割に、親身になって教えてくれるマゼンタに色々と聞きつつ、ハルはあの学園で行われている『ゲーム』について推理する。
どうやって持ち込んだのか、どうやってリソースを確保しているのか。そこを知らねば、この先の調査も進まないし問題が起きた際の対処もままならないだろう。
「ひとつ、仮説があるにはあるねー。片方だけなんだけどさ」
「聞こうか」
「そのゲーム空間とやらが、こちらの世界扱いになっているってこと。ガザニアだったね、空間魔法の設計者は」
「そう、ガザニアだね。その、こちらってのは異世界のこと?」
「もしくはここ、『次元の狭間』だよ」
「ふむ……」
確かに、それはハルも考えなかった訳ではない。神々は基本的に異世界と日本の間の壁を乗り越えることは出来ないが、逆に言うと壁までは来ることが出来る。
その『壁』が次元の狭間。今ハルたちが話している幽体研究所のある『神界』施設群も、その次元の狭間に浮かぶ形で存在していた。
「次元の狭間に、神力で作った世界を運営する……」
「そっ。ある意味ボクらとやってること同じだよね。それなら、何の不思議もない」
「魔力リソースは?」
「それはまあ、アメジストが元々狭間にヘソクリを溜め込んでたってことで……」
「エメと同じだね」
「あいつは規模が違う。あんなのが二人も三人も居てたまるかってーのっ」
今はハルたちと共に、やかましく日々を過ごしているお騒がせの後輩属性の彼女ではあるが、エメの引き起こした事件の規模は過去最大級に大きい。
なんとか未然に防げたとはいえ、またエメの再来となるような事件は正直、御免こうむりたいハルである。身が持たない。
とはいえ、そのエメが雛形を作った『神界ネット』に、彼女以外の神は全員がずっと接続している。
その監視の目を逃れて、そこまで大規模な計画を立てられるのは、それこそエメ本人だけであると思いたいハルたちだった。
「……といっても、この推理にはおっきな穴があるんだよねぇ」
「地球側の人間を、次元の狭間に招き入れる際のエネルギーだね」
「そーそ。例のヘンテコな儀式をすることで魔力が生まれてる、ってことになってるけど、そんな有るのか無いのか分からない程度の魔力量で、次元の扉は開けない」
「マゼンタ君たちも、そこに苦労してたしね」
「ボクらってゆーかカナリーだけど。あと、エメの奴もねー」
正確に言えばエメは、『エーテルの塔』に溜め込んだ膨大な魔力を使えばもっと自由に扉を開けてはいたのだろうが、そこは個人的な『縛りプレイ』で決して手を付けなかった。
あれは日本人の資産であり、自由に使ってはならない物である、という意識だ。
なんとも妙な拘りである。お客様の資産には決して手を付けない証券会社だろうか?
「……そのエメが『エーテルの塔』で魔力をせき止めていたように、こっちに流れこんでくる魔力をなんらかの方法でせき止めて利用してるとか? うーん、わっかんないなぁ!」
「頑張れマゼンタ君。もう一息だ。もっと考えて」
「ハルさんも考えてよ! というか、現地調査すればいいだけの話じゃないの!? サボらずちゃんと調査してよ、その音楽室とやらをさー!」
「いや、それがどうにもね。魔力で調査しようにも、放出した瞬間にゲーム世界に飛ばされちゃうし、ナノマシンで調査しようにも、あの学園内は完全に禁エーだし」
「はは、得意を完全に塞がれちゃった訳だ。目隠しされて耳を塞がれたら、流石のハルさんもお手上げかぁ」
楽しそうに煽ってくるマゼンタだが、残念ながら言い返せないハルだ。正直自分でも、ふがいないと思うところは大きい。
普段どれだけ、両エーテルに頼り切っていたかという事が分かろうというもの。
「……あの学園の、『エーテルに頼らない自立した精神の確立』なんてお題目も、こうなると馬鹿にできないね」
「いいんだよー。使えるものは使って楽しちゃおうよー」
煽ってきたかと思えば、今度はハルをフォローするように堕落の道へと誘おうとするマゼンタだ。
この独特の会話ペースにも、最近少しずつハルも慣れてきた。
そんな彼の言うように、使えるものは何でも使うに越したことはない。
アルベルトやメタの協力を受けて、機械技術を、電気エネルギーを活用するのはもちろん、他にもまだ突破口は存在する。
神力について相談する以外にも、マゼンタの元を訪ねた理由がそこにも存在した。
「そこでだねマゼンタ君。その難攻不落の学園内を捜索する為に、使えるものは僕もこの際なんでも使おうと思う」
「うん。いーんじゃない? なーんか、嫌な予感がしてきてるけど……」
「いい閃きをしている。流石はマゼンタ君。では、このゲームの操作キャラの作成を手掛けている君に、あの学園内でも問題なく活動できる魔力ボディを設計してもらおうか」
◇
「ほらやっぱり来たぁ! そう来るんじゃないかと思ったんだぁ!」
「そう息まくなってば。君の仕事だろう?」
「ボクはきちんと職務を全うしてますー! 違法労働はんたーい!」
「残念。君の職務を決める立場に居るのは今は僕さ」
「ブラーーーック!!」
異世界における七色の国を舞台にしたゲームを運営する七色の神々。それを束ねる立場に居るのは、何を隠そうハルである。
いうなればハルが社長。マゼンタは社員。しかもこの会社の労働を監督する組織は存在せず、事実上退職も許されていない。
エメも思わず真っ青になる、超絶ブラック企業なのであった。
「……それで、出来そう? そもそも無理そう?」
「うーーん……、難しいかもなぁ……」
そんな冗談はともかく、どう頑張っても無理な物は無理だというところはある。人間は必死に羽ばたいても空は飛べない。
元々ゲーム内で使われているプレイヤーキャラクターは、マゼンタによる最高精度の調整が施されている芸術品だ。
そこに新たな機能を加えるとなれば、技術革新や一からの設計のし直しが必要になるのは想像に難くない。
「具体的に、どういう機能が欲しいのさハルさんは」
「体外に魔力を放射しない形での魔法の使用を可能にする構造の実現。理想を言えば、一切の魔力の漏れが存在しない体であることが望ましい」
「無茶言うな」
まあ、当然そうなる。現場を知らぬ経営者の無茶ぶりでしかない発言は、あえなく突っぱねられてしまうのだった。
「このボディはさー? そもそもが周囲に魔力がたっぷりある場所でしか運用されないことを前提に設計してんの。それを、裏技的に誤魔化して魔力圏外に持ち出してるのがハルさんたちなんだよ? そんな保証外の運用まで、当方サポートする義理はありまっせーん」
「うん。だからそこを保証内に収めてくれと言っている」
「鬼かっ!!」
「保証がないなら、保証内にしてしまえばいいじゃなーい」
「大人しくお菓子でも食べててよ!」
暴君ごっこをしても、誤魔化されてはくれないようである。技術的に、無理な物は無理なのだった。
マゼンタの作るゲームキャラは、例えるならば恐ろしく複雑な魔道具が歩いているようなもの。
魔法の式を機械部品とするならば、それを精密に組み合わせたロボットと言える。
その部品一つひとつが絡み合って奇跡的に今の機能を発揮しているそのロボットに、新たな機能を、しかも基礎的な機能改善を施すのは想像以上に難しいものである。
「いちおー、オーキッドの奴にも相談してみるけど、色よい返事は期待しないでよね」
「悪いね、マゼンタ君」
「だから、期待しないでってば! 『頑張ったけど無理でした』って言い訳作りだから! 『もしかしたら出来るかも?』なんて言ってる訳じゃないから」
「またまたー」
そんなツンデレ気味の自称怠け者ではあるが、嘘はつかないのが彼らの特徴だ。
厳しいという言葉が発せられたのならば、実際に厳しいのだろう。
「んー、ボクが思うにさぁ。その環境に、無理して適応しようとしなくってもいいんじゃない?」
「というと?」
「楽しようよハルさん。ハルさんなら、無理に環境に合わせるより環境を変えちゃう方が早い。ちょっと頭をひねれば、裏口がきっと見えてくるって」
「その裏口が見つかれば、マゼンタ君もデスマーチに放り込まれずに済むと」
「そーゆーこと」
しかし、一理ある意見だ。決して、苦労したくないというだけで言っているマゼンタではないだろう。
確かにハルは、どうにかして難問を攻略してやろうという事に躍起になっていたのかも知れない。
「普通に考えればさ、おかしいんだよ前提が。意味わかんないって、魔力を検知しただけで転移するトラップとかさ」
「確かにね」
「そんな最強の防衛装置があるなら、こっちの世界で使われてない訳ない。どーせ蓋を開けてみれば、子供だましのトリックなんじゃない?」
「確かにねえ」
周囲の魔力を無差別に吸い取って無力化してしまうトラップなど、魔法による勢力争いにおいては反則級の威力を誇るだろう。
そんなものを一人だけ持っているなら、コソコソ隠れていないで正面から圧勝することだって出来るはずだ。
それをしないということは、実は規模が小さいからこそ機能しているだけの、大したことのない存在。あの学園内にあるから、不気味に見えているだけのトリックだとマゼンタは言っているのだ。
「そのトリックの中身を暴いちゃえばさ、ハルさんもボクも、要らない苦労なんてしないで済む訳だよ!」
「なるほど? そしてその当てが、マゼンタ君にはもうあると」
「当然だよね。まっかせてよ。というかさぁ、ハルさんだって覚えがない? 魔力の無い土地では大人しくしてて、魔力に触れた途端に動き出すトラップ。あったんじゃない?」
「……ヴァーミリオンの郊外に、君が隠していた防衛兵器?」
「そう。魔力を結晶化させた遺産兵器。強制的に魔力を吸って動くってことは、きっと使ってるよ? 結晶化」
魔力を高密度に圧縮すると、まるで物質化したような挙動を見せる。
異世界における『古代人』が好んで用いたその無駄遣い技術を、アメジストは何らかの形で利用している。そう、マゼンタは推測しているのだった。




