第1041話 神域の不可能犯罪を追え
その後の数日間は、ハルたちは派手には動かず大人しく過ごしていった。
とはいえ、攻略そのものを止めた訳ではない。むしろ、目下の心配事がなくなったことで、一層発展に力を入れているともいえる。
ひとまず、他の生徒との接触は今は控え、内政の発達を重視するのが今の方針だ。
「でも、やろうと思えばウチ以外との接触も行けるんじゃん?」
「そうだね。やらないけど」
「えー。やろうよやろうよぉ。この装置が活躍してるとこ、ウチ見てみたいなぁ?」
「そもそもなんでキミはこの領内に居るのか」
「えへへ。属国だから!」
属国とは手下。手下とは仲間。仲間なので通行可能。そんな理屈なのか、リコは国境線を越えてハルたちの領内に堂々と乗り込んできている。
設定で禁止することも出来そうだが、まあ、無理に止めなくても良いだろう。
ハルが彼女の表情や態度から真意を観察しても、目的はスパイ行為というよりも単純な興味本位のようである。
「しかしハルさんやっぱり、技術者だったんだ。こんな機械を自作しちゃうんだもん」
「いや、ただの学生だよ」
「どちらかといえば、ソフトウェア専門よね?」
「えぇ……、うっそだぁ……」
リコが特に興味を持ったのは、ハルが持ち込んだ通信機。小型の球体状のそれは、反響を検知してのソナー機能も備えている。
リコの世界を発見したのも、この機械の力によるある種のチートによるもの。同じようにして装置は、またいくつかの島をその射程に捉えているのであった。
そちらの方向に向けてまた一本道を伸ばして行けば、リコの時と同様に容易に接敵することが出来るだろう。
「じゃあ、ウチもこの通信機欲しい。お願い。壊さないから!」
「何が『じゃあ』なのか分からないけど、それはダメ」
「なんで!」
「分解するでしょ?」
「うんする」
「だからダメ」
「きちんと元通りに直すから安心して」
そうではない。正直、壊したり壊れたりしてもハルは何とも思わない。この通信機自体は、ほぼノーコストで大量に用意できるのだ。
解析して複製することを警戒している訳でもない。実のところ優秀なのは装置ではなく、そのデータを異世界に送信できるハルと、それを解析するエメなのだから。
それよりも問題は、中身に分身の目玉が仕込んであることだ。
分解したら機械の中から人間の眼球が飛び出してきた。ホラーである。いや、通報ものか。事情を知らぬ人間には事件性しか感じない。
「確か先輩は、“あっち”で魔道具の開発にも大きく関わっていたのよね?」
「うぃ。魔道具の設計って、何だか通じるものがあるからね」
リコは通信機をしげしげと眺めながら、そう語る。たしかに、あの系統だった回路設計は電子機器のそれと通じるところがあるのだろう。
自身の専攻に近いこともあってか、いち早く魔道具に順応したプレイヤー、その『中の人』が、目の前のリコである。
ゲーム内でもそうした設計に従事していることを見るに、どうやら根っからそうした作業が好きなのだろう。
その趣味が反映されたのが、彼女のあの機械にあふれた世界ということになる。
……そうしたこのゲームそのものの『仕様』にも、そろそろメスを入れて行きたいハルだった。
「よしっ。今日はこのくらいにして戻ろうか」
「そう。わかったわ?」
「えー、行っちゃうのお二人さん。もっと遊んでいかない?」
「ごめんなさいね先輩? あいにく、私もハルも忙しくて」
「ショッキン。じゃあウチも戻ろっかな。盟主が居ないとやることないし」
「別にそんなことないと思うけど……」
「貴女も早くお休みなさいな」
「そーすんね。エー夢にでも潜る」
「……電脳ダイブは睡眠ではないのだけれど」
まあ、少なくとも体は休まるだろう。脳はその限りではないが。
そんなリコに別れを告げ、ハルたちは一度現実へと帰還するのであった。
*
「あの人って、学生なんハル君?」
「いや、厳密には違うはず。とはいえ社会人と言っていいのか。困る立場の人ではある」
「ただのモラトリアム継続中よ? ある意味、私と同じね?」
「研究室……、謎の、そしきなのです……」
いや別にアイリの言うような秘密組織ではないが、外にある既存の組織形態の枠に当てはまらないという意味では確かに謎かも知れない。
あの学園の内部のことは、その外で社会を形成している者からはあずかり知れぬので尚更だ。
「元々、学校っていう空間は閉じた世界でね。その内部でしか通用しない常識、文化、人間関係が育ちやすい。なにもこれは、生徒に限った話じゃない」
「だから私はがっこを飛び出した」
「ユキを既存の枠に当てはめるのは不可能ですものね?」
「すごいですー!」
「アイリちゃんだって、王宮を飛び出した」
「はい! あの中は学生のみなさまよりも、子供ばかりなのです!」
「おお、久々に聞いた。アイリちゃんの自国批判」
権力に群がるのは、ある種子供じみた人間の本能むき出しの行動ということか。興味深い考えだ。
それを知性という人の皮で隠せぬ貴族たちは、子供っぽいアイリよりも更に子供、ということか。まあ、それは今はいいとしよう。
「……そんな閉鎖空間を舞台にして、アメジストが何を企んでいるのか。少し分からなくなってきた」
「超能力がどーたらじゃないの?」
「もちろんそうなんだけどね。けど今のところ、その気配がなくて」
「それよりもむしろ、学内派閥を使って何かをしようとしているような、そんな雰囲気があったわね?」
「それはいったい、なんなのでしょうか!?」
「さてね? そこまでは、私も見当がつかないわ?」
ハルとしても、正直分からない気持ちが強い。アメジストが何故、エーテルネットの通っていない学園をゲームの舞台に選んだのか。
もちろん、発覚を防ぐという意味合いもあるのだろう。事実、ハルは学園内の事件を察知するタイミングが少し遅れた。
しかし、それだけでは動機として弱いというか、少々本末転倒だ。リスクに、リターンが釣り合っていない。
アメジストがリコリスに依頼して実験していた計画は、エーテルネットあってのものだったからだ。
ゲーム内からエーテルネットを通し、必要なデータを逆流させる。それがプレイヤーの遺伝子に後天的突然変異的に作用し、能力者としての素地を作るのだ。
そんな計画も、完全オフラインの学園ではまるで意味をなさない。
これでは、別の目的があるか、もしくはエーテルネットを使わずとも目的の達成が可能か、どちらかと考えざるを得ない。
「……それにもう一つ気になることがある。アメジストはどうやって、あのゲームを学園に持ち込んだかだ」
「そうなのです! 神々も、エーテルネットのない所へはそのお力が届かないはずなのです!」
「そうだねー。それ以前の段階で、色々ぶっ飛んでたからスルーしてたけど」
「ええ。そこも大きな問題よね?」
ハルたちは揃って首をかしげる。実際に、起こってしまっているので認めるしかないのだが、これは言わば不可能犯罪。密室殺人と同じだ。
神にとって、エーテルネットの無い空間というのは厳重に鍵の掛けられた密室と同じ。
ただでさえ日本に干渉する際は魔法を使えず万能性を欠いているというのに、エーテルネットまで封じられては手も足も出ない。そのはずなのだ。
事実、カナリーでさえかつては学園内には決して干渉が出来なかった。故に『邪悪な空間』と評するほど。
「だけど、起こってしまった以上は何らかのトリックが存在するはず。それを探らなくっちゃならない」
「おっ、久々の名探偵ハル君だね」
「別に名探偵キャラで売っている訳ではないんだけど……」
ともかく、その謎については早いうちに解き明かさねばならない。
ハルたちはそれを探るべく、神界の『専門家』を訪ねて異世界へと<転移>したのであった。
*
「で、ボクの所に来ちゃったと」
「そう嫌な顔をするなよマゼンタ君。神力と言えば、君なんだから」
ハルが訪れた先は、赤色の神、マゼンタの『幽体研究所』。最近は久しく来ることのなかったこの施設にて、真っ赤な髪をした少年の姿の神と向き合っていた。
空中であぐらをかくように浮かびながら、その顔は実に不満げだ。
「ここのところ仕事に駆り出されることなくてせーせーしてたってのに。もっとサボらせてくれてもいーんじゃない?」
「ああ、すまない、忙しいところ。もうすぐ冬だからね。ヴァーミリオンの住人達の世話で忙しいよね」
「サボってたって言ってんじゃん! 暇なの! ヒマヒマ!」
「じゃあ、そんなヒマなマゼンタ君に仕事を与えてしんぜよう」
「どうあってもボクの揚げ足取る気じゃんハルさん!」
その通りである。撃てば響くもので、つい。まあ、そんな風にマゼンタと遊んでいても仕方ない。ここに来たのは、彼をからかう為ではないのだから。
口ではダラけている、ダラけたいと言いつつ、守護する国民の為に忙しく働いているだろう彼だ。あまり、余計な手間と心労を与えないで本題に入ろう。
「それで、アメジストの使っている神力のことなんだけど」
「まあ、話は聞いているよ」
「なら、君なら分かる? あのゲームがどうやって動いているのか」
「えー。といってもなー。別に神力って、ボクしか使えない訳じゃないし、むしろ神なら基本技能として持ってるでしょ。だから神力」
「そうなんだ?」
「いやテキトー。誰とは言わないけどド下手な奴も居るしねー」
重力制御を行うことで、様々な奇跡を引き起こす魔法のエネルギー。基本的に、赤色の光のような力場としてその効力を発揮する。
そのエネルギーを撃ち出しての破壊の他にも、重力に逆らうことによる飛行、そしてここ神界の建造物を形作る力場としても、作用しているのだった。
アメジストのゲームもそれと同じ。言ってしまえば、この神界にある各プレイヤーごとのマイルームや、ギルドホームを作れるようなサービスと同じとも言える。
「結構万能で扱いやすい力とはいえ、何でも出来る訳じゃあない。特に、日本に力を送れたりはしないし、別に省エネでもない」
「ふむ……」
「その二点をアメジストがどう解決しているのか、そこをハッキリさせないとね」
※句点の連続していた部分を修正しました。誤字報告、ありがとうございました。




