第1040話 降伏と講和条約
結局、その後はリコの兵隊である機械兵は姿を見せなかった。ハルの兵隊である人形兵が領内に陣取っていることにより、どんどん浸食が進んでいるが、それを止めに来る気配はない。
当然か。止めに来たところで、撃破され更なる領地を献上する事となるだけなのだから。
そうしてしばらく無抵抗での領土拡張、ハルたちにとってのボーナスステージが続いたころ急に、ピタリ、とその浸食が停止したのだった。
「むっ! また敵がなにかしてきたね! どこだどこだ!?」
「ソフィーさん、落ち着いてください! メニューに何か、出ているのです!」
「おお! みせてみせて!」
すわ敵の反撃か、とソフィーが気色ばむが、どうやらそうではないらしい。
アイリによって迅速にチェックされたメニューには、停戦要求の申し出がリコからあったことが通知されていた。
停戦の申請より一定時間、領土の浸食は行われず、また互いのあらゆる戦力への損害も与えることは出来なくなるらしい。
「タイムアウトって奴かな?」
「そうかしらユキ? 分からなくもないけど、出し得すぎない?」
一呼吸置いて作戦を考えるための休憩時間、というのはよくある話だが、それで有利になるのは負けている方が基本。
攻め側は、乗りに乗った勢いを崩されてしまう。
戦争において自由にそんなカードを切られてはたまったものではなく、発動するにはなんらかの条件が必要だと推測された。
「僕らが承認することでのみ発動できる、と考えるのが普通だけど、既に停戦の効力が発揮されているから……」
「よーするに、もう何らかのコストは支払われているようですねー」
見れば、停戦中にも関わらずハルたちの兵士は敵国内に居座ったままだ。
移動も制限されておらず、更に深部へと進むことも可能であった。
ならばきっと、これがリコの支払った対価。停戦要求の発動コストであろう。これ以上領土の奪取をされない代わりに、敵には無条件で有利な地点へと移動されてしまう。
メニューの表示は、『ダメージ無効』ではなく『あらゆる損害無効』となっているのもポイントだ。
先ほどのトラップのように、状態異常などを与える効果も与えることが出来ないと考えられる。
「よっし! じゃあこのまま本丸を包囲しちゃおう!」
「そうね? 停戦開けが少々不安ですけれど、ご丁寧に時間が表示されていることだし?」
「あと58分、なのです!」
停戦の猶予時間は一時間。タイムアウトとしては少々長いが、それまでに協議を進めろということだろう。
もし話がまとまらなくても、その時までには安全圏へと離脱していればいい。
ハルたちは意を決すると皆で、再びリコの機械城へと乗り込むのだった。
*
愉快な形をした様々な街灯に照らされた、薄暗い道を進んでいくと、リコの機械城が見えてくる。
落ち着いた夜の世界に、城全体が脈動する、ごうんごうん、という音だけが断続的に響き渡る。
その静寂を敵の機械兵が乱すことは一切なく、ハルたちは本当に何の障害にさらされることなしに、城の中へと侵入することが出来た。
かつて来た道を辿って、もう一度リコの待つ中心部へと到着すると、そこには当のリコ本人が、白衣を着たギャルという妙な存在が待ち受けているのであった。
「ちーっす。いらっしゃーい」
「やあ。お邪魔するよ。大所帯で失礼」
「おっ、ずうずうしい~。ダメっしょ、先輩はもっと敬わないと~」
「そうね? 互いに立場をわきまえないといけないわ? とりあえず、敗者の先輩はこっちに降りてきて跪きましょうね?」
「が、ガチお嬢様のプレッシャーやっばぁ……」
「……跪かなくてもいいから、近くまでは来て欲しいな」
玉座に堂々とふんぞり返るリコは、両手を『降参』のポーズでひらひらと振ると、ゆっくりとハルたちの元に歩いてきた。
言ってみただけで、先輩後輩という部分は大して気にしていないらしい。
「まー、ただ先輩だからって融通されるような学園でもないし、ゲームでもないし。学部も違うもんねー」
「……接待がまかり通るゲームは嫌よ?」
「ウチもそー思う」
一見、ただの愚痴のようなリコの発言、これにハルは反応し目を細める。
いま彼女は、『先輩だからと融通されるゲームではない』と語った。ここが、少し引っかかる。
学園についてはいい。学年の上下よりも、実家の権力が優先されるという話だろう。
だが、その事とこのゲームを同列に語るだろうか? 何か、そうした序列を蹴ってでも我を通すメリットが、ここにはあるのかも知れない。
考えすぎと言われるかも知れないが、ハルの洞察力はきっと何かあると告げていた。
ハルは、この先いっそう慎重に、彼女の一挙手一投足を観察することとするのであった。
「そんでさ? リコちんはこっからどーしたいん? ってか、停戦コマンドってどーやるの?」
「おっ。知りたい? 知りたーい? まだ知らないかー、そっかー」
「ハルさん、斬っちゃおうか!」
「ソフィーちゃん、剣を抜かないの。ゲーム内とはいえ生身の人だからね?」
「わかった!」
「うーむ、殺伐! ってかソフィーにゃん何で居るのー? 今さらだけどねー」
「にゃん♪」
「猫までいるしぃ。カオスだにゃー」
「うにゃ~」
もうハルたちの大所帯には半ば諦めの思考停止が入っているようで、大した突っ込みは入ってこなかった。
ここは実に助かっている。聞かれたところで、答えようがない。ぜひ今後も、『ハルさんだから』で全て納得してくれると嬉しく思うハルである。
「まっ、いっか。そーそー、停戦についてね。ぶっちゃけコレ、事実上の降伏宣言にしか使えないと思うよ。ハルさんには無縁っしょー」
「確かに」
「ハルさんは、負けを認めたりはしないのです!」
「……要するに、貴女はこの戦争を止めて、降参するってことでいいのかしら?」
「おっけ~~」
「随分とゆるいわね……」
「だって勝てないっしょ、もう。全滅して領土全て取られるよか、隷属して生き長らえたほうがなんぼかマシ、ってねえ」
「事実上、滅亡と同義だけどね」
戦略ゲームにおいて隷属化、属国になるということはほぼ敗北と同義。そこから挽回をはかれる目は薄い。
宗主がその後に没落して棚ボタ的に自由になることに賭けるか、第三者に救援を求めるか。
それまでの間、自分はただそのプレイヤーの養分となってプレイし続けるだけの退屈な時間だ。
同盟とは違い、互いの国交に自由はなく一方的となるのが通常だろう。
それならばいっそ、滅亡を選びプレイを手放した方が手っ取り早いのではないか?
普通はそうなる。そうなるのだが、このゲームにおいては属国になってでもゲームを続行することにも大きく価値が存在した。
「再スタート出来る保証がないからさ、コレ」
「あら? まだ、滅亡した人は居ないのかしら?」
「ウチは聞いたことない。もしかしたら居るのかもだけど、居ても表には情報出てこないよ」
「そっか。ガッコの中でも秘密にしてんだ」
「そだよー。ユキちゃんも、お外にバラしちゃダメだからねっ!」
「大丈夫、私、お外出ないから」
「おぉぅ……」
ユキのことは置いておいて、なるほど納得する理由だ。せっかくの『会員制』とも言える秘密のゲーム、このまま脱落は惜しい。
たとえ傀儡になったとしても、このまま遊べるならそちらの方が良いだろう。
それに、希望が全て断たれた訳ではない。リコの属する派閥が、彼女を救出するために結束してハルに挑むという展開もあり得るのだ。
それに加え、もう一つ予想できる懸念がある。ハルの世界にも有利なばかりではない。
ハルたちの中でもルナが、そのことについて強く警戒を示し、この降伏に異を唱えたのだった。
「ねえ、これはリスクが大きすぎないかしら?」
「どしたルナちー。属国が国際社会へ与えるマイナス感情を、支配国が被るリスクを考慮してるん? やり手じゃん」
「……違うわよ?」
「ウチは世界の敵じゃなーいっ」
「内通者になることを警戒しているの。隷属関係とはいえ、地続きの、ご近所さんになるのよ?」
そう、まだまだ世界地図の明らかにならぬこのゲームにおいて、目視で相手プレイヤーの世界の様子を確認できるというのは非常に大きなメリットだ。
リコはその立場を生かし情報を得て、ゲーム外で派閥の仲間に情報を提供することが可能になる。
当然、ハルはその情報交換を縛ることは出来ない。
……まあやろうと思えば簡単に出来るのだが、倫理的にできない。月乃のように、身体拘束しても冗談で済ませてくれる相手ばかりではないのだ。
「よし! やっぱりこのまま滅ぼしちゃおう! だよねユキちゃん!」
「そーね。本陣まで侵入してるんだし、停戦開けたらボッコボコよ!」
「……そこの狂犬二匹はステイ」
「わんわん!」
「わんわん!」
「これ、生身でのプレイというのは、後の人間関係にも影響しかねないわね……」
痛みが無いとはいえ、直接殴り合いの喧嘩をするに等しい。確かにルナの言うように禍根を残しそうだ。
「まあ、いいさ。リコさんをこのまま属国化しよう」
「おっ、ラッキー! お世話になっりゃーっす!」
「よろしくお願いします!」
「ふわぁ、王女様ちっちゃくてかわえー。よろ~~」
「シクヨロなのです!」
「……良いのかしら、ハル?」
「うん。構わないさ。なにもデメリットばかりじゃないというか、情報を取れるのは彼女の方だけじゃないからね」
「頼もしいわね。確かに、先行プレイヤーの持つ情報は魅力ね?」
そう、むしろ奪うべき情報は、リコの方こそが多く所有している。ハルたちはまだまだ、このゲームについて知らぬ事ばかりだ。
その互いの抱える秘密を、互いに探りあう。その情報戦を通じて、ゆくゆくは彼女の派閥に、そして学内のまだ見ぬプレイヤーに、ひいてはこのゲームの謎自体に手を伸ばす。
そのためには、リスクを抱えて彼女を引き込むことは、恐れてはならない。
「まーま、そんな固いこと言わないで、せっかく一緒に遊べるんだから楽しくやりまっしょい!」
「そうだね。楽しんでいこうか」
「またラスボス系暗躍を楽しむ、ってこと!?」
「別に皮肉ではないから……」
出来ることならハルも、せっかくの新作を楽しみたいとは思っている。
リコとも、純粋な仲間として一緒に遊べるならそれに越したことはない。
だがその為には、そうして呑気に遊んでいて本当に良いゲームなのか、ハッキリとさせていかねばならなそうだった。
「では、これから仲良くしていきましょう先輩? 手始めに、降伏の証としておなかを見せていただけるかしら?」
「動物!? いきなり新人いびり!?」
「大丈夫だよリコっち。いつものルナちーだかんね」
「いつもこーなん!?」
なかなか、いい反応だ。願わくば、今後もこの調子でツッコミ役をこなしていただきたい。
少々現実逃避ぎみに、そんなことを考えるハルなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




