第104話 火星人の宇宙服
「それで、結局どうするのかしら? そのゲーム外の世界は」
「様子見だってさー。ハル君らしいよね」
「準備が必要なのですね!」
「二重の意味でね」
ユキと果てを見に行った後、ハル達はひとまず屋敷へ戻って来た。
宛がわれた客室を侵食し、何時でもまた<転移>が可能なようにしてある。
ゲーム外、エーテルの圏外の土地については、今は保留としてある。理由はいくつかあり、まず出ることが出来るのが今はハルとアイリだけであるからだ。
ユキは興味津々だったが、出られないので仕方ない。ハルもハルで、いつも通り慎重だ。だが、一応外に踏み出して様子は見てきた。
「その結果、スキルはほぼ全滅。キャラクターの維持にも影響が出るらしい事が分かった」
「水中マップみたいな感じだよねー」
ユキの言う水中マップとは、その名の通り、キャラが水中へ潜るマップの事。水中であるために移動や行動が制限され、酸素を消費する場合も多い。
その酸素は水中マップ専用のリソースとして管理され、ゼロになるとゲームオーバーだ。酸素が尽きる前にマップを攻略したり、息継ぎが出来るポイントを探さないといけない。
魔力が酸素にあたり、ゲーム外へ出ると酸素を消費する。尽きれば多分、ゲームオーバーだ。
「それに何となくだけど、リスポーンが保障されない気がする」
「動作保障外の空間ですものね? スキルは何が使えそうだったのかしら?」
「超能力系と、<魔力操作>とかの、いわゆるユニークスキルだね。後は、この世界の魔法なら使える。魔力が無いから使い難いんだけど」
「ハル君はほぼ影響無いじゃん。魔力以外」
「魔力が意外ときつい。やっぱ生身で行ったほうがいいかな」
超能力系とは<透視>や<念動>、<飛行>といった、魔法と言うよりもサイキックを感じる名前のスキル。全て基本的に課金が必要な上位スキルだ。
ミニゲームやカジノのポイントを集める事で交換が出来るので、最近はそのポイントで何を交換するのが良いかが、プレイヤーの話題の種になる事も多い。
それ以外のスキル、普通の<火魔法>などは全て使用不可能だった。魔法スキルは普通に使っている分には意識していないが、システムのサポートが必須なのだろう。
そんな、ある意味別世界の中に出て行くのだから、入念な準備は必須であった。
「ハルさん、二重の意味とは、それ以外にも準備が要るのですか? いえ、準備は入念にすべきなのはわたくしも分かりますが。すみません、何が必要なのか分からなくて」
「つまりは現地だけじゃなくて、後方の警戒もしないとねってこと。警戒と言うか、理由を探りたいんだけど」
「あの、自称皇帝がハルに接触した理由ね?」
「そうなる」
ルナの言うとおりだ。結局彼は、自分の国の事情だけを語って、ハルとの会談に臨んだ目的を語らなかった。厄介な手合いである。政治家だから仕方ない事もあるのだろうが。
仕方ないと言えば、訪問が寝耳に水すぎたのも仕方が無いか。何の支度も整っていなかっただろう。
しかし事情を汲めども、判断に困る事には変わりない。目的だけを語り、理由を言わない神様と対照的だが、厄介度は同じくらいある。
「では、あの皇帝の事を探っていくのですね!」
「うん。それにどうせなら、今までよりスマートな方法にチャレンジしよう。<透視>と<念動>で機密エリアに忍び込むのも、悪くはないんだけど」
「王宮ですからね、警備は堅いでしょう。物理的な施錠だけではなく、魔法のトラップもあるかも知れません!」
「アイリの居たお城には、そういうのあるの?」
「はい! わたくしが作った物が多いですので、忍び込む際はお任せください!」
自国を陥落させる事に、なんの痛痒も感じていない王女様だった。
「あの毛玉を操作して行けばいいのに。あれなら見つかってもハルだとバレないわ?」
「ルナはあれ気に入ったの?」
「ええ。一匹くれないかしら? 出来ればリアルの方に送って?」
「なんか不穏な気配がするからダメ」
ジト目で無言の抗議を向けてくるお嬢様は置いておいて、スマートな方法について。
これは、侵食を使う。“カナリーの覗き穴”だ。<転移>用にと、かの王宮の客室に配置した黄色の魔力を基点に、侵食を広げていく。
やがては王宮全体、ひいては城壁都市全てをカバーするまでに広げられるか試してみようとハルは思っている。
折角の、戦う前から降参している相手の魔力なのだ、有効に活用したい。
自陣であるこの国でやっても良いのだが、ここはプレイヤーにとっても本拠地だし、信仰にも篤い国である。違和感を感じる者が出てくるかも知れない。
その点でもヴァーミリオンは適任の地だった。プレイヤーは到達していない、信心も乱れて久しい。すぐに答えを導き出すのは難しいだろう。
原因がハルだとバレても、ではどうするのか、という議論に時間を使うはずである。
それを聞いたユキは、ちょっとだけ呆れた顔をするのだった。
ルナは慣れているので何も表情を動かさない。アイリはにこにこしている。
「……なんというかハル君。割と悪党の考え方するよねキミ」
「まあ、僕は善人じゃないね、間違いなく。……善人じゃないって分かってるから、なるべく迷惑をかけないように引きこもってる訳で」
「わたくしと、おんなじですね!」
「アイリは善のオーラしか感じないよ? 引きこもってるのは同じだけど」
「世界とハルさんの二択になったら、迷わずハルさんを取ります!」
「かわいい極悪人だ。おしおきしないとね」
嬉しい事を言ってくる嫁を捕まえて撫で回すと、自分から飛び込んできゃーきゃー言ってくる。しばし、小さな悪人といちゃつくハル。
そんなふたりの様子を見て、またユキは処置なしといった風に呆れて笑うのだった。
◇
「そこのバカップル。そろそろ話を元に戻してもらっても良いかね?」
「カップルではありません! 夫婦です!」
「ではそこのバカ」
「さりげなく対象が僕だけになってるんだけど?」
「範囲攻撃はレジストされちゃったから」
まあ、アイリをバカ扱いする訳にはいかない。仕方ないので甘んじて受けるハルである。
ユキの言うように、話を戻そう。つまりは当面は、ゲーム外探査の準備をしつつヴァーミリオンの侵食を進めて行くのだ。
「探査と言うと、何だか宇宙に出るみたいね?」
「その通りだねルナちー。水中というより宇宙かも。ハル君、宇宙服作ってよ!」
「エーテルが大気って事だね。……語源とはまるきり逆だ」
「語源って何だっけハル君」
光を媒介する物質として、昔に仮定義されていたものだ。それは宇宙に満ちている観測不能な物だとされた。今はダークマターの方が有名だろう。
また神話における第五の元素という意味でも、エーテルは天空、人の見る空よりも上層のものだった。
宇宙側にはエーテルが無く、惑星側にエーテルが有る状態は、どちらの意味でも逆転している。
ともあれ、今はそれは重要な事ではない。ルナの言う宇宙のイメージでハルは考える。
空気は存在するが、プレイヤーには元々呼吸は必要ない。だが、それ以上に必要な魔力が存在しない場所では、長くは活動できないようだ。以前に謎の部屋の神に止められた理由もこれだろう。
ならばユキの言う宇宙服、その内部に魔力を込めてやればいいのだが。
「魔力って、物体に付随しないんだよね。基準となるのは場所っていうか」
「服に詰めても置いて行っちゃうんだ?」
「そうなる」
「わたくし達の体はどうなのでしょう? 魔力を連れ歩いているように思うのですが」
「アイリにも分からないんじゃ、ちょっと僕にも分からないね」
魔法はこちらの世界の学問だ。ハルはまだまだ勉強不足であった。
「それより私たちプレイヤーの体だよハル君。魔力が服を着て歩いてるような物じゃん」
「服も魔力よ? ……つまり裸ね。ハル?」
「うん」
深くは突っ込まない。ルナがまた暴走ぎみなので、アイリがそのルナから教わった『どうどう』のポーズでなだめていた。
いやらしさより微笑ましさが勝ったようで、なんとか落ち着いたらしい。あとでケアしておかねばならないだろう。
「つまりはハル君にもまだ分からない事なんだねその辺は」
「そうだね。ユキの宇宙服って発想は良いと思うんだけど。生かす方法が思い浮かばなくて」
「宇宙服とは、どんな服なのでしょうか?」
「空気の無い場所に行くために、空気を詰めた服みたいに思えばいいよ。魔力が無い場所だから、この場合魔力を詰めるんだね」
「なるほど! すごいですー」
「ハル君は魔力を固体化できるじゃん? 固体燃料として搭載しない?」
「キミはロケットか何かなのかね?」
「うん。ある意味」
真っ直ぐ突き進むことにかけては、確かにユキはそうだろう。猪突猛進さはロケット並みな彼女だ。
「……そうだね。まあ、それも少し考えたんだけど、僕以外には燃料を魔力に戻す手段を持ってないし。ユキも覚える? <物質化>と<魔力化>」
「やめれー! あたまいたくなりそう!」
「じゃあ無理だなー、固体燃料は。自分で溶かせないとただ重いだけだ」
「うー、自己解凍形式にしておいてよ」
そういった複雑な仕組みを仕込んでおくのはハルにはまだ不可能だった。それこそ、発掘される過去の遺物、謎の兵器群を解析して再現できるレベルにならなければ。
あの兵器は、物質でありながらも魔力を扱う。まさに今ハルが必要としている物だった。
やはり現物を調べてみたい。だが現物を取りに行くのにその兵器の仕組みが必要になっている。やっかいな事だ。
なお、自己解凍と自然解凍は微妙に違う。
「やっぱり結局、僕が現地に行って魔力を放出して、準備が整ったらユキを呼ぶのが無難なのかな」
「あれ、解決法あるんじゃん。先に言ってよハル君」
「いや、ユキは自分で探検して現地まで行きたそうだったしさ」
「あはは、まあねー。でも結局ハル君任せにするしか無いし、贅沢は言わないよ」
「たまに聞き分けが良いねユキは。もっとワガママ言ってもいいのに?」
「ハル君の子供か私は!」
別にそういう意味で言った訳ではないのだが、何となく今のユキを見ていると弄りたい気持ちがわいて来る。
横目の端に入り込んで主張してくるルナも同じ気持ちのようで、ふたり、目線だけで示し合わせて少し意地悪をする事にした。
「そういえば、ユキはお姉ちゃんキャラ志望だったね」
「偉いわユキ、我慢できて。さすがお姉ちゃんね?」
「もうすぐ妹が生まれますから、お世話を頼みますね!」
「アイリちゃんのそれは際どすぎじゃない!?」
やはりユキがツッコミに回ってくれると楽で良い。アイコンタクトすらなく危ない連携を繋げてきたアイリを見ながら、ハルはそう思うのだった。
◇
そうしてひとしきり騒いで、話はまた準備の事へ戻ってくる。こんな流れが、ハル達のスタイルとして定着してきたようだ。
ユキと二人でゲームをする時とも、ルナと二人の時とも違う、四人の空気。
話題はまた宇宙服のことになっていた。
「でも、ハルが外に行くにしても宇宙服を着て行った方が良いのではないかしら? ハルは生身なのだもの、危ないわ?」
「ルナちーお母さんはやっぱり優しいねー。まー私も同感。魔法使えなくなるんでしょ? 外だとさ」
ルナとユキが懸念するのは、拠点作成に赴くハルの身の事だ。それを保護するためにやはり宇宙服は必要ではないかと。
ハルも概ね賛成である。恐らくアイリも付いて来たがるだろうし、<転移>が必要になったら、どのみちアイリも、ハルとセットで転移してしまう。
生身の二人を保護する物は必要だろう。
「ただ、宇宙服というよりもパワードスーツになるだろうけど。作ろうかね。今回の他にも役に立ちそうだし」
「パワード……? ロボットよね、ハル。あなたこの世界でロボットを作るの?」
「あー、ルナちー多分違うと思うよ? ハル君が言ってるのは強化外骨格だよきっと」
「ああ、確か、リハビリ用の物だったかしら?」
「その認識で間違ってないよ」
怪我や病気で衰えた体を補助するための、外付けの強化アーム等がある。ルナはそれを思い浮かべたのだろう。原理は同じだ。
だが、ハルが想定しているのは補助ではなく倍加、人間の基準以上の力を発揮するためのスーツだった。
全身を覆うタイプで、防御にも役立つ。もし、本当に真空の場所などあっても安心だ。そういう意味で宇宙服。
「そういえばハルは<火星人>だものね? やっぱり宇宙服が必要なのはハルだったわ」
「あれは思い出すたびに笑っちゃうよねぇ。もしあのままだったらハル君どんな展開を辿ってたんだろ」
「……考えたくもない。まあ、今では知ってる人の方が少数派だろうね」
また脱線してきた。だがそれで良いとハルは思う。
こうやって攻略について、ああでもない、こうでもないと、語り合う時間はある意味攻略そのものよりも楽しいものだ。祭りの準備、という奴だろうか。
一人で思い巡らすだけでも楽しいのだ、こうして集まればひとしおだろう。
「たまに聞きますが、その火星というのがハルさんの故郷なのですか?」
「君達があんまり言うから、アイリが恐ろしい勘違いを……」
「ごめんごめん。ハル君はちゃんと地球人だよ」
「地球というのは、何なのでしょう!」
ただ、今日の議題はもうあまり進まなそうだった。




