第1039話 その足を掴み地へと引く手は誰か
強風と共に射出されて来たソフィーが、その勢いのままに突き上げられた『足場』を駆け抜ける。
本来ならば、柔らかい土が巻きあがっただけのその土槍は、皮肉にも敵のマップ描き換えによって機械の鉄塔に姿を変えていた。
その塔はソフィーの衝突にメキメキと悲鳴を上げながらも、なんとか倒壊せず踏みとどまっている。
「りゃりゃりゃりゃりゃー! とうっ!」
その立ち並ぶ鉄塔を真横から、踏み壊すようにソフィーは進む。まるで地面を駆けるように自然な走りだが、塔の壁面は当然、地面に対して垂直。
これでは侍というよりは、忍者の壁走りのような器用さだ。人間技ではない。
「成敗!」
ソフィーは弾丸のような勢いのまま、手にした刀の一本を振りかぶり、進路の先のヘリに向けて振り降ろす。
粗雑な鉄板を組み合わせたような見た目のヘリだが、その粗雑さゆえに装甲は分厚い。
そんな分厚い装甲版を、ソフィーの刀は火花を散らしながら深々と切り裂いて行くのであった。
「あっ! 折れちゃった! まあいいや、次!」
もともと刀は使い捨て。何本も装備してきたスペアの刀を抜き放ち、ソフィーは続けざまにヘリへと攻撃を放つ。
その丸くバランスの取りにくそうな機体の上へと陣取って、素早くその表面を切り刻んで行った。
「……さすがに、最初の一撃のような威力は出ていないわね?」
「だねー。あれ以降は、かすり傷だ。でも大丈夫っしょ!」
「はい! もうソフィーさんの射程なのです! このまま一気に、タコ殴りなのです、いえ、タコ斬りなのです!」
「おいしそうですねー。今夜は、タコ焼きですねー」
「鉄のタコが入ったタコ焼きはご遠慮願いたいよカナリーちゃん」
そんな『タコ斬り』にされている敵ヘリも、勿論ただ黙ってされるがままになっている訳ではない。
右へ左へ、機体を大きく揺さぶって、ソフィーを振り落とさんとする。
しかし、異常なまでのソフィーのバランス感覚の前には、その全てが無駄な足掻きと終わっているのだった。
「……ねえハル? あの子、生身なのよね?」
「そうだね」
「しかも、病み上がりなのよね?」
「そうだね」
「……これもあなたの、教えの賜物?」
「そうだね、と言いたいが、恐ろしいことに純粋な才能」
「ほえー。ソフィーちゃんやべー」
「すごいですー! ナノさんを使いこなせば、わたくしもあんなヒーローのような登場が出来るのでしょうか!」
「いや、あれは真似しちゃダメだよアイリ。プレイヤーが決してダメージを受けないこのゲームだからこそ、さっきの無茶は成立するんだからね」
「現実でやったら、生身では物理的に耐えきれませんねー」
「ぬにゃーん……」
「メタ助でも無理なんか。私は? ねえ私の体は?」
「残念ながら今の私やユキ様では、着地の衝撃で脚部パーツが砕けてしまうでしょう。必ず魔法によるサポートの下で、行ってください」
「よし、改造決定だ!」
アルベルトの『今の』という発言を、耳ざとくキャッチしたユキだった。そのうち人類の脅威になる極悪ロボットが生まれそうで、今から不安なハルである。
そんな、現実でやれば確実に真っ赤な壁のシミになるであろう人間砲弾。
一応ゲームということになっているとはいえ、体はまったくの生身のまま一切の恐れなく、そんな作戦を決行できるソフィーの精神性は改めて脅威であった。
「このままぶっ壊しちゃうぞー! あっ、また折れた! 次!」
自分がそんな風に噂されているとは露ほども知らず、ソフィーは元気にヘリコプターを刻んでいる。
飛び出たチューブや歯車が仇となり、そこからヘリは徐々に解体されてゆく。
このまま一気に決着か? そう誰もが思った頃、ヘリは、それを動かしているであろうリコは、ついに決死の決意で賭けに出たようだ。
「うわっぷ!」
「ああっ! 体当たりで、ソフィーさんが落ちてしまうのです!」
「大丈夫じゃアイリちゃん! ソフィーちゃんなら、それでも耐えられる!」
「……しかし、これで終わりではないみたいよ?」
自分で生み出した鉄塔に向け、機体を突っ込ませることでソフィーを排除しようとするヘリ。
それでもしぶとくしがみつくソフィーに業を煮やして、ついにはヘリは最終手段に出た。
なんと鉄塔に至近距離まで近づいて、そこに向けてロケットランチャーを全弾発射したのだ。
「おわーっ!! これはむーりーっ!」
その背後すぐで巻き起こった爆風に揉まれ、ついにソフィーはヘリの上から脱落する。
ヘリも同様に空中できりもみになっているが、リコとしてはこれで一安心だろう。叩き落としてしまいさえすれば、もう再び自身の位置まで上がっては来ない。
ここからは、完全に広い位置から慎重に狙い打って終わらせるだけ。もはや油断をすることはないだろう。
「ユキちゃん! 足場ぷりーず!」
「ほいきた!」
しかし、そんなリコの安堵を儚くも打ち壊す二人の少女の元気な掛け声。
ソフィーが落下するその先に、再び急速に盛り上がって行く地面が見えた。
鉄塔のような強度はないが、彼女が空中で姿勢を立て直すには十分。
「刀は足場! そう学んだ!」
そして、その迫ってくる地面に向けて、手持ちの一本を勢いよく投げつけた。
そのまま突き刺さり土と共に自身へと向かってくる刀。そこに向けて、器用に空中で体をひねり足を向ける。
寸分たがわずその刀の上に『着地』を決めると、そのまま勢いに任せて空中でジャンプしヘリの位置へとソフィーは舞い戻る。
「あれは! <次元斬撃>なのです! 二番目の、やつなのです!」
「これはどっちだ!? スキルか、スキルなのか!? それともソフィーちゃんが凄いだけ?」
「アルベルト」
「はっ。……少々物理法則に反しているとはいえ、これはそういうゲーム。……恐らくは、あの方の技術、だと思われますが」
「確定ではないか。厄介な世界だ」
ソフィーが見せたのは、まさにユニークスキルの<次元斬撃>。空中の刀を足場とする、曲芸じみた移動法だ。
それゆえに、見る者に『この世界でもスキルが?』と思わせずにいられないが、あの曲芸自体はスキルではなく純粋にソフィーの才能、元々の異常なバランス感覚。
刀を自律して宙に浮遊させて初めて、完全再現と言えるだろう。ここが、なんともややこしい。
「まあ、元からあの子は『現実でもこれやりたい』って言ってたし……」
「実行しちゃったわけですねー。やばいですねー」
そんなハルたちの懸念をよそに、ソフィーは元気にまたヘリの機体をがっしり捉えた。
その様子は、突き落としたはずの死神が地中から足首を掴んだかのよう。
あとは死期を待つだけの哀れなヘリは、程なくしてその首を、いやメインローターを切断され地に落ちるのだった。
*
「えいやっ! うん、十点!」
「完璧な着地だソフィーちゃん」
「ありがとうユキちゃん! 私やったよ! ユキちゃんのおかげだね!」
「なんのなんの。キミが凄かっただけなのだ」
墜落直前にヘリから飛び降りて、空中で一回転。美しいフォームでの着地を決めたソフィーは、嬉しそうにユキとハイタッチを決めていた。
ハルたちも遅れて、そんな彼女の下に集合する。
この地を騒がせたヘリコプターもついに完全破壊され、残骸がその最期を飾るように炎を上げている。
いずれ、この機体も地に呑み込まれ、この地から姿を消すことだろう。
敵の攻撃が生み出した鉄塔も、吸い込まれるように徐々に存在感を薄くしているようだった。
「次第に、浸食が完了して元の世界に戻るだろうさ。後は、その元凶を叩くのみだね」
「よーし、ここからは私も行くよ! いいよね、ハルさん!」
「そうだね。いいよ」
「やたー!」
戦闘が終わり改めてマップに目を向けてみれば、既にハルの人形兵たちは敵のトラップがもたらした麻痺から解けて、敵の機械兵たちと戦闘を再開していた。
一本道を埋めるように通行止めしていた機械兵は、防御に徹して耐えているようだが、もはや先ほどまでの『通行止め』という用途は意味を成さなくなっている。
それどころか逆に、その狭い道へと追い詰められているだけでしかない。
「ここで私たちがこっちから攻めて、挟み撃ちってことだね!」
「袋小路のネズ美さん、なのです!」
「そんな綾小路みたいに……」
まさに袋の鼠でしかない機械兵は、ハルたちにより次々と刈り取りが再開される。
今日は新たなる首の収穫者、ソフィーも加え、伐採作業は実にスムーズだ。
成すすべなく挟み撃ちで殲滅され、戦況は開始時と同じに戻った。
いや、一つ違うところがある。リコはもうヘリを使えないだろうということだ。
「また、不意を突いてヘリコプターを飛ばしてきたらどうするのかしら?」
「その時は、ワープで戻ればいいさ。自陣内であれば自由自在だからね」
「ぐにょ~んと、ひとっ飛びです!」
今にも反転し敵陣深くへと駆け出したさそうな人形たちを押さえ、行動を追従へとハルは変更する。
軍を率いる総大将のように指揮を飛ばすと、人形たちはゆっくりと国境線を踏み越えてゆく。そして全員が敵地への再侵入を果たすのだった。
「よし、じゃああとはこのバランスを維持したまま、ゆっくりと浸食していこう。敵の手が割れた今、もう焦ることはない」
「相手にとっては逆に、プレッシャーね? 打つ手がないまま、じわじわと自領が削られるのを待つしかないわ?」
「しかし、再びバリアが張られてしまったらどうしましょう!?」
「それはきっと大丈夫だよアイリちゃん! バリア張って停戦するなら、もうとっくにやってるはずだもんね!」
「ですねー。恐らくですが、今はバリアが張れないのでしょうー」
ハルが人形たちを敵陣に留まらせているのもそのためだ。予想でしかないが恐らく、互いの勢力がきっちりと、互いの陣地に滞在している状況でなければバリアは使えない。
ゲームバランスの観点から考えても、妥当なところだろう。
敵陣に兵が滞在することをもって『戦闘状態』と判定されるのだ。
そうして、ハルたちはリコに事実上の王手をかける。チェックメイトというやつだ。
このままじわじわと浸食し敵国を飲み込むもよし、悪あがきする敵兵を迎え撃つもよし、降伏するなら、それもよし。
恐らく、結末はリコの降伏により終わるのではないだろうか? そう予測しつつ、ハルたちはのんびりとリコからの接触を待つのであった。




