第1038話 風の道へと誘導せよ
アルベルトの発電装置。それは、アイリの生み出した磁石を成形して配置し、その中に自然の風を流すという非常に原始的な物である。
ソフィーの国と接続した直通路に設置されたその装置には、彼女の国の特産である刀が投入される。
刀は風に乗り、磁石の間を通って電力を生むのだ。実に強引。
その有り合わせすぎる装置は、その物騒さから『トラップ装置』と仲間たちに揶揄された。
いかにもありそうである。アクションゲームのステージを進んでいると、突然マップの端から武器が飛んでくるトラップが。
「……まさか本当にトラップとして役立つ時が来るとはね」
「でも、ソフィーちゃんの国へ続く道は逆側よ? あのヘリは、このままでは狙えないわ?」
「そうなんだよね。どうやってトラップまで誘導するか……」
これが、ハルたち本人がターゲットになっているなら話は簡単だ。『発電の道』まで逃げるふりをして、ヘリコプターを誘導するだけでいい。
しかし、今狙われているのはこの中央の土地そのもの。ヘリは今の位置から動かずに、ただ地面に狙いを定めればいいのだ。
「むむむ……! こちらの攻撃が届かないから、攻撃して威嚇も出来ませんし……」
「ハル君のスリングショットで攻撃できないん?」
「そうです! あのぐるぐる投石器で、石を飛ばせば! むしろ、あれでやっつけちゃうのです!」
「そうは言うけどね君たち。投石器で、ヘリを落とせると思うかい?」
「思うよ?」
「ハルさんなら出来るのです!」
「……残念ながら、これについては私も同感よハル?」
「鍛えた弓兵はヘリを落とすの実例ですねー」
まあ、出来ないこともないだろう。体内ナノマシンの活性化による身体強化。それによる怪力で、驚異的な投擲力を生み出すのだ。
ハルは以前使ったコードの鞭を装備すると、先端に石を取り付けて大きく振り回す。
「凄い速度なのです! これなら、きっといけます!」
「よっしゃ。やれやれー。撃ち落としちゃえハル君」
そうして十分に遠心力が得られたロープから、ハルはタイミングよく手を放す。
石の円運動はその瞬間に直線運動へと変換され、ヘリを目掛けて一直線に飛び込んで行った。
「ああっ! 避けられてしまいます!」
「だが上手い! いい感じにあっちの道に近づいたよ!」
「……とはいえ、正直誤差って感じだけどね」
連射のきかない、ただ一発の砲撃。そんなもの、機体をチョンとずらすだけで回避して終わりだ。
敵機をプレイヤーに見立てたシューティングゲームなら、最初のステージの雑魚の攻撃にも満たぬ攻略難度だろう。
「弾幕が、はれたなら!」
「アイリちゃん好きだよねー弾幕。よっしゃ。私らもやろっか!」
「わたくしに、出来るでしょうか!?」
「出来る出来るー。お姉さんが教えてあげよう。あっ……、アイリちゃんの方が年上だっけ……?」
「ユキさんは大きいから、お姉さんなのです!」
実年齢の話をすると色々とややこしくなるハルたちだ。見た目そのままの年齢なのは、ルナとユキくらいか。
しかしそんなユキの作戦には、年齢以外の問題があった。実行は難しいだろう。
「それは止めておこうユキ」
「なんでさ。あっ、失敗したら誘導方向が逆になっちゃうからだ!」
「いや違う。単純にムチが一本しかない」
「しまった!」
ハルの作り出した急ごしらえの鞭は、機械兵との戦場となった地で取れた『特産品』だ。
リコの兵士の残骸を取り込んだ土地にて、この廃材のコードが採取できた。それはこの土地では無理だろう。
急いで戦場跡に赴いても良いと言えば良いが、あそこは今はその機械兵が陣取って封鎖している。少々、面倒だ。
「まあそもそも、弾数が一から三になったところで、雑魚敵の射撃には変わりない」
「しかも、コレの合間にしか攻撃出来ないですからねー」
ロープを振り回すハルを守るように、カナリーが敵のロケットをその身で防御する。
そう、ハルたち本体は無敵だが、それ以外の物体はその限りではない。爆風に巻き込まれれば、ロープは破壊されてしまうだろう。
目の前で次々と爆発していくその様を見て、ハルたちはこの作戦の取り下げを余儀なくされるのだった。
*
「よし次! 地形で攻撃しよう!」
「どうするつもりですかー? 山でも作りますかー?」
「そこまでしなくても、地面から石槍でも生やして突き込めば十分じゃん?」
次なるユキの提案は、この世界の地形そのものを創造して敵ヘリまで物理的に届かせること。
この世界は、想像力の許す限り自由自在にそのマップを自由に作り変えられる。
ならば地面の高さだって、自由に弄れて当然のこと。そうユキは言っているのだ。
「まるで魔法ですねー。アイリちゃん、いけそうですかー?」
「それが、少し厳しいと思います……」
「あららー」
「そうなのね? 元の世界では、そうした魔法は使えないの?」
「もちろん出来るのです! 工事も攻撃も、お任せです! ……ですが、こちらではどうにも」
「ふむ? 魔法が、使えるからこそかも知れないねアイリ。魔法で出来るから、魔法の使えないこの世界では出来ないと思ってしまうのかも」
「なるほど!」
「なら私がやってみる!」
相変わらず決まった間隔で襲ってくるロケットを捌きながら、ハルたちは次なる作戦を決行する。
ユキがイメージを集中させるように念じると、マップはその通りに改変されていく。
ゆるやかな起伏の草原の一部が突如盛り上がり、その下の土が勢いよく天に向けて吹きあがった。
「よっしゃやりぃ! はははー、見たかみなのしゅうー!」
「凄いですー! どうやったのですか、ユキさん!」
「いやいや、ゲームなんだから、出来て当然かと」
「なるほど? そうした常識の、違いなのね? ゲームこそが日常なのね?」
「廃人としての、経験が役立ちましたねー」
「褒められてなくない!?」
片や魔法が使えないのだから、出来ないと感じてしまうアイリ。
片やゲーム世界なのだから、出来て当然と思い込むユキ。
こうしたイメージの力の差が、結果に影響を及ぼしたのだろう。なかなか面白く、調べがいがある内容だ。
そんなユキのイメージの結晶、土の槍がヘリへと襲い掛かる。しかしこれも、敵は余裕をもって回避してしまうのだった。
「でも、誘導には成功しているわ? ユキ? もっと行ける?」
「まっかせんしゃい! むしろ、当たるより避けてくれた方がありがたい!」
「それはなぜ?」
「この勢いじゃたぶんダメージないから!」
「…………」
元気に断言するユキの言葉の通り、きっとこれでは直撃しても有効打は与えられないとハルも思う。
これがもし鋭利な石の集合体なら話は違ったかも知れないが、ヘリを襲う地面はその殆どが土くれ。
当たったところで土そのものがクッションとなり、ダメージを与えるには至らない気がする。
「だがこの調子で土アッパーで誘導し続ければ……、ってヤバっ……!?」
「あららー。向かってくる土そのものを迎撃し始めましたねー」
敵のロケットランチャーは、当たった地面を自陣へ変換するという能力を持つ特殊弾頭。そして、打ち上げているこの土槍も元は地面の一部。
その二つの条件が合わさった結果は、語るまでもない。
土の槍はその身を敵領の一部へと描き換えられて、何に使うのか分からない奇妙な鉄塔へと姿を変えた。
お馴染みの歯車がその塔から飛び出して、意味もなくカチカチと回転している。
「うおー! 私らのホームに変なの建てられたー!」
「無意味どころか逆効果ね?」
「どどどどーしましょう! そろそろ、ソフィーさんの方の準備も終わるころです!」
「こうなれば私が、この塔を登る!」
「その間に距離を取られるだけでしょうねー」
こちらの足掻きが全て無駄に終わったことで、敵の動きにも何だか余裕が見えるようだ。
ゆったりと空を飛ぶ動きには、勝利の確信からの驕りが感じられる。
そこを突いてやりたいところだが、まだ着弾予想地点には誘導が足りていなかった。
「《大丈夫だよ! このまま行っちゃおう!》」
「……ソフィーちゃん、行けそうなの?」
「《うん! 私にお任せだ!》」
そんな今一歩の立ち位置でも、ソフィーからは問題ないと頼もしい言葉が飛んでくる。
彼女は今、自分の国からこの場へと、風に乗せて刀を発射する為に待機している所であった。
このまま刀を発射しても、ヘリには着弾することがない。しかし、ソフィーには秘策があるようだ。
ハルは、それを信じて作戦の決行を決断する。
「……じゃあ、任せた。行け、ソフィーちゃん!」
「《りょーかいです、プロデューサー! ソフィー、発進!》」
その号令と共に、“ソフィー自身が”刀と共に発射される。
今、アルベルトが設置した風の道には、逆に電流が流されて簡易的な電磁カタパルトと化していた。
出力的には大したことはないのだが、それでも元々の気流と合わせて、人間の飛び込む速さではない。
それでもソフィーは躊躇うことなく、その内部へと飛び込んだ。
どうせ肉体的にダメージを負うことはないのだからという、狂人の発想である。
「ユキ、ソフィーちゃんが来るよ。足場任せた」
「……むっ? おお、なるほど! あいさー! そんじゃいっちょ、敵さんにも協力してもらおっか!」
ハルの言葉に何かを察したユキが再び、今度は先ほどとは逆側に土の柱を作り上げる。今度は、複数本一気にだ。
敵ヘリはその様子を確認し、余裕の態度でそちらへ反転し砲口を向ける。
自分に当たる位置ではないが、何か企んでいるならその狙いを叩き潰してしまおうという腹積もりだろう。
その慎重さと、優勢故の考えなしが悲劇を生んだ。
敵のロケットが直撃した土の槍は、また同じように機械の塔へと姿を変える。
等間隔に並んだそれは、見かたを変えればしっかりとした『足場』であるようにも見えてくる。
……当然、ゲーム内限定の感覚での話である。
「うおりゃーっ! とつげきーっ!」
その足場へと、刀を抱えたソフィーが、風に乗って突っ込んできたのだった。




