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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1037話 制空権喪失

 ハルたちの頭上から聞こえてくる轟音ごうおん、それは、空気を切り裂く飛行機械の発するプロペラ音であった。

 現代ではあまり見ることのなくなった、ヘリコプターというやつだ。

 それを模したであろう、いびつな形状をした航空兵器が、上空からハルたちへと襲い掛かろうとしているのだった。


「わーお。いきなり時代が進みすぎじゃない? 白兵戦してたと思ったら近代だよ?」

「まあ別に、時代設定のある形式じゃないしね」


 ユキの言っているのは、これも戦略ゲームの話。プレイヤー間の足並みを揃えるために、文明の発展度合いが時代と共に進行していくタイプだ。

 そういったタイプでは航空ユニットは後半まで作成できず、地上ユニットを強化していく形になるのがお決まりだった。


「しかし、よくあんな形で飛行できますね。プロペラは小さいですし、左右非対称。そもそもボロボロではないですか」

「んなーう」

「まあ、確かに。我々だってあちらでは、生身で飛んでいたりしますがね」

「にゃうにゃう」


 リコの送り込んできたヘリコプターは、彼女の城や機械兵たちと同じく、なんとなく『ボロい』といった感想を抱いてしまう見た目。

 ずんぐりむっくりな躯体くたいは飛行に適さず、装甲版もつぎはぎだらけ。飛び出たチューブはむき出しで、その傍で回る歯車は何に使っているのだろうか。


 それでも、機械は問題なく空を飛行している。まあ当たり前だ。ゲームなのだから。

 あのヘリコプターも中身は他と同じ神力のかたまり。要するに重力操作を行うエネルギーだ。

 浮くことなど、お手の物である。何の不思議もない。


「なるほど! あれを生み出すための、時間稼ぎだったのですね!」

「そうなのでしょうね? 確かに、空からの攻撃は一方的だわ? しかし、そんなものがあるなら最初からコレで攻めて来れば良かったのではなくて?」

「まあ、警戒してたんだろうさ。僕らの戦力も」

「では、わたくしたちの兵隊をあちらの陣地に隔離かくりしたのは、いかなる理由からでしょうか!?」

「んー。どーだろうね? うちらの人形が居たら、あのヘリを攻略できちゃうとか?」

「肩車して、あそこまで登るのです!」


 出来なくはなさそうだ。死を恐れぬ人形たちである。まるで組体操かのように、大軍が山と連なれば、あの高さにまで届くかも知れない。

 どうやらあまり高度を上げられない感じはする。その可能性を恐れた、という事は十分に考えられる話だ。


 それ以外にも、この世界はイメージが現実になる世界。兵士の足元を急激に隆起りゅうきさせて、空まで吹っ飛ばすといった非人道的作戦だって実行できそうだ。


「……うん、面白そうだね、兵士カタパルト」

「あはは。まー相手も、ハル君なら何かしら変な事をするって妙な信頼があったんだろね」

「わたくしの世界に居た頃から、ハルさんをご存じだったのですものね!」


 しかし、そんな色々と遊べそうな便利な人形たちは、今はほとんどが敵領土にて麻痺マヒさせられている。

 状態異常は次第に解けるだろうが、その後も唯一の帰路である一本道を封鎖され、戻るに戻れない。


「やるわね、リコ。きっと、この作戦を今日まで必死に考えてたのでしょうね?」

「誰かの、入れ知恵かも知れませんねー?」


 あり得る話だ。リコは派閥の一員、その仲間たちに、作戦の相談に乗ってもらったのだろう。


 さて、そんなハルたちを高みから悠々と見下ろしていた小型ヘリだが、愉悦ゆえつの時間は終わり。どうやら、ついに攻撃を決行する気のようだった。





「来た! ロケットランチャーか何かだ!」

「にーげーろー、ですよー」


 ずんぐりとしたヘリの胴体から、その武装が音を立てて姿を現す。

 きりきりとした歯車の回転音と共に、きしみを上げて側面装甲が開き、両サイドから武装が展開される。


 二本の円筒が生えてきたと思うと、すぐさまその中から発光する弾頭が煙の尾を引いてハルたちに向かってきた。

 いち早くその場を逃げ出したカナリーに続き、ハルたちも全員そのロケット弾の射線から身をかわす。

 その直後、地面に着弾したその爆弾は周囲を巻き込む大爆発を引き起こしたのだった。


「ふー。恐ろしい攻撃でしたー」

「カナちゃん、休んでる暇ないよ! 次来るから走った走った!」

「ぶーぶー」

「良い運動になりそうだね!」


 ロケットランチャーは当然一発では終わらず、次々とハルたちに襲い掛かる。

 幸いなのはそこまで弾速が速くない事と、誘導性能が備わっていない事だろう。いわゆるミサイルではない。


 逃げ惑うハルたちの背後で、爆弾は次々と爆炎を上げる。

 プレイヤーは無敵なので巻き込まれても平気ではあるが、あまり食らいたくはない攻撃だ。


「あっ! 見てください! あの攻撃、わたくしたちの国土を削っています!」

「……こんな時でも余裕ねアイリちゃん。それは、どういうことなの?」

「マップ上に、敵の領土が出現しているのです!」


 爆風吹き荒れる戦場の中でも、走りながらメニューマップを確認する余裕のあるたくましいアイリだ。

 そんなアイリが、マップ上に表れた異物を発見する。どうやら、あのロケットランチャーは直接攻撃した地点を浸食することが可能らしい。


「皆さま。爆風が晴れましたら着弾した地面をご覧ください。肉眼でも、確認できる変化がございます」

「……あら。草原の一部が、シミのように夜になっているのね? 奇妙だこと?」


 装填そうてんした弾を撃ち尽くしたのか、奇妙なおんぼろヘリコプターの攻撃が一時止まる。

 その間に、草原の風に吹き流されて噴煙が晴れその後ろの様子が明らかとなった。


 アルベルトが先んじてセンサーで感知した通り、その着弾地点にはリコの世界が浸食してきている。

 その様子は昼間の草原の真ん中に、ぽつぽつと突然夜の荒野が生まれたような、なんとも不思議な光景だった。


「ふむ? なるほど。この攻撃を地面に通す為に、人形を排除したって部分もあるのかな」

「確かに、そうかも知れないわ? 兵士にダメージを与えても、国境線を押し上げるだけですものね?」

「となると、まずいですよー? この場を直接取られることが、何を意味するのか分かりませんー。きっと、ろくでもないことですよー?」


 再装填時間リキャストタイムが終わったのか、再び爆弾を発射する敵ヘリ。その着弾地点に向かい、カナリーが先ほどとは真逆に走りこんだ。

 まるで地面をかばうように、自らの体を盾にして弾幕に体当たりする。

 全てを受け止めることは出来なかったが、カナリーの体に衝突することで半数の弾薬は地面を焼くことは敵わなかった。


「……無茶をする。下がっててカナリーちゃん。そんなに体を張らなくってもいいって」

「平気ですよー。それに、逃げるのには思い切り走らないといけませんけど、ぶつかるのは楽ですからー。どーせ痛くありませんしねー」

「……ありがとう。でも、次からは僕がやる。下がっておいで」

「相変わらず過保護ですねー」


 余裕の表情で服をはたくカナリーには、傷一つ汚れ一つ付いていない。

 プレイヤーは無敵。それを利用した防御方法だが、普通の神経ではあの爆風に飛び込む覚悟は持てないだろう。

 理屈の上で平気だと分かっていても、無意識に身がすくんでしまうものだ。


「申し訳ありません! カナリー様にこんなことを! ……しかし、なぜこのような?」

「敵がわざわざ、ここを急襲した理由が気になりますー。恐らく、ここを取ることで何か重大なメリットがあるはずですよー」

「それはつまり、私たちにとっては致命的なデメリットね?」

「ですよー?」

「むむむ! なんなのでしょうか!?」

「まあ普通に考えれば、本拠地を取られたら負けとかかねー? ここただの原っぱだけど、扱いとしては『玉座の間』だしね」


 ユキの言うように、見た目こそ他と変わらないが、この場は常に変わらぬスタート地点。

 色々と試してみたが、ログインする際のこのポイントを、他の場所へと動かすことは不可能だった。


 そんな大事なログイン場所を奪われたらどうなるのか? 最悪なのが、即時ゲームオーバーだが、その他にも色々と悪い想像が出来るというもの。

 もし、『ログイン場所が無いからログイン不可』とでもなれば、それでもゲームオーバーと同義だろう。

 もしかしたら、兵士の再出撃も不可能になるのかも知れない。


「みゃみゃっ! ふみゃーご!」

「また来るか! おのれ、そんなに弾数たまかず積めないだろお前ー!」

「うにゃにゃー!」

「だが、仕方ないよなメタ助。ゲームヘリは、体内にミサイル生産工場もってるもんな?」

「にゃんにゃん♪」


 ゲームの自機が、異常な数のミサイルを撃つことが出来ることへの皮肉である。

 ちなみに、メタの操る本物の機械兵たちは、冗談抜きで体内に弾薬生成工場を備えている。猫の脅威の科学力、機械の神の本領発揮だ。


 そんな空からの一方的な爆撃に、ハルたちは地に足を付けたまま、生身で立ち向かって行くのであった。





「ふん! てりゃ! ノロい攻撃だ、目をつぶっていても撃ち落とせるよこんなん!」

「たあ! ユキさんすごいですー……! わたくしも、まぶしいので目を閉じたいです!」

「あはは。さよか。だがアイリちゃんにはまだ早い」


 大地を浸食しようとするロケットランチャーを、ハルたちは全てその身で迎撃し撃ち落とす。

 地面に触れさえしなければ特殊効果は発揮しないようで、ハルたちはその身をもってなんとか再復活リスポーンポイントを守っていた。


 浸食された部分も、この場で戦うことで徐々に小さくなっている。一見、こうしていれば均衡きんこうは保てるかのようにも見えた。だが。


「……まずいわね。この攻撃を直接受けることで、一発ごとに国境も目に見えて動いているわ?」

「《はい。おっしゃる通りっすルナ様。今はまだ、イケイケで進軍した時の貯金で持ってますが、これをずっと生身で受けていれば、いずれ国境がここまで迫って来ます。そうしたら、結果としては同じことっすよ!》」

「結局、アレを直接叩くしかないということね?」

「《可能ならそれが一番っす!》」


 プレイヤーは無傷でも、受けたダメージは国土に反映される。このロケットランチャーは見た目通り大ダメージに設定されているようで、このままでは国境が押し返されるのだ。


「仕方ない。どうにかしてコイツを破壊するか」

「おっ。やる気だねハル君。どーする? 大ジャンプする?」

「人間は、普通ヘリの高度までジャンプできないよユキ」

「今さらじゃん。どーせハル君とその一味のやることだし、スルーしてくれるって」

「いやいやいや……」

「弓兵も鍛えればヘリを落とせるし!」

「ゲームあるあるだね」

「……冷静に考えれば、おかしな話よね?」


 いくら身体能力が高かろうと、ちょっと物理的にごまかしがきかないだろう。

 いずれは、見せなくてはならない時が来るかも知れないが、今ではないように思うハルだ。せっかく情報統制しているのである。


 ちなみに、可能か不可能かで言えば可能だ。特にユキは、電力を全開にすれば容易なこと。


「……そうだね。アルベルト」

「はっ!」

「『発電機』の運用は、順調?」

「はい。いささか乱暴ではありますが、問題なく機能しております。そろそろ、次の段階にアップグレードしたいところですね」

「そうか。ならちょうどいい。解体前に、最後の一仕事してもらうとしようか」

「ふふっ。ええ、そういたしましょうか。では、ソフィー様へ連絡を」

「頼んだ」


 風の通り道に磁石を並べただけの、強引すぎる発電設備。それに、ヘリ攻略の役に立ってもらうとしよう。

 そうなると、少々互いの“位置”が問題か。ソフィーの準備が整う前に、その位置調整の方法を考えることにしたハルであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 対外的な面を気にしなければ、組体操なんて悠長なことをせずとも直接味方兵を投擲して撃墜とかしてきそうですし、なんなら敵兵だろうが何だろうが干渉できればお構いなしまでありますなぁ。妙な信頼では…
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