第1035話 司令官同士の戦い
そうしてついにリコの世界との国境線を塞いでいるバリアが解除され、彼女の軍隊が再びこちら側へと進軍を開始した。
その内容は、以前とさほど変わった様子は見られない。巨体を誇る機械兵が、隊列を組んでゆっくりと侵攻して来る。
いや、ゆっくりと見えるのは見た目だけだ。そのサイズから距離感がおかしくなるが、実際の進軍スピードはなかなかのものになるだろう。
「相変わらずで芸がない。と見せかけせて、これは『誘い』だろうね」
「だねユキ。僕らに、前回同様の対処方でいけると思わせようとしているのは間違いない」
「まあ、そうよね? 負けると分かっている方法を繰り返すほど、馬鹿な人ではないはずよ?」
「きっと逆転の、切り札があるのです!」
「それか物量でー、ハルさんたちを疲弊させようとしているかですねー?」
「ありうる」
本来は世界を創造し、兵士たちに指示を出すだけしか出来ないはずの世界の君主、プレイヤー。
しかしハルたちは、その君主自身が最大の戦力として兵士を蹴散らす力を持っていた。
その予想外すぎるどんでん返しに、リコは撤退と休戦を余儀なくされ、今日まで準備を重ねていたのだ。
「でもさでもさ。もしリコちんの作戦が消耗戦なら、その目論みは的外れだよね」
「確かにそうですねー。一般的な人間の体力で、計算するはずですからねー」
「わたくし、まる一日だって暴れられちゃいそうなのです! えい、たあ! って!」
「私の体も、予備バッテリー二個もありゃ十分持つっしょ。節約動作も、だいぶ慣れてきた」
「申し訳ありません。その程度しか用意できず」
「いや気にすんなってベルベル。君には早急に、この世界の工業化を進めてもらわにゃならぬ。精進せよー」
「ははっ!」
磁石と風力を利用した、簡易すぎる発電機。そして、そこから生まれた電力を溜め込む原始的な蓄電設備。
それらはまだまだ脆弱な装置でしかないが、この広い世界を贅沢に使った規模の力により、そこそこの電力を確保できていた。
次は、その電力を使って動く装置を作り、徐々にハルたちの世界を近代化していくのだ。
そうすれば大規模な素材加工も可能になり、精密で高効率な発電もまた可能となる。素晴らしいループの出来上がりだ。
とはいえそれは、まだまだ先の話。リコとの決戦には間に合わなかった。
ハルたち自身の戦力は大きく変わっておらず、ユキの体の予備バッテリーを用意できたこと、ハルが武器としてソフィーの刀を借りられたことくらいが進歩と言えよう。
「その刀って、耐久力どんなもん? 無敵?」
「いや、普通の丈夫な刀。無茶すれば壊れるよ」
「そか。イメージの物質化だから、ゲーム的に無敵かと思った」
「どうなんだろう。作れるのかな? 無敵の武器防具。まあ今回は、ソフィーちゃんにとっては刀は消耗品ってイメージらしいから、どのみち無理だろうね」
「侍の世界にでも生きてんのかいー、あの子は」
「殺伐だね」
消耗品だからこそ、何処に居ても即座に装備できるような世界になったのだろう。彼女の世界に攻め込む敵には、ご愁傷様と言うほかない。
「残念です。剛体が生成可能ならば、テスラタービンでも作成しようかと思っておりましたのに」
「ふみゃー……」
「いいではないですかメタ。ロマン装置でも。高効率なのですよ?」
「んにゃんにゃ」
「……確かにまあ、私は魔法による部品交換で解決していた所も大きいですがね」
テスラタービンというのは、薄い円盤を何枚も繋ぎ合わせた形の回転部を持つ発電機だ。通常の物と比べ、実にシンプルな構造をしている。
そのシンプルさからは想像できぬ高い変換効率を誇るが、また部品にかかる負荷も想像以上。一言でいえば、『コスパが悪い』。
アルベルトはカナリーたちの連合に入り、魔力を潤沢に使える立場。破損した部品はその都度<物質化>で交換すればいい。
一方メタは今まで個猫で活動しており、常に節約を強いられてきた。
そんな立場の違いが、ふとした会話から見えてくるのも何だか面白い。
「はいはいー。雑談はそこまでですよー。国境まで攻めて来ましたからねー」
「ですね! ここからはわたくしたちの兵士の、初お目見えなのです!」
そう、今回はハルたちも、兵を作り出し応戦できる。その初陣の、不幸な対戦相手となっていただくとしよう。
*
「すすめすすめ! やっつけるのです! ハルさんの為に、国土をぶん取って帰るのです!」
「アイリの主張が過激だ……」
「まーゲームだし。うちらだってヤバいことよく言うっしょ」
「それはそう」
「認めないでちょうだいな……」
ゲームをすると口が悪くなる。ありがちだった。
普段はえっちな発言の多いルナも、このあたりは常識人。過激で野蛮な発言は、不慣れなお嬢様なのである。
「おお、速いです! わたくしの兵士! 兵は機動なのです!」
「……ユキ? あなたまたアイリちゃんに間違った言葉を教えたわね?」
「ルナちーみたいにえっちな言葉は教えてないからだいじょーぶ」
正確には、『兵は詭道なり』。ただ実際のところ機動力は非常に重要なので、言いたくなるのは自然なことだろう。
敵を欺くにも、素早い展開力が備わっていることは必須である。
そんな機動力に優れたハルたちの兵は、顔のないのっぺりとした人形のような者達。
例えるなら、美術デッサンに使うポーズ人形のような物だろうか? 関節にボールジョイントが入っており、人間の可動域を再現している。
肉体の質感は金属のような陶器のような、つるりとした光沢を持つ。なんとなく、近未来を感じる、いわゆる『サイバーな』質感であった。
「んー。これって、チュートリアル人形?」
「そんな感じはするね……」
「戦闘訓練の、カカシなのです!」
そう、あえて何かと言うならば、ゲームにおいての操作説明や練習の際にお世話になる、初期状態の人型キャラといったところ。
ハルとユキを代表とした、ゲーマー集団であるこのメンバーらしい兵隊といった所になるのだろうか?
そんな顔のない兵士が、それぞれ理想的なフォームで駆け抜けるように行軍する。
まるで初期状態のNPCを、大量に配置して解き放ったかのようだ。皆一様に同じ姿同じ動きで、敵を目指してなだれ込む。
その様はなんとも、言い表せないような不気味さを醸し出していた。顔が無いということが、また、妙な『圧』を出している。
「陣を組まないことが、また行軍の高速化に影響しているのね? 相手のように、きっちりと整列する気はないみたいだわ?」
「ハル君、これって弄れんの?」
「無理みたいだね。個々の行動は任せるしかないようだ。これも、創造主の『才能』ってことなんだろう」
「でもまー。今回は良い方向に作用しているみたいですねー。整列してたら、あの狭い一本道を進軍するの大変ですからー」
「確かにね」
ハルたちの世界特有の、一本道マップ。それは、守るに適してはいるものの、攻めるには少々やりにくい。
そんな不便な一本道を、初期人形たちは最適な幅を保って減速することなく踏破していく。
明らかに無茶ぶりな指示であるというのに、彼らは嫌な顔ひとつしない。まあ、顔が無いのだから当然だが。
……冗談はともかく。そんな絶対服従ぶりも、なんとなく『ただのNPC』感を感じさせるのだった。
「しかし、彼らは武器を持って来ませんでしたね。大丈夫なのでしょうか!」
「確かにそうね? 身軽で足は速いみたいだけれど、平気なの? 敵はそれぞれ武装しているわ?」
「んー。平気じゃねルナちー。うちらだってあの程度の武器、どーってことなかったっしょ」
「あの人形はハルやユキではないのだけれど……」
「いんや。平気だね。賭けよっか? 何かけるルナちー?」
「じゃあ服ね? 負けた方が一枚脱ぐのよ?」
「それルナちーに損ないじゃん……」
「失礼ね? 私だって恥ずかしいのよユキ?」
ルナたちがそんなやり取りをしている間に、人形兵の先頭集団はついに敵の機械兵と接触した。
彼らの姿を認めて武器を振りかぶる敵兵たち。しかし、そんな敵の攻撃にまるで怯むことなく、人形兵は果敢にも素手で立ち向かう。
普通ならば、その勝負の行方は明白、火を見るよりも明らか。
しかし、人形たちはその体格差、装備差を物ともせずに、軽々と敵をあしらって行くのであった。
「ほら見んさいルナちー。あっ、脱がなくていいからね?」
「あら。本当ね?」
「すごいですー! どうして、分かったのでしょうか!?」
「そりゃねアイリちゃん。今まで私がどんだけのNPCを見てきたと思ってらっしゃる! 走りのフォーム見ただけで、使ってるプログラムの質は一目瞭然よ?」
「すごいですー!」
「……これ、たしかに一見凄いように聞こえるけど、それだけ毎日ゲームばっかりやってたって事でしかないんだよね」
「廃人さんですねー?」
流石はハルたちの世界から生まれた兵士とでも言うべきか、戦闘経験豊富な特殊部隊の一団であるかのように、次々と機械兵を押し返していく。
確実に、損耗比率は2:1を越えていた。これは戦えば戦うほど、世界はハルたちの物となることを意味している。
しかも、今度はどれだけ戦闘地域が拡大しても問題ない。それどころか、範囲が広がれば広がるほどハルたちに有利になっていく。
「ねえハル君。これは、リコちん予想してたと思う?」
「まあ恐らく。態度は適当だけど、研究者気質だ。有利な予想だけするタイプとは思えないね」
「つまり、わたくしたちは誘いこまれたと!?」
「その可能性は十分にある」
徐々に、ハルたちの部隊は敵陣の奥深くへと入りこんで行く。白兵戦だけが決着方法ならば、この時点で勝利は見えたが、そう甘くはあるまい。
果たして、リコが今日まで準備していた内容は、いったい何であるのだろうか?
※誤字修正を行いました。




