第1034話 一方的な相互扶助同盟
伝え聞いた情報が自分のメニューにも伝播する。このことは、今回のゲームを攻略するにあたって重要な要素となってくるだろう。
これは、派閥内の結束や、情報統制を更に強固なものとすることに作用するのは確実。
アメジストの目的が何なのかは不明だが、迂闊に外部に漏れる危険性が更に減ったのは良いことだろう。
「……秘密は仲間内で握り潰し、外部には渡さない。逆に、敵派閥の持つ情報をなんとかして入手しようと、水面下で動くことになる、という訳か」
「うちの学園、そういったことが得意な方が多いですもんね」
「シルフィーも得意?」
「いえ、私は、そういったことは苦手な質でして……」
「そうなの? あなた、あちらのゲームではファンクラブをしっかり纏め上げているじゃない」
「それは、そいうった競争を知らぬ方々を、楽に纏めさせていただいているだけで……」
「自己肯定感が低いねえ、シルフィーは」
まあ確かに、しっかり者とはいえ大人しく自己主張も薄めなシルフィードは、そうした派閥のトップに立つような役割は苦手そうだ。
「で、でも今回も、ハルさんの下で指示に従っていれば、安泰ですね!」
「それでいいのかリーダー……」
「いえその正直、あちらでもリーダーというより、ただのまとめ役と言いますか。前回ハルさんの下について『楽だなー』と思っちゃったと言いますか」
「リーダー疲れね? 分からないでもないわ?」
ゲーム内の、ギルド等のユーザー運営の組織。そのトップには基本的に、抜きんでた報酬などは無い。
一方で役職は明らかにメンバーより多忙となるので、たまにゲームをしているはずなのに疲れてしまうプレイヤーが出たりする。
シルフィードのギルド、つまりアベルファンクラブは、そこまで彼女一人に負担を背負わせるような者達の集まりではないが、それでも時たま重荷に感じてしまう時があるようだ。
仕方のないことである。ゲームはあくまでゲーム、プレイヤーの現実の最優先にはなりえない。基本的に。
そんなシルフィードを労いつつ、彼女の苦労話なども聞いてやるハルたちだ。
今はシルフィードこそが、ハルたちにとっての大事なギルドメンバー、とも言えるだろう。
「あっ、すみません、なんか私のことばかり」
「いいのよ? 疲れた社会人のようなあなたの心に、ハルがつけ込むチャンスだわ?」
「つけこまないでくださいよっ! というか、学生です……、まだ卒業も遠いです……」
「そう。では年上の頼れる男性に甘えたくなる瞬間などはなくって?」
「それはまあ、なくもない、って何言わせてるんですかルナさん! 違いますから!」
「違うの? アベル王子のことなのだけれど。ファンなのでしょう?」
「……ルナ。貴重なツッコミ役だ。あまりからかって消耗させないように」
「ツッコミ役でも、ないのですがぁ……」
どうにも、ルナ相手にはたじたじになってしまいがちなシルフィードだ。
これは性格的な相性不利の意識以外にも、家柄による萎縮があることも間違いないだろう。
彼女もお嬢様であれど、ルナの家の『家格』というやつにはどうにも気遅れをしてしまうようだ。
ハルとしては正直良く分からない感覚だが、この学園の生徒の多くはそうした格付けをよく気にしている。
まあ、本人も現役の社長として活躍中のルナ相手だ。特に気にしすぎてしまうのも仕方のないことなのだろう。
「まあ、そんなに窮屈なら、このゲームで存分に羽を伸ばしなさいな。私たちにとっても、それは利益になるわ?」
「あ、でも明日から少し、あっちに戻って様子を見てみようと思います。私じゃなければ処理できない案件も、あるにはあるので」
「……言ったそばから、責任感の強い子ねぇ? あなたが良いなら、構わないけれどね?」
「その、すみません。こっちに集中した方が、本当はいいですよね?」
「別に、それは構わないよシルフィー。どうやら、ログイン時間が攻略に直結するゲームでもないようだし」
「廃人不利だ。不健全だねハル君」
「いや不健全なのはどう考えても廃人の方だよね……?」
まあ、ユキの言わんとしていることも分かる。結局、プレイ時間の長さが戦力に直結することが基準であった方が、バランスが取りやすいという話だ。
プレイ時間のみが指標だと、当然『廃人』と揶揄される長時間プレイヤーの天下になるのだが、他に指標を作るとなるとそれも中々難しい。
プレイヤースキルを重視すれば、大多数のユーザーはそんなにスキルを持ち合わせていない。課金を重視すれば、お金をかけた人が勝つだけになる。
どちらもバランスを間違うと、一気にゲームそのものがつまらなくなる。
そしてこのゲームは、明らかにプレイヤースキル、それも『才能』などという数値化しにくい物を軸とした構築だ。
当然このまま世に出れば、大多数を占める凡人からは評価されないことは間違いない。
「アメジストのー、お手並み拝見ですねー」
「だから才能が高い者が集まるこの学園を、選んだということでしょうか? あっ、私に才能があるとか、そういうことじゃなくてですね?」
「シルフィードさんはすごいのです! もっと、自信を持ちましょう!」
現状、ハルたちの中で最もこのゲームシステムに評価されているのはシルフィードだ。それはいったい、どのような判定の下なのであろうか?
まあ、今はそれよりもまず、彼女の『国』からまだ見ぬ技術を教わるとしよう。
*
一度ゲーム空間からログアウトし、シルフィードにもエーテルネットが繋がる場所まで送り届ける。
真面目が制服を着て歩いているような彼女には、夜の学園をこっそり歩き回ること自体が実に刺激的なゲームであるようだった。
はらはらどきどきと、常に緊張し周囲を警戒している。まるで悪いことでもしているようだ。まあ、悪いことをしているのだが。
そんな彼女を落ち着かせて、皆でシルフィードのメニューを覗き込んでいくのであった。
「あっ、色々と内容が増えていますね。あっ、通知もいっぱいあります。ハルさんたちが、私の土地に侵入しましたってアラートですね」
「『友好条約を締結しました』、と出ています!」
「そのようですねアイリさん。きっと私たちが仲間だと、ゲームの方も分かったのでしょう」
「どうやって分かったんでしょうねー? もしかしたら、仲間じゃないかも知れませんのにー」
「す、すみません! 烏滸がましかったでしょうか?」
「大丈夫だよシルフィー。カナリーは、制作者のアメジストに疑念を向けてるだけだから」
「はぁ」
まあ、そこは特に不思議ではない。『派閥』として組んだ仲間を判定するのだ、そのくらいやってのけるだろう。
それより今は、シルフィード本人も詳細を知らぬメニューについて、確認していこう。
「『同盟締結』が出来るようなのです! きっと友好条約の、更に上ですね!」
「ですね。これは、ゲーム内からでは出来ないのでしょうか?」
「どうだろうね? 中で宣言すれば、それで良いのかもしれない。とりあえずお願いできる?」
「了解ですハルさん。うわっ、凄いマップ……」
「ドン引きですねー? 細長いですもんねー?」
シルフィードがハルたちとの同盟を宣言すると、二人のマップが互いに自分の領土のようにメニューに表示される。
恐らくは行き来自由を示し、互いの開拓した視界を常に共有する状態であると考えられる。
そして、変化はそれだけではない。彼女の行動により、ハルたちのメニューにも追加された項目があった。
「うちらにも同盟が表示されてるねぇ。これは、今教えてもらったって扱いなんか」
「そのようですね?」
「ふむん? そうと決まればやることは一つだねハル君。このままシルフィんに、手持ちの技術を全てタカるのだ!」
「タカる言うな。失礼でしょユキ?」
「でもさ? 戦略ゲームなら、やるよね?」
「やる」
今の状況、言ってみれば軍備を持たず国土だけを拡張していた平和な大国と、軍事国家が突如接触したようなものである。
その結果起こる事といえばいったい何か? そう、恐喝である。
お前たちが苦労して開発した技術をよこせ。さもないと攻め滅ぼすぞ。と、武力をちらつかせて『交渉』を行う。
その相手の誠意に押され、哀れ大国は嬉し涙を流しながら無償で技術を差し出すのであった。
「うむうむ、苦しゅうない苦しゅうない。お前の国は、私らが最後まで大事に守ってやろうぞ」
「ありがとうございます。助かります。なんだか土地は大きくなったみたいですが、正直守り切れる気がしないですから」
「素直か! ラスト一国になったらそのまま滅亡させられるに決まってるっしょシルフィん!」
「ええっ! そうなのですか!?」
「まあ、戦略ゲームならね。今回はお互い協力していこう。安心してシルフィー」
「頑張りますっ」
とはいえ現状は結局、ハルたちが一方的にカツアゲしてるのと変わらないのだが、そこは誰も口に出さないのであった。
……このまま一切のシステムを自力発見せず、全てシルフィードの国におんぶにだっこで教えて貰う。そんな結末を迎えたら、どうしようか?
あり得なくもない未来である。誰からともなく、顔を見合わせるハルたちだった。
「そしてこれは、『兵士作成』ですってハルさん。もし敵対した時は、これを使うということなんですね。あ、どぞどぞ」
「どもども。……って、こうしてメニューを見せあっただけで技術の受け渡しが? いいのかこれで」
「……なんだか、いよいよアメジストのハッキングの目的が、このメニューを隠したいだけに思えて来たわね?」
「まさかあ、そんなはずは……」
「?? 何のお話ですか?」
「大丈夫、ちょっとした世界の危機の話なだけだから」
「??」
ハルによりロックが解除された、エーテルネットの基幹システム。それを書き換えることで、こうして今見えているメニューを、本人にしか見えない非表示状態に変更できる。
だが現状、アメジストが何の為に『その程度のこと』に危険を冒してまで躍起になっているのかが不明だ。
もしかしたら、本当にただこのメニューを隠したいだけなのかも知れない。
ならば、その程度は通してやっても良いのでは、と思われるかも知れないが、エーテルネットの行く末はこの日本の人々の手に託したいと願っているハルだ。
ハルや神様の都合で、好き勝手に書き換えるべきではないと考える。
とりあえずそこは、今はハルが抑え込んでいるので大丈夫だろう。
それより今は、ついにハルたちの世界も軍隊による武装が可能となった。これを使い、リコの世界との戦争に備えることが出来る。
さて、この同盟による準備が、果たして先輩プレイヤーにどこまで通用するのか。そろそろ相手も、活動を再開してもおかしくない頃であった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




