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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1033話 伝播する文化

 慌ただしくソフィーの世界を後にしたハルたちは、続いてシルフィードの世界に向かう。

 彼女の土地まで道を繋げることが出来れば、ハルたちの同盟を物理的に繋ぐ貿易ルートの完成だ。


 今のところ、こうしてマップに頼らず互いの位置を把握し、直接接触した勢力は無いと思われる。

 参入は後発のハルたちだが、こうして素早い協力体制を構築することでその差を縮めて優位に立てるだろう。


「ベルベルは置いてきちゃって良かったんハル君?」

「ああ。あいつはソフィーちゃんのところで、何やら今後の準備をするらしいから」

「あはは。刀をびゅんびゅん飛ばすんだね」

「即死トラップなのです! タイミングよくジャンプで、避けるのです……!」

「神様にしては適当よねぇ? 手抜きというか……」

「まー、擁護ようごする訳ではないですが、加工にもエネルギーを使いますからねー。無加工で流用可能ならば、それに越したことはないですしー」

「なるほど? 確かにそうね。私たちは、少し便利な世界で生きることに慣れすぎたかしらね?」

「ここで、僕らの学園の標榜ひょうぼうするコンセプトが生きてくる訳だ」

「言い訳ですけれどね、あんなものは」


 エーテル技術にばかり頼らず、自立した人間として成長すべし。もし仮にまた大災害などでエーテルネットワークが使用不可能になった際も、慌てることのない教育を。

 そんな理念にて、この学園は『一応』成り立っている。


 まあ、実際のところはほぼ有名無実と言っていいのだが、図らずもこのゲームが、その学園で学んだ知識を生かす良い試験となっているかのようだった。


「わたくしが、もっと使いやすい素材を出せていれば!」

「気にすることはないよアイリ。アイリは十分に、よくやってる」

「そうよ? アイリちゃんが居なければ、こうして自在に世界を拡げることも出来ていたかどうか」

「そうですよー。あとは、アルベルトに働かせておけばいいんですー。そのうち溜めた電気で、工作機械でも作るんでしょうからねー」

「なうなう。なうん!」

「メタちゃんもですかー? あんまり、やりすぎないようにしなさいねー? ここはメタちゃんの工場じゃないですからねー?」

「みゃう!」


 アルベルトもメタも、高い機械技術を有しているのは疑いようもないが、それを支える素材技術は魔法に頼りがちな部分が大きい。

 ハルも<物質化>を抜きにしても、必要な物はエーテル技術で組み上げてしまう。

 なので、こうして素材の生産から順番に装置を作って行くことは、ハルと神様にとってもなかなか新鮮な試みだったりするのである。


「たまにはこういうのも楽しい、なんて言ってばかりもいられないかな?」

「いいんじゃなーい? せっかくのゲームだし、どうせなら全力で楽しむのだ!」

「そうね? アメジストが何を考えているかは分からない事が不安要素ではあるけれど、それを抜いて考えれば、所詮しょせんは子供の遊びよ?」

「ルナちー、おぬしも子供だ」


 まあ、この学園に通う生徒は、有力者や実業家の子供だったりと、ルナの他にもただの子供とあなどってはいけない人物も多く居る。

 しかし、全体的な傾向を見れば、まだまだ遊びたい盛りの子供。そう言い切ってしまっても構わないかも知れない。


 世俗せぞくから隔離した聖域であるがゆえに、問題点も多かれど、そうした利点もまた予測のうちに入れられるのだった。


「た、確かに! 学生の皆様を悪く言う訳ではありませんが、神々よりも厄介だということはなさそうなのです!」

「ですよー? 今まで、数多あまたの神を下してきたハルさんならば、らくしょーですよー」

「自分はもう対象外だからって言いたい放題だねこの元神様は……」


 とはいえハルも、そこまで警戒度を高めていないのは事実である。なので現状、どちらかといえばアメジストと思われるハッキング犯への対処へ大きくリソースを割いている。


 魔法においての理解度はもとより、物がゲームであるならばそこらの相手には負けはしない。そうした自負も存在する。

 そんなハルが、二人目の仲間を同盟に招き入れようとしている。

 そうなればもはや、ゲーム部分においても準備は盤石ばんじゃくであると言って過言ではないのであった。





「ま、負けた……」

「えっ? えっ? いきなりどうしたんですか!? 道中、なにか襲撃でもありましたでしょうか!?」

「ごめんなさいねシルフィード。このひと最近ツッコミばかりだったから、たまにはボケに回りたいみたいなの」

「は、はあ……?」

「ほら、相手に伝わらないギャグは迷惑よハル? しゃっきりしなさいな?」

「いや、ギャグでやってる訳じゃないんだけどね……」


 シルフィードの土地へ向け道を伸ばし、その世界がマップに表示された瞬間、直前までのハルの自信は脆くも崩れ去った。

 女の子たちからは何かツッコミ待ちのギャグでも披露しているかのような扱いだが、正直、本心から衝撃を受けたのは事実なハルである。


「確かに、広いですー! もうこんなに大きな世界を、すごいですー……」

「えと、何だか恥ずかしいですね……、夢中になって張り切っちゃったのがバレたみたいで……」

「いや、本当に凄いよシルフィーの世界は。むしろ廃プレイしてたのは、僕らの方なのに」

「わたくしたちの世界より、すっごい大きいのです!」


 そう、接触するまで分からなかったことだが、シルフィードの創造したマップはハルたちのそれよりも既に巨大。

 それどころか、先行プレイヤーであるリコのマップよりも面積が広かった。


 本人にもハルたちの簡易マップを見せてやり、そのサイズ感を実感させてやる。


「やるわねシルフィード? こんな才能を隠していたなんて」

「いえ、別に隠していた訳じゃ。通信を怠ったのは、夢中になってしまっていただけでして。はい」

「そういう意味ではないのだけれど? 責めていないわ。落ち着きなさいな」


 何を言っても恥ずかしそうに、もじもじと質問に応じるシルフィード。

 彼女もまたお嬢様だ、ゲームにはしゃいでしまった結果を大公開されてしまった気分で気が気ではないのだろう。

 もしくは、自分の妄想力がそれだけ大きいと言われている気分なのだろうか?


「才能。確かに才能だね。このゲーム、世界の内容もそうだけど、その規模に関しても露骨に格差があるらしい」

「ですねー。いくらシルフィードさんが熱心だったとはいえ、同時期に始めてここまで差がつくというのはー」

「クソゲーか」

「クソゲーですねーユキさんー」

「許せんな?」

「許せませんねー」

「えと、お、落ち着いてくださいお二人とも。まだ、これだけで勝負が何か決まった訳でもないですから……」


 そんな自分の世界にも関わらずおろおろと不安げなシルフィードの庭はというと、ある意味予想の通りの彼女らしい世界だ。


 ベースとなるのは、鬱蒼うっそうと幹の太い木々が生い茂る、深い深い森。

 だが本来ならば昼でも真っ暗であろうそこは、色とりどりの光によって内部から明るく照らされていた。


 地面からは巨大でカラフルなキノコが生えて、どの木にも美味しそうなフルーツがすずなりになっている。

 森を照らす光に目を向けてみると、それらは妖精のように自由気ままに森の中を飛び回っているようだった。


「シルフィーらしいメルヘンな世界だね」

「こ、子供っぽくてすみません……」

「いや今さら恥ずかしがらなくても」


 彼女のメルヘン趣味、特に妖精好きなところは、もう随分前から分かり切っていたこと。

 時にはハルに、可愛い装備のオーダーメイドを受注してくるような間柄である。

 そんなシルフィードでも、この世界を内側から見られるということは、それこそ心の中に土足で踏み込まれているような気分なのだろうか?


「……なんにせよ、これでハッキリしたことがある。このゲーム、スキルシステムと同じで、ずいぶんと個人の才能により格差があるようだ」

「ですねー。正直、アレには私たちも調整を苦労させられましたー。好き放題にさせておいたら、ゲームバランスめちゃくちゃですー」

「たまに意図しないユニークスキル出てたしね」

「ですよー?」


 個人の得意をスキルに反映し、新たなスキルを派生させていくスキルシステム。

 カナリーたちのゲームにも搭載されていたそのシステムの大元が、渦中かちゅうのアメジスト謹製の外注品である。


 その調整にはカナリーたちも苦労したようで、特に記憶に残っているのはミレイユとセリス姉妹。

 他者のスキルを奪うという<簒奪さんだつ>スキルには当然のように運営に苦情が入り、ハルとの戦いの末に没収、調整となった過去がある。


 そう考えると、アイリスたちのゲームはその辺り随分としっかり制御を行っていたものだ。


「つまりハル君には、また冬の時代が来たって訳だ」

「そうなんだよねえ……」

「そう、なんですか? 大暴れだったじゃないですか、ハルさん」

「ハルさんはスキルを封じた程度で抑え込めませんからー」

「はい! ハルさんは、とーっても強いのです!」

「頼もしい旦那様で、よかったですねアイリさん」

「はいっ!」


 この濃い面々にも、押されつつも穏やかに対処する。目立たぬが流石といえるシルフィードの対応力だ。


 そんな彼女の作った世界だが、その広さゆえ中心部まではそこそこの距離があるようだ。

 案内させるのは、“普通の”生身である彼女には酷であろう。なのでこの国境線沿いでこのまま会話を続けようと提案したハルだが、それには及ばないと彼女に却下されてしまった。


「あっ、大丈夫です。お城までぴょんって行けますよ? あっ、お城って言っちゃった。恥ずかしいなぁもう」

「私的には、『ぴょんっ』の方が可愛らしいポイントだったと思うわよ?」

「ルナ、からかって話を脱線させるでない。それで、シルフィー? そんなこと可能なんだ?」

「え、ええ! できますよ。むしろ、ハルさんたちは出来ないのびっくりしました。それでよくぞここまで……」

「出来ないことは力押しで解決しちゃうのがウチのハルさんなのでー」

「はい! いつも凄いのです!」

「……ゴリ押しなだけだから、複雑だ」


 とはいえ今は気にしている時ではない。便利なシステムが判明したのだから、探求すべきである。

 ハルたちがシルフィードに実演を頼むと、彼女は特に気負うでもなくワープを実践してくれる。別段、特別なことではなく、シルフィードにとっては普通の操作なのだろう。


 そんな彼女の合図と共にハルたちの目の前の景色は歪み、互いの立ち位置はそのままに、ファンシーな小物のたくさん置かれた部屋へと全員が一瞬で移動するのだった。


「……はいっ。着きました。良かったです、お客様が一緒でも特に問題なくて」

「おー、ここが。お邪魔します。あったねハル君、ファストトラベル」

「だねユキ。これで交通手段については考えなくてよさそうかな?」

「むぅ。それもちと、つまらぬ……」


 そして、分かったことがもう一つ。やはり世界の規模によって、いや正確には『勢力値』によってか、解禁アンロックされる機能は存在する。

 なんとなく、目の前の霧が少しだけ晴れた気分だ。手探りで進むのと、存在を確信して進むのではゲーム攻略に対する熱意は大きく変わる。


 時には、知っていれば良いとばかりは言えないのがややこしい部分だが、まあ今は、それは別にいいとしよう。


「むっ!? 見てくださいハルさん! なにやらわたくしたちのメニューに、変化があったようです!」


 そんな実感をハルが噛みしめていると、追加で新たに判明した事実をアイリが知らせてくる。

 どうやら、新機能を伝えられたハルたちにもまた、その技術の伝播でんぱがあったようだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 改めて考えると、エーテル技術のない世界で自立して生きていく力となると、エーテルなしで生活環境を整え、食糧を自給し、エネルギーを供給し、ツールを作成できる能力が必要になってくるのでしょうかー…
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