第1032話 風吹く散歩道
先の見えぬ虚空の果てを目指しハルたちはゆく。ずんずんと大地を伸ばしながら、ソフィーの領土を目指して行った。
先頭をゆくのはアイリ、そして、傍らには猫のメタが元気に続く。
彼女の突出した世界生成力により、効率的にハルたちの行進は続いていった。
「ふ~ん♪ ふんふ~ん♪ ゆけゆけー♪」
「うにゃうにゃ~♪」
「お散歩たのしいですね、ねこさん! お散歩道まで、わたくしたちで作っちゃいます!」
「にゃうにゃう♪」
「しかし、呆れるほどの一本道ね? これは、構わないのかしらアルベルト?」
「ええ、問題ありません。むしろ、一本道だからこそ良いのですよルナ様」
ソフィーの世界へ続く道は、風の駆け抜ける爽やかな草原。今までのハルたちの世界と非常に相性の良い光景が続いている。
このマップ構築はアルベルトの提案によるものであり、アイリたちはそれに合わせ、なるべく同じような景色の変わらぬ道を生成し続けていた。
「退屈になったかなルナちー? いかんぞ? この程度の作業で音を上げていては」
「別に音は上げていないけど……、でもこの光景を直視し続けると、本当に合っているのか不安にならない……?」
「慣れだ、ルナちー。慣れ」
「慣れ、ねぇ……?」
ただひたすら、単純作業を繰り返すことはやり込みの基本。それは、こうした世界創造系ゲームでも変わらない。
時にはこうした通路だけではなく、平面でまっ平の何もない土地を用意することだってザラであった。
「お許しください、ルナ様。しかし今回は、イメージの観点からも一本道以外には何もない方がやりやすいはず。そう判断いたしました」
「それはまあ、確かにね?」
「この長い長い道を、風がびゅーって吹き抜けて行くのです!」
アイリの言う通り、この道に沿うようにまっすぐに、一陣の風がハルたちの陣地から吹き込んで来る。
特に上空ではなかなか速い気流が流れているようで、その余波で地上のハルたちの髪の毛や服も、忙しくはためいていた。
「ユキさんやアイリちゃんの髪の毛は、ばたばたして大変そうですねー?」
「特にユキのロングヘア、実体があると邪魔じゃないの? そのボディでは、短くしておけばよかったのに」
「たしかに! 顔ボフってなるよ! まあ、これも慣れだよね慣れ」
「切れば良いだけの話では……?」
「いやさ、ルナちー。私だけログインで見た目変わるのも、なんかね?」
「あら? ナイーブで可愛いところもあるわねユキ」
「かーらーかうーなー」
そう言いながら器用に、顔にかかった髪を後ろに振り払う。
ルナはルナで、スカートがめくれぬように上品に押さえることに難儀しているようだった。
「んでもベルベル? 要するにこの風をなんかに使うってことだよね? 分かった。飛んで移動すんだ」
「それも悪くはありませんが、ユキ様以外だと、グライダーは難しいかと」
「私も、凧を操縦するのは自信がないわ?」
「わたくし、一度やってみたいです!」
「私はパスでー。すぐ墜落しちゃいそうですー」
恐らくは、先ほど作ろうとしていた磁石を利用した装置の建築計画があるのだろう。
一直線に流れる風力を利用し、長大なレール状構造を作り上げるのだと思われる。
「しかし、確かに移動手段も欲しいところだね。生身で毎回この距離を行き来するのは、普通にありえない」
「ねー。移動だけで電池切れしちゃいそうだよ。やはりワープ手段は必須。リアリティ重視はクソゲー。リアルがクソゲーゆえ」
「何かまた嫌な思い出でもあって?」
「広大なマップを売りにした結果、プレイ時間のほとんどが移動するだけになったゲームがあってね。ルナちーは、そんなゲームを作ってはいかんぞ?」
「むー。それは、私たちのゲームへの当てつけですかー?」
リアルなマップというよりも、現実そのものをマップにしたカナリーたちのゲーム。
そこにも、プレイヤーは転移魔法でワープ出来る仕組みが最初から完備されていた。
そうした救済措置が無ければ、ゲームとして人は定着しなかっただろう。
そんなことを思い出すほど、現在のこの作業は実にリアルな『距離』を感じさせてくれるのだった。
「……まあ、本来、こんな遊び方は想定されてないだろうからね」
「一般のプレイヤーには、目的地は見えませんからねー。円形のマップ制作が、デフォなんじゃないでしょうかー」
「そうやって『勢力値』とやらを増やしていけば、そのうち移動手段もアンロックされるのかもね」
ただ、ハルたちはその存在するかも分からぬ隠し要素に賭ける気はない。便利なシステムが無いならば、自分たちで作り上げる。
アルベルトとメタも居るのだ、この世界の制約の中でも、工業化の道は遠くないはず。
まずはそのための道を一歩一歩、物理的に切り開き進んで行くハルたちだった。
*
「いらっしゃい! 何もないとこだけど!」
「おじゃまします! こんばんわソフィーさん!」
「よくきたね! いらっしゃい、いらっしゃいアイリちゃん!」
風そよぐ草原の道の先に、ついにソフィーの世界へと到達したハルたち。思ったよりも、その到達は早かった。
方向については一分の狂いなく一直線だったが、どうやら距離の方は見誤っていたようだ。
「《ひじょーに申し訳ないっす。でも! きっと最初は計算も合ってたんです! わたしのせいじゃなくて、空間の方が途中で伸び縮みしたんすよ! わたしは悪くないっす! 悪いのは、世界の方なんです!》」
「……なんでしょー、このー、あり得ない言い訳のようで、今回だけは実際その通りかもしれないというもやもや感はー」
「人の神経を逆撫でするのが上手だね、エメは」
「微妙な気持ちにさせる天才ですねー。奥でおしおきしちゃってくださいー」
「《はうっ! そんなっ!》」
エメの言い方はともかくとして、そうした奇妙な現象も十分にありえる世界だ。
さて、それよりも今は、たどり着いたソフィーの国にお邪魔するとしよう。ハルたちは境界線を越えて、彼女のエリアへと足を踏み入れる。
「ニンスパで見た、マップみたいなのです!」
「うんっ! これは日本風の家なんだよアイリちゃん! あれも和風ゲーだからね、似てるのは当然なんだ!」
「すごいですー……」
「凄い、のかな? とにかく、まずは拠点だからね! そう思ったら家から出来たみたい!」
「……まずは武器、の間違いでなくって?」
「えへへ、バレた?」
「それはね? こうどこを見ても、刀が設置されていてはねぇ……」
ルナのいう通り、招き入れられたソフィーの拠点には、何処に目をやっても必ず似たような刀が飾られていた。
これはただの飾りではなく、実際にソフィーが武器として振るえるようになっているのだろう。
きっと、彼女は家ではなく、最初にこの刀を思い浮かべたに違いない。
この家の飾りが刀なのではない。この刀のおまけが、家なのだ。
「これでどの部屋で戦闘になっても、すぐに戦えるよね!」
「確かにそだけどさソフィーちゃんや? 戦闘準備は、本拠地より国境沿いでした方がいいんじゃない?」
「しまった!!」
そんな感じでなんとも愉快な彼女だが、ソフィーらしい世界だと一目で納得できる。
どの世界でも凄腕の剣士であり、彼女は常に刀と共にあった。それはゲーム内に限らず、現実においてもまた変わらない。
その現実では長らく機械の手足、サイボーグの体であったため、ソフィーもまた機械を中心とした世界になるのではないか? と思ったハルだが、そんなことはなかったようだ。
そうした身体的特徴よりも、個人の趣味や好みといった特徴が反映されるシステムになっているらしい。
「それで、これからどうするんだろう! あっ、うちでお茶していく? それっぽい部屋あるかも!」
「ありがとうソフィーさん。でも、あいにくお茶は持ってきてないからね」
「確かにそうだ! 私もないや!」
「紅茶でよろしければ、お淹れいたしましょう」
「何で持ってきてるんだよアルベルトは!」
またツッコミに回ってしまった。なんだか、謎の敗北感を味わうハルである。
まあ、ついでなのでソフィーにも水分補給をしてもらうということで、ハルたちは彼女の家の奥へと入って行く。
どうやら構造については実際の建築基準法を無視した物のようで、迷路のような不思議な様式がお出迎えしてくれた。
ついでに、常に準備されている刀剣類が銃刀法までもを無視していた。まあ些細な問題である。
「ふむ。ソフィー様。この刀、見せていただいても?」
「もちろんいいよ! いくらでもあるから、気に入ったらあげるね! ハルさんも!」
「それはありがたいね。僕ら武器は出せなくて、木の枝とかで戦ってたしね」
「わたくしも頑張って、いずれは武器も出したいのです!」
「役割分担だよアイリちゃん! 私は、自由自在に道とか作れないもん!」
そんな風に互いを鼓舞し合う微笑ましい女の子たちのやり取りの脇で、アルベルトはソフィーから借り受けた刀の刀身を真剣にのぞき込んでいた。
アルベルトのことだ。きっと、武器としての性能を吟味している、などという事ではないのだろう。
「……これは、『鉄』と言って問題ないでしょう。もちろん、『この世界での』鉄ですが」
「なるほど。磁石に続いて、鉄も手に入れたと言いたいんだね。それで?」
何となく嫌な予感がしつつも、ハルはアルベルトに先を促す。
鉄はあらゆる工業製品の基本である。それをソフィーからの『輸入』でまかなえれば、ハルたちの工業化はきっと一気に進むだろう。
「はい。計画はこうです。まずは先ほど敷いた風の道に、磁石のレールを設置します」
「……うん。何となく読めたけど。その後はどうするの?」
「はい。風に乗せて、レールの中にこの刀を射出します。すると電磁誘導によって、電力が確保できるでしょう」
「刀のまま飛ばすなよ! 即死トラップでも作る気かお前は!」
「一石二鳥ですね」
更にボケを重ねてきた。強敵だ。頭を抱えるハルである。
とはいえ、着々と準備は整ってきている。よく飲み込めないながらも、ソフィーも乗り気であるようだ。
そうしてハルたちはひとまずそのトラップ作成は保留とし、次なる目的地をシルフィードの世界に定めるのであった。




